コンサートはパレードの後で 2
一言で言おう。
悪夢だ。
目の前で、悪夢が現実の物になってしまっている。
目眩のせいで、ひっくり返ったって、誰も咎めないだろう。咎めるどころか、皆、ひっくり返りたいはずだ。もう、皆でひっくり返っちゃおうよ。なんて思っていたら、
「おっと、しっかり、マリエさん」
チトセさんに阻止された。
「もう、中止になんてできないからね。反対側に行って、何があったか確認してくる。とりあえず、これも演出の内ですって顔して、歌ってて!」
「え、ええ」
窮屈なのか、暑いのか、彼はいつの間にか帽子を脱いで、上着のボタンを全部外していた。
きっちりした恰好も素敵だけど、チトセさんには、こういうラフな格好の方が似合う。
「ちびこさんは、お姉ちゃんにくっついてて。しっかり、ガードしてよ?」
「あい! まかしぇちぇ!」
頼もしく、ドンと胸を叩くちびちゃん。
そうよね。マザー・ケートの面子だってかかっているのだし、ひっくり返ってる場合じゃないわね。
あたしは、軽く頬を叩いて、気合を入れた。
それにしても……ミシェル・グレゴリー・ヘラン!! アンタ、よくもまあ、そこに立てたわね! 度胸ならぬ、面の皮の厚さだけは認めてあげるわ!
ブローサ役のセシルとアンタじゃ、月とスッポン。提灯に釣り鐘だわよ!
これでも侯爵令嬢ですからね、歌の上手い下手くらい分かるのよ。アンタのお遊戯会レベルじゃ、お話になんないわ!
ああ、ほら! 高音が出てない!
息継ぎに失敗して、変なトコロで途切れてっ!
今度は、音を外した!
ああ~っ、もう! 声の大きさだけは、立派なんだから!
何やってくれちゃってんのよ?! コンサートがめちゃくちゃじゃないのよ!
このコンサートが、どういうものか、分かってやったんでしょうね?! 黒幕節穴王子ッッ!!
大聖堂に集まったお客さんたちは、戸惑ったようにざわざわしている。
明らかに「あの下手くそは何だ?」という雰囲気なのに、ミシェルのあの得意げな顔! あたしはヒロイン! トップスターっていう態度! 張り倒してやろうかしら。
…………ん? あ、あ……あ~~~~っっ!! これ、ゲームのイベントッ! フラグ確認テストイベントじゃないの! うっわー……ゲームの時はキアランたちが言うならって、飛び入りでコンサートに参加したけど……もう一度言うわ。ひっくり返っていいですか? あ、ダメ? そう……ダメよね、うん。分かってる。言ってみただけ。
今更だけど、『ファン・ブル』の裏側が、恐ろしすぎる。
まず、このイベントが発生し、なおかつ愉快な取り巻きご一行様が揃っているという事は、ほぼ間違いなく逆ハーエンドへ向かっていると考えていい。まだ、油断はできないけど。
もし、逆ハーエンドに向かっていなければ、飛び入り参加はできない。好感度の高いキャラとの、デートイベントで終了する。フラグ確認と言うのは、そういう意味だ。
デートイベントだと、教会に前後してライバル令嬢と出会い、デート相手が理由不明ながら、落ち込んだり、俺はまだまだ、だなんて反省したりする。彼らの悩みを一緒に解決できれば、どのパターンになるにしろ、ほぼ攻略完了と言って良い。
問題は逆ハーエンドだった場合。個別では1人で良かったのに、逆ハーだと全員の悩みを解決しなくちゃならないのだ。すっごく、面倒臭い。しかも、何か勝手に自己完結するし。
あいつらの思考回路はどうなっているんだか。全く、庶民のワタクシでは、お貴族のお坊ちゃまの考える事はちっともさっぱり理解できない。
さて、されはともかく、このイベントだけど、終了の仕方は全部で、3パターン。
途中で強制退場させられる。
最後まで出演した後、怒られる。
最後まで出演した後、呆れられる。
その後、教会から出た時は、全員、がっくりと肩を落として、解散となる。
不思議なのは、この3つのパターンで最良なのは、強制退場だったりするのだ。一番、ダメージが少なそうな、呆れられるが最悪。理由は、謎。今も謎。分からない。
分からないけど、出番が来てしまった。
とりあえずは、チトセさんの言う通り、演出ですよっていう顔をして、出て行くしかない。
ちびちゃんを従えて、9つある出入り口の内の1つから、大聖堂へ入っていく。
『冬のいいもの、雪、氷。冷たいけど、それが良いのよ。素敵なの』
歌を歌うのは好き。歌い始めると、自分のいる空間がキラキラと光りだすのだ。
これは、あたしだけじゃなく、一流の歌手が歌った時も同じ。ただ1つ違う事があって、彼らの場合は、自分たちの周りにキラキラが集まる。一流のスターはオーラが違う、と言うけれど、まさにそれ。
頭のてっぺんから、指先、つま先まで、キラキラと光り輝いている。頭に『超』が付くようなスターになると、キラキラをコントロールして、観客の視線をも操れるようになるみたいなのだ。
さすがよね。
ブローサ役のセシルが歌えば、このキラキラが現れていた。さすがに、操るとまではいかないようだけれど、セシルのキラキラは、聖歌隊のメンバーの中でも群を抜いている。
他の女神役の子も、彼女には頭1つ及ばないけれど、キラキラをまとって観客の視線を集める事ができていた。
あたしはと言うと、キラキラが現れるのは、あたしの周りに限らなかったりする。
地面だったり、水面だったり、空気中だったり。身振り手振りを交えれば、その通りに動いてくれる。
なので、キラキラをまとえない子にも、キラキラを動かす事によってスポットライトのように目立たせる事ができるのだ。
『暖炉の炎、静かな時間。ぬくもり感じる、語り合い』
歌いながら、舞台の中央へ。練習の時は舞台に立つ皆を包み込むようにキラキラを動かしたけれど、そうはしない。練習の時よりも少ない量を、ミシェル以外のメンバーを包むように動かすだけ。
ミシェルにライトを当ててやる義理なんてないもの。
何かの法術を使ったのか、ミシェルもキラキラをまとっている。でも、すっごく安っぽい。あのキラキラは、偽物なんだって、すぐに分かる。
キラキラが見える人は、ほとんどいないみたいだけど、それでも分かる人には分かるのよ。
アンタが、イミテーションを得意げに振り回してるって!
