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チュートリアルはディナーの前後で 2

「はー、気持ちいい」

 手を動かせば、ちゃぷっと水がはねた。ワタクシ、ただいまお風呂でゴザイマス。義父と夕食を頂いた後は、バスタイムですよー。夜の予定をキャンセルしていて良かったわー。



 この国の社交シーズンは、今が最盛期。連日、あちこちで夜会や舞踏会、晩さん会が催されている。皆、あっちのパーティー、こっちの夜会と大忙しだ。

 義兄と義弟は、今頃どこかのパーティーに出席しているに違いない。



 義父と義母は、舞踏会へお出かけ。義母は足が悪いから、ワルツは踊れないけれど、カドリールは踊れる。

 カドリールは、舞踏会のオープニングに必ず演奏されるもので、ステップはごく単純。歩くような踊り方なので、義母も1曲なら杖を持たずに踊れるのだ。

義妹は残念ながら、お留守番。社交界デビューしていないので、これはしょうがない。



 ディナーの後に舞踏会? って思った? 舞踏会って言うのは、夜の11時くらいから始まるものなのよ。ディナーを食べる時間は余裕であるし、食べて行かないと、お腹をグーグー鳴らしながら、踊るハメになっちゃうのよ。



「……何をしても今さらだとは思うけど……でもなあ……」

 あたしが今考えているのは、義妹の事である。名前はクラリス。今年15歳で、来年の春には、学園へ入学する予定だ。

 侯爵家ともなれば、学園への入学と前後して、王宮拝謁を求められ、同時に社交界にデビューする事になる。これは、上級貴族には暗に求められる事項だ。



 けれど、クラリスはそれを嫌がっている。

 こんな醜い自分が、王妃陛下に拝謁なんてできない、と言うのだ。もちろん、本当に醜い訳じゃない。攻略対象であるヴィクトリアスの身内だけあって、クラリスも美形である。

 彼女が言っているのは、右腕から肩にある赤黒い痣の事。



 醜い、と言いたい気持ちは、分かる。

 夜のドレスは、デコルテが基本。これは肩を露わにするから……。口さがない連中が、ひそひそ言い合ってあざ笑うだろう事は絶対にあるだろう。

 痣のない令嬢と自分を見比べ、卑屈になる事も。今だって、雰囲気は暗いから余計にだ。



 でも、貴族の娘にとって社交界は特別なもの。

 貴族の娘でなくたって、社交界や舞踏会、という言葉には、夢と憧れを抱くものよ。

 行かないのと行けないのとでは、天と地ほどの差がある。かといって、無理やり連れ出すのも可愛そうだ。

 社交界はドロドロだけど、それだけじゃないので、何とかしてやりたいと思うのだ。お節介だと分かっていても。



 そこで思い出したのが、医療用のそういうファンデーション。

 物のついでと、先日のバザーの時に、チトセさんに聞いてみたら、なんと、リッテ商会で開発中らしい。何て素敵な好都合。

「リッテ商会って、何でもありですか……」

「深魔の森で採れる物から作れるんなら、何でもありだねえ」

 ちなみに、とある魔物の骨が原材料らしい。それをベースに、色の元になるミネラルを混ぜて作ってみたんだとか。



「開発中って言っても、ほぼ完成してるんだけどね。後は使い心地なんかのリサーチが必要でねえ……」

「1人、紹介します。あたしの義理の妹ですけど」

 そんな訳で、義妹が社交界へのファーストステップを踏む気になるかもしれないアイテムの調達については、メドがたったのである。



 後はクラリスにこれを渡すだけ。その方法についてももう考えてある。だったら、何をぐだぐだ言ってるのかと言うと、クラリスが無事に社交界デビューしたとしても、マリエールが退場した後の事を思うと、デビューさせない方が良いんじゃないかっていう風にも思う訳で──。

 まあ、そこらへんはなるようにしかならないわね。

 侯爵家が取り潰しになるわけじゃなし──あたしはあたしで頑張るから、そっちも頑張れ、クラリス! としか言えないわ。



「さて……と」

 バスタイムを終了して、寝間着に着替えたあたしは、ジャスミンたちを下がらせて、自室のデスクについた。

 ここからは、情報を整理しながら、考えたいからね。ノートに書き込みながらじゃないと、頭が追いつきそうにないのよ。



 何度も言うけど、あたしの望みは脱婚約者、脱貴族である。

 その後、リッテ商会に就職して、ルドラッシュ村へ引っ越す。前の2つが上手くいけば、後半は自動的について来る。

 そして、脱婚約者がなれば、脱貴族も高確率でなるだろう。そういう風に仕組んでいく。



 脱婚約者をなす為に、何をするかと言うと、キアランとヒロイン様こと、ミシェルの恋が成就させる。これについては、ランスロット殿下夫妻やマザー・ケートも手伝ってくれる。

