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雑用は、コンサートと同時進行で (チトセ視点)

「全く……娘から聞いてはいたが、嘆かわしいばかりだ」

「本当に……あの子は、何度失望させてくれるのかしら」

 後ろで聞こえる嘆きを、俺は右から左へ聞き流していた。なんせ、針仕事に忙しいもんで。



「おー。キヤキヤ~」

 大人の嘆きなんて知った事かと、ウチのちびこさんはぴょんぴょん跳ねてはしゃいでいる。ちびこの言う、キラキラが、何の事なのか、俺にはさっぱり分からないけれど。

 うん、もうちょっとおとなしくしてようか。偉い人の席だからね、ココ。



「ちーちゃ、キヤキヤあげゆ~」

「あげるって言われてもなぁ……」

 ちらと顔を上げても、ちびこが「はい」と差し出した両手には何にもない。

「え~。ちーちゃ、キヤキヤみえにゃいにょ~? おめめ、しゅっごくいーにょにー」

「それとこれとは別なんじゃないかなって……何か、冷たい?」

 俺にキラキラが見えないと分かったちびこは、持っていた物を俺の頭の上に乗せたらしい。



 とたん、何か頭の上がひんやりしてきた。何だ、これ。

「それは、精霊よ。おちびちゃん、貴女、精霊が見えるのね」

「おねーちゃが、おうたうたってくえたやみえた」

「おちびちゃんには、法術使いの才能があるのかも知れないわね。それも、かなり優秀な」



 勉強してみる? とマム──マザー・ケートが誘うけど、

「ほーじゅちゅのおべんきょーなんてちないよー。わたちは、しゃいきょーのとーちになゆんだかや! まだまだ、しゅぎょちゅーだじょ」

 しゅしゅ、とシャドーボクシングをしてみせるちびこ。まだ強くなるつもりなのか、このちびっこは。闘士の向上心には果てがないってのは、本当の話だったんだな。感心するわ。



「マザー・ケート直々の誘いを断るとは、大物だな」

 はっはっは、と笑うのは何とか公爵様。突然、場所貸して~、とこのボックス席に乱入してきた俺たちを受け入れてくれた、心の広いおっちゃんである。

 ま、さっき暗殺の危機から救ったってのもあるかも知れないけど。



 その暗殺者は、ただいま肩と手首の関節外して縄で縛って、猿ぐつわをかました上で簀巻きにして、マムの支度部屋に放り込んである。コンサートが終わり次第、公爵様が引き取って、楽しい尋問だか拷問だかの世界へご案内するとか、しないとか。

 俺には関係ない世界の事なので、関与しません。好きにしてー。



「うっし。できた。ちびこ、それ脱いで、これ着て」

 雪だるま風ワンピースを春の妖精風に改造する間、ちびこには、俺が着ていたジェネラル・フロストの上着を着せていた。サイズは全然あってなくて、丈はもちろん、袖までズルズル引きずっている。まあ、多少の汚れは何とかなるだろう。帰ってから、ランドリー・メイドを拝み倒さねば……。



 ニーニャの仮装をしたちびこが着ていたワンピースは、丸首襟の前のボタンで留めるタイプの物。

 外で調達してきた花輪──パレードで放り投げられる花輪だ──をプチッと切って、前身ごろから襟回りまで、フチのところにぐるっと縫い付けてみた。元が白だから、何にでも化ける。

 仕上げに、雪だるま帽子を、花冠に変えれば、それなりに恰好が付く。

 急ごしらえながら、いい仕事だ。



「これなら、大丈夫かな。それじゃ、セレスを虐めたお姉ちゃんにお仕置きしますかね」

「あい!」

 勢いよく手をあげたちびこ。「め! ちてやんよ!」と、やる気満々。素晴らしい。

 ちびこと仲良く手を繋いで、ボックス席にお別れを告げる。暴風みたいで、すいませんね。



「……ところで、マザー・ケート。先ほどの男は一体? いや、命の恩人には違いないんだが……その……何と言おうか、あまりにも無法が過ぎるのではないかと思うのだが……」

「ランスロット殿下から、ドラゴン級の災厄になりうる男だから、なるべく刺激せず、放っておくようにと指示があった危険人物ですわ。幸い、言葉が通じますから、お気になさらずともよろしいかと」

