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歯車の微調整は秘密の女子会で 2

 しょんぼりと肩を落とすクラリスへ、ベルはため息交じりに「そうね……」と呟き、

「質問を変えるわ。あなた、社交界へデビューしたいけど、できないのかしら? それとも、社交界へデビューしたくないから、しないのかしら?」

「したいけど、できないの……です……」

 俯いたまま答えるクラリス。



義妹の意識がベルに向かっている間に、あたしは席を立ってデスクに向かった。引き出しの中に、チトセさんからもらった化粧品があるのだ。

 それらを手に取ったあたしは、出入り口の側で待機してくれていた、ハンナとカーラ、それにこっそりと入って来たジャスミンに目で合図をした。

 3人はこっくり頷いて、そ~っと忍び足でクラリスの背後に迫る。



「隠す努力や、消す努力は?」

「しました! もちろん! でも……消えなかったし、隠れなかったんです……」

 クラリスは弾かれたように、ぱっと顔を上げたけど、すぐにまた俯いてしまった。

「そう。でも、これはまだ試してないでしょう?」

 あたしのセリフが終わると同時に、ハンナがクラリスの右腕、カーラが左腕、ジャスミンが肩を押さえつけた。



「っな?! ちょっ……!? 何なの!? 無礼者! あなたたち、何をするつもりなのっ!?」

 椅子から立ち上がろうとするクラリスだけど、3人がかりで押さえつけられたら、どうにもならない。

「まあまあ、ちょっとおとなしくしていなさいな」

 ふふんと余裕の笑みを浮かべて腰を上げたベルは、クラリスの右袖のボタンを外して、ぐいっと袖をまくった。楽しそうねぇ、ベル。



「あっ! レディ・イザベル! 何をなさるんですかっ?!」

「これじゃあちょっと、やりづらいわね」

 ベルは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、ジャンパースカートの肩紐部分をずらし、ブラウスの前ボタンを外していく。何で、そんなに手慣れてるんだろう? ベルはブラウスをずらして肩をはだけさせ、

「これは……! すごいわね」

 クラリスの赤黒い痣をほぼ完全に見えるようにしてみせた。



「レディ・イザベルっ! どうしてっ、こんなっ……!」

 青い釣り目に涙をためて、クラリスがベルへ抗議する。

 ベルは、それを完全に聞き流し、あたしへ「さあ、やっておしまい」と言わんばかりに目で合図してきた。

 「やっておしまい」と言われたら、返事はやっぱり「あらほらさっさー」かしらね? 古い? 古くて結構。分かればいいの。分からなかったら……ごめんなさい。



 とにかく、あたしは義妹の二の腕にチトセさんから譲ってもらった化粧下地をさっ、と一塗り。その上で、ファンデーションを塗った。

 この間、上半身を引ん剥かれたクラリスは、ひっくひっくとしゃっくりを上げていた。驚かせたかったのと、今までの意趣返し第2弾のつもりだったんだけど……良心が痛むわ。



 でも、ファンデーションの威力はすごかった。

 軽く塗っただけなのに、義妹の赤黒い痣が大分薄くなって、予想以上の効果! すごいな、これ。

 クラリスはすっかりおとなしくなってしまったので、ジャスミンたちは義妹からそっと手を放した。カーラがデスクの上にあらかじめ用意していた手鏡を持ってきて、

「クラリスお嬢様、どうぞ、ご覧になって下さいませ」

 言いながら、それを彼女の前に差し出す。



 クラリスは、ぐすっと鼻をすすり、

「えっ?! うそ……! これっ……!」

 痣の色が薄くなった自分の二の腕を凝視した。信じられない、と固まっている義妹を横目に、あたしはどんどんファンデーションを塗りたくっていった。



「すごいわね。ここまで見事に消えるとは思ってもみなくてよ」

「わたしもびっくりしましたわ。これで、ほとんど消えましたもの……」

 すごいな、モンスター素材。クラリスの肌は、よく見れば若干黒いけど、夜だったら、分からないだろう。

 日本みたいに、電灯でピッカピカじゃないからね。昼間だって、サマードレスの上にレースのショールやボレロを羽織れば、十分ごまかせる範囲だ。



「さあ、来て。こっちよ」

 あたしはクラリスの手を取り、義妹を椅子から立たせると、支度部屋に誘った。支度部屋は、大きめのウォークインクローゼットだと思ってくれると分かりやすいと思う。



 あたしの支度部屋には、細い猫足のドレッサーも置いてある。ホワイトの優雅なデザインのドレッサーは、マリエールのお気に入り。あたし? あたしもかわいいとは思うけど、ドレッサーより、鏡台の方が好みだったりする。どっしり、したやつね。

