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歯車の微調整は秘密の女子会で 3

「ねえ、マリィ。あなた、どうしてあの子の社交界デビューを助けるような真似を?」

「あら、ベル。あたしがあの子に渡したのは、地獄への片道切符になりかねない物よ?」

「どういう事?」

 テーブルに戻ったベルは、思い切り眉間に皺を寄せた。



「あの子が社交界デビューする時期は、あたしが貴族社会から消えようとしている頃と重なります」

「そうね。あの愚かな方たちが愚かなままであれば、レディ・クラリスの肩身は狭くなるでしょうね。それを少しでも緩和するために、あなたは、あたくしにあの子を紹介した。そうでしょう?」



「殿下との婚約が撤回され、あたしが貴族籍から抜ける。これはもう、決定事項ですわ。決して覆る事はありません。ですが、その過程については、未定です」

「……そうね。あちらの出方を伺いつつ、臨機応変に、という事になるでしょうから、ね」

「クラリスに、ベルを紹介したのは、一番穏便に事が運んだ場合の保険ですわ」



 今、義妹が社交界へ持っていけるだろうカードは2枚。『侯爵令嬢』と『スミレのレディー(王族の婚約者)の妹』というカード。

「穏便にあたしが貴族社会から抜けた時、『侯爵令嬢』というカードはそのまま持っていられます。力も弱まる事はないでしょう。でも、『スミレのレディーの妹』というカードは、切り方を間違えると、あの子は社交界で肩身の狭い思いをする事になります」



「そうね。あなたを批判する意見もあるけれど、あなたは人気者である事に代わりはないもの。スミレのレディーを悪く言う愚かな妹となれば、白い目で見られることになるものね。あたくしもあの子を批判するし、パトリシア妃殿下もあの子を避けるでしょう」

 そうなれば、単純な話、良縁は難しくなる。



「逆に、あなたを失った悲しみにくれる妹、という事になれば、社交界の同情はあの子に向くわね。そうなれば、あたくしも同じ悲しみを共有する者として、それなりに気を配ってあげてもいいわ。本心はどうあれ、ね」

「あなたを紹介したのは、『スミレのレディーの妹』というカードの持つ力について、ほのめかしたかったからですわ。ベルを利用させていただいたの」

 うふふ、といたずらっぽく笑ってみせれば「それくらい、利用されてあげるけど」と、ベルは肩をすくめた。



「でも、この話は穏便に進んだ場合。穏便に進まず、最悪の形で進んだとしたら──?」

「カードは全て、力をなくすわね。いいえ、それだけで済めばまだ良い方だわ」

 ベルは大きなため息と共に、体を椅子の背もたれに預けた。

「花十字ペンダントを持つあなたを追放したなら、ほぼ間違いなく、ガイナス聖教から破門される事になるでしょう。例えあなたのお兄様がやった事ではなくても、それを止めなかった時点でほぼ同罪。ガイナス聖教から破門された人間に、当主は任せられないから、廃嫡。そんな人間を身内から出したとなれば、お家の恥よ。侯爵位の返上、当主は引退……」

 クラリスの社交界デビューは、儚い幻か、一時の夢で終わってしまう。



「化粧品で痣を隠す事が出来るようになったと言うのに──現実は残酷だと思わない?」

「そうね……。全く、その通りだわ。下手に希望を持ってしまったがために、そうなってしまえば、あの子にとって現実は地獄も同然の物に変貌してしまうでしょうね。あの子には、何の責もないと言うのに……」

「だから言ったでしょう? 地獄への片道切符になりかねないって」

「何より恐ろしいのは、このままだと最悪のケースに進みかねない、というところね。優秀な人材のはずだったのだけれど、どこでどう間違ったのかしら……」



 本当に、どこでどう間違ったのか。

 攻略対象5人の内、ダリウスはまあ……しょうがないかな、とも思う。

 彼は騎士の家柄で、社交界にもあまり縁がなく、それほど熱心なガイナスの信者という訳でもない。

 マリエールを「キアランの婚約者」「侯爵家令嬢」「精霊の歌姫」程度に認識していなくても、不思議じゃない。ああ、でも、将来王宮に仕官しようという人間が、王子の婚約者という立場の意味と存在価値を正しく認識できていないのは、問題か。



 けれど、他の4人は違う。キアランは王族で、義兄のヴィクトリアスは侯爵家を継ぎ外交面での活躍を、グレッグは伯爵家を継いで宰相職を期待されている。

 小心者の義父が外交? と思われるかも知れないが、人には意外な才能があるものだ。何でも、その小心さ故か、相手の違和感を見抜く事が上手いらしい。



 そういう場について行って、大人しくうんうんと話を聞き、後でその時の違和感を他の外交官に伝える。それを聞いた方は、義父の違和感を元に調査を行い、あらびっくり、向こうが隠したがっていたあれやこれが浮かび上がってくるのだそうだ。