『4人の女神』は、途中からコーラスが加わる。春・夏・秋の良い所には「うんうん、その通り」でも、冬の良い所には「ええ? そうかな?」「そんな事ないよ」という否定的な意見。
その内、コーラスは「冬なんていらない!」と歌い始める。「冬に似た夜も、いらないんじゃない?」という意見も加わり、「冬も夜もいらない!」という大合唱に変わる。
この大合唱がピークに達した頃、アローラが怒り出す。そして『神の恵み』という曲に変わるのだが──セシルがいなくなってる~っ! 逆でしょ、逆! ミシェルが消えるのが普通でしょ!? オカシイ!
当然って言うような顔して、そこに立つな! ミシェル!!
もうね、プッツーン。
怒った。怒ったわよ、完全に!
我慢強いマリエール・ヴィオラだけど、あなただって、これは怒るわよね! 人の努力と皆の団結を何だと思ってんのよ!?
「わたち、あのおねえちゃ、きやい」
「奇遇ね、ちびちゃん。あたしも嫌いだわ」
ぽそっと呟かれた声に、あたしも小声で呟き返す。
顔を上げれば、真正面にあるボックス席が視線に入った。オペラグラスもないこの距離で分かるのは、そこに誰かが座っている事くらい。それでも、いつか見た黄色や緑のキラキラが集まっているから分かる。あそこにマザー・ケートが座っている。
自重しませんよ、と彼女に視線を送ればキラキラが動き、ゴーサインを出た。
『もう、いいわ! ききぃた~くなぁ~い~!』
両手を広げて、コーラスをやめさせる。周りを見、一歩踏み出し、神の恵みを歌う。
半分ほどAメロを歌い終えたところで、通路へ進み、歩きながらBメロを歌う。
そして、サビの部分から、何かを招き寄せるような仕草を繰り返す。
『夜も 冬も 神の恵みなのに』
あたしの仕草に誘われて、大聖堂から白や青のキラキラが集まって来る。
キラキラの通り道にいた人たちの口から「ひっ」「ひゃっ?!」「きゃっ!?」と、小さな悲鳴が上がる。
『それを いらないと言うのなら』
ボックス席からも、回収。大聖堂いっぱいに、青と白のキラキラが渦を巻いている。
『夜も 冬も あの山の向こうへ』
ちびちゃんも「びよびよ~」と言いながら、両手を前に突き出し、手をバタバタ動かしている。
けれど、キラキラは無反応。ちびちゃんは、不思議そうに首を傾げ、もう一度「びよびよ~」やっぱり反応なし。あれえ? と首を傾げて、自分の両手を見ている。
『私の物にするわ』
大聖堂の天井を突き破らんばかりに大きく育った渦がピタリと止まって、弾けるように消えた。
観客席からは「何だ? 暑くなってないか?」「急に汗が……」そんな声が、あちこちで上がっている。ざわざわ、と何だか落ち着かない。
一方、何でかな? 何でだろ? そんな独り言が聞こえてきそうなくらい、ちびちゃんは、首を右に左に傾げて、自分の両手をじっと見つめている。
……もしかして、ちびちゃんはキラキラが見えているのかしら? だとしたら、今の状況は面白くないかも知れない。
ここから少し間奏になるし、大丈夫だろう。
あたしは、ちびちゃんの頭をとんとんと指先で叩き、上を向かせた。
キラキラに、集まってと心の中で呼びかければ、たちまちバレーボールくらいの大きさのキラキラが、手の中に現れる。それを、この子にも付き合ってあげてくれると嬉しいと心の中で語りかけながら、キラキラの塊をちびちゃんに渡す。
ちびちゃんは
「しゅごい! キヤキヤ!」
目を輝かせて、塊を受け取ってくれた。
やっぱり、見えているみたいだ。あたし以外にキラキラが見えている人は、初めてだわ。
大聖堂の真ん中を横断する通路を歩き、今のサビをもう一度。
ちびちゃんも歌いながら、両手を前に突き出し、本人言うところの、びよびよ~。キラキラはあたしのお願いを聞いてくれたみたいで、ちびちゃんの所にも集まりだした。
さあ、大聖堂中の寒色キラキラを集めて、あたしの物にするわよ。
客席では、あちこちから再び、小さな悲鳴のような歓声が上がり始める。
それも無視して、祭壇向かって左奥の通路を、祭壇に背を向けたまま進み、
『私の物にするわ』
大聖堂の出入り口で一度振り返って、最後のフレーズを捨て台詞のように言い残し、大聖堂を後にした。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
前話、ヒロイン様の暴挙にいただいた、「あり得ない!」のお言葉。PC前にて、「デスヨネー」と呟き返すワタクシでありました(笑)