 俺の耳はすこぶる性能が良いので、丸聞こえですよー。公爵サマ。にしても、ひっでー言われよう。

 ドラゴンなんかと一緒にしないでもらいたい。



 まあ、お城の法術結界を正面突破して、王様を脅しに行ったのがマズかったかな? とは、思わなくもない。でもさぁあ、あの王様、商会の件でまぁた辺境伯にちょっかいかけようとしてたし。先手必勝ってヤツですヨ。まさか、涙と鼻水でべちょべちょになった顔で命乞いされるとは思わなかったけど。

 しょっぱい思い出だね。



 階段を下りると、すでにセシルたちは待機していて、いつでも大聖堂へ出ていける状態になっていた。

 全員、やる気がみなぎってますな。良い事だよ。俺は、セシルにちびこを預け、

「後はよろしく」びしっと敬礼。

「あい! おまかしぇありぇ!」

 ちびこも敬礼を返してくれたので、後はセシルたち舞台組に任せる事にする。



「ジェネラル、キアラン殿下たちは全員、ばらばらにして別室に。便箋とペンを渡して、こんな事をした理由を書いていただきたい、とお願いしています」

「ありがとう。ってーか、何で警備主任の君が、俺の指示で動いてるんだろね?」

 摩訶不思議。しかも、何で、ジェネラル? いいけどさ。



 俺が首を傾げると、

「いえ……そのお恥ずかしい話ですが、先ほどの一件にて、我が身の経験不足を実感させられました。ぜひ、あなたのやり方を学ばせていただきたい」

 申し訳なささとやる気が四角い顔の中に同居してますぜ、警備主任サマ。

「俺のやり方って……下町のごろつきと大して変わらないから、それほど勉強になるとは思えないけど」

 ま、いいか。




 それに、暗殺犯の方はともかく、こっちはねえ。王子サマもいるしねえ。

 俺の指示だったら、責任転嫁できちゃうし、処世術に長けてるね。にくいよ、主任。こっちも、恩を売るつもりでやりますか。情けは人の為ならずってねー。



「それじゃ、後はあのお嬢さんにご退場願えば、ファーストミッション終了、かな」

 話をしながら、俺が向かっているのは舞台袖だ。ボックス席を出る前にちらっと確認したところでは、あのお嬢さんは上手に近い所に立っていたから、そっちから舞台袖に引っ張りこむか。

 舞台袖から、舞台の方を覗き込むと、ちょうどちびこが登場したところのようで、

「しょこまぢぇだ! にしぇもにょ! リリャ・コーユ! ほんもにょにょブリョーサしゃまは、こっちだ!」

 ちっこいのと角度のせいか、声はすれども姿は見えず。



 でも、セシルは見えた。彼女が、

『アローラ。アローラ。お願いよ、話を聞いて』

 歌いながら、舞台の方に向かって歩き始める。ちびこが、観客席の皆に向かって、一緒に歌ってと、呼びかけていた。

 お嬢さんの存在は、ここで完全に忘れられたな。



 客席の視線は、セシルとマリエさんの間を行ったり来たり。1フレーズ繰り返すたびに、客席付近の出入り口から現れる、聖歌隊のメンバーにも視線が向いて、次第に自分たちも一緒になって歌い始めていた。

 舞台の上で、お嬢さんは茫然と立ち尽くしている。



 ミシェルって言ったっけ? まあ、砂糖菓子みたいな顔立ちは、かわいいっちゃかわいいか。亜麻色のふわっとした髪とか、大きい目とかね。チャームポイントだと思うよ。

 でも、はっきり言って俺の好みじゃない。



 自分で言うのもなんだけど、俺ってば振り回されるのが好きみたいなんだよねえ。ああ、マゾじゃないよ? 突っ走っていくコの後をフォローしながら追いかけていくのが好き。

 リッテ商会の会長しかり。マリエさんもそう。ちびこもそんなところがあるし。

 でも、あのコは違う。手のひらで転がしたいっていうタイプは、お断りなんだよねえ。逆に手のひらで転がしてやりたくなるって言うか……どっちにしろ、趣味の良い話じゃないね。



