秘密の暴露はバザーの後で
バザーは、2時間ほどで無事に終了し、参加者の皆さんはこれからランチタイムだそうだ。労働の後の食事は美味しいわよね~。ジャスミンたちも、皆さんと一緒にランチをいただく訳だけど、あたしは別室でいただく事になっている。
「あ! おねえちゃ!」
「まあ、ちびちゃん! 今日はスカートなのね。かわいいわ」
青いワンピースに白いエプロン。ちびちゃんは、アリススタイルだった。
「えへへへ~」
あたしが褒めると、ちびちゃんはエプロンの裾を握りしめて、もじもじと体を捩らせた。かわいい! 照れてる、ちびちゃん、マジ天使!
思わず抱きしめて、すりすりしてしまう。
ああ、癒しだわ。ちびちゃんからは、お日様の匂いがするし。
「ちびちゃんは、どこにいたの?」
「おしょとで、いらしゃいちてた」
客引きって事かしら? それで中庭にはいなかったのね。あたしがなるほど、と頷いた直後、ドアがノックされた。
入室を許可すると、白の法衣をまとった女性の助祭様が入ってきて、
「お待たせいたしました。皆さま、こちらでございます」
彼女は一礼をして、あたしたちを別室へ促す。
それじゃあ行こうか、とチトセさんに誘われて、あたしは助祭様の後について部屋を出た。
ちびちゃんに「おねえちゃ、おててちゅないでくえゆ?」とおねだりされて、胸をキュンキュン言わせながら「いいわよ」と笑顔で頷くあたし。
ああ、ちびちゃんてば、本当にかわいい。
ところで、チトセさんが紹介してくれる、あたしの味方って一体、誰なのかしら? 引き合わせる場所として教会が選ばれたという事は、辺境伯ではなくて、教会の関係者の方なのかしら?
尋ねるように視線をチトセさんへ向けても、彼は「それは、これからのお楽しみ」といたずらっぽく笑うだけ。緊張するわ。
あたしが、あたしとして生きていくための味方……。
「おねえちゃ、だいじょぶよ」
「ちびちゃん」
繋いだ手をぎゅっと握りしめられ、あたしは少しだけ泣きたくなった。
そうよね、大丈夫よね。何も心配する事なんてないわ。チトセさんは、信じられるもの。
案内役の助祭様が、とある部屋の前で立ち止まり、扉をノックした。入室を許可する返事があって、中へ入るよう勧められる。
「失礼いたします」
チトセさんが、部屋のドアを開けてくれたので、あたしはちびちゃんと一緒に中へ入った。
「まあ……!」
天井から吊るされているのは、長さもデザインも違う、とりどりのハンギングポット。お皿のような物やバスケット、鳥かごのような物。共通点は全部、ブリキ製っぽいところかしらね。そこには、蔓バラや観葉植物、野花などたくさんの種類の植物が植えられていた。
もちろん、植物は天井から下げられているだけじゃなくて、部屋の中にもたくさんの鉢植えが並べられていて、小さな温室のよう。
何より驚いたのは、この部屋がキラキラとレモンやライム色の光に満ちていたことだ。このキラキラを見るのは、ずいぶん久しぶりだ。
この部屋の植物たちを照らす、美しい光。それに見惚れていると、
「待っていたわ、スミレのレディー」
力強い声は、年配の女性のもの。
顔を向けると、ガーネットの法衣をまとった初老の女性が立っていた。その姿は、舞台上の主演女優のよう。
お顔には深い皺が刻まれているけれど、全身からみなぎるパワーは、圧巻の一言に尽きる。
ガーネットの法衣をまとえる人間は、この国でも10人ほどしかいない。
その中で、唯一の女性──それが、精霊の巫女姫。
「マ、マザー・ケート?!」
精霊に愛された、国でもトップクラスの法術使いにして、司教位にある方。また烈女としても知られていて、若い頃の武勇伝は、舞台で上演され、今なお人気の作品となっているそうだ。
マザー・ケートは、口角を持ち上げて笑うと、
「あら、あたしの事は知ってくれているのね。なら、紹介の手間が省けてなによりだわ」
「マリエさんくらいの年齢の人で、マムの事を知らない人はいないと思うけどなあ」
くすくすとチトセさんが笑う。どっきり大成功、というその顔がちょっぴり憎たらしい。
「エスコートは結構よ。せっかくの食事が冷めてしまうわ」
マザー・ケートはそう言うと自分で隣の椅子を引いて、着席してしまった。
こうなると、あたしもそれに従うしかない。そこに座ってと、マザー・ケートに指定された席に腰を落ち着けた。
ちびちゃんは、チトセさんに抱きあげてもらって、お子様席に着地。
