昼下がりの公園で 2
「今から12年前、あなたはこの世界に召喚された。召喚したのは、当時、5歳だったオズワルド・スタンリー・マーロー。世間じゃ、天才法術使いなんて言われてるけど……」
チトセさんは、彼をあざ笑うかのように肩をすくめた。
オズワルドはチトセさんが言う通り、天才法術使いと言われている。法術というのは、魔法のようなもののことだ。彼の才能は、100年に1人の逸材だともっぱらの評判で、学園での法術の成績は常にトップを維持し続けている。
父は彼の将来性に早くから目を付けており、頻繁に我が家に招いていた。幼馴染と呼べるほど、私は彼と懇意にはしていなかったけれど、昔からの知人であることには違いない。
「オズワルドが、私を召喚した……? だって、オズワルドは──」
「そうそ。『召還失敗なんてありえない』だの『どうやったら失敗なんかできるんだ。その方が不思議だ』だなんて、えっらそうに言ってるね。自分こそ、取り返しのつかない大失敗をしてる癖して……何様なんだか」
そう。オズワルドは天才だからこそ、そうでない人間の失敗やできない、無理という発言が理解できない人なのだ。そのため、彼を嫌う人間は、少なくない。
「あの、本当に彼が私を召喚したんですか? 私、そのあたりの事は良く覚えていなくて」
「残念ながら証拠はないからね。教皇様に直接たずねる訳にもいかないし、自称天才(笑)も、覚えてないだろうし。だから、信じる信じないは、あなたの自由」
「はあ……」
「ちょーかんしゃえたんなや、ちゅながりがあゆはじゅよー。よゆになったや、しょのひちょのことをおもいうかべて、しゅーちゅーしてみたやいいじょ」
飴を口に入れたまま、おちびちゃんが言う。
「オズワルドの事を思い浮かべたら、いいの?」
「しょお。うまくいったや、かんがえてゆこととか、わかゆよ」
「そう……分かったわ。やってみる」
「ん。やっちぇみちぇ」
「自称天才(笑)の失敗を、教会側は隠ぺいする事にしたんだ。将来有望な法術使いであり、教皇様の甥だからね。養子にしたのも同じ理由だね。失敗を知っている人間は、誰もが敬虔な教徒だったし、人数も少なかったから口止めは簡単だったらしいよ。教皇様の甥から養子になった事も関係してるだろうけどね」
「オズワルドは、どうして私を還さなかったのでしょう?」
「召喚するつもりのなかったあなたが現れたことで、5歳児は癇癪を起したんだよ。オマエなんか呼んでないのに! ってね。それで、その場で召喚陣を見直して書き換えた。後で大人が様子を見に来た時には、手遅れってわけさ。還そうにも、召喚に使った陣がない。5歳児は、書き換える前の陣をはっきり覚えてなかったから、召喚陣を書き直して、送り帰すこともできなくなったってわけ」
ホント、いい迷惑だよね~、とチトセさんは肩をすくめた。
「あなたは、孤児として教会に保護されることになったわけだけど、このまま教会に置いておくのはよろしくなかったわけだ。あなたの口から、教会に来るいきさつを話されたら、自称天才(笑)の失敗が明るみに出ちゃうからね」
「……法術の才能を持たない私が、侯爵家の養女として迎えられた理由も御存じですか?」
「もちろん。あなたが召喚されたその夜、教皇様は神託を得たんだよ。不幸にも、望まずして異世界より招かれたあなたには、リュンポスの加護を与えるっていう、ね」
「っ!?」
リュンポス神とは、我がユァシェル王国の国教、ガイナス聖教会の主神の御名。そんな尊い神の加護が私に──!?
