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休暇の最初はチャリティー・バザーで 2

 礼拝が終わったようで、参加していた人がその足で中庭へ足を向けてくれているようだ。

 庭はあっと言う間にたくさんの人でにぎわうようになり、あたしが任されたリッテ商会の商品スペースにも、少数ではあるけれど、お客さんが立ち寄ってくれる。



「きれいな色ねえ」

 商会が並べた商品は、スカーフやハンカチ、ベルトや財布、コサージュなどの小物が中心だった。深魔の森で採れる植物で染めたスカーフやハンカチ。ベルトや財布の革は、森で仕留めた魔獣の皮をなめした物。コサージュも、鳥型魔獣の羽などを利用しているそうだ。



「こちらはエシャンという珍しい植物の花を使って染めた物で、エシャン染めの品は、王都でもなかなか手に入らないそうですわ」

 このエシャンという植物は、今のところ深魔の森でしか発見されていないのだとか。当然、この植物で染めた物は、リッテ商会でしか扱いがない品となっている。



「まあ、そうなの? だったら、こちらのスカーフを頂くわ」

「ありがとうございます」

 菜の花色からオレンジ色のグラデーションになっているスカーフは、夏らしい明るめの色合いだ。今年は白が流行色らしいから、よく生えるに違いない。

 あたしも商品の中から、リボンをキープさせてもらった。ハンナとカーラにもお揃いのリボンを買っている。ジャスミンにこの色のリボンは似合わないので、代わりにハンカチを贈る事にした。



 スカーフを買ってくれたご婦人を見送り、さあ次のお客様の接客を、と顔を上げたその時、礼拝堂から流れて来る人ごみの中に、とあるカップルの姿を見つけてしまった。

「っ!」

 ──運動はそれほど得意ではないのに、この時は反射的に身をかがめていた。



「お嬢様!?」

 隣にいたジャスミンが驚きの声を上げる。貧血でも起こしたのではないかと、心配してくれたようだが、あたしは平気だ。しっ! と声を出して、人差し指を口元にあてる。

「オズワルドとレディ・ミシェルがいるのよ」

 あっち、と目線でジャスミンに知らせる。



 ジャスミンは、この間のお茶会でミシェルを見ているし、オズワルドも知っているから、すぐに納得顔で頷いてくれた。

「お嬢様は、しばらく、そうやって隠れていらした方が良いでしょう」

「ええ。そうさせてもらうわ」

 お客がいたら、不審に思われただろうから、そこは助かった。



 それにしても、何だって2人はここにいるのかしら? オズワルドは敬虔なガイナスの信徒だから、歴史のあるこの教会に足を運ぶのも、まあ……理解できる。

 でも、何でミシェル……ッ! ああっっ!!

 これっ、オズワルドとのデートイベントの1つじゃない! 彼に誘われて、教会へ礼拝に行った後、その教会で行われていたチャリティーバザーに立ち寄るっていう……!