 …………国が、恋の演出をしてくれるなんて、豪華だな(笑)! バラエティー番組も真っ青だよ! 笑っちゃう。



 えー? 婚約者とか? 身分の差とか? 回りの反対、イジメに、他にも気になる男の子とかぁ? 王道って言えば王道だけど、単語として並べてみると、何だかチープ。本当、笑える。

 当事者にしてみれば、真剣なんでしょうけどねえ。



 これって、ハニートラップの亜種ではなかろうか。

 仕掛ける側としては、カウンターパンチを狙うボクサー的なものでなく、疑似餌で魚を釣ろうとする釣り人の気分に近い。

 ざまぁではなく、してやったりである。



 カウンターパンチは、はっきりと相手にも敗北が分かってしまう。でも、これだと逆恨みという、面倒くさげなものがついてきそうでうっとうしい。

 その点、してやったりは、表面上、相手に勝たせるのだから逆恨みはされない……と思う。希望的観測でしかないけども。



 けどまあ、何よりオソロシイのは、こちらが仕掛けるまでもなく、彼らは自分でそっち方面へ突き進んでいるという事実の方である。

 ああ、三途の川が見えるわ……。



 全く、仮にも人の上に立つ人間なんだから、事実関係の把握、情報の分析は大事だって教わったでしょうに。聞いてない、知らなかったでは、通じないって分かってんのかな?

 あたしが偉そうに言える事はではないけれど。ま、いいか。

 では、分かりやすいキアランを中心にして、その事実関係の把握と情報の分析を始めるとしよう。



 キアランは、第2王子である。ご生母は、王妃様。ランスロット殿下は、第1王子で、ご生母は側妃様。母君のパワーゲームは、現在つり合いが取れている状態だ。

 つまり、次期国王レースに、生みの親の力は今のところ影響力小である。



 ご本人の才覚についても、似たり寄ったり、という評がついているようだ。こちらも影響力は小さいとみていいだろう。

 次に妻ないし、婚約者の影響力。キアランが有利と言われているのは、ここ。

 パトリシア妃殿下のご実家は、公爵家。マリエールは侯爵家。実家の力は、あちらが上。女子力も多分、あちらが上。涙なんて、出ないわよ。



 では、天秤をキアラン側に傾ける要素として、何が働いているのか。



 マリエールが精霊の歌姫だから? それは、違う。

 精霊シリーズは、貴重な人材であることに間違いはないけれども、政治的な発言権は基本、持っていない。



 マリエールにリュンポス神の加護があるから? これは、正解でも間違いでもない。神の加護については、この国のトップシークレット。これを知る人間は、ほんのわずか。なので、別の要因があるのである。



 それは、何か。



 それは、常にあたしの首元を飾る、アルコシアンをあしらった花十字のペンダントだ。

 このペンダントは、教皇様から直接頂いた物。

 マリエールが、ガイナス聖教会の保護下にある事を示す物。

 マリエールの後ろには、ガイナス聖教会のトップ、教皇様がいるのだという証拠。



 いつか、馬車の中でベルが言っていた事を思い出してみてほしい。

 彼女は『サジリウス3世から直々に花十字のペンダントを贈られている』『これが、どういう意味を持つのか分かっているのか』と、言っていた。

 ベルは、マリエールの後ろに教皇様がいる事を正しく理解している。



 ペンダントを直接渡したくらいで、バックに教皇様がいるなんて思わない? ノンノン。その認識は甘くってよ。

 まず、教皇様が花十字のペンダントを直接授けた人間は、現時点では、あたししかいない。



 そして、我が家には、昔からオズワルドが出入りしている。

 教皇様の甥にして、養子の彼が、だ。

 実情はともかく、第3者の目から見て、オズワルドを通して、マリエールの様子が教皇様に伝えられているのでは? と考えるのは、不自然な事だろうか?



 結論を言うと、キアランが王位継承レースで優位なのは、バックに教皇様を付けている(と思われる)マリエールが、婚約者だから、なのである。

 自分の後ろに教会があるなんて、我ながらびっくりだけども。今まで、そんな自覚なかったわ。あ~、オソロシイ。



 ゲームでは花十字ペンダントの設定は、さらっとしか出て来なかった訳だけど……その奥に隠されたモノを暴けば、あら、びっくり。とんでもないシロモノである。

 ペンダントの値段もそうだけど、このペンダントの価値もオソロシイ。核弾頭並の破壊力があるような気がする。あたし、核弾頭を肌身離さず持ち歩いてたのか……コワッ!



