コンサートはパレードの後で 1
すみません。曜日感覚がすっかり抜け落ちておりまして、投稿が遅れました。
「クイーン・アローラ。どちらにお出かけですか?」
「ふふ。今から、冬をもらい受けに行くのよ」
たくさんの人でにぎわっている大通り。普通なら、人にもみくちゃにされて、歩く事もままならないような状況だけど、あたしの恰好のせいか、通りを歩く人たちは、にこにこと笑いながら、進んで道を開けてくれている。
今日は、建国祭の初日! 道行く人は、皆、楽しそうに笑っている。
今までは、この雰囲気すら、ろくに楽しめなかったけど、今年は別よ!
足が、地面についていないんじゃないかって思うくらい、うきうきしているわ! マリエール・ヴィオラ、あなたも楽しんでる!?
建国祭の幕開けは、何と言ってもパレードだ。ユァシェル王国の伝説や、ガイナス聖教の神話をモチーフにしたフロートと趣向を凝らした衣装に身を包んだ王都の住人たちが、シャイナ門前から出発し、王宮前まで行進する。楽隊も一緒に歩くのだから、その賑やかさは、相当なもの。
沿道の見物人たちとの距離は近く、握手をするのも難しくない。
みんな、はしゃぎにはしゃぎまくって、王都中がおもちゃ箱をひっくり返したようなはしゃぎよう。
そんな、建国祭の幕開けを告げるパレードに、ワタクシ、参加いたしました!
しかもフロートに乗せてもらったのよ! 一生の思い出だわ。
沿道の人たちに手を振り、笑顔を向け、お祝いの花輪を投げる……すっごく、楽しかった!
パレードの1時間なんて、あっという間だったわ。夏の暑さなんて、ちっとも気にならなかったもの。
楽隊の音色もステキで、本当、夢みたいな時間だったわ。
でも、うっとりと余韻に浸る時間はないのよね。ちょっと休憩して、パンやスコーンをお腹に入れた後は、すぐに移動。
以前、バザーを手伝った、東地区の教会のコンサートに出演するのよ。
お話を頂いてから、スケジュールを調整して、こまめに練習に参加させてもらったし、絶対に成功させなくちゃ!
「とーちてくだしゃーい。クイーンのおちょおりでしゅよー」
「おお、ニーニャか。ジェネラル・フロストと一緒にクイーンの護衛かい?」
「しょーなにょ! じゅーだいにんむなにょよ」
えっへんと得意げに胸を張って見せるちびちゃん。カワイイわあ。
ちびちゃんは、大きな黒色の丸ボタンが2つついた、白い帽子に、白のワンピース。このワンピースにも、黒色の丸ボタンが付いている。これは、雪の妖精ニーニャの仮装だ。
そんなちびちゃんと並んで歩いているのが、チトセさん。プラチナブロンドのかつらを被り、紐飾りが付いた濃い青のジャケットに袖を通し、白いズボンを穿いている。これはジェネラル・フロストの仮装で、よく似合っているのだ。
背筋がピンと伸びているし、動きもスマート。本物の将軍みたいで、眼福である。
そんな2人を従えているあたしの仮装は、神話の女神、夜と冬の女王、クイーン・アローラ。
アイスブルーのドレスは、マーメイドライン。氷の結晶の刺繍が施された薄いオーガンジーのマント。頭にはプラチナブロンドのかつらをかぶって、ティアラを乗せている。
あたしたち、この恰好でフロートに乗っていたの。あ、チトセさんは、フロートに乗ってなかったわね。フロートにぴったりくっついて、行進してました。
女の人の歓声が一際大きかった事を報告しておく。
道行く人たちは、あたしたちの恰好を見て「これは、これはクイーン。お急ぎですかな?」なんて、芝居がかった声と共に道を開けてくれる。あたしの方も、
「姉さまたちに呼ばれているのよ。あんまり待たせると、怒られてしまうわ」
と言う風な返事をしている。
そんなこんなでたどり着いた教会の前──
「マリエール!?」
何で、いるのよ。ヒロイン様と愉快な取り巻きご一行様が……!
