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コンサートはパレードの後で 3

 大聖堂を後にしたあたしは、淑女の仮面も放り捨てて、鼻息を荒くしていた。ほんっとうに、怒りがおさまらない。あいつら、どうしてくれよう……。怒りに任せて叫びたくなる衝動をこらえていたら、

「レディ・マリエール!」

「セシル……!」



 涙ながらに駆け寄ってきたのは、本当なら今頃、舞台で歌っているはずのセシルだった。

「あぁ、セシル。泣かないでちょうだい」

 彼女が今日のコンサートの主役だったはずなのに──!

 あたしはセシルを抱きとめ、背中を撫でた。



「一体、どうして、こんな事に?」

「キアラン殿下が、レディ・マリエールに匹敵する歌姫は、ミシェル? しかいないと舞台袖に怒鳴り込んで来たんです。関係者以外立ち入り禁止なので、とお引き取り願っても、お付の方たちが……」

 パワハラかっ! 頻繁にダンジョンに潜ってるらしいから、威圧感もすごいに違いない。



「なんで、あのおねえちゃはいじわゆしゅゆのっ!? ブリョーサはやしゃしーめがみしゃまなにょに、あのおねえちゃは、やさしくにゃい! にしぇもにょよ!」

 優しくない、偽者の春の女神……!

「ちびちゃん、それよ。嫌われ者のリラ・コールだわ」



「あ!」

「お?」

 悔し涙を目に浮かべていたちびちゃんは、きょとんとした顔であたしを見上げた。



 花冷えの妖精。嫌われ者のリラ・コール。この妖精は、冬に属する生まれなのに、春の華やかさが大好きで、自分は春に属する者だと踊りながら、歌うのだ。

 あたしの踊り、上手でしょ。歌だって、素敵でしょ。

 そんな風に人々に見せびらかすけれど、誰も相手にしてくれない。

 最後は、勝手に腹を立ててどこかへ行ってしまう。それが、リラ・コール。



 ……ん? 何か、誰かさんに似てるような……? まあ、いいか。



「ナイスアイディアだわ」

 ちびちゃんの悔し涙を指先でそっと拭ってあげると、

「セシル!」

 ばたばたとコンサートのトップメンバーが集まって来た。いい、タイミングだ。

「皆さま、たった今、ある提案が思い浮かびましたの。聞いて下さるかしら?」

 あたしは、ミシェルをリラ・コール役にキャスティングしてしまうのはどうか、と提案した。



 とたん、皆の不安げな表情が一変し、職業人のそれに変わる。

 その他の事案についても、こうしてはどうか、ああしてはどうか、とアイディアが飛び出し、あっと言う間に、新たな演出プランが完成した。

 今回歌われている曲の出典である、『シーズナー』には、リラ・コールが出るバージョンと出ないバーションがあるのも幸いした。



 演出のひな型は存在しているので、それをどうアレンジするか、がポイントだったのだ。

 話がまとまれば、すぐに新しい演出プランを紙にまとめていく。マザー・ケートに伝えるのはもちろん、オーケストラに参加している人たちにも伝えなくちゃいけない。



「コンサート中でも、後でもイケると思ったら、すぐに行動して。スズメーズなら、あの程度の連中、どうってことないから、護衛として連れて行って」

「チトセさん! 新しい演出プランが出来たの。協力してもらえないかしら」

「おっと……! いいアイディアが?」

 上の貴賓席に繋がる階段を下りながら、教会の関係者と思われる人たちに指示を出していたチトセさんを捕まえる。

「ええ、そうなの」

 あたしは頷いて、チトセさんに演出プランの説明をした。

 他の人たちは、新しい演出プランを元に、それぞれの受け持ちの部署に走っていく。



「なるほどねえ。思わぬ大役が回ってきたけど、大丈夫? ちびこ」

「やゆ! いじわゆおねえちゃに、め! ちてやんよ!」

 しゅしゅ、とシャドーボクシングを始めるちびちゃん。やる気満々ですね。

「よし。それじゃあ、俺も頑張って針仕事しようかな」

 チトセさんは、材料を調達して来ると言って、外へ出て行った。



「セシル、もうちょっとだけ辛抱してね」

「はい。もう、泣いたりしません。あんな人たちに負けるなんて、絶対に嫌ですから」

「その意気よ! それじゃあ、後で」

「はいっ」



 舞台では、夜と冬がなくなったと喜ぶ人たちの歌『夜も冬もいらない』に続き、『何だか変だ』が歌われる。夜がなくなってしまった事で、生き物はきちんと休む事が出来なくなり、冬がなくなった事で、力を蓄える事が出来なくなってしまったのだ。



