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告解は密談の中で 2

「な~んか、またちょっと変わったね、マリエさん」

「……そう……かな? いや、うん。そう……だと思う。ほら、2回目に会った時、今はマリエールを演じてる真理江ですって、言ったでしょ? あれね、今なら分かるわ。正しくない。真理江が演じている事を思い出したマリエールです、っていうのが正しいと思う」



「じゃあ、今は?」

 へえ、と片眉を持ち上げるチトセさん。何か、悪そうな顔をしている。いたずらを企んでいる悪ガキの作戦参謀みたいな雰囲気だわ。

その質問に答えるのは、ちょっと恥ずかしいけど……! あたしは目を泳がせながら、

「悲劇のヒロイン、マリエールという名の、中2病を患っていたことを思い出した真理江」



「ナルホド。きっかけは?」

「……多分、怒り……かな? 深魔の森の開発事業。あたしがいるから大丈夫って、そんなわけないでしょうが! っていう、怒り。で、事業の方だけど、多分、破綻すると思う」

「理由は分かる?」

 チトセさんの食いつきがハンパないなあ。同じフィールドで活動する事になるんだから、開発事業がどうなるかは、リッテ商会としても、重要な案件に違いない。そりゃ、身を乗り出して聞く気になるか。



「儲けようが儲けまいが、マリエールには関係ないからよ。多分、ヴァラコ共和国との対立は、これ以上深刻にはならないと思う。理由は簡単で、政情が不安定になれば、マリエールの生活基盤も不安定になるもの」

「あ~……なるほどね。そっか。そういう事か……」

「──つまり、リュンポス神の加護は、貴女の生活環境を守るために働いているという事?」



「だと思いますよ。侯爵家の現状については、きっかけはマリエールを受け入れなかったから、でしょうね。それに、見た目は子供でも中身は大人だったから、さぞかしかわいげのない子供だったでしょうし──」

「怖い、って思うのも仕方のない事かもね。人は異質なものを恐れる生き物だし」

 うんうんと頷く、チトセさん。



「後は負の連鎖って言うのかな? マリエールが聞き分けよく頑張れば頑張る程、かわいげがない、気味が悪いって思うようになって、遠ざけるのよ。マリエールは貴族の義務として、奉仕活動にも積極的に関わるんだけど、やっぱり、ゴマすりでもして、かわいがってもらおうって魂胆なんでしょ? っていう風に、悪意のある方向で受け止められちゃうわけ」

「あ~……マリエールが侯爵夫人の名前を使って開いてた、お茶会とかも──?」

「そうよ。マリエールは、動けない、実際にはそんな事ないんだけど、動けない義母上の代わりに、わたしが侯爵家の人間としてふさわしい行動をしなくては──って。美談にも聞こえるけど、悪意の目で見れば、義母の居場所を奪おうとしてる、とも受け取れなくないわ」

「アクジョだねえ」

 チトセさんが、いたずらっぽく笑う。あたしも、「アクジョでしょう?」と笑った。



 それに、自分は悲劇のヒロインなんだっていう無意識の願望が加われば……ねえ?



「連鎖を断ち切るのは、たった一言で良かったのよ。あなたを迎え入れて良かったわ。それでこそ、侯爵家の娘よ。そんな風に、マリエールを褒めれば良かったの。マリエールが求めていたものは、自分の居場所よ。キアランもそう。お前のお蔭で助かっている、ありがとう。それだけで良かったの。それだけで、彼女は自分に価値があると思えたのに……」

 ランスロット殿下とパトリシア妃殿下は、先ほどから口を開いていない。マザー・ケートも、問いかけを1つ、口にしただけだった。



「殿下もね、今までキアランを支えてくれてありがとう、って。それだけで良かったんですよ。それだけで、わたしを見ていてくれて、わたしの努力を認めてくれる人がいたって、マリエールは幸せになれたのに」