「この神託で、教皇様の身辺は大騒ぎさ。でも、結論が出るのは早かったね。1つ、あなたにそのペンダントを渡すこと。聖教会の保護にあることを示す、花十字のペンダントだ」
四葉のクローバーの葉の部分を少し細くしたような形を、ここでは花十字と呼んでいる。中心には4つ、ないしは5つの宝石があしらわれていることが多く、私のペンダントにも、5つの宝石があしらわれていた。
「そのペンダントの宝石、珍しい虹色をしてるでしょ? アルコシアンっていう、とても貴重な石を使ってるんだ」
「アルコシアンというのですか? 初めて知りました」
「あまり知られてない宝石だからね。それでも、その5つの石の内、2つもあれば、伯爵家クラスの屋敷なら、ぽんと買えるくらいの値段がつくかな」
「はぁ?! えっ、ええっ……!? ちょっ……」
顔から全部のパーツが落ちるのではないかと思うくらい、驚いた。石2つでその値段なら、石が5つもあしらわれたこのペンダントの値段なんて……
「まさに国宝級だね。値段なんてつけられないよ。ちなみに、この国でアルコシアンを見ようと思ったら、手っ取り早いのは国王夫妻の王冠だよ。あれに使われてる」
全身から汗がぶわっと吹き出た。チトセさんいわく、私のペンダントに使われている石は、加工に失敗しているらしく、王冠に使われている石ほどの輝きはないそうだ。
それでも、単純計算でこのペンダントで伯爵家クラスの屋敷が2つ買える計算になる。
「多分、9割ぐらいの人はその石をオパールだと思ってるんじゃないかな」
「私も……そう思っていました……」
この石がきちんと加工されていれば、価値は3倍くらいに跳ね上がるとか。
「ほ、他にお持ちの方はいらっしゃる……?」
「いるけど、人間社会でこの石を持ってるのは、300人くらいじゃないかな。アルコシアンが人間社会に持ち出されて、200年くらい経つけど、産出量が圧倒的に少なくてね」
単純計算で、この石を手に入れられる人間は、1年で1人か2人という事になる。
チトセさんいわく、アルコシアンが産出されるのは、我が国の北から西にかけて広がる、深魔の森のさらに奥、スネィバクボ山脈のとある場所なのだそうだ。
このどちらも、未開の地であり、超弩級の危険地帯である。
向こうで例えれば、深魔の森はアマゾンのジャングルのようなものだろうか。ここに棲むのは動物だけでなく、魔物に人間と人間以外の少数民族や魔族も住むと言われている。
ベテランのアタッカー──森に挑む人をこう呼ぶのだとか──でも、往復3か月はかかるし、帰って来た時には人数が半分以下になっていたり、帰って来なかったりすることも決して珍しくはないそうだ。
スネィバクボ山脈は、ヒマラヤ山脈かアンデス山脈かというところ。こちらにも、魔物や魔族、少数民族などが住まい、高山病という強敵も控えている。
「そんな訳で、希少性が跳ね上がるうえに、カットの仕方が難しくてね、商品として流通させられるのは、100個の内の1個か2個くらいなんだよ」
聞けば聞くほど、私の胸元にこれがある事実に、気絶しそうになるんですけど……
「そのペンダントは、時に王族よりも優先される事を示してる。そりゃそうだよね。神様の加護を持ってるんだもん。下手な事をして、見放されたりしたら大変だ。どんな災いが降りかかるか、分かったものじゃない」
「だから、侯爵家だったのですね。国内でも敬虔な教徒として知られていたから……」
「その通り。さらに、侯爵家に養女として引き取ってもらった後、あなたは精霊の歌姫であることが判明した」
精霊の歌姫。それは、時折現れる、精霊に好かれる人間のことをいう。歌姫の他にも騎士やら巫女やら狩人やら、沢山いるそうだ。それでも、10年に1人いるかいないか、というくらいの数しか現れない。
「これはもう、絶対に王家へお嫁入りしてもらうしかないよねえ」
「それで、キアラン殿下との婚約が成立したのですね」
「その通り。オズワルドは、あなたと教会を繋ぐパイプ役にするつもりで、侯爵家へ通わせていたんだ。侯爵家としても教会とのパイプが増えるのは悪い話じゃない」
キアラン殿下は、王妃様を実母とする、我がユァシエル王国の第二王子。
余談ながら、側妃がお産みになられた第一王子と、水面下で──主に周囲の人間が──次の王位をめぐって争っている。
今現在優勢なのは、第二王子派で、我がシアン侯爵家もこちらの派閥に属していた。
「第二王子が優勢なのは、本人の資質じゃなくて、あなたがいるからだよ」
本人もまあまあ優秀ではあるけれど、第一王子と比べれば、少々小粒だからね、とチトセさん。オズワルドを自称天才(笑)などとおっしゃるあたり、酷評ですのね。