 いくらこっちに注目がないとはいえ、俺が舞台に上がる訳にはいかないので、ちびこの衣装改造で余った花を、お嬢さんに向けて投げた。

 狙い通り、頭に命中。お嬢さんの気を引くことができたので、こっちへ来いと手招きをする。



「あ、あの……っ!」

 舞台袖に引っ込んだお嬢さんの手を掴み、

「こっち」

 考える時間を与えずに、場所を移動。わざと大回りをして、彼女を会議室の1つに連れ込んだ。



 彼女をこの部屋に案内する事は、あらかじめ警備主任から指示されていた事だ。

 会議室なので、部屋にはテーブルとイス。それに、黒板くらいしかないのが普通。でも、テーブルの上には便箋とペンが置いてある。これは、俺があらかじめ頼んでおいた物だ。



「あ、あの……助けてくださって、ありがとうございます。あたしっ……」

 助けた? 何、言ってんだろうね、このコは。

 俺は、テーブルの上の便箋とペンを彼女に向かって差し出し、

「どうしてあんな事をしたのか。その理由を書いて、今日の日付とサインしてくれる?」

「え? あ、あの……あたしは……キアランに言われて──」

「話して、とは言ってない。書いてくれればそれでいいんだ。書き終わるまで、帰れないからそのつもりでいて」

 会議室を出た俺は、外から施錠して出られないようにする。



 商会に連絡して持って来てもらった、法術無効のつり下げタイプのドアプレートをノブに引っかけておけば、鍵を開けて脱出する事もできないだろう。ちなみに、このドアプレートは王子サマたちを閉じ込めてある部屋にもぶら下げてある。

 全く、余計な仕事を増やしてくれたもんだ。



 コンサートの後、マリエさんをお城に送り出せば、それで俺の仕事は終わりだったのに……。この後の打ち上げで、普段は飲めない高いお酒を飲みまくってやるつもりだったのに……コンチクショウ。



 大聖堂から大きな拍手が聞こえて来たので、コンサートは無事に終了したんだろう。一時はひやひやしたけど、何とかなって良かった、良かった。



「ジェネラル、侯爵家の馬車が着いております」

「ありがとう」

 ……ねえ、君、確か助司祭だったよねえ? 君まで、俺をジェネラル呼びなの?

 何か、これからずっとそう呼ばれそうな気がして来た……。仮装って怖い。一番楽なのを選んだのが、そもそもの間違いだったのかも知れない。ここは、潔く諦めるしかないか。トホホ。



 当初の予定通り、公爵家の馬車は裏口に停まっていた。

「ご苦労様。それで、早速で悪いけど、後どれくらいでここを出た方がいいかな?」

「15分くらいでしょうか」

 ここからお城まで普段であれば、馬車で20分くらいの距離だ。でも、今日は人ごみがすごいので、馬車を思うように進められず、それくらい時間がかかるだろう、というのだ。



 それから、汗を流して化粧や髪を結いなおして、ドレスに着替えるって言うんだから、貴族って言うのは大変だね。それでも、マリエさんはお城で身支度をさせてもらえるのだから、ラッキーなんだそうだ。

 普通は、支度してから馬車に乗り、お城へ行くって言うんだから、本当、貴族って人種には頭が下がる。



 舞台裏へ到着すれば、マリエさんは共演した仲間たちと労いの抱擁を交わしている最中だった。

 あんな事があったんだし、本当はもっとゆっくりとお互いを労ってもらいたいところだけれど、時間の都合って物がある。

 お城へ送り届けるだけなら、俺が背負うなりお姫様抱っこなりして走れば、5分とかからないんだけど、そういう訳にもいかないからねえ。向こうには向こうの都合ってモンもあるしさ。



 マリエさんに声をかけてタイムリミットが近い事を伝える。マリエさんは、「そうだった!」と顔色を変え、慌ただしく、馬車へ乗り込んで行った。

 これで、1つ、仕事が終わった。本当なら、これで俺もお祭りモードに完全移行できるはずだったのに。これから、馬鹿どもの相手をしなくちゃいけないなんて、憂鬱。



 っつーか、さ。マリエさんがお城へ向かう時間って言うんなら、アイツらもお城へ移動するなり、自分の屋敷に帰って晩さん会の準備をするなり、しなくちゃならないんじゃないの?

 …………しーらないっと。俺は俺の仕事をするだけだ。

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 キラキラ=精霊。皆さま、感づいていらしたでしょうか? イメージとしては、「もやしもん」に登場する菌たちです。──が、「かもすぞー」とは言いません(笑)

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