 あたしは、皮肉たっぷりに殿下を見やった。



 女の仕事は、待つ事、耐える事なんて、真顔で教えるような世界よ? よく耐えたなんて言われたって、労われた事にはならない。

 まあ、最近はそんな風潮を非難する動きもあるようだけど、表向き、まだまだ女の地位は低いのだ。

「マリエールは、喜んで殿下の言いなりになったと思うわ。わたしの価値を認めて下さる方のお役に立てるなら、って」



「でも、そうはならなかった」

「そうね。適当に機嫌を取って、表舞台から降りてもらおう、くらいに思っていたのでしょう? だって、あたしはアクジョなんだもの。神の加護なんて曖昧にして不可解で厄介な物を持った……ね。堅実を望むなら、不確定要素なんて排除するに限るわ」

 本当にそう思っていたのかどうかは、関係ない。



 そう思われたのだと、理解してもらう事が大事なのだ。

 マザー・ケートは、オズワルドの事を聞きたかったのだからともかく、殿下と妃殿下は、政治の話をするのだから、ちびちゃんに席を外すよう、言うべきだった。

 今ごろ気付くあたしも、あたしだけど。



「今は、どう……なんですの?」

 妃殿下の声は、からっからに乾いていた。

「何がですか?」

「わたくしたちは、国のありようを憂いています。貴方は、どう思っていらっしゃるの?」



「別に何も? お好きになさって下さって結構ですよ? この国がどうなろうと、あたしには関係ありませんから。神の加護とやらがある限り、あたしが住む場所はおおむね平和なようですし──あたしが考えなくちゃいけないのは、侍女の身の振り方くらいですから」

「──っ! 国がどうなっても良いと言うのかっ?!」



「ええ。マリエール・シオン侯爵令嬢なんてものを押し付けられましたけど、あたしは新城 真理江。ただの庶民ですから。ああ、忠誠心や愛国心、信仰心を持ち出されても無意味ですよ? そんなもの、ほとんど持ち合わせておりませんからね」

 我ながら、悪役っぽいセリフ。



 でも、国外へ脱出する予定はないし、ぶっちゃけツテもない。

 愛国心や忠誠心といったものは、持ち合わせていないけど、友達や親しい人を思う気持ちはある。と、いうことは、たぶん、国家情勢は、現状維持のままになりそうだ。

 神の加護が、今後も継続するのなら、の話だけど。

 物は言いよう、嘘も方便。



「今までの生活費もろもろは、灰色の時代を終わらせた事でおつりがくるのではないかと思いますけど? 違いますか? 散々、あたしが持つ神の加護だって言っておいて、あたしがした事じゃないんだろう、なんて言わないで下さいよ?」

 貴族の義務(ノブレスオブリージュ)だって、関係ないしー。わたくし、ショッミーンでございますから。

 まあ、今まで、マリエールが、奉仕活動やら何やらで、やって来てくれたし。彼女には、感謝しなくちゃいけないトコロもたくさんある。

 あ、そうだ。精霊への祭壇を作るみたいに、彼女の祭壇を作ってお祀りしようかしら? うん。我ながら、いいアイディアかも。あたしにしてみれば、リュンポス神よりも、何倍も恩義を感じられるもの。よし、そうしよう。



