春の穏やかな日は、旅立ちの準備で
卒業パーティーの後の話をしよう。
まず、パトリシア様は無事に男の子と女の子の双子を出産された。今はまだ、ベッドから起き上がることができないけれど、命に別状はなく、こちらは一安心。
先にお生まれになったのは、王女様。名前をリリーローズ様とおっしゃる。お名前に薔薇が使われているのは、ランスロット殿下が、妃殿下を『白薔薇』と呼んでいらっしゃるから。
少し遅れてお生まれになった王子様は、アーサー様と名付けられた。個人的な感想を言えば、王様に相応しい名前のような気がするわ。ただ、今から将来のご苦労が予想できて、強く逞しく、生きて下さいねと祈らずにはいられない。
魔族との交流は、アーサー様の代で本格的なものになりそうだもの。このあたりの教育は、ランスロット殿下もしっかり計画を立てられると思うけど。その時は、商会にお声がかかるのは確実でしょうから、今からあたしも頑張らねばと思う。
在庫一掃セールもそうだけど、王都に出す支店も開店日が決まり、ただ今急ピッチで最後の仕上げが行われている。王都支店は、開店直後から目が回る忙しさになるだろうと予想されていた。
なんせ、王女と王子の沢山あるお召し物の中に、商会の商品も混ざっているのである。
商会側からすれば、余剰在庫なのでタダで融通(献上)しても良い物ばかりだったけれど、ランスロット殿下が受け取りを拒否したらしい。
「こんな(高価すぎる)物、受け取れるかッ! 国が傾くわ!」
一体何を献上しようとしたのかと思いきや──
「え~……ユニコーンの角とか必要だと思ったんだけど」
ユニコ……ッ……そりゃ……欲しいでしょうけど、受け取りづらいでしょうヨ。ただでさえ、それ以前にもトンデモ素材由来の物を受け取っているのだし──。
「どうにかしてこっそり紛れ込ませとこう」
それは、聞かなかったことにします。
ただし、エシャン染めのベビー服や妃殿下用のガウンなどは受け取ってもらえたそうだ。
そんなこともあるので、支店では縫製済の小物類──例えばエシャン染めのスカーフなどや革製の財布など──を販売する一方で、布地や革その物も販売することに決定。
ガウンなんて作れないので、それなら布を入り用なだけ販売して、仕立て屋に持って行ってもらえばいい、ということである。仕立て屋が買い求める場合もあるだろう。
ユ〇ワヤとか、東急ハ〇ズを足して2で割ったような雰囲気になりそうである。
ジャスミンたち3人は、王都の支店で働くことが正式に決定した。フランチェスカ様のお墨付きを頂いての転職である。お母様は少し渋ったけれど、お父様が今後の国の展望を考えると、必要だからと、説得なさったそうだ。
とはいえ、あたしが屋敷を出るまでは、3人ともあたしに付いてくれている。これからは、働く職場、職種こそ違うものの、同じ商会で働く仲間となるのだ。
「ちょっと見てくださいよぉ、お嬢様ぁ…………」
半泣きのカーラが見せてくれたのは、人を殺せそうなくらい分厚いカタログだった。広辞苑並である。覚えるのなんて、無理に決まっている。
「名前で引けるカタログとジャンルで引けるカタログが必要ね……」
一か月もしない内に、あたしもカタログとがっぷり四つに組み合う日が来るに違いない。
「こうしてみると、やっぱり寂しいものね……」
侯爵家にあるあたしの部屋は、大分片付けられてしまった。こちらに来ることもあるだろうからと、家具やカーテンなどはそのままにされている。それでも、ドレッサーやデスクには、埃避けのカバーがかけられているし、ベッドのリネン類は片付けられていた。
引き出しを開けたところで、中身はどこも空っぽである。
「お嬢様……」
「学園の寮へ行く時は、新しい部屋が1つ増えたくらいの気持ちだったんだけど……」
おかしいな。こんな風に思う日が来るなんて、考えてもみなかったわ。チトセさんたちに会った直後、初夏の頃のあたしなら、これで家族とはオサラバよー! って、晴れ晴れしい気持ちで、侯爵家を後にするものだと思っていたはずだ。
それが、今はどう? お父様やお母様、ハロルドやクラリスと離れることが寂しい。ヴィクトリアスとは、卒業パーティー以降、一度も顔を合わせていないことも残念だ。少しくらい、話ができると思ったんだけど。
ヴィクトリアスは、パーティーを抜けたその足で、冒険者ギルドに向かって、名前の登録を変更したそうだ。ヴィクトリアス・シオンから、ヴィック・カイトへ。