『ああ、アローラの言う通り。夜も冬も神の恵みだった。なんて、愚かな私たち』

 ミシェルは、まだ、客席の様子に気付いていない。皆、「引っ込め!」という言葉が喉元まで出かかっているに違いない。これが、マザー・ケート主催の物でなければ、とっくにヤジが飛び、それ以外の物も飛び交っていたかもしれない。



 次は、『夜と冬を返して』だ。

 この曲の途中から、あたしは舞台に出る。

 練習の時、あたしはセシルとキラキラの争奪戦を繰り広げていた。取ったり、取られたり。取られないよう、壁を作ってみたり。

 あたしは意識的に。

 セシルは、無意識に。

 キラキラ争奪戦なんて、そうそうできるものじゃない。



 あたしは、セシルとのキラキラ争奪戦を楽しみにしていたのだ。

 なのに、それをミシェルと大馬鹿な取り巻き様共に邪魔されてしまった。

『要らないと言ったのは、あなたたち。なのに、返してだなんて……! ふざけないで!』

 手加減なんてしてやらない。セシルを泣かせて、皆の努力を水の泡にしようとしたあなた。

 あたしは、全力で、潰しにかかるわよ。



 さっきは寒色のキラキラを全て集めて回収したけど、今度は逆。寒色系のキラキラで、暖色系のキラキラを押し潰していく。

 ここにきて、ようやくミシェルの顔色が変わってきた。

 客席からの針のような視線に、全身を貫かれているのだ。

 けれど、泣いて逃げる事は許されない。

 何より、観客の視線が、それを許さない。

 蛇に睨まれた蛙、というヤツだ。逃げたいのに、逃げられないのだ。



『アローラ。アローラ』

 ミシェルは、許して、私たちが間違っていたと歌うけれど、絶対に許さない。

『私はそちらの願いを叶えただけ。なのに、どうして、そんな事を?』

 今のあたしには、ミシェルの姿が見えない。彼女は、キラキラの檻にとらわれているからだ。




『アローラ。アローラ』




 何度聞いても、子供のお遊戯程度の歌声にしか聞こえないけれど、本当はもう少しマシなのかも知れない。だって、素人が何の練習もなく、生演奏で歌える訳がないし。しかも、音楽を奏でているのはこの国のトップレベルの演奏家たち。演奏負けするのは、当然と言えば当然のこと。

 ほら、音程がずれた。ワンテンポ遅れた。高音が出てない。



 ミシェル、あなたには、そこに立つ資格がない。



 客席には「あんなんで、夜と冬を取り戻せるのか?」という声が広がっていく。このままでは取り戻すどころか、夜と冬に覆われた、季節のない世界になってしまうのではないか、という不安が強くなっていく。



 さあ、彼女をキラキラで押し出してしまおう。キラキラに動いてと、伝えようとしたその時──

「しょこまぢぇだ! にしぇもにょ! リリャ・コーユ!」

 タイミングバッチリね。でも、言えてないわよ、ちびちゃん。

 リリャ・コーユじゃなくて、リラ・コールだから。ま、かわいいから許しちゃうけど!



 さっき、あたしが退場に使った出入り口とは別の、下手後方にある出入り口から、登場したちびちゃん。白の帽子は花冠に代わり、黒の丸ボタンが付いていた白のワンピースは、花の襟飾りが付いた物に変わっている。これは、誰が見ても花の妖精だと答えるだろう。

 この短時間で、よく変身させられたものだ。やっぱり、チトセさんはすごい。



「ほんもにょにょブリョーサしゃまは、こっちだ!」

 ババン! と効果音がほしい所ね。ちびちゃんが、自分の後ろを指さす。

 そこには、セシルが立っていて、

『アローラ。アローラ。お願いよ、話を聞いて』

 歌いながら、通路を歩いて来る。彼女が歌うと、暖色のキラキラが現れ、寒色のキラキラを侵食していく。

 そうよ、これよ。これが、見たかったの!