「──っ! 君の望みは、何だ?」

 おっと、まだ話の途中だった。

 ランスロット殿下の声には、焦りの色が濃い。

「嫌だ、最初に言ったじゃありませんか。キアランとの婚約を解消して、貴族籍を抜ける事。それだけですよ」

 カップを片手に持ちながら、あたしは優雅に微笑んでみせた。



 マリエールが、本当にアクジョなのか、どうか。それは、意見が分かれるところだろう。長所と短所は裏と表なのだから、受け止める側によって印象は変わる。



 彼女が望んでいたのは、たった1つ。

 無条件で自分を愛してくれる、家族だ。



 それは、この召喚であたしが失ったもの。

 マザー・ケートの法術をきっかけに、周りの影響を受けて生まれたマリエール(あたし)は、愛されたくて努力を重ね、嫌われたくなくて無理難題にも頷いてきた。

 どれも報われなかったけど。



 だから、さっきまでのあたしは、自分は被害者だという意識を持っていた。

 奪われる一方の、可哀そうな娘なのだと。



 でも、それは少し違う。確かに、拉致被害者ではあるけれど、社交界デビューをしてからの、侯爵夫人の社交活動への妨害は、加害行為であると言える。

 奉仕活動についても、侯爵領の経営が上手くいっていない事を思えば、ちょっとやりすぎた。

 これでは、いつまでも被害者面をしていられない。もちろん、本人にそのつもりは、全くないのだけれど。一番困るのは、善意による押し付けとは、よく言ったものだわ。

 侯爵家の内情を苦しくしたのは、あたし(マリエール)にも原因があるのだ。



 でも、もうそれも終わり。必要最低限の事だけやって、他はやめにするわ。

 愛されたい、なんて思ったりしないから、外面を取り繕う必要もなくなるしね。

「誰にも遠慮せずに、あたしは、あたしのやりたいようにやらせていただくわ。そういう訳だから、チトセさん。仮にあたしが商会に就職したとして、職種はどうなるのかしら?」



「ああ、初めはねえ、領都か王都の支店で働いてもらおうかと思ってたんだよねえ。本部の方に来てもらおうかとも思ってたけど、そっちの方がよさそうに思えたからさ」

「望んだ事とは言え、社交界の花から、社交界の裏方に落ちたマリエール。……悲劇のヒロイン第2章の始まりとしては、悪くないですね」



「でしょ? でも、気が変わったよ。勧誘の言葉通り、ルドラッシュ村で刺激的なスローライフを送ってよ。事務関係がわりといい加減だから、統括できる人がほしいんだよね」

 他にも、あんな事良いな、できたら良いな、という事柄がたくさんあるので、できる事、やってみたい事はどんどん口にして、やってもらいたいとの事である。



「分かりました。やらせてください!」

 事務職だったから、経験はあるのよ。ぐっと拳を握りこんではっきり言えば、チトセさんは満足そうな顔で「よろしく!」あたしに握手を求めて来た。

 あたしはそれを握り返す。



「後ね、マリエさんの侍女なんだけど、支店で働く女の子の教育係をしてもらいたいんだよね。礼儀作法とかそういうの、きっちりしてると店の評判が上がるでしょ?」

「場合によっては、人材の仲介を依頼されるかも知れないですしね」

「へえ、そんな事もあるんだ。それじゃあ、ますますきっちり仕込んでもらいたいな」

「分かりました。でも、あくまで本人の希望を優先させたいから、他の家に奉公に出たいとか、実は結婚する予定がある、という場合は遠慮して下さい」

「それはもちろん。無理やり働いてもらっても、しょうがないからね。それで、ランたちはどうするのかな?」

 チトセさんが浮かべた笑顔は、とても腹黒いものだった。



 最初に席を立ったのは、マザー・ケートだった。法衣の裾をつまんで、膝を折り、あたしに向かって、頭を下げる。

「そんなつもりはなかったとは言え、貴女に不愉快な思いをさせてしまったことをお詫びするわ。そして、改めて、ガイナス聖教会は、貴女の幸せを何よりも優先すると、言わせてちょうだい。これは、サジリウス3世のお言葉でもあるの」

 庶民籍に移すと言っても、実質は今と変わりない生活をさせるつもりでいらっしゃるようだけれど、とマザー・ケートは付け加えた。



「さっきまでのあたしなら、貴族籍を抜ける事しか考えていなかったから、用意された身分で頷いていたと思いますけど──」

 社交界とは縁が遠い貴族で、熱心なガイナス教の信者。この条件に当てはまる人は、少ないだろうけど、いないわけじゃないだろう。例えば、当主を子供に譲って引退した人とか。



「どんな結果になっても、ご自分の発言には責任を持っていただかないと」

 オホホホホ、と厭味ったらしく笑ってやれば、マザー・ケートも

「その通りよ。オホホホホ」

 笑う声の言葉だけを拾えば、上品なのに、そこに音階が加わると、何故かしら。豪快に、という言葉を付けたくなる笑い方だわ。

 どこか、あたしと感覚が似てるのかも。マザー・ケート、やっぱり、ステキね。

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

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