告解は密談の中で 1
「何でもやってみちゃえばって……」
いくら何でも、軽すぎるでしょ! この国の頭脳は全て、ナマコかアメフラシにでも変化しちゃったワケ? だとしたら、とんでもない迷惑だわ。水分蒸発させて、干からびればいいのに! 人もお金も無限じゃないのよ!?
「ランスロット殿下は無謀だとおっしゃるのに、国王陛下は無謀だとはお考えになっておられないのですか? いえ、陛下以外の方も、ですが……」
「難しいかも知れないが、レディ・マリエールがいるのだから、できなくはないだろうと真顔でおっしゃいますのよ。あの方々は」
あたしは無関係なのに、あたしがいるからって、何、ソレ?! 爆散しろ! 無関係の人間つかまえて、何、勝手な事、言ってくれてんのよ!? 毟ってやろうか……し……ら──ッ?!
「…………」
「レディ・マリエール? どうかして?」
「いえ、ちょっと……」
何、今の。ぞわっときたわよ。ぞわっと。──こういう時は深呼吸よ、深呼吸。落ち着いて、何にぞわっと来たのか、考えるのよ。
「……あの……マリエールにリュンポス神の加護がある、という話の根拠と言いますか、証拠は、教皇様のご神託だけ──ですか?」
そう、深魔の森の開発事業に、あたしは無関係。例えそれが、お金のなる木であったとしても……。それは、あたしには何のかかわりもないもの。
ぞわっときた時に思っていた事、1つ1つの単語を思い出すと、『無関係』という単語に引っかかったのだ。
リュンポス神の加護とやらの根拠は、何?
神託だけで、普通、そんな盲目的なるもん?
ああ、何だ。急に頭が痛みだしてきた。額を手で押さえながらも、あたしは、味方になる予定の人たちの顔色を窺う。
マザー・ケートの表情が、一転して厳しいものになっていた。
ランスロット殿下とパトリシア妃殿下の表情も、それまでの世間話の延長のような雰囲気から一変している。
それじゃあ、何かありますと言ってるようなものだわ。政治の素人にだってバレバレよ。
「……皆さまは、神の加護を持つらしい女のご機嫌取りにいらしたのでしょう? 機嫌を損ねるような真似はなさらない方がよろしいのでは?」
ズキズキと頭が痛む。あたし、今、何でこんな事を言ったの? って、いや、痛いから。痛いから、それどころじゃない。
もう、こんな頭痛、初めてよ。吐きそう。
これ、もしかしたら、マザー・ケートの法術が関係してるんじゃじゃないかしら? 完全に解けた訳ではなくて、まだ残ってたのね。多分の話だけど。
「マリエさん、大丈夫?」
「ドリルで頭をぐりぐりえぐられてるような気がするけど、大丈夫。チトセさん、悪いけれど、お茶のお代わりを貰えないかしら? 熱めがいいわ」
「いいよ」
チトセさんが応じてくれ、席を外した。あたしは、頭を押さえて頭痛に耐えながら、
「答えていただけませんか? とても、大切な事なんです」
「……いいわ。貴女が召喚された頃は、世界的にも大変な時期だったのよ。天候不順が何年も続いたせいで、どの国も慢性的な食糧不足に陥っていたの。正確な数は不明だけれど、飢えによる原因でなくなった人間は、50万とも80万ともいわれているわ。人間が飢えているのだから、その他の生き物も同じよね。モンスターや大型の動物に襲われたり、畑をダメにされたり、といった被害も増えたし、人心が荒れて治安が悪化したのはもちろん、内乱が起きた国もあれば、侵略戦争を始めた国もあるのよ」
「……灰色の時代ですね」
それは、歴史の授業で習って聞いている。動乱の時代の幕開けかと、皆が怯え、身を縮こまらせていたという。
「あの頃の父上は、いつも眉間に皺を寄せていたよ。気難しい顔で、口を開けばため息をこぼし、葬式も絶えなかったようだし、城もひっそりと静まり返っていた」
「今では考えられないでしょうけれど、当時は社交界も形ばかりのものだったようですわ」
「ところが、よ。貴女が召喚されてからは、天候が安定し、食糧問題は3年程度で解決したわ。人間以外の生き物も飢える事がなくなって、被害が減り、治安も徐々に回復したのよ。内乱と侵略戦争の方はまだくすぶっているようだけれど、他国の話だから──」
ズキズキと頭がうずく。あたしは額に手を当てた状態で、
「神託があっただけでなく、あたしがこちらに来て、人の力ではどうにもなりそうにない問題が、解決したから。だから、マリエールに神の加護があるのは間違いなさそうで、彼女がいる限り、国は安泰だと──? 偶然だと考えた方はいらっしゃらない?」
「いるわよ、もちろん。今もいるわ。言ったでしょう? 貴方に神の加護があると知っている者は十数名。そのほとんどが~、って。全員がそうではないのよ」
「私や妻も、立場的には君を否定する側だ。ただ、私はまだ政治に関わりだした若輩者だし、否定側の人間は少数派だからな。なかなか、思うように舵取りが出来ずにいる」
「貴方には、降板してもらうべきではないか、という意見もありましたわ。実際に行動に移そうとなさった方もいらしたの。でもね、その方たちは、全員、ご自分が降板してしまわれたわ。事故やご病気など、理由は色々ですけれど」
さぁっと血の気が引いていく──
「身近にもいるでしょう? そういう人が。かく言うあたくしもそう。公にはしていないけれど、今のあたくしは法術を使えないの。貴女に法術をかけた、あの日から、ね。呪文は覚えているし、法力も体の中に溢れてるわ。でも、法術は発動しないのよ。それまでボウルですくっていたのが、ザルに入れ替えられたみたいにね。呪文を唱えても、法力が精霊たちのところへ届かないのよ。国が平和になって、それなりの地位を与えられたから、法術を使う機会がなくて、隠し通せているけれど」
ぎり、と奥歯を噛みしめる音がする。
「自業自得と言われれば、それまでね。例え貴女の精神が大人のものでなかったとしても、いえ、見た目通りの子供であったのなら、法術なんて使わずに、あたくしの手元に置いて監視、教育すれば良かったのよ。子供の記憶なんて、あいまいであやふやなんですもの」
「シオン侯爵夫人は、聖教会から託された子でも、本館でこの子を育てるのは嫌だと、侯爵と別の女の血が流れる君を見て生活したくない。そう言った1週間後、事故に遭った」
その事故で、義母は杖を手放せなくなってしまった。
弟の方は、生傷が絶えず、1年に1回、必ずどこかの骨を折る。
妹は熱病の後遺症なのか、右腕から肩にかけて大きな赤黒い痣があり、胸元の開いたドレスが着られない。
「侯爵家の領地経営は上手くいっていないようだな」
「……義父は何も言いませんが、おそらく──」
侯爵家の体面を保つだけで精一杯のようだ。
何故、そうなった──?
