密談はランチの後で 2
マザー・ケートと第一王子夫妻がここに足を運んだのは、あたしに協力するかどうか、見極めるため。
こうして、偉そうにしてるけど、本当なら、あたしの方が立場は弱い。
あちらは協力する側で、こちらは協力してもらう側。
第一王子夫妻は、ユーデクス一族から侯爵家やキアランの言動について報告を受けているけど、それがマリエールをどれだけ追い詰め、傷つけているか、ピンと来ていない。
何せ、ワタクシ、アクジョなもので。
彼らは、そういう扱いを受けても仕方がない、というような気持ちでいたのだ。
何より、マリエールが、何も言わない。国王陛下夫妻も「苦労をかける」と言いつつ、原因はそっちにもあるのだろう、と思っていたに違いない。
だから、息子を叱ったりはしなかったのだろう。
あたしがどれだけ苦痛に思っていたかを聞いても、夫妻は「自業自得の部分もあるのだから」と思っていたに違いない。「被害者ヅラして何を、」という気持ちもあっただろう。
自覚の有無はともかく、よくもまぁぬけぬけと、という感情が彼らにはあったのだ。
周りは周りで、マリエールが耐えているからこそ、何もできなかった。相手が持っている権力だって相当なものだし。
でも、それが今、神の加護という何が起こるか分からないモノのお蔭で、立場が逆転した。
「──それで、貴男たちはどうなさるおつもり?」
王子夫妻の様子を横目でちらりっと伺う、マザー・ケート。
2人は顔を見合わせると、即座に立ち上がり、
「済まなかった。私としてはそんなつもりはなかったのだが、結果として君を軽んじるような言動を取ってしまった。深くお詫び申し上げる」
「わたくしも、ランスロット殿下と同じ気持ちです。心からお詫び申し上げますわ。レディ……いえ、ミス・マリエ」
王子夫妻は揃って、あたしに頭を下げてくださった。角度はしっかり90度。
あたしも立ち上がると、
「あたしの方こそ、ご無礼申し上げました。これで、今の事は水に流す事にしませんか?」
スカートをつまんで裾を持ち上げ、2人へ頭を下げた。
マリエールには悪いけど、こんな事で協力者の数を減らすつもりはない。
あたしは、必ず、貴族籍から抜ける。
その為に、必要だと思える事は、人殺し以外であれば、何だってするわ。
少々気に入らないくらい相手に頭を下げるくらい、どうって事ない。
「ああ、そうする事にしよう」
「異論はありませんわ」
腹の内はどうであれば、2人がそう言ってくれたので、一件落着。
と言うか、やっとスタートラインに戻れた。
「それじゃあ、改めて話をしようか。まま、座って、座って」
そう言いながら、チトセさんは立ち上がる。何をするのかと思えば、ランスロット殿下たちのお茶を淹れなおしてくれたのだった。
「私は、キアランに王位を継がせたくない。いや……正確に言えば、君の加護をあてにしている人間が国の中枢に座っている事が許せない。下から陳情があっても、その内何とかなるだろうと、手を打たない。下はそんな上に不満を募らせる」
「今回は、運が良かったから何とかなったけど、あれがなかったら、どうするつもりだったんだ? っていう不満ですね。上は下の事を真剣に考えているのか、という不信感にも繋がるでしょうし……」
「その一方で、特に何もしなくても何とかなったのだから、今回もまた、何とかなるだろう、と考える者も現れ、執務の効率が下がりつつあるのです」
楽な方へ楽な方へいきたがるのが人間のサガですもんねー。がんばっても、がんばらなくても結果が同じなら、頑張らないデスよねー。
「仮に、サジリウス3世の意向を汲んで、社交界から離れた貴族の下で働く事になったとしても……」
ここで言葉を切ったマザー・ケート。
どうしたのかと思ったら、あたしの呼び方について、質問された。日本は、姓名の順番だけど、こっちは名前が先で姓が後だから。シンジョウが名前でいいの? って、確認されてしまった。マリエが名前なので、そっちで呼んでほしいと言えば、
「っ! いやだ、御免なさい。それじゃあ、ミス・マリエという呼び方はおかしいわね」
パトリシア妃殿下が、大慌て。
ミスは敬称であって称号ではないから、その使い方は確かにおかしい。正しくはミス・シンジョウだ。
「別にいいんじゃない? 特殊な使い方って、特別っぽいし。ねえ? マリエさん」
「そうね。そもそも、向こうじゃ、ミスもレディもあまり馴染みのない言葉なので、あたしは気にしませんから」
そういう事で、あたしはミス・マリエになった。マザー・ケートはマリエって呼んでくれるみたい。
「ええと、話の腰が折れたけど、マリエが貴族の下にいるという事が分かっているのなら、結局は、あてにされてしまうでしょうから、貴女がリッテ商会の本部で働く、というのは悪くないアイディアだと思うのよ。本部があるルドラッシュ村は、ルーベンス辺境伯の領地でしょう? 陛下もサジリウス3世も手出ししづらい場所だもの」
「そうなの?」
「ああ。詳しくは話せないが、お2人の軽率な行動が、辺境伯の姉上とその婚約者を死に追いやってしまったのだ」
「……この親にしてあの子ありって訳か……」
チトセさんが、うへえと露骨に顔をしかめた。あたしもそう。
何をやらかしたのか、気にはなるけど、好奇心猫をも殺すと言うし、今は聞かないでおこう。自己保身、大事。