 正直、信じられない。問題は、小心者なので自分が、あちらを糾弾する事はできないところなのだとか。──話が反れた。



 最後の1人、オズワルドは、法術か教会か──。どちらに立つにしろ、王宮と教会の窓口としての働きを望まれているはずだ。

 ミシェルが入学して来るまでは、少なくとも回りからの期待にある程度は応えられていたと言うのに……何がどうしてこうなった。恐るべし、ゲーム補正である。



「どう転ぶかは、現時点では不明ね。王家が、教会が、各家の当主がどのような判断を下すのか、分からないもの」

「ええ。だから、クラリスが宮中拝謁へ出かけるのは、学園の卒業式が行われる前にするべきだと思っておりまして、父にはそのように進言するつもりですわ」

「爵位をどこまで返上するかは当主の判断によるでしょうけれど、男爵位は、残るでしょう。そうなった場合、王都の社交界は無理でも、地方の社交界ならデビューできるわ」

「その時、宮中拝謁が叶ったというのは、カードとして使えるはずですから……」



 王都の社交界では、10人いれば9人が宮中拝謁を終えているので、手札としては使えない。地方でのみ、通用するカードである。

「地方へ行けば『スミレのレディーの妹』というカードも、威力を失うでしょうし……そうなった場合、あたくしと繋がりがある、というカードくらいはあげてもいいわ」

 ただし、あの子の態度によりますけどね、とベルの注文がついた。



「カードを渡す、渡さないの判断はあなたにお任せいたしますわ」

 ここまで言ったところで、自然とあたしの口からため息がこぼれ出た。

 ベルが、あたしの名前を呼ぶ。



「化粧品なんて渡さずに、あのまま、社交界を夢見るだけでいた方が、あの子はまだ幸せなんじゃないかと思って……」

「そうね。そうかも知れないわ。でも、あなたが化粧品を渡し、あたくしに会わせた事で、あの子は5年後、10年後の可能性を手に入れたのよ。大体、社交界は結婚してからが本番なんだから。10年後、王都の社交界へ戻って来る頃は、女盛りでしょうに」



 ……言われてみれば、その通りか。10年後なら、クラリスもサロンの経営ができるようになる年だ。10年も経てば、マリエールの追放劇なんて、ほぼ忘れられている。

「ベルの言う通りですわね」

「そういう事よ。あなたは、似合わない悪役をしていればいいの」

「ええ、そうさせていただくわ」

 似合わない、という言葉に、あたしは思わず苦笑い。



「でも、逆の場合……今の成果が、5度年後、10年後に影響を与えるケース。これについては、どうしたらいいかしら?」

「……何かあるかしら?」

「クライマックスの舞台として候補に挙げたのが、生徒会主催の卒業パーティーなのです」

「舞台としては悪くないと思うけれど、それでは生徒会に大きな迷惑をかけてしまうわね。そんな事が起きれば、ほぼ確実にパーティーどころではなくなってしまうもの」



 成功の可否が、そのまま生徒会メンバーへの評価にもつながるので、彼らは毎年、威信をかけてパーティーの準備するのだ。

「ええ。後期生徒会は夏季休暇明けに発足するけれど、すぐに文化発表の準備で忙しいでしょうから、冬期休暇に入った頃にそれとなく伝えようかと思っているのですが……」

「伝えられたところで、という気持ちもあるわね。正直な話、あたくし、今のあの方たちと卒業の喜びを分かち合う気にはなれなくってよ」

「分かります」



「……そうね。伝えるタイミングとしては、あなたの言う通り、冬期休暇の頃で良いと思うわ。あなたの行動は見張られていると思うから、あたくしのツテを使ってそれとなく伝えましょう」

「お願いしてもいいかしら?」

「勿論よ。その後、どう動くかは彼ら次第よ。あなたが気にする事はないわ」

「ええ」



 対策を打ち出せなくて、卒業パーティーが台無しになったとしても、台無しになるかも知れない、という事前情報があった以上、何もしなかった生徒会の不手際、という訳だ。

「後は……そうね。別に何もないかも知れないけれど、社交界への挨拶は考えていて? 突然、という形をとるのであれば、何もしなくてもいいかも知れないけれど……」



「それについては、個人広告を考えていますの」

 見本を見せた方が分かりやすいだろう。あたしは椅子を立ち、書棚から雑誌を数冊、抜き出した。雑誌と言っても、装丁はフリーペーパーに近く、ページ数は、40ページくらい。



 ぺらぺらとページをめくり、広告欄をベルに見せる。

 あたしが見せたいのは、この広告欄の一番下。ウサギのイラストが添えられたその広告は『私のかわいいウサギちゃん。この広告を見る頃には、もうすぐ会えるよ』と、謎めいた文章が載っている。



「誰かが誰かに充てたメッセージね。そう言われれば、最近、こんな広告を目にする事があるわね。あまり、気にも止めていなかったけれど……」

「あのような形で皆さまの前から姿を消さなくてはならなくなってしまった事に、深いお詫びを申し上げます、という文章とスミレの髪飾りをした女性のシルエットなら、あたしと結びつけてもらえるのではないかと思うのですが……」



「悪くないアイディアだと思うわ。でも、掲載を依頼するのは新聞の方がいいわね。雑誌だと出回るまでに日数がかかるもの。それまでの根回しとして、この個人広告を社交界で話題に出す必要があるでしょうね」

「ええ。それは、自分でもやるつもりよ。そこで、質問。ベルなら、自分を暗示する物として、何のイラストを添えるのかしら?」



「そうね……ダリアは外せないわ。後……扇子か手袋か……その当たりかしら」

「でしたら、開いた扇子の上にダリアを乗せる、というのはどう?」

「いいわね。……嫌だわ、これ、もしもの話でも楽しいわ。この広告も、意味深だし、どんな意味があるのか、想像するのも楽しくてよ」

「でしょう?」



 この後は、あの人ならこれが良いんじゃないか、この人ならあれでしょう、と大いにはしゃぎまくった事を伝えておく。

 うん。すっごく、楽しかった。

 これなら、社交界でもきっと広まるに違いない。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 …難産の回でした……

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