「何故なの? レディ・マリエール」
まるで、あたしの心を読んだように、マザー・ケートが問いかけてくる。
あたしが、その答えを知っている、とでも言うように。
でも……そうね。マリエールならともかく、あたしは知っているわ。
「……始まりは、大事にしてくれそうになかったから。被害者はあたしなのに、何であたしが悪く言われるの? って。あたしが思ったのはそれだけですよ。妹や弟に対しても同じ。仮に皆さんがあたしの立場になったとして、そんな風には思わないと言いきれますか?」
「…………それは…………」
マザー・ケートが言葉を詰まらせた。
「そちらは、神の加護があるからって、あたしが増長しないためにその事を話さなかったのでしょう。考え方として、それは分かります。でも、結果として、神の加護がどんなものか、何も分からなくなってしまった。どういう条件で、どんな形で影響を及ぼすのか。女性の守護神ユノや愛の女神デリュテならまだ想像もできるでしょうけれど、リュンポス神となると──。かの神は全知全能であると言われていますが、他にもさまざまに言われているでしょう? 例えばそう、災いを引き起こす神──とか」
今度は、マザー・ケートたちの顔が青ざめる番だった。
「……っと、どうしたの?」
「ランスロット殿下の、あたしが悪女だっていうイメージは、的外れじゃなかったようですよ? っていう話をね、してたのよ」
ポットを持って戻って来たチトセさんが「へえ」と興味深そうに片眉を持ち上げた。
まるで憑き物のようだ、と言えば、神様は怒るかも知れないけれど。心情としては、まさにそれ。ああ、少しずつ痛みが引いてきたわ。
「あたしが生まれた国は裕福で、きちんと仕事をして身の丈にあった生活をしていれば、まあ、ほとんど飢える事はないところで。庶民のあたしには、愛人だの隠し子だの、そう言った事とは無縁で、普通に両親に愛されて育ったし、友人も、数は少ないけどいたわけで──」
うんうん、とチトセさんはお茶を淹れながら、相槌を打ってくれた。
「だから、この国の食糧問題は早々に解決したし、治安も良くなっていったんだと思いますよ。あたしが、安心して生活できないから。マザー・ケートや侯爵夫人は、普通に愛されて育ったマリエという人格を、ろくに話もしないで否定した。妹や弟もそう」
「……その結果、あたくしは法術を使えなくなり、侯爵夫人は事故に遭った」
チトセさんが新しいカップを差し出してくれたので、それを受け取り、あたしはそれを頂いた。リクエスト通りの熱めの紅茶。思わず、ふうっと息をこぼしてしまう。
「どうして、侯爵の領地経営が上手くいっていないのか。1つは、侯爵家におけるマリエールの立場を知っておきながら、そのまま放置している事。もう1つは、こっちの理由の方が大きいのだと思いますが、マリエールが、自分は悲劇のヒロインだと酔っていたからですよ」
さっきまでの頭痛とは違う意味では、頭が痛いわ。
「わお。ああ、でも……そうだよねえ。教皇から直々に花十字のペンダントを授かり、侯爵家の養女となったマリエール。彼女は精霊の歌姫でもあり、王子様の婚約者でもある。社交界では、スミレのレディーと呼ばれ、足を悪くした養母に代わり、サロンやお茶会なども主催。完璧なレディー、まさに、淑女の見本」
「けれど、彼女は決して幸せではありませんでした。婚約者であるキアラン殿下は、マリエールを事あるごとに、地味だ、根暗だと罵り、家庭では法術も使えない馬の骨、殿下の婚約者以外の価値はない、と冷遇されているのです。それでも、マリエールは弱音を吐きません。いつかきっと、皆に認めてもらえる日が来ると信じて、今日も健気に耐えるのです──!」
どこの三文芝居だ、って感じ。
「つまり、貴方は悲劇のヒロインでいたかった……と?」
「昔話であるでしょう? 辛い環境ながら、健気に優しさと明るさを失わずに耐えていたヒロインが、王子様に出会って幸せになる話」
マリエールの努力はホンモノで、それについてはお疲れさま、頑張ったわね、あなたは立派な侯爵令嬢よ、とほめたいけれど。
でも、無自覚ではあるにせよ、悲劇のヒロインでいたかったなんて──ああ、穴があったら入りたいッッ!
長所と短所は、紙一重。悪役も主役も紙一重。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。




