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歯車の微調整は秘密の女子会で 1

「それじゃあ、計画は順調なのね?」

「順調って言っていいのかしら? あたしは国が演出を担当する劇に、悪役としてキャスティングされただけでしてよ?」

 苦笑いを浮かべたあたしは、ティーカップとソーサーをテーブルに戻した。



 あたしの向かい側には、ベルが座っている。白地にオレンジや黄色のハイビスカスのような花がプリントされた華やかなサマードレスは、彼女に良く似合っていた。

 あたしはアイスブルーの地に、レースの飾りを付けたサマードレス。どっちも丈はマキシ丈ですけどね。社交界にデビューしたレディーが身に着けるドレスは、日常用であろうと、基本はマキシ丈なのですよ。腕はともかく、足の露出は許されないのです。



 教会のチャリティーに参加したのが、7日前の話。その翌日、教会での事を聞いてもらいたくて、ベルに手紙を書いて我が家に招き、こうして話をしている、という次第。



「あら? どんなに手の込んだ作品でもキャスティングを失敗すれば魅力は半減するし、役者の演技が大根だったりしたら、目も当てられないわ。リッテ商会の副会長、チトセ・ルドラッシュだったわね? どんな方なの?」

「正確な年齢は分からないけれど、20代半ばくらいで、とても背が高くていらっしゃるわ。多分、兄上より高いでしょうね。いつもにこやかに笑っていらして──大人の余裕って言うのかしら? 何があっても、この人がいれば大丈夫だと思えるような方よ」

 チトセさんに比べれば、キアランを始めとした攻略キャラなんて、ただの子供だ。



 そうそう、実は、先日のお茶会の帰りに衝撃的な事実が判明したのである。

 チトセさんは、ゲームに登場する隠れ攻略対象、チャーリーにそっくりだ。当然、彼との個別エンドも存在している。チャーリーとのエンドは、決まって彼の商売を手伝う、というもの。違うのは、シチュエーションくらいで、バリエーションが少ない。



 予防線を張る意味とちょっぴりの好奇心で、チトセさんにミシェルみたいな子と恋愛できるか、聞いてみたのである。そうしたら──

『恋愛? 俺が? 無理だよ。俺って、そういう感情に欠点があるみたいなんだよね。遊びの恋しかできないんだよ。だからねえ、ミシェルだっけ? あの子に近づくとしたら、従業員確保目的以外、あり得ないね。年齢的にも対象外。でも、必要だと思ったら利用するけど』

 と、まあ実にあっけらかんと言ってのけてくれたのである。



 その意見を反映して、チャーリールートおよび、チャーリーエンドを思い返すと、彼が言う通り、従業員確保目的で接触して来てるとしか思えなくなったのだから、笑うしかない。

 そうね! そう言えば、最初から、従業員を探してるって、宣言してるわね!

 オソロシイ人だわ、チャーリー。だから、1人だけ逆ハーエンドに存在しないのね。めちゃ、納得。



 ヒロインの勘違いに気付いていて利用する事にしたのね、チャーリー。

 何て悪い男なのかしら、チャーリー。

 でも、そこがアナタの魅力なのよね、チャーリー。

 女って、悪い男に弱いもの。おまけにチトセさん、何でもできるし。理想の旦那様になりそうだもの。



 でも、ちびちゃんが、大好きだって知ってるから、惚れないけどね。

 ああ、ロリコンには見えないわよ。あれは、そうね……姪バカってヤツに似てるわ。

 だもんだから、どうがんばっても、頼りになる親戚のお兄ちゃんか、近所の親切なお兄ちゃんにしか見えない。良かったのか、悪かったのか。良い男なのは、間違いないんだけど。




「まあ! そんなに若いの? 商会の副会長って言うから、てっきり素敵な中年男性かと思ったのに。若くて才覚があるだけでなく、王家にもコネがあるなんて……! 素敵ね」

「色んな意味を含めて、おっしゃる通りですわ。彼は、ランスロット殿下に『お前がいれば、従者も警備も今の半分に減らせる』とまで言わせる方ですもの。今後、商会は大きくなるでしょうし──」

 あたしが答えると、ベルの目がきらりと光輝いた。



「ぜひ、お近づきになりたいわ。機会があれば、紹介していただけるかしら?」

「もちろんですわ。彼の方も、社交界での広告塔を探しているそうですから──」

 ダリアの君を広告塔として使えたら、リッテ商会も大躍進するに違いない。あたしの言葉に、ベルは「抜け目のない事ね」と口元をほころばせた。



「そうそう。あなたのお兄様と言えば、小猿の調教はどうなっているのかご存知?」

「こざ……連日、家を出てどこかへ出かけているようですけれど……どうでしょうね?」

 ベルの言う小猿とは、ヒロイン様こと、ミシェルの事である。



「そう……あまり期待しない方がよさそうね。ああ、そうだ。マリィ、あなた、先日のお茶会の後、あの小猿が何をしでかしたかご存知?」

「いいえ? 何か良くない事でも?」

 しでかした、とは穏やかじゃない話だ。一体、何をしたんだろう?



