人生最大の博打は、卒業パーティーで 1
……いよいよだわッ。いよいよ、問題の卒業パーティーの時が来てしまったわッッ。卒業式の方は、午前中で滞りなく終了。ミシェルたちも一応、卒業できたようである。
卒業パーティーは、日が暮れてから。式が終わったら、さっさと帰宅して、髪を結って、化粧をして、ドレスに着替えて、と忙しい。
あたしが侯爵家の令嬢としてパーティーに出席するのも、これが最後だ。
今日のドレスは、青みがかった紫と白の2色使いの爽やかで清楚な印象のもの。スミレの刺繍をちりばめ、腰やティアード部分にギンガムチェックをあしらっているので、それが華やかさをプラスしてくれている。
胸元にはパールのネックレス。髪はアップに纏めて、昨日のお茶会で最終確認した、ダリアとスミレの髪飾りを付けている。
「お綺麗ですよ、お嬢様」
「ありがとう、ハンナ」
準備が出来たら、会場へ出発だ。もちろん、と言っては何だが、キアランからは音沙汰なしである。最初から予想はしていたけど……それはそれで釈然としないものね。心のどこかで、まだ期待している部分があるのかも知れないわ。
だからと言って、殊勝にキアランの迎えを待ったりはしない。そこはさっさと割り切って、馬車に乗り、会場へ向かう。インドラさんも一緒ではあるが、彼は馭者席