 教会の告解室で、キアランがこうで、ああで、とさめざめ泣いていたら、あるいは王妃陛下に、キアランが冷たいと落ち込んで見せたら、アイツもちょっとは変わったのかも知れないけどなあ……それも、今さらか……。

 全身、灰になりそ。



 って事は、だ。キアランが今まで、平穏無事に生きて来られたのって、全部、マリエールの忍耐の上に成り立ってたのではないだろうか、と推測できる。

 ほら、ランスロット殿下がユーデクス一族は、基本、言われた事しか答えないって言ってたから。

 キアランに、マリエールが酷い事を言われたって報告を聞いても、マリエールの態度や反応などを突っ込まなかったら、そこで報告終了なんだよ……。

 今のあたし、きっと目が死んだ魚みたいになってると思うわ。



 人前では、泣いたり怒ったりしなかったから、あんな風に言われたって、平気なんだって思われていた可能性大だ。

 そういう視点でいけば、ランスロット殿下夫妻の態度、国王陛下夫妻の軽い謝罪も納得できる。



 はははは。もげろっ! もげてしまえっ!

 あ、でもランスロット殿下夫妻がもげるのはよろしくないな。色々、手伝ってもらわなきゃならないし、後継ぎだって必要だし。

 ……もげそうなほど、こき使わせていただく、という事に──決定!



 そして、マリエール・ヴィオラ、アンタは偉い! 偉いよ、本当に。よく頑張った。その我慢強さ、あたしもちょっとは見習った方がいいかも知れないわ。

 うん、あたしも頑張るから! 一緒に頑張ろうね!



 では、次に少し視点を変えてみる事にする。

 あたしとしては、目的さえ果たせれば、その過程は割とどうだっていい。

 婚約破棄、婚約破棄と言っているけれども、婚約解消ができれば何でもいいのだ。穏便に解消するのもありである。どっちにしろ、彼の評価が下がる事には違いないのだし。急落するか、ゆっくり下がるか。その程度の違いである。



 侯爵家を出る事だって同じ。表向きは、追い出されて行方不明でも、移動中の事故か病気で他界でもどっちでもいいのだ。

 全員がそれなりの幸福を掴もうとしたなら、キアランとマリエールの婚約は穏便に解消。もちろん、謝罪は必須だけど! その後、マリエールは侯爵家の領地に戻る途中、事故で他界した事にする。



 キアランは王位継承権を放棄して臣籍降下。ミシェルを妻に迎える。

 ランスロット殿下は、国王陛下になる。

 婚約解消は、マリエールの望みでもあったのだから、オズワルドを始めとする他の攻略対象にも、リュンポス神の加護とやらが、何らかの影響を及ぼすことはないだろう、と思う。謝罪すれば、だけど。



 あちら側が、マリエールの手札を正確に理解していたなら、これに近いルートに舵を取るはずである。

 ちなみに、キアラン以外の攻略キャラの個別エンド、という選択肢は難しい。

 ランスロット殿下の望みが叶わない事はもちろん、秘密裏にではあるけれど、国が全面的にバックアップするんだもの。そっちへは絶対に転がしてもらえないはずだ。



 しかし、である。現状、この穏便ルートは難しい。非常に、難しい。

 理由は簡単。あちら側がマリエールの手札をちっとも把握、理解していないからである。

 このまま進めば、彼らにとってオソロシイ事になるのは間違いない。



 婚約破棄、侯爵家追放という事になれば、教会の庇護にあるという社会的信用及び、教皇様の意向を無視した事になる。マリエールが望んでいたからとか、そんな事は関係ない。



 キアランは教会のバックアップを失うばかりか、神の意思に逆らったとみなされ、破門を言い渡されたって不思議じゃない。それは他の人たちも同じ。この国において、ガイナス聖教会を破門になったという事は、記録上、その存在を抹消されたと同意義である。

 当然、真っ当な職には付けなくなる。



 まあ、そんな不祥事、表ざたにはしたくないだろうから、適当な理由をつけて王都より出される事になりそうだ。もちろん、実質上は追放である。



「さあ、ヒロイン様、第2セットが始まったわよ?」

 同じゲーム盤、同じルール、同じ駒。でも、挑むゲームの内容は全然違う。

 ミシェルは、恋愛シミュレーションゲーム

 あたしは、アクションを必要としない、サバイバルゲーム。



「教えてあげる義理なんてないから、教えてあげないけど」


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

悪役っぽくなってきました(笑)

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