「おばーちゃ、おしゅしゅめはなあに?」
「そうねえ、どれも美味しいけど、あたしのお勧めはスモークチキンのオープンサンドね。コンソメスープもイケるわよ」
ちびちゃんの「おばあちゃん」呼びに悲鳴が出そうになったけど、マザー・ケートはにっこり笑って、料理を指さし、ちびちゃんの質問に答えていた。寛容な方で良かったわ。
「小難しい話は後にして、まずはランチをいただきましょう」
「『イケる』なんて言葉、よく知ってたね、マム」
チトセさんがお茶の準備をしながら、マザー・ケートに話しかける。あたしも同じことを思いました。すると、巫女姫は得意げに笑って、
「スラムのちびっ子たちに教えてもらったのよ。万能の褒め言葉だってね」
「……まあ、そうかも知れませんね」
「あら、貴女も知っていたの?」
「ええ」
あいまいに笑ってごまかすと、
「貴女も慈善事業や奉仕活動には、積極的だったわね」
マザー・ケートは自己完結してくれた。そういう事にしておいてください。
マザー・ケートのお勧めだけあって、コンソメスープもスモークチキンのオープンサンドも絶品だった。これも美味しい、あれも美味しいと楽しく舌鼓を打たせてもらった。
チトセさんが淹れてくれたお茶も、美味しかったし。ちびちゃんによると、チトセさんは料理やお菓子作りも得意なのだとか。
「貴男、小憎たらしいくらいに何でもできるのねえ」とは、マザー・ケートの弁。
和やかな雰囲気でランチが終わり、食後のお茶を頂いていると、マザー・ケートが
「ねえ、貴女。オズワルドは、学園でもあんな感じなのかしら?」
意外な質問を口にした。
どうして、彼女が彼の事を聞いてくるのか不思議ではあったけれど、あたしは問いかけの答えを口にした。
「視野が狭いという意味でしたら、そうですね。他の生徒には、あまり興味を持っていないようです。……その……1人を除いて、ですが」
マザー・ケートが重苦しいため息をついた。額に手を当て、
「あの子は変われると思う?」
「どうでしょう?」
ミシェルもなあ、視野が狭いと言うか……乙女ゲームという枠組みの中でしか行動していないように思えるから──ヒロインの影響でオズワルドが変われるかどうかは……微妙。
「その口ぶりだと、難しそうね。あたしはあの子を変えられなかったから、学園で変わってくれる事を願っていたのだけれど、それも期待外れに終わりそうね。残念だけど」
「マザー・ケート?」
「もしかして、あの連中、マムの差し金?」
チトセさんが、ひょっとして、という口調で尋ねる。
マザー・ケートを見れば、にやりと口角を持ち上げた。やっぱり、ただのごろつきじゃなかったのね。
「そうよ。貴男に言っておかなかったのは、マズかったわね。まさか、威圧だけで追い払われるとは思ってもみなかったわ」
ティーカップを口元に運び、マザー・ケートは面白そうに笑った。
「将来、どんな職に就くにしろ、周りとの足並みをそろえる事は必要よ。だから、あの子には、周りを見る目を養ってほしかったの。全然ダメだったけど。でもね、今年に入ってあの子の環境が少し変わったでしょう? だから、もしかしてって思ったのだけど……ダメね。ちっとも変っていないわ」
そうですね。コミュニケーションは、大事ですもんね。
「彼女、ミシェル・グレゴリーと言ったかしら? あの娘がいれば、緩衝材になってくれて、周りの人間と上手くやっていけるのかも知れないと考えたのだけど……どうやらそれも、見込み違いだったみたいね。本当、残念だわ」
「あの……差し出がましいようですが、何故、オズワルドの事を?」
「あの子は、あたしの弟子なのよ。そこのおちびちゃんくらいの頃から、法術を教えて来たわ。あたしには、子供がいないから、あの子が自分の子供みたいに思えてね」
マザー・ケートの微笑みは、どこか寂しげだ。
「あたしが、法術の才能がありそうな子を見つけると、引き取って教育しているのはご存知? そのきっかけがあの子なの。どの子もそれなりに思い入れはあるけれど、やっぱり最初の子は特別だわ。まあ、あの性格のせいもあるんでしょうけど」
それは存じませんでしたと、あたしが返事をするより早く、
「だから、貴女には大きな借りがあるのよ、レディ・マリエール。あの子に召喚術を教えたのはあたしだし、マリエの記憶を封じ込める法術を施したのもあたしなの」
大きな爆弾を投下してきた。
「え……?」
マザー・ケートが、マリエをマリエールにした……?
「今思えば、もうちょっとやりようがあったはずなのにね。あの時のあたしは、オズワルドを守らなくては、という気持ちだけで動いていたの。常に冷静でいろ、なんて言ってたあたしが、あの有様じゃあね……。立つ瀬がないわ。ずっと後悔しているのよ。あんな法術を使う前に、きちんと貴女と話をすればよかったって……」
苦悩の色濃いため息を吐いたマザー・ケートは立ち上がると、膝を折り、あたしに頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい。謝って許される事ではないと思っているわ。でも、ごめんなさい。あたしにはこうして謝ることしかできないの」
「あ、頭を上げて下さい、マザー・ケート! や、あの……そりゃあ、法術をかけられた事は腹が立ちましたけど、でも、今のあたしは、あたしとして、いる事ができてますし、許す、許さないって聞かれたら、返事は困りますけど、でも、あの……ええと……その……」
立ち上がりはしたものの、あたし、どうしたらいいの?! チトセさん、ヘルプミー!
「マム、マリエさんが困ってるから、それくらいにしてあげて。引け目があるから、マリエさんの味方になってくれるんでしょ?」
「ええ、その通りよ。教会は、貴女の幸せを何よりも優先するわ。王家よりも──ね」
「え?」
顔を上げたマザー・ケートは、意味深に視線を部屋のドアへ向けた。王家よりも、という発言に驚きつつも、彼女の視線を追えば
「あなたにそれを言われると、背筋が震えあがってしまいますよ、マザー・ケート」
そこに立っていたのは、シルバーブロンドの髪とアイスブルーの目を持つ貴公子。『月の貴公子』なんて中2臭いキャッチフレーズを持つ、この国の第一王子ランスロット殿下! 節穴王子ことキアランの異母兄にあたる方だ。
「ちびちゃん、久しぶりね。元気だったかしら?」
「お。しあねーちゃ。あい、わたちはげんきよ~」
ランスロット殿下の隣に立っていらしたのは、殿下の正妃、パトリシア妃殿下。妃殿下は、ちびちゃんの側に近づくと、かわいい、かわいいと言いながら頬ずりをしている。
「パティ……お前のその気持ちは分からなくもないが、王族としての……その何だ……」
「ラン、今更、今更」
ぱたぱたと顔の前で手を振るチトセさん。……今、殿下を愛称で呼ぶばかりか、呼び捨てにしませんでしたか? 何か、こう首のあたりから、ギギギギって、古びたドアが開く時のような音が聞こえたような気がしたわ。
「ああ、気にするな、レディ・マリエール。こいつらに身分を説くだけ無駄だと分かっているからな。以前からこの態度の大きさは、不問にする事にしている」
殿下に名前を呼ばれ、あたしははっと我に返る。あたし、まだ、挨拶していない!
「た、大変失礼いたしました。ランスロット殿下、パトリシア妃殿下」
慌てて、スカートをつまんで持ち上げ、臣下の礼を取った。
「堅苦しい挨拶は結構だ。レディ・マリエール。今日は、そなたの話を聞かせてもらいに来たのだ。そなた、貴族籍を抜けるつもりでいるそうだな」
新しく用意された椅子に座ったランスロット殿下が、鋭い眼光であたしを見据えた。
蛇ににらまれた蛙の気分! チトセさん、味方ってマザー・ケートだけじゃなかったんですかっ!?
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。