 彼女の側にいる観客は、えっ? あれ? という顔をしている。

 セシルはキラキラを動かせるのよ。彼女こそが、本物のブローサなのだもの。



「しゃあ、みんにゃもうちゃって! アリョーラしゃまに、よゆとふゆをかえちてって、おねがいしゅゆの!」

『アローラ。アローラ』

 同じフレーズを繰り返す。2度ほど繰り返したところで、別の出入り口から、人が入って来る。舞台に立てなかった聖歌隊のメンバーだ。



『アローラ。アローラ』

 フレーズが繰り返されるたびに、大聖堂へ人が入って来て、合唱になっていく。その内、客席からも歌声が聞こえるようになってきた。

『アローラ。アローラ』

 客席まで巻き込んだのだから、もうこっちのもの。



 キラキラの争奪戦は、押したり、引いたり。

 時々、客席で「ひゃっ」とか「うわっ」とか悲鳴が上がるのは、キラキラの満ち引きを感じた人たちのものだろう。

 セシルが舞台まで歩いて来るのを待ち、あたしと同じ位置に立ってからも、2度、3度とキラキラの綱引きを繰り返す。



 ああ、楽しいわ。それに、この美しい光景と言ったら! 寒色と暖色のキラキラが、ダンスを踊っているよう。あっちではワルツ。向こうはタンゴ。この光の共演をずっと見ていたいわ。

 でも、そんな訳にはいかないわ。終わりは必要。



 オーケストラピットにいる指揮者へ、ちらっと視線を送り、彼が頷いたのを確認する。

 ここで、アローラが折れるのだ。

『そこまで言うのなら──』

 寒色と暖色のキラキラがなるべく均等に混ざるようにし、それを大聖堂中へ! 爆風のような勢いに、客席からは悲鳴のような歓声が上がる。



 さあ、エンディングだ。

 もう一度『4人の女神』を歌う。最初は「そうかな?」と疑問の声を挟まれていたアローラのパートも、今度は「うんうん」「その通り」と声が入る。

 ちびちゃんのアイディアのお蔭で、何とかなったわ!

 最後は、温かい拍手とスタンディングオベーションで終われて、本当に良かった。



「レディ・マリエール! 本当に、ありがとうございました!」

「何を言うの、セシル。みんなの力があったからこそ、乗り切れたのよ」

 舞台からおりたあたしたちは、目が合った瞬間、お互いに抱き着いていた。



「ちびちゃんもありがとう。お蔭で助かったわ」

「わたちもれんちゅーちたんだもん! パチパチしちぇもやいたい!」

「そうね」

 あたしは膝を折って、ちびちゃんを抱きしめた。

「えへへへ」

 照れるちびちゃんを、今度はセシルが抱きしめる。



 他の役の子たちともひとしきり、お疲れさま、やったわね、とお互いを労いあいながら、握手をしたり、抱き合ったり。

「レディ・マリエール」

「チトセさん! ありがとうございます。チトセさんが手伝ってくれたおかげで、何とかなりました」

 名前を呼ばれて振り返れば、急ぎ足で近づいて来るチトセさんがいた。



「何の何の、俺の力なんてちょこっとだけだよ。それより、時間。そろそろここを出ないとまずいんじゃないの?」

「えっ!? あ、ああ、そうですね」

 そうよ、この後、お城で晩さん会があるのよ。ここからお城までの距離と道の込み具合、着替えに必要な時間を考えると、そろそろ出ないとマズイ。

 チトセさんには、何から何まで、お世話になりっぱなしね。いつか、お礼をしなくちゃ。



「皆さん、慌ただしいですが、私はこれで失礼させていただきます。また、後日、改めてお伺いさせていただきますわ!」

 聖歌隊やコンサートに関わったスタッフの方に、大きな声であいさつをして、あたしは急いで、教会を後にし、待機していた侯爵家の馬車へ乗り込んだのだった。

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

無事、コンサートは終了いたしました(笑)

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