「グレッグとダリウスの遠縁の子と従姉妹だったかしら? まあ、とにかく身内の子が学園に在籍しているらしくて……グレッグの身内のお茶会へ強引に出席して、ダリウスの身内を強制的にお茶会に出席させたのだったかしら? マダム・ヴァスチィンへのレポートを提出するために、ね」

 ぅわっはい。無茶苦茶するわね。味方を作るどころか、敵を増やしてるじゃないの。社交界は女主導の世界だと言うのに……下手に男が出しゃばるもんじゃないわ。そんな事したら、レディ・ミシェルの立場が悪くなるだけだって言うのに。



「まあ……呆れた。提出期限は過ぎていまっているけれど、何とかお目こぼしを、という事でしょうか? マダム・ヴァスチィンも後ろを思えば受け取らざるを得なかったでしょうね」

「でしょうね。あたくしのお友達の妹が、ダリウスの身内の友達で、お茶会の付き添いを頼まれたそうだけど……普通のお茶とお菓子に、自慢話だけの退屈なお茶会だったそうよ」

 ベルは、テーブルの上のカットしたオレンジに手を伸ばす。



「それでね、その時の話題に出たそうなのだけれど、マリィ、あなた、今年は建国祭のコーラスに参加しないの? 小猿が生徒会から参加するよう言われたと、自慢していたとか」

「まあ……!」

 ゲームの時は何とも思わなかったけど、別の角度から見ると、それ、ヤバイからな、キアラン。



 建国祭のコーラスは、コーラス部の伝統行事の1つ。この発表を見て、学園に入学したら、コーラス部に入ろうと思った、という生徒も少なくない。

 当然、主役は、コーラス部の部員だ。

 マリエールは、コーラス部からお願いされたから、特別に参加させてもらってたんだぞ?



 なのに何で、生徒会がコーラス部の発表のメンバーに口出しするんだ。そんな権限ないだろ。バカなの? バカなのね? 

 後で、ランスロット殿下に報告してやるわ。どうしてそう、自分から株価を下げるような真似をするんだ、あの男。



「どうして、生徒会がそんな指示を出すのか、さっぱり分かりませんが、今年はコーラス部からのお誘いはありませんでしたわ。ですが、その分予定を開ける事が出来たので、パレードの方に参加いたしますの。ミスタ・ルドラッシュからお誘いを頂いたものですから。その後、教会の聖歌隊の発表にゲストとして加えて頂けるそうで」

「まあ! そうなの?! 羨ましいわ。あたくしもパレードに参加したいと常々思っているのだけれど……なかなか難しくて、いつも沿道で見物しているだけなのよ」

「あたしは、見物もしたことがありませんわ。どこかの誰かさんを追い回すのに忙しくて」



 向こうの暦で言う8月10日は、この国の建国記念日。9日から11日までの3日間、国を挙げての盛大なお祭りが行われる。

 この間、王都は眠る事も忘れて、盛り上がるのだ。

 王都のメインストリートでは、各地区や各ギルドのフロートが出てパレードをするし、都のあちこちでコンサートや寸劇が催され、道の至るところに露店が並び、大道芸人が立つ。



 お城の方も、儀式やパーティーなどで大忙しなのは、想像してもらえると思う。

 なのに、どっかの節穴王子は、面倒臭がってさっさと行動しやがらない。

 マリエールは、コーラス部の発表が終わると、すぐにヤツを探しに出て、ヤツの尻を叩きながら準備をさせていたのだ。



 人に言われなきゃ準備もしないくせに、あの男はマリエールを鬱陶しいとか言いやがっていたのである。

 今年はそんな事、しないけど! 尻を叩きに行ったら、「今から行こうと思っていたところだ!」なんて、小学生みたいな言い訳をするんだ、アイツ。



「……それ、本当な……のでしょうね。情けない! 従者は何をしているの?」

「殿下の従者は3人ですが、3人とも侮られているのです。だから、彼らのいう事なんて、何も聞こうとなさらないのですよ。あの節穴王子は。執事のいう事だけは、かろうじて聞くようですが、何分、お年ですので──」

 あたしが記憶を取り戻す直前に、「お前は、俺の母親か?!」とか「子供扱いするな!」なんて怒っていたので、なら、そういう風に対応させてもらうだけである。



 彼の執事には、要約すると「手がかかるだけの子供のお守りはもういたしません。何をしても機嫌を損ねてしまうので、わりにありませんから」という内容の手紙を送ってある。

「人間って、本当に色んな一面を持っているものね」

 ベルは額に手を当てて、ため息をついた。



「あたくしの知っているあの男は、率先して物事を指揮し、決断力に優れた武闘派。政治への興味は低いようだけれど、下の者からは慕われ、その行動力は極めて優秀。──そんな風に聞いていてよ。少し前の話だけど」

