人生最大の博打は、卒業パーティーで 2
「婚約を破棄……ですか?」
返事は、一択。ハイ、喜んでー! なんだけど、さすがにそれを言っちゃ、だめだろう。そもそも、愛想が尽きたのは、こちらのセリフである。
「姑息な真似をして、ミシェルをパーティーから追い出したつもりだろうが、残念だったな」
「……何のことでしょう?」
あたしは、何にもしてないけど。
キアランが登場したのは、ハロルドが生徒会の仕事に戻るため、インドラさんとエスコート役をチェンジしようとしていた矢先の出来事である。
「とぼけるな! 白々しい! 何故、俺たちがいないのにパーティーが始まっているのだ!?」
カツカツと大きな音を立てながら、キアランがあたしの側へ近づいてくる。その後ろには、ミシェルがダリウスにエスコートされながら、ついて来ていた。残る3人がその後に続いているんだけど……ヴィクトリアスの顔色が良くない。
今にも十字を切って、懺悔を始めそうな顔である。他の2人、オズワルドとグレッグは、印籠をかざす直前、静まれコールをした直後の助さんと角さんみたいな顔だ。
明暗がはっきり分かれているわねえ。
ダリウスは誇らしげな顔をし、その隣を歩くミシェルは、涙をにじませながらも気丈に振る舞う娘、という雰囲気を演出している。──が、その上腕二頭筋で、演出が台無しのような気がするのは、あたしだけだろうか。完全なミスキャストだと思う。
おまけに、ドレスのスカート丈は膝下だし。膝下は子供丈なんだってば。
宮廷拝謁が出来ない卒業生は、このパーティーで膝下丈のドレスからも卒業して、大人の仲間入りを表明する。だから、膝下丈のドレスは誰も着ていない。
そのことに気付いた人たちが「まあ」と眉を寄せ、小声でささやき合う。それをキアランたちが、視線でけん制し、黙らせる。彼らから一歩引いたヴィクトリアスだけは、だから言ったのに、と言いたげに額に手を当てていた。
「姑息な手でミシェルを締め出そうとしたようだが、残念だったな? マリエール」
あたしの前に立ったキアランは、あたしを見下すようにフフンと笑う。
冤 罪 で す。
あたしが答えに困って無言でいるものだから、キアランは嘲笑を浮かべ、
「淑女の手本となるべき女だったというのに、醜い嫉妬を抱き、ずいぶんと軽率な真似をしたものだな。お前の淑女らしからぬ浅ましい行いは、全て承知しているぞ」
はあ?
…………あぁ、ランスロット殿下の指示で、あたしがミシェルを虐めているように装った諸々の件か。国が偽装しているんだから、世間知らずの坊ちゃまに見抜けるはずがない。っていうか、そもそもそんなことをされるなんて、夢にも思わないわよね。
「ミシェルの陰口を吹聴して回る。足を引っかけて転ばそうとしたり、わざとぶつかったり。彼女を見てあざ笑ってばかりだとも聞いている。嘆かわしい限りじゃないか」
陰口を言うような相手はいないし、あたしとミシェルの体格じゃ、あたしの方が押し負けるに決まってるでしょうが。あざ笑う? 開いた口が塞がらないの間違いでしょ。
「それだけじゃない。教科書や私物を隠したり、捨てたりするだけじゃなく、制服を切り刻んだこともあるそうじゃないか。ミシェルは、証拠がないからと訴えることをせず、泣き寝入りするしかなかった──ッ!」
悔しそうにぐぐっと拳を握るキアラン。だいぶ、自分の世界に入り込んじゃってるわね。
ちょっと離れたところで、ポテチをかじりつつ、眺めていられたら最高なんだけど。そういう訳にもいかないのがツライ。
お客様のざわめきも止まらない。茶番って、苦痛なのね。
「……泣き寝入りも何も、被害届そのものが出されていないように記憶していますが?」
表情筋を引きつらせながら、ハロルドが言う。だよな? と確認するように視線を向けた先には、寮監督生と風紀委員長がいて、
「制服がどうの、私物がどうのと騒いでいらしたことはございますが、一度も被害届は受理しておりません」
「我々も騒いでいるという報告は受けておりますし、被害届を出すように伝えたということも聞いておりますが、届け出は一度も出されておりませんね」
被害届がなければ、学園側としては捜査をすることもできないのだ。証拠がないなら、証拠を探してと、然るべきところに依頼するのが当たり前だろうと思いきや──
「そんなもの、侯爵家の権力を使って握りつぶされるに決まっているだろう!」
「だめよ、ダリウス。そんなことを言っては──ッ」