 という事は、この後の行動にはいくつかパターンがあって──ノーマルパターンなら、何の問題もないけど……その他のパターンならちょっと問題が……。

 さて……どうしたものか。しゃがんだまま、考え込んでいると

「おはよう、マリエさん。で、うずくまって何してるの? 今度こそ、腹痛?」

「おはようございます。違います」

 しゃがんだあたしに視線を合わせるためか、チトセさんもしゃがんでいた。



「ナイスタイミングだわ、チトセさん。ジャスミン、2人は今どこにいるの?」

「あちらですわ」

 そっとジャスミンが指さす方向を、チトセさんは丸めた背を伸ばして様子を伺う。その恰好がミーアキャットに似てると思ったのは、内緒だ。

 最初は訳が分からないという顔だったのだけれど、それもすぐに納得顔に代わり、チトセさんは

「……どっかから、情報が漏れたかな?」ぽつりとつぶやいた。



「ま、いいか。とりあえず、これ!」

 あたしの頭の上の帽子をひょいっと取ったチトセさんは、別の物をあたしの頭に乗せた。

「わっ?!」

 突然の重みに思わず頭を下げたら、緩いウエーブがかかった亜麻色の糸が視界に入った。

「それもウチの商品のカツラね。いつまでもしゃがんでたら、変に思われるよ。それで、注意事項はあるかな?」

 立ち上がったチトセさんが、あたしに向かって手を差し出してくれていた。



 あたしは、その手を取って立ち上がる。

 ジャスミンたちは「まあ、まるで別人ですわ」と驚いてくれた。

「これならきっと、あの方たちもお嬢様だと見破れませんわね」

 ハンナがうんうんと頷く。カーラがどうぞ、とテーブルの上にあった鏡をあたしの方に向けてくれたので、それを覗き込めば──

「うん。別人みたいね」



 よーっく観察すればばれるかも知れないけど、あの2人がそこまであたしに興味があるとは思えない。

 何より、ここにあたしがいるなんて夢にも思わないだろう。

 オズワルドとミシェルは、恋人のようにぴったり寄り添いながら、パンのコーナーを見て回っている。こちらに近づいて来る気配はなさそうだし、大丈夫に違いない。



「チトセさん、キャサリン・マードック伯爵令嬢がいないか、探してもらえませんか? 少しくすんだオレンジ色のソバージュで、鼻の頭にそばかすがある令嬢なんですけど……」

「ああ、知ってるよ」

 頷いたチトセさんは、後ろに向かって目配せをする。後ろは近所の奥様方の趣味の品を置いているテーブルとお客さんしかいないのだけど……その中に交じって部下の人がいるのでしょうね。きっと。



「確か、自称天才の母親の姉の子供か何かだったっけ?」

「その通りです」

 オズワルドは聖職者の道を進むか、法術使いとしての道を進むかで悩んでいる。キャサリンを含め、母方の家の方はオズワルドに聖職者の道へ進んでもらいたいらしい。そして、これが重要なのだけれども、聖職者は、基本的に妻帯できない。

 下っ端なら、妻帯する事もできるけど、重要な地位に就く事はできなくなる。

 なので、キャサリンはオズワルドに、ミシェルが接近する事をあまり快く思っていないのだ。



「それと、ガラの悪い3人組はいないかしら?」

「えっと……あ、いますね。2人に近づいているみたいです」

「うぇ!?」

 あそこです、とジャスミンが指さすと絵に描いたようなごろつきが、周りにガンを飛ばしながら歩いているのが見えた。絡まれイベントの方かっ! 面倒な──!

「止めた方がいいの?」

「そうです。あ、でも、チトセさんが行くのは……。彼女と出会うきっかけになるので……」

「あ、そうか。そいつは勘弁したいな。しょうがない……」

 面倒くさそうに後ろ頭をかいたチトセさんは、「出会わないように片付けてくる」と言って、あたしたちの側から離れて行った。



 彼は背が高く、人ごみから頭1つ分はみ出ているので、見失わなくていい。

「あ、遭遇してしまいましたよ」

 ハンナの報告に、オズワルドたちへ目を向けると、男たちが「おうおう。見せつけてくれんじゃねえか」なんてことを口走りながら──実際に聞こえたワケじゃないけど、ゲームのセリフはこんな感じだったので──オズワルドをねめつけている。



 ミシェルは怯えた様子で彼の影に隠れ、オズワルドは、眉間の皺を隠そうとしていない事から、明らかに気分を害しているのが分かった。

 あたしの記憶が確かなら、ミシェルはダンジョンに入り浸っているはず。

 町のごろつき相手に、怯えるようなデリケートさなんて、とっくに失っているんじゃ? と思うのは、あたしだけだろうか? ここで戦われても困るけど、オズワルドの影に隠れるのも、何だかとっても嘘くさい。



 どうする気なんだろう? と2人を眺めていると、 

「ちょっと……! 嘘でしょう?!」

「カーラ? どうしたの?」

「あの男、こんなところで法術を使うつもりですよ!」

 信じられない、とカーラが目を丸くする。



 ああ、それイベントの……恐ろしく狭い視野しか持たないダメ男の本領発揮するやつだわ。

 チトセさん、急がないと危ないですよと、彼の姿を探せば──いた!