ミシェルは、菜の花色のワンピースに、ピンクの靴。頭には花冠を飾っていた。それ、春の女王、ブローサの仮装なんだろうけど、膝丈スカート──成人前だという証拠──って……どうなの、それ。仮装なんだから、成人前でもマキシ丈にしようよ。ちびちゃんくらいの子供ならともかく、何かちぐはぐな印象を与えるわ。
自分と同じ年のコ、っていう気持ちがあるせいからかしら? 似合っているとは、お世辞でも言えない。
ちなみに、他の5人は、私服だ。イケメンだしー、背は高いしー? ホント、中身を知らなきゃ、目に楽しい光景なんだけどねえ……。
ヒロイン様は野郎どもの陰にさっと隠れ、愉快なご一行様は、親の仇でも見るような目であたしを睨む。
何でやねん。
思わず関西弁が出ちゃうわよ。睨まれるような事は、まだ、何もしていないでしょうが。
「どうして、こんな所に……いや、そんな事はどうでもいい。残念だったな、マリエール。お前のたくらみは、無駄骨に終わったぞ」
「たくらみ? 一体、何のことでしょう?」
何もした覚えはないけど……ああ、もしかしたら、ランスロット殿下側で、動いたのかも知れないわね。何も聞いてないから、首を傾げるしかないけども!
「とぼけても無駄だ。そんなに歌いたければ、頭を下げれば済むものを……。逆恨みで、ミシェルの邪魔をするなんて、恥ずかしいとは思わないのか」
はあ? 節穴王子サマー、何であたしがミシェルを逆恨まにゃいかんのデスカー?
歌いたければ、ってこれから歌いに行くんですけどー?
何のことだかサッパリ分からないので、そこの愚兄よ、通訳してくれマセンカ。
どうしたものかと思っていると、チトセさんが小声で「クイーン、時間が……」とあたしに囁いた。ああ、そうだった。こんな所で、油を売ってる場合じゃないんだった。
「殿下が何をおっしゃりたいのか、わたしには全く分かりませんが、申し訳ございません。これから、予定がございますので、失礼させていただきますわ」
「待て、マリエール! 逃げるつもりか!?」
予定がある、って言ってるでしょう、愚兄!!
無視して教会へ入るべきかと迷ったその一瞬、あたしよりも素早い行動に出た人がいた。
「クイーンは、こえかやおうたうたうんだかや、じゃましゅんな!」
愚兄の向う脛を蹴る、ちびちゃん。愚兄の口からは、くぐもった悲鳴。よっぽど痛かったのか、ヴィクトリアスはその場にうずくまってしまった。
「あ~……ヒビはいったかも……」
あたしをエスコートすべく、手を差し出してくれていたチトセさんが、ぼそり。
彼の手に自分の手を乗せた直後の事で、あたしの体がびしりと固まる。
待って。
今の蹴り、帰り道で小石を軽く蹴るような、そんな程度の物にしか見えなかったんですけど? ヒビ? ヒビって言った、今?