「さすがに、あなたが主神の加護を持っていることは公にされてないけど、精霊の歌姫であることは違うからね。精霊に好かれているあなたが国のトップに立った時、その恩恵が国民に与えられる事を期待する人間は、少なくないし──」
主神の加護もあるとなれば、それ以上の恩恵も期待できる。少なくとも、そう考える人間はいるはずだ。
「皮算用と言えば皮算用なんだけどね」
「そう……ですね」
私の口から、ため息がこぼれた。
長年の疑問が、ようやく解けた。
私はずっと不思議だったのだ。
貴族にとって、法術の心得はなくてはならない物とされている。少なくとも、下級の法術くらいは使えないと、貴族として恥ずかしいという風潮が蔓延しているのだ。
にも関わらず、私は法術が使えない。いっそすがすがしいほど、才能がないのだ。
なのに、何故、私は侯爵家に養女として迎え入れられたのか。
元の世界へ還すことができない以上、私に不自由のない生活を保障しなくてはならない、という理由だけでは、到底納得できなかった。
不自由のない生活は、侯爵家でなくても保障できるはずだ。
貴族の娘として、初めから失格というレッテルを貼られているにも関わらず、第二王子との婚約が成立したのは何故か。
精霊の歌姫であること。また、同じ年頃で釣り合う家格の者がいなかったから、という理由だけでは、信じることができなかった。
家格なんて養子縁組でどうにでもなる。精霊に好かれる人間でも、王家と関わりなく生きている者は多い。貴族の生まれであっても、だ。
「不祥事の隠ぺいと、神と精霊の加護を持つ者の監視が侯爵家の役割。また、私を王族と娶せることで、教会と侯爵家と王族の繋がりが強化されると同時に、国への恩恵も期待できる……これは、そういう政略なのですね」
「そ。法術の才能がないあなたは、それ以外の方面で自分を磨き、王子の婚約者としてふさわしい教養と礼儀作法を身に着けたし、公務や様々な活動も精力的に行ってきた」
「え、ええ。必要に駆られて仕方なく。ですが、それでも、私が王妃に相応しいとは思われていないようですが……」
「それは、あなたの回りにいるのが、学園内のことしか知らない子供ばかりだからだよ」
ちびちゃんの頭を撫でながら、チトセさんはくすくすと楽しそうに笑っている。ちびちゃんはというと、お菓子を食べるのに夢中で、私たちの話は全く聞いていないようだった。
「……法術を使えない私には侯爵家の娘としての価値はなく、殿下の婚約者であることが全てなのです。それが失われてしまっては──私の存在価値がなくなってしまいます」
「だから、王子が、他の女と親しくしている事に危機感を持っているんだよね」
「ええ、ええ。その通りですわ。殿下は、日に日に私への当たりを強くして行かれます。お慕いしているかと聞かれれば、首を横に振ることになりますが、それでも、私は殿下の隣に立たなくては……私は、生きる意味を失ってしまいます」
でも、チトセさんに、新城 真理江の名前を出された今、私の思考に歪みが生まれていた。
キアラン殿下に元に嫁ぎ、殿下の隣に立つ事。それだけが、法術を使えない、貴族としての価値を持たない私に与えられた唯一の価値。
ずっと、そう思って来た。けど、真理江としての記憶や感情が甦った今は、違う。
何で、拉致被害者であるあたしがこんなにも我慢して、努力して、辛い思いをしなくてはいけないの!? と叫んでいる。
その一方でマリエールが言う。たとえ、血は通っていなくても、私は侯爵家の娘。私がここまで育ったのは、民の税金のおかげ。それを還さなくてどうするの? と訴える。
「私はっ……どうすればいいんでしょう? 今言ったとおり、殿下の婚約者ではない私に価値があるとは思えません。でも、そんな訳ないって、思う私もいて──」
こんな事、誰にも言えない。誰にも相談できない。
父は多忙。他の家族は、法術を使えない私を蔑み、極力関わろうとしない。社交界にも、学園にも、心を預けられる友人はいない。私付きであるということで、肩身の狭い思いをしている侍女たちにも、言えない。
そもそも、この話を信じてもらえるのかさえ怪しい。
「う~ん……俺が真理江さんの名前を出した事で、真理江とマリエールの意思と感情が、渦巻きになって、ちょっと混乱してるみたいだねえ。とりあえず、深呼吸してみようか」
「あ、はい」
「初対面の俺が言っても、信じられないだろうけど、大丈夫だよ。大丈夫。ちゃんと考えて動けば、あなたは、あなたの望む未来を手に入れられるからね」
チトセさんの笑顔に、私は彼を信じてもいいような気にさせられた。
ここまで、お付き合い下さり、ありがとうございました。