「でもさ、どのタイミングでウチに来る? 学園は卒業しておいた方が良いだろうし、何より、婚約破棄と貴族籍を抜けるっていう、一筋縄ではいきそうにない案件もあるしね」
「何を言っているの、チトセさん。そもそも、あたしとアナタが出会ったきっかけは何? あ~んなに存在感が大きい、使えそうな人材を忘れてるなんて」
「ミシェル・グレゴリー・ヘラン男爵令嬢か」
「あ! マリエさん覚醒のきっかけ」
名前を口にしたのは、ランスロット殿下。
ぽん、と手を叩いたのはチトセさんだ。
「具体的なプランはあるのかしら?」
「卒業パーティーが、最後の舞台としてふさわしいのでは? と考えています。ミシェル・グレゴリー男爵令嬢とキアランの恋心を適当に煽りつつ、彼女との恋を成就させるため、卒業パーティーで婚約破棄を宣言しては? と彼を唆すのはどうでしょう? 同時に、義兄にもマリエールを侯爵家から追放するように、働きかけるのです」
ランスロット殿下の事がなければ、あたしとしては、キアランエンドでも構わなかった。ただし、マリエールが側妃として残るバージョンとミシェルが側妃、マリエールが正妃になるバージョンを除く。
でも、ランスロット殿下の要望を叶えようと思ったら、そうはいかない。
ミシェルには、逆ハー・王都落ちバージョンか、キアランエンド・臣籍降下バージョンを選んでもらわなくてはならないのである。
「なるほど。確かにそれは良い案だな。ヘラン男爵令嬢は、成績も優秀で、法術や武術にも秀でていると聞く。が……」
「行状は褒められたものではないようね。あの子たちの目に、その子がどんな風に映っているのかは、分からないけれど……」
言葉尻を濁したランスロット殿下を、マザー・ケートがバッサリ切った。
「頭の良い子だったのに、期待されている役目をすっかり忘れて女の子にのめりこむなんてね。まだ若いから、と言ってしまえばそれまでだけれど……正直、期待外れだわ」
一度切られてしまえば、後は遠慮なし。
「ヴィクトリアス、グレッグ、ダリウス。他の子息たちにしても、似たような事が言えるな。恋は盲目と言うが……ここまで人を変えてしまうとは──」
「ランもあんまり偉そうには言えないからね。所かまわず頭をバラ色に染める癖、どうにかしなよ。すーぐ顔に出るんだから。さっきだって、今にも『うへへへ』とか『ぐへへへ』なんて、品のない笑い声が聞こえてきそうな顔してたよ」
「っな……?! そ、そんな事はっ……!」
心ここにあらず、みたいな雰囲気は皮算用でもしてるのかと思ってたんだけど、そんな事、考えとったんかいっ!
「──貴男が実権を握ったら握ったで、問題はありそうね」
「申し訳ございません。必ずやわたくしが、しっかり調きょ……いえ、躾てみせますわ」
うん? 今、調教って言いかけなかった?
…………ま、いいや。あたしには、関係ないない、関係ない。平和が一番。……がんばれ、ランスロット殿下。いや、パトリシア妃殿下の方かしらん?
頑張りすぎて、新しい扉を開かれないよう、ご注意あれ。
「ゴホン。その……何だ、確かにヘラン男爵令嬢を使って、キアランには婚約破棄、シオン侯爵子息には侯爵家からの追放を働きかけるというのは悪くない」
「王家、ひいては国家にとって、ヘラン男爵令嬢を迎える事は、レディ・マリエール以上に価値のある事なのだと、たとえ可能性であっても、示せないようでは……」
とてもとても、とパトリシア妃殿下。
「ただ、こちらの計画が、国王陛下や法皇様に知られるような事はありませんか?」
「大丈夫よ。サジリウス3世には、貴女がキアラン殿下の婚約を撤回させて、貴族籍を抜けたいと本気で言っているから、それに協力するとだけ伝えておくわ。万が一、今日の事を詳しく知られたとしても、先に口にした言葉を撤回する事は不可能ですもの」
撤回しちゃったら最後。何が起こるか分からない不思議な呪文『神の加護』が発動する可能性大、ですしね。
「陛下の方も問題ない。あえて誤解をそのまま放置している訳だが、ユーデクスは王家ではなく、国に仕える一族だ。彼らも現状を憂いていてな……私とあちらと天秤にかけたなら、私の方がまだマシかも知れないという事で、一応はこちら側についている」
信頼度は微妙。調教が始まるのは、これからだっていうせいもあるのかも知れないけど。
「付け加えるなら、彼らは監視をしているが、基本的に、あらかじめ命じられている事しか報告しないし、聞かれた事しか答えない。君に付いたユーデクスは、君の護衛を命じられているだけだからな。陛下が尋ねない限り、君の言動について報告はしない」
「え? あ~……ぁ……そう……なん……だ……」
悪い事したなぁ、とチトセさんがぼやく。目が泳いでいるところを見ると、何か怪しい。
「チトセ、貴方、何をしたの?」
「えっとね……? 20秒弱?」
ぐっと握った拳を持ち上げたチトセさん。やっちゃった、という雰囲気の表情。
……一族の護衛を、20秒ほどで黙らせたんですね。拳という物理的な力を使って。
とんでもない人だな、ホント!
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
ストックがやばいですが、何とか今のペースを維持できるよう、がんばります。