 あたしの好みはともかく、クラリスをドレッサーの前に座らせて、続きはジャスミンたちにお願いする。



 何をって? それはもちろん、髪をアップにして、社交界にデビューする事を想像してもらうためよ。

 そして、社交界とくれば、ほぼイコールでドレスが結びつく。と、いう訳で──

「さて……どれが似合うかしら?」

「やっぱり、デビュタントは白かパステルカラーね。残念ながら、あたくしは似合わなくて、デビュー直後から、初々しさをアピールする事は諦めたのだけれど」

 あたしとベルは、クラリスに着せるドレスを選ぶ。



 この支度部屋にあるドレスは、全部マリエールのドレスだ。何着あるかなんて、数えた事がないわ。

「これなんてどうかしら? 初々しくていいと思うわ」

「懐かしいわ。これは、社交界へのファーストステップを踏んだ時に着たドレスなの」

 基本の色は白。ベルトは藤色で、左側の腰に同色の大きなリボンをあしらっている。スカートの裾には、藤色のフリルとレースを飾り付けたものだ。



「まあ、そうなの? だったら、なおさらこれがいいわね」

 頷いたベルは、いつの間にか側で待機していたジャスミンにドレスを渡した。

 髪をアップにしたクラリスは急に大人びて見えるようになっていた。

 今は夢見心地というような雰囲気で、ジャスミンたちに言われるまま、ドレスに着替えている。



「ああ……うそ……! 信じられない! ローブデコルテを着られる日が来るなんて!」

 ドレッサーの前から姿見の前に移動した義妹は、くるりと体を回転させ、デコルテ姿の自分に見入っている。

 いつもは陰気な表情をしている事が多かったクラリスだけど、別人みたいに明るい。花が咲いたよう、って言うのはこういう事を言うのね。



「レディ・クラリス。社交界デビューはいかがなさるおつもり?」

「します! 学園へ入学する前に! ああ、嬉しい。こんな……こんな事って……!」

 ベルの問いかけに、クラリスは即答した。前向きで大変よろしい。



「その返事はとても喜ばしい事だけど、いくつか条件があるわ」

「条件? 何なの?」

「この化粧品は、リッテ商会の試作品なの。と言っても、ほぼ完成品に近いそうよ。少々水に濡れたくらいでは落ちないそうだし、人体に有害な物は何1つ使っていないらしいわ。ただ、ここが困った、もっとこうしてほしい、というような意見がほしいそうなの」



「それをわたしに求めるの?」

「そういう事よ。あなたが嫌ならいいの。ただ、あなたに使い心地をレポートさせる、という条件でわたしはそれを頂いて来たから──」

「そんな訳ないじゃない! レポートくらい書くわ!」

「なら、お願いね。レポートはわたしに預けてもらえるかしら? 中身を読むような事はしないわ。リッテ商会は、まだ王都で本格的な営業をしていないし、秘密保持のためにも、拠点を知る人間は少ない方が良いそうよ」



「分かったわ。レポートのテーマが、テーマだから、別に見られて困るような内容になるとも思わないけど……見ないでいてくれる方が嬉しいわ」

「良かった。それじゃあ、これはあなたにあげるわ。なくなりそうになったら、教えてちょうだい。後、そのドレスもあげるわ」

「えっ!? このドレスも……?」



「いくら水に濡れたくらいじゃ落ちないとは言っても、ダンスを続けていたら汗もかくし、もしかしたら、それで落ちるかもしれないでしょう? その辺もしっかりレポートしてもらわないといけないもの。だったら、汚れたって気にならないドレスで踊らなきゃ」

 わたしのお下がりのドレスなら、汚れたって気にならないでしょう? とあたしは続けた。

 どうせ、社交界にデビューして、3か月くらいしか袖を通さなかったドレスだ。活用されるなら、それに越した事はない。



「ふふ。レディ・クラリス、これからが大変よ? 王宮拝謁の作法を習得するのは、かなり難しいもの。あたくしも苦労させられたわ」

「裳裾ね」

「そう、裳裾よ」

 あたしとベルの目が、キラーンと輝く。

 宮中拝謁の何が大変って、裳裾のさばき方が大変なのである。

 宮中拝謁では、最低でも3メートル近く、平均して4メートル近い長さがある裳裾の着用が定められているのだ。



 国王、王妃両陛下へのお辞儀はまだいい。問題はその後。退室する時。後ろ歩きで引き下がらなければならないのである。4メートル近い裳裾のついたドレスでね! 転んだ、転びかけた、躓いた、裳裾を誰かに踏まれてしわくちゃに、なんて話は、しょっちゅうだ。

 マリエールの後に拝謁したレディーが見事にすっ転んでいたし……。



「今から猛特訓します! 作法も、ダンスも!」

 化粧品を胸に抱いてクラリスが希望に満ちた顔で、はっきりと宣言した。その時である。バンッ! と、少し前の出来事を彷彿させる音が響き、

「クラリス! クラリスはどこなの!?」

 おっと、義母の登場だ。



 クラリスは、「ここですわ、お母様」返事をして、支度部屋を後にする。あたしたちもその後に続けば、

「クラリス、あなた……その恰好!」

「お母様、学園の入学前に、わたしを社交界にデビューさせて下さいませ!」

 義母は持っていた杖を手放し、両手で口を覆った。



「ああ、クラリス! もちろんよ。何てことなの……あぁ!」

 感極まった声で義妹を抱きしめ、

「早速、手配をしなくてはね。ああ、これから忙しくなるわ」

 連れて来た侍女が拾った杖を受け取り、クラリスを連れて部屋から出ていってしまった。



「……視野の狭い猪レディーだって言う、お母様の評価が理解できてよ」

「見事なスルーっぷりでしたね」

 義母迎撃態勢、不発。う~ん……残念。


ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。

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