「本当に……それも真実ですから、何とも言いようがございませんわ」

 あたしがため息をこぼしたその時だった。



「偉そうにわたしを呼びつけるなんて、どういうつもり!?」

 ばんっ! と勢いよく扉を開けて、部屋に乗り込んで来たのは義妹のクラリスである。

 義兄のヴィクトリアスと同じ、日に透けると金色に見える茶色の髪と青いつり目の猫系美少女は、ずいぶんとお怒りのようだ。



 チョコレートブラウンのジャンパースカートに丸襟の長袖ブラウスという恰好のクラリスは、鼻息も荒く登場したものの、あたしの向かいに座るベルの姿を見て、凍結。ちょっと面白い。

 クラリスは、ダリアの君に憧れているらしいから、無理もないわね。



「ベル、紹介するわ。わたしの妹のクラリスよ」

「お、お初にお目にかかります」

 席を立ったあたしは、クラリスをベルに紹介する。クラリスは、緊張したまま、ぎこちない動きでスカートの裾をつまみ、ベルへ頭を下げた。



「レディ・イザベルはもう知っているわね。あなた、あちこちのマガジンを読んでは、彼女の記事がないか、探しているもの」

「っぁ!」

 何でそれを言うのかという、咎めるような視線を送って来たクラリスだけど、無視するわ。散々嫌味を聞かされてきたんだし、これぐらいの意趣返しくらいさせてちょうだい。



 軽く眉を持ち上げたベルは、立ち上がってにこりと微笑み、

「そうだったの。あたくしに興味を持っていただけているようで嬉しいわ。マリィの妹が、来年には学園に入学して社交界デビューをすると聞いたから、会わせてほしいとおねだりしたのよ。お忙しかったのなら、ごめんなさいね? またの機会にさせていただくわ」



「いっ! いえ、そんな事っ……! だっ、大丈夫です! 時間は、あります!」

「そう、良かったわ。でしたら、あたくしたちのお茶に付き合って下さるかしら?」

「も、もちろんです! 光栄ですわ、レディ・イザベル!」

 頬っぺたはすっかり紅潮して、かわいらしくも面白いくらいに緊張して、舞い上がっている。



 アナタ、こんなかわいげがあったのね、とあたしは内心で目を丸くしていた。

 普段はほとんど顔を合わせないし、顔を合わせたら、怒るかイヤミか、完全スルーだったし。

 部屋に入って来た時の剣幕を見れば、どれだけ嫌われているのかよく分かるってものだ。



 ハンナがクラリスの分のお茶を淹れ、ついでにあたしたちのカップも新しい物と取り換えてくれた。その間、クラリスはベルのサマードレスを「良くお似合いで素敵ですわ」と褒めていた。あたし? ノーコメントですけれど? 何か、問題がありまして?



「レディ・クラリス。あなたは、サマードレスをお召しにならないの? サマードレスを着られる時期は、短いのだから、着られる時に着ておくべきよ」

「あ……その……わたし……は、右肩から腕に醜い痣がありまして……とてもではありませんけれど、サマードレスは着られないのです」

 しょんぼりと露骨に肩を落とすクラリス。ベルは眉を顰め、

「夜会の衣装は、ローブデコルテと決まっていてよ? サマードレスも着られないとおっしゃるのなら……」



「わっ、分かっています! ですから、わたし……社交界へは出ないつもりでおりますの」

「それは困るわね。来年の入学予定者の内、上流貴族はあなたを含めて、3人しかいないのよ。女性はあなた1人。あなたにはレディーのお手本になっていただけるものと──」

「そんな……っ」



 学園への入学は権利であって、義務ではない。なので、学園に入学しない貴族も少数派ではあるけれど、存在する。

 学園で習う事柄は、家庭教師から習う事もできるので、無理に通う必要はないのだ。また、家庭教師と学園では後者の方がお金を使う。



 なのに、何故、学園へ通わせるのか。理由は簡単。社交界デビュー前の人脈づくりである。

 学園に入学すれば、親の派閥に関係なく、幅広い身分の人間と知り合う事ができるし、社交界にデビューした後も、話題の1つとして提供する事ができる。

 学園の作法の一部が、社交界の作法と違っているなど、問題がない訳ではないけれど、学園はあった方が良い、できれば通う方が良いと言うのが、世間一般の評価であった。



「あなたのお姉さまは、スミレのレディーと言われるほどの方よ。その妹君なのだから、当然、相応のふるまいが求められるのは分かるでしょう?」

「は……い……」

 クラリスは、顔を俯かせたまま、こっくりと頷いた。

ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。

 ……連休? GW? 何ソレ、知らない(涙

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