 彼は、オズワルドとミシェルの背後に立っている。ごろつきたちは、オズワルドたちの肩越しに、自分たちへ視線を向ける存在に気付いたのだろう。

 何だ? という、いぶかし気な表情で、視線を動かし、きっちり3秒後。彼らは、ずざざざざっ、と音が聞こえてきそうなくらいの速さで、後ずさりした。

 顔が青ざめて引きつっている。



 チトセさんはと言えば、満面の笑みを浮かべて、サムズアップした手を首元に近づけ、それを横に引いた。あれって、殺すぞ、って意味よね? チトセさん、目が笑ってないです。

 ごろつき風の男たちは、あたふたとオズワルドたちに背中を向けて逃走。

 オズワルドたちが背中を振り返った時には、チトセさん、中腰になってその場から撤退していた。素早い!



 オズワルドとミシェルは、ぽかーんとマヌケに口を開けて、撤退していったごろつきたちを見ていた。

 今のその顔、何だか、ものすごく笑えるんですけど。笑いをこらえるのが大変だ。笑いたくなるのを我慢して、ようやくその衝動が治まったとき、

「あの……ところで、お嬢様、その……」

 ハンナが言いにくそうに、あたしに話しかけてきた。



 言葉尻こそ濁したものの、ハンナは、どうしてこれから起こる事が分かったのか、と聞きたかったのだろう。

 長年の付き合いのお蔭か、彼女の言いたい事は表情で分かってしまった。

 乙女ゲームの記憶があるから、とは言えず「夢でね、こんな光景を見たのよ。きっと、精霊のお導きだったのね」とごまかしておく。

 精霊の歌姫という、偽りだらけの看板が、こんなところで役に立つとはね! 心の中で精霊たちに、勝手に名前を借りてごめんなさいと謝罪しておく。



 ちなみにゲームでは、普通にデートをして帰るノーマルパターン。キャサリンに「はしたない」「オズワルドの将来に傷をつける気か」と責められるパターン。そして、ごろつきに絡まれるパターンの3種類が存在している。

 イベントとして一番おいしいのは、ごろつきパターンだ。ただし、例によって、選択次第では、ヒロインの首を絞める事になる。



 まず、ごろつきが攻撃系法術を使ってくるのを、オズワルドが防御系法術で防ぐのは問題ない。悪いのはごろつきの方だから。

 売り子の手伝いをする、しないが選べるようになり、手伝いをすれば、接客に戸惑うオズワルドとその横で明るい笑顔を浮かべるヒロインのスチルが見られる。



 問題は、オズワルドが攻撃系の法術を使って、バザーを台無しにしてしまう事だ。これは、ヒロイン側が悪役になってしまい、主催者に怒られる。

 また、火に油を注ぐような選択肢として、「商品を買い取る」なんて物も現れる事もあるのだが……これ、最悪。



 そりゃそうよね。だって、札束で顔を叩くようなものよ?

 チャリティーの目的は、商品を売る事なんだけど、売るという行為も、参加者にとっては大切なコミュニケーション。それを強制終了させるような事をすれば、当然、隠しパラメータの人気度が急落してしまう。




 そして、3つ目がチャーリーとの出会いイベントへの変換。

 ──って、ああっ! もしかして、ヒロイン様はこれを狙ってたの!?

 チャーリーの存在を知らなかったら、あそこでオズワルドの影に隠れる、なんてしない……と思うわ。



 と、いう事は、ミシェルも『ファン・ブル』の記憶を持っている──?

 そう考えると、攻略キャラのスピード篭絡も納得できるわね。でも、階段落ち未遂イベントの進め方を思うと、あたしほどやりこんでいる印象はない。

 ……どちらにしろ、油断はできないけど。



「あ……! あー……今の……」

 ゲームの通りじゃないの。

 ごろつきパターンで、チャーリーが現れない場合、彼らは舌打ちをして、あたふたと帰っていく時がある。

 テレビの前で、何だったんだ? って首を傾げてたけど、あれの真相ってこれなの? ヒロインから見えない場所で、チャーリーが、ごろつきを脅してお引き取り願っていたって事?



 ゲームの裏側って、何かすごいわね。

 こうなると、法術を使えるごろつきにも、何らかの思惟を感じさせるわ。だって、周りに被害が出るくらいの法術を使える人間って、エリートの部類に入るのよ? そんな人間がごろつきなんてやってるとは思えないわ。



そう……まるで、オズワルドやミシェルを試すような…………なんだか鳥肌が……



ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。


タイトル詐欺にならないようにせねばと、四苦八苦中(笑

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