疑いの視線をチトセさんに向けたその時、
「ああ、良かった! お見えになられていたのですね、レディ・マリエール。コンサートの開演時間が迫っておりますから、すぐに準備をお願いします」
これは、天の助けか、悪魔の入れ知恵か。絶妙なタイミングだ。
声の主は、先日、お世話になったシスターで、彼女は、明らかにほっとした様子だった。元々の予定もスケジュール的にはシビアだったし、シスターが慌てるのも無理ないか。
「遅くなってしまって、申し訳ございません」
あたしは、彼女に頭を下げて、促されるまま、教会の中へ入って行った。その後ろで、ちびちゃんの「あっかんべー、だ!」という声が聞こえてきて、つい、笑ってしまった。
愉快な取り巻きご一行様は、あっかんべー、なんてやられた事ないだろうなあ……。
教会へ入り、時間を確認すると、開演時間まで残り30分という差し迫った状況になっていた。そりゃあ、焦りもしますわねえ。予定ではもうちょっと早く到着するはずだったもの。
遅くなったのは、道行く人たちに「クイーン・アローラ!」と声をかけられたからである。誰が悪い、という訳ではないが……ごめんなさい。
聖歌隊の皆さんにも、「遅くなってごめんなさい」と頭を下げる。
今日のコンサートは、マザー・ケートが主催したものなのだ。国内外の賓客を招待しているのだ。開演が遅れるなんて事は、マザー・ケートの名前に傷を付けかねない。
あたしが無事に到着した事で、聖歌隊の皆さんもほっとしたようだ。
コンサートの音楽を担当する人たちにもひとしきりご挨拶。バイオリンの演奏者の中には、サルミもいた。先日のお茶会のお礼を言い、また機会を設ける事を伝えて、彼とは別れる。
他にもご挨拶しなくちゃいけない人はたくさんいますからね。
「間に合って良かったですね」
「ご心配をおかけしました。今日はよろしくお願いします」
コンサートの陣頭指揮をとっていらした方、オケの指揮者。聖歌隊の皆さんはもちろんの事、その他の協力者の皆さんたちに遅くなったお詫びとご挨拶をしている内に、開演時間が来てしまった。
聖歌隊の皆さんと握手を交わし、大聖堂へ向かう彼らを見送る。
あたしは2曲目からの出演なので、出番はもう少し後。
人前で歌うのは、緊張するわ~。思えば、公式の場で歌声を披露したのは、2年前の学園コーラスが初めてだったのよねえ。
それまでは、社交界デビューがまだだった事もあってか、私的な場でしか歌う機会がなかった。私的な場でも、歌ってほしいと望まれる事はほとんどなかったわけです・がっ……!
精霊の歌姫、なんて言われている身ではあるけれど、あたしの何がそう言わせているのか、実はさっぱりだったりする。大きな声では言えないけどね! 一応、歌姫の肩書に相応しく、プロのレッスンを受けていて、腹筋やら何やら鍛えて、先生には「王立劇場の舞台にも立てますよ」という評価はいただいているけれど──お世辞、お世辞。
王都の住民はもちろん、国内外の賓客の前で披露できるレベルかどうかは、分からないけれど、せっかくゲストとして呼んでもらえたのだから、あたしとしては精いっぱい歌うだけしかできない。
幸い、足しげく練習に通ったおかげか、聖歌隊の皆さんには、あたしが同じコンサートの舞台に立つこ事を許してもらえた。聖歌隊の皆さんの中には、今日の舞台に立てなかった人もいると言うのに……。
何度も言うけれど、その人たちの為にも、あたしは、精いっぱい歌うのだ。そうよね、マリエール・ヴィオラ。頑張ろうね。あたしに歌わせて良かったって、思ってもらえるように。
さて、今日のコンサートで歌うのは、『シーズナー』というオペレッタに使われている曲だ。聖歌ではないけれど、『シーズナー』は、リュンポス神の娘たちが主役のオペレッタ。建国祭のコンサートでは、よく歌われる。
1曲目は、男性によるリュンポスのモノローグ。この曲が終われば、すぐにあたしの出番がやって来る。『4人の女神』という曲で、春の女王ブローサと夏の女王シャイナ、秋の女王チィスト、冬の女王アローラが、自分たちが司る季節の素晴らしさを歌いあげるものだ。
出番までもう少し。
舞台袖に立って、深呼吸をして息を整えようとし、あたしは目の前の光景に絶句した。
(何で、ミシェルが舞台に立ってるの!? ブローサが2人って、あり得ないでしょ!)
ここまで、お読みくださりありがとうございました。