人生最大の博打は、卒業パーティーで 4
「あっはっはっは! やっぱ、彼女はかっこいいね~」
「しゅてき~! くものねーちゃ、かっくいい~」
パチパチと手を叩くのはチトセさんとちびちゃんだ。
拍手喝さいをしている2人の横では、インドラさんがため息をついている。
「愚か愚かだとは思っていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ」
彼は、お茶を淹れてくれたようで、あたしの前にティーカップを置いてくれた。シャクラさんからは、クッキーを勧められる。
お茶を頂き、甘いクッキーを口に入れると、体の強ばりがほどけていった。自覚はなかったけど、ずいぶん緊張してたのね、あたし。ほっと息を吐けば、
『──やれやれ。これは、とんだことになったものだね』
画面の向こうから聞こえてきた声は、ベルのお父様、ハーグリーヴス公爵のものだった。彼は髪を後ろに撫でつけると、軽く肩をすくめ、
『しかし、こうなってしまってはどうしようもないな。主役の生徒がいなくなってしまっては、ここにいても仕方がないのでね。私は失礼させていただきますよ、殿下』
ハーグリーヴス公爵はそうおっしゃって、奥様と御一緒に退室なさった。
──となれば、公爵とご縁のある貴族も『では、我々も失礼させていただきます』と次々、退室されていく。
キアランは『待て』と制止の言葉を口にしてはいるけれど、その声音に覇気はなく、誰も足を止めない、振り返らない。
中には、退室の挨拶と共に『ずいぶんと愚かな真似をなさいましたな、殿下』と失望したと告げられる方。他にも『残念でなりません』とか『ご自分のなされたことを振り返られませ』といった言葉を残して退室される方も何人か。
『ヴィクトリアス……』
半分ほどお客様が退室されたところで、お父様がお母様、クラリスと共に前に進み出て、兄の名を呼んだ。今まで、何の発言もしてこなかった兄ヴィクトリアスは、泣き笑いのような顔で『分かっております』と答え、頷いた。
『どちらかを選ぶことができなかったのは、私の弱さが原因でしょう。責任と言えるかどうかは分かりませんが、私は家に戻りません。家を出ようと思います。勿論、家名は使いませんし、名乗ることも致しません。冒険者として日々の糧を得ながら、今一度、自分の行いを振り返ることにいたします』
そう宣言して、ヴィクトリアスはお父様とお母様に
『私が浅はかなばかりに、多大なご迷惑をおかけいたしました』
と、頭を下げた。続けて、ハロルドへ視線を向け、
『お前にもいらぬ苦労をかけてしまって、済まないと思っている。使い込んだ予算は何年かかっても必ず返す。屋敷にある俺の絵も、足しになるようであれば処分してくれ』
両親へは、外向きの丁寧な言葉遣いだったけど、ハロルドへの言葉遣いは、今までと変わらないものだった。ハロルドは『はい』とだけ返事をする。
『クラリス、お前にも余計な心配をかけてしまった。済まない』
『お兄様──』
クラリスの目には涙が浮かんでいた。義兄上は大丈夫だと大きく頷くと、
『それでは、これにて御前から失礼いたします』
まだフロアに残っている方々に向かって頭を下げた。たっぷり、30秒以上頭を下げ続け、彼は頭を上げる。そのまま、一歩引いて退室しようとしたのだが──
『待て、ヴィクトリアス! 侯爵家から離れるなど、俺が許さん!』
『そ、そうよ! どうしてそんなことを言うの?! 侯爵様もどうして引き留めないんですか!? 彼は、跡取りなんですよ⁈』
キアランとミシェルが、吠えたが、ヴィクトリアスは『私が望んだことですので』とキアランに向かって力なく笑い、ミシェルにも同じ言葉を繰り返した。
一方、お父様の方は不快感を隠そうともせず、
『お言葉を返すようですが、殿下。侯爵家の当主たる私が、息子の申し出を了承しているのです。殿下に指図されるいわれはありませんな』
気が弱くたって、言う時は言うんだ、と堂々たる口調で、キアランに反論していた。
『娘への処罰についても、当主たる私に一言の断りもなくおし進めるなど、あまりにも我が家を軽んじ過ぎではありませんか? これでは、王家への忠節も考えざるを得ませんぞ』
お父様の発言を引き継ぐような形で、お母様が『何より』と言葉を切り、
『どこのどなたかは存じませんけれど、あなた、誰の許しを得て、誰に向かって発言なさったの? 娘への仕打ちも到底許せるものではなくてよ。あなた、覚悟はよろしくて?』
ミシェルへ、極寒のレーザービームを放つ。
ミシェルは、ひっと悲鳴を上げて、ヴィクトリアスに縋るけれど、
『済まない。俺はもう、君の力にはなれないんだ』
彼は、彼女をやんわりと引きはがし、距離を取る。
『みんな、元気で』
仲間に向かって寂し気な微笑みを向け、ヴィクトリアスは下がっていく。
『そんな、待って、ヴィクトリアス!』
ミシェルが引き留めようとしたけれど、
『さようなら、ミシェル』
兄上は、振り返って別れの挨拶を述べただけだった。
しばらくの間、フロアはしんと静まり返っていた。キアランに退室の挨拶を述べられる身分ではない方々は、この静かな間も極力音を殺して、退室されていく。
残っていらっしゃる方もあとわずかというところで、進み出て来られた方がいる。まだ、20代半ばくらいの男性と、彼を気遣うように寄り添っていらっしゃる女性のペアだ。
『グレッグ……』
『ユアン兄さん──』
ええと、確かグレッグのご親戚筋の方だったように思うわ。彼は、悲し気なお顔で、
『残念だ。本当に残念だよ。君のお父上には私から進言するが、隠居することも考えなくてはいけないだろうね。君の処遇については、後日、ということになるだろう』
ユアン兄さんと呼ばれた彼は、ため息交じりに言い、残念だと何度も繰り返し、キアランへ退室の言葉を述べ、去っていった。
グレッグは、茫然と2人の背中を見送っている。
続いて前に進み出て来たのは、ダリウスのご両親だった。彼のご両親は、職場結婚をされていて、コーラン夫人は、今も現役の姫騎士である。
そんな夫人の扇子を持つ手が、ブルブルと震えていた。表情も般若のごとしである。
『あの……? 母う──っ⁈』
バシィィッ!
『こぉのっ、愚か者ぉーっっ!!』
ダリウスの左頬に、婦人の持っていた扇子が炸裂。そして、ビンタ、ビンタ! ビンタッ! ビシィッ! バシィッ! 大きな音が鳴る度、ダリウスの顔が、右に左に大きく動く。
『そなたは我が家を潰したいのかっ! 父上はもちろん、兄上の将来も、そなたの行いで、潰れてしまったではないかっ!』
『は、母上っ……!?』
立っていられなくなったのか、ダリウスがその場に崩れ落ちた。
『そなたは、勘当です! 二度と我が家の門はくぐらせませんっ!』
我が家の時と違って、この剣幕ではキアランも口を挟めないようである。夫人は、ミシェルに焼けこげそうなほどのレーザービームを向けてから、フロアを退室した。
ダリウスは立ち上がれない。彼を心配して声をかけるのは、男ばっかり。紅一点のミシェルは、何やら強いショックを受けているようで、口元に手を当て、ブツブツと呟いている。
「シナリオと違うって、そりゃあ……裏シナリオと裏演出があるからねえ」
ティーカップを片手に、チトセさんが悪い顔をしてクッキーをかじる。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
ここにきて、騎士道(?)炸裂。どの家もお母さんは、強烈みたいですね。