お父様は、旅立つ前のヴィクトリアスをつかまえて、話をされたそうだ。具体的にどんな話をされたのかは、聞いていない。
ただ、大まかな旅程として一度南下してから、ヴァラコ共和国を通り、最終的にはラダンスを目指すつもりだとか。良い旅になることを祈っている。また、冒険者ギルドがある町に立ち寄った場合は、到着した時と出発する時に、必ずそこのギルドに顔を出すことを約束させたそうだ。元気でやっているかどうかの確認くらいはさせてほしいという、親心である。
一方、キアランたちは、南ではなく、北を目指すそうだ。これは、マザー・ケートから聞いた話で、北の小国ギルティーニアにある、マァトゥーリス神の神殿を訪ねていくらしい。
卒業パーティーが終わってから、5日ほど経った頃、マザー・ケートからお茶会に誘われ、そこで聞いた話である。
「マァトゥーリス神は、裁判と償いの神でね、こちらの神殿では、どの宗派の人間も受け入れて修行をさせてもらえるのよ。そして、その修行を終えたら、罪の償いを終えたとして、破門の取り消しを願い出ることができるのよ」
「えぇッ⁈ そんなの、ありなんですか!?」
初耳である。目を丸くするあたしへ、マザー・ケートは苦笑いを浮かべ
「あまり知られていないけれどね。ありなのよ。ただし、物凄く厳しいことで有名なの。マァトゥーリス神を主神として祀っている神殿は、ギルティーニアにしかないのよね」
そこにたどり着くまでも修行だし、たどり着いてからも修行なんだそうだ。とにかく、荒行で有名な神殿だそうで、だからこそ修行を終えた人間は、自分の行いを反省し悔い改めたのだと見なされ、破門を解いてほしいと願い出ることができるそうだ。
「中には、そのままマァトゥーリス神へ帰依しちゃう人もいるそうよ」
「そうなんですか……とてもじゃないですが、わたしには想像もできませんわ……」
もちろん、その神殿へ行かなくても、地道に奉仕活動などを通じて破門の取り消しを願い出ることもできなくはないが、当然、時間がかかる。めちゃくちゃかかる。10年や20年はザラだという話。だったら、その半分以下の時間で済むマァトゥーリス神殿へ、というのも分からなくはない。
「それでその……様子はどんな……?」
「パーティー当日を含め、3日くらいは呆然としてたわね。こっちもリリーローズ様とアーサー様がお生まれになって、バタバタしていたのもあったし……。マァトゥーリス神殿の話ができたのも、昨日の話よ。行くとはっきり答えたわけではないけれど、あの様子なら、行くでしょう。他の3人は途中離脱もある得るかも知れないけれど、オズワルドは初志貫徹しそうな雰囲気だったわね」
あたしへの仕打ちに対しても、申し訳ないことをしたと反省しているそうだ。もちろん、オズワルドだけではなく、他の3人も。今になって思うと、何故あんなことをしたのか、分からないと言う。
「あのお嬢さんへの気持ちも分からないんですって。好きだったと思うけど、今はそれすら疑わしいって言っているわ。あの変貌ぶりじゃあ、無理もないわよねえ……」
インドラさんは、【伝染源】の力で、フィルターがかかっていたのではないか、と言っていた。制服などをこっそり法具に変えては見たけれど、思い込みは解けなかったのだろう、とのこと。
あれ? と疑わしく思うことはあっても、いや、まさかそんな、と否定してしまうこともよくある話。若さゆえの過ちは認めたくない、というヤツだろう。
それでも、過ちは過ち。いつか認めなくてはならなくなる日がくるという訳だ。
「そんな訳で、男の子たちはまあ、大丈夫そうなんだけど……問題は、あのお嬢さんなのよね。何を言っても、言葉が通じなくて……こんなのはゲームになかった。ゲームの通りにしたのに、何で逆ハーエンドじゃないのって、そればっかり。最後にはあなたのせいだとか言い出すし……本当、お手上げよ」
一応、今まで好きだった(と思われる)相手なので、一緒にマァトゥーリスの神殿へ行こうとキアランが誘ったらしいのだが、ミシェルはこれを拒否したという。
「だったらもう、あなたの好きにしてちょうだい、ってところよね。冒険者ギルドの情報網で居場所の把握だけはしておくけれど……あの子に関しては、これ以上何もしないわ」
垂らす予定だった蜘蛛の糸も自分で切っちゃったのか……。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ゴールテープがいよいよ、はっきり見えてきましたね。