えー……やってもいないことに、我が家の権力なんて使いませんけどー? 証拠もないのに、何で犯人があたしだと決めつけてんですか。名誉棄損で訴えるぞ。
「それだけではありませんよね? あなたは、ミシェルを階段から何度も突き落とそうとしただけでなく、下にいる彼女に向かって花瓶や植木鉢を落とし、怪我をさせようとしたこともあるはずです」
ないない。そもそも、校舎に花瓶と植木鉢はない。怪我をしたら危ないので、教室には持ち込まれていない物だ。植木鉢もしかり。誰がわざわざそんな物を持ち込むというのか。
「あぁ、あたしっ……すごく怖くて……っ!」
両手を組んで口元に近づけ、プルプル震え、涙目になるミシェル。いや、その立派な上腕二頭筋で、すごく怖いって言われても……ギャグか。吉〇新喜劇か何かか。
「Cランクにもなったことがある冒険者を、素人が階段から突き落とせるとは……」
くくっ、と笑うインドラさん。するとグレッグが、眼鏡をついっと持ち上げて、
「突き落とした、ではなく、突き落とそうとした、ですよ──」
揚げ足を取るも、
「ほう。Cランクにもなった冒険者が、素人をその場で現行犯逮捕できないと──?」
鼻で笑い返された。これには、言い返せない。グレッグが悔しそうに、ぐっと押し黙る。
そこへ、俺の出番だとばかりに乗り出してきたオズワルド。
「そんなの、侯爵家の力を使えばどうとにでもなるよね?」
誰か雇ったんだろうと言いたげではあるが、
「そんなくだらない仕事を引き受けるほど金に困っているCランク以上の冒険者がいるとは思えませんが。何より学園は、関係者以外立ち入り禁止のはずでは?」
インドラさんのカウンターパンチ、再び。
って言うか、(一応)女の子を階段から突き落とせって、Fランクでも受けないわよ、そんな依頼。
何より、学園へ入る手続きが面倒臭い。王族が通う学園なのだから、当然、警備体制は万全を期しているからだ。出入りする人間には、事前の手続きが必要になるし、出入りそのものも入念にチェックされう。
学園の見学だって、気軽にできるようなものじゃない。
「──っ、ミシェルのお茶会には誰も出席しないよう手を回し、彼女も参加できないように手を回しただけでは飽き足らず、授業を受けられないよう、妨害までしたな!?」
「あたしがいけないの……。身分違いだって分かっていても、心に嘘はつけなくて──っ!」
「ミシェルっ! お前は、何も悪くない。悪くないぞ!」
メロドラマっぽく、ひしっと抱き合うキアランとミシェルに、大根をぶつけてやりたい。誰か、大根プリーズ。青首大根じゃなくて、桜島大根希望。
「マリエールッッ! 何だ、その腑抜けた顔はっ! お前のせいで、ミシェルがこんなにも傷ついているというのに、お前の心は痛まないのかっ?!」
「と、おっしゃられましても……?」
あたしの頭の中では、青首大根と桜島大根が手を繋いで、マイムマイムを踊っている。
「お茶会へ招待する、しないはもちろん、お茶会への参加、不参加は個人の自由ですもの。わたしの意思が入り込む余地など、どこにもございません。授業に関しましても、わたしが口を挟む事柄ではございませんわ」
自業自得を人のせいにするな。
「~~っ! お前は本当に、小賢しい女だな! ミシェルを苦しめて、そんなに楽しいか!?」
「お言葉ではございますが、今おっしゃられた事柄、全てわたしには身に覚えのないことでございます。楽しいかと聞かれましても……」
頬に手を当て、首を傾げる。楽しいっていうより、困惑しかないわ。
「潔く罪を認めれば、許すことも考えたが、俺が甘かったっ! この花十字は、ミシェルにこそふさわしい! 返してもらうぞ、マリエールッッ!」
キアランは、あたしの胸元に手を伸ばすと花十字のペンダントを引きちぎった。
「っいっ?!」
チェーンが肌に擦れて痛い。思わず苦痛に顔をゆがめるも、
「お前のような性根の腐った女に、我が国の名門たるシオン侯爵家の名を名乗る資格はないっ! 侯爵家からの勘当は元より、我が国からも追放するっ!」
いくら王子だからって、それは越権すぎない!? 彼の宣言の突飛さに痛みを忘れれば、
『認めよう』
フロアに響く、逞しい男性の声。エコーがかかったようなそれは、普通の話し声ではなくて
「ああ、リュンポス神! リュンポス神が、この婚約破棄をお認め下さった──!」
勝ったとばかりに、オズワルドが大きな声で叫んだのだった。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。




