人生最大の博打は、卒業パーティーで 5
「しゅごいものをみてちまった……!」
椅子から腰を浮かせ、ちびちゃんは、机の上に乗せた両手で体を支えている。腕がプルプルと震えているのは──怖かったとかそういうんじゃなくて、
「あにょひと、かっちょいい! おーとのおんにゃのひともやゆもんだ」
感動(?)しているっぽい。う~ん。感動するところじゃないと思うんだけど。
そうこうしている間にも、ダンスフロアから人はいなくなっており……結果、キアランとミシェル、ダリウス、グレッグ、オズワルドの5人だけになりました。
この後、どうするんだろう? 他人事のように思いながら、紅茶を一口。
あたしは、チトセさんたちとここを出ることになるんだろうけど。ここを出たら、屋敷に寄って荷物を受け取って──と、これからの予定を考えていたら、コンコンとドアをノックする音が。
振り返ったあたしに待ったをかけたインドラさん。彼が席を立って、ドアのもとへ行く。2、3言葉のやり取りがあって、
「レディ、お迎えが参りましたよ」
インドラさんがドアを開ければ、
「ハロルド!?」
少し前の出来事を再現するかのように、笑みを浮かべた弟がいる。
「お待たせしました、姉上。卒業パーティーの続きと参りましょう」
「えぇ? ど、どういうこと?」
弟はニコニコと楽しそうに笑いながら、あたしの手を取り、椅子から立たせる。
「いてら~」
「いちぇら~」
振り返れば、チトセさんとちびちゃんが、笑い顔で手を振っていた。インドラさんとシャクラさんからは、
「楽しんで来てください」
「これからが本番だってー」
えぇ? どういうことなの? クエスチョンマークが、頭の上でフレンチカンカンを踊ってるわ。訳の分からないまま、ハロルドに促され、部屋を出る。
「姉上、生徒会長からサプライズの件を聞いたでしょう?」
「え? あ……! えっ、じゃあ、あれって全部、織り込み済みだったの?」
「もちろんです。お客様にも、招待状にはそのように──」
ハプニングが起きる可能性があり、それの事と次第によっては生徒が退出すること。そうなれば、卒業パーティーどころではないので、お客様方も退出いただき、学園の敷地内にある教会の方へ移動をお願いすること。教会では、保護者会の用意をしているので、そちらの方に参加して頂ければ……という案内をしているのだそうだ。
「……あたしが言うのも何だけど、よくそんな予算を確保できたわね……」
「ビスマルク閣下から、寄付をいただきました」
「まあ! ビスマルク閣下が? 他国の学園に?」
と驚いたものの、実は閣下の懐はちっとも痛んでいないらしい。というのも、先日の狩りでゲットしたトライデントホーンの売却金をそのまま寄付して下さったのだとか。
「ちびこには負けていらない、とのことで」
幼児のぽっこりキューピー腹に負けるような、貧弱な腹はしとらんとかなんとか。分かるような、分からないような言い分である。
その上さらに、帰郷の旅に出た三つ子たちからもガントレットバッファローが3頭、届けられたそうだ。
「解体前の3頭がそっくりそのまま届けられたので、女子役員が卒倒しかけましたが……」
何をやってるの、何を。ハロルドは、面白そうにクスクス笑ってるけど、笑いごとじゃないわ。……あ、分かった。あの村なら、解体できない人の方が少ないから。村に送る感覚でそのまま送ったのね……。
「カーンたちは、変なトコロが抜けていますね」
「本当にね……」
登録してて良かった、冒険者ギルド。
──という訳で、生徒会役員を驚かせた、ガントレットバッファローは、ハロルドとノートン少年がギルドへ持って行って、肉を食材として確保し、他の部位を売却。今日の予算確保、と相成ったそうである。
「学園としては異例ですが、今年の卒業パーティーは、生徒だけで行うことにしました」
大きく開いたドアの向こうには、つい先ほどお別れをしたばかりの生徒たちがいる。
みなさん、あたしに気付くと、労わりがこもった微笑みを向けて下さった。
「良かった……」
「姉上?」
ポロリ、涙がこぼれる。
「良かった。本当に良かった……みなさまには関係ないのに、一生に一度しかない卒業パーティーなのに、台無しになってしまうから──申し訳なく思っていて……」
特に女性は、ドレス選びも入念に行っていたはずだ。ドレス選びにかけた時間や、ドレスにかけたお金を全部無駄にさせてしまうと思うと、とても心苦しかったのだ。
「──はい。マリエさんの方は無事、大団円って感じにおさまったみたいだね」
「そのようですね。やはり、ハロルドとミスター・ノートンをこちら側に引き入れられたことが功を奏しました。レディには、沢山の良い思い出を作っていただきたいものです」
カメラは戻って、こちら別室で待機中のチトセ君です。王子サマたち、観察なぅ。実況、俺。解説は、インドラとシャクラの双子兄弟。特別ゲストはちびこさん──。
「ちーちゃ、こにょフユーチュタユト、おいちーの。しゅごく」
「…………さよか…………」
後で差し入れしてくれたハロルドにお礼言おうね。うん、タルト生地のカスが口の周りについてるから。それ、拭いて。
さて、ダンスフロアを映す画面には、剣呑な雰囲気のランが登場していた。その後ろには、マムことマザー・ケートと3人の護衛、事務官っぽい人が2人。
『──やってくれたな、キアラン』
『兄、上……』
物凄く殺気立っちゃってるもんだから、王子サマ、後ずさり。あ、騎士のコは、治癒の法術をかけてもらって、復活したね。しない方が幸せだったかも知れないけど。
「画面越しにでも伝わってくるこの殺気……何かあった?」
らしくないんじゃない? 何があったんだろ? 俺が首を傾げると、シャクラの後ろに、人影がしゅっ。人影は、シャクラにメモを渡すと、しゅぱっと消えた。……今の彼、いつだったか、侯爵家の馬車の上でタンデムした彼だと思うな。それはともかく、
「えっと……ランスロットのお嫁さんが、数時間前に産気づいたらしいよ?」
「マジか! よりによって今、この時に産気づいちゃうか、パトリシアッッ!」
「予定日からだいぶオーバーしているという話ですから、心配ですね」
そうだね。そうなんだけど、何でこのタイミング?
教会の方で行われている保護者会は、急きょ、パトリシア妃殿下の安産祈願の場に変わるらしい。
「シアねーちゃ、がんばりぇ~! シアねーちゃもあかちゃも、だいじょーぶだっちぇ、しんじてゆ! わたち、おいのりしゅゆから!」
そうね。とりあえず、簡単にではあるけど祈ろうか。4人で母子共に無事でいてくださいと祈っている間も
『私の白薔薇が産気づいたので、早く戻って側にいてやりたいのだよ、私は……っ!』
嫁バカのランにしてみりゃ、そうだろう。殺気立つのも無理ないわー。ランの後ろで、マムが「嫁バカですもの。そうでしょうねえ」って顔で頷いている。
『結論だけ言うぞ。父上は、私に全権を委任して一線から退かれるそうだ。それが、どういうことかは、言わなくても分かるな?』
ランが次の国王として、決定したってことだね。
『そっ、そんなっ?! だって、キアランが次の王様のはずでしょう!?』
『発言を許した覚えはないぞ、ミス・グレゴリー』
お嬢さんは、王族の迫力に負けて、小さな悲鳴を上げる。ついでに哀れっぽく、王子サマの陰に隠れるけど……意味ないね。王子サマは、ランに圧倒されてるんだもん。庇えないよ。
ところで、お嬢さんの扱いが平民のそれになってるけど、ヘラン姓はどこにいった?
「本日付にて、ヘラン男爵は爵位を返上。王家がこれをお認めになられたそうですよ」
シャクラが持つメモを覗き込みながら、インドラが言う。あ、今日付けだったんだ。
『陛下は、まだ王太子を決めかねていらしたようよ? キアラン殿下が優位だと言われていたけれど、それもレディ・マリエールとの婚約あってのことですもの。あんなことをした以上、キアラン殿下が王太子として指名されるなんて、ありえないわ』
マムが肩をすくめれば、ランが冷ややかな視線で、
『このありさまを見て、まだそんなことが言えるとは……ずいぶん、オメデタイ頭をしているのだな? ミス・グレゴリー。ああ、そうだ。君の卒業資格は取り消しになったよ』
不正が発覚したのでね、と説明が付け加えられた。悪い顔してるなー2人とも。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
マリエは、パーティーを楽しんでいるので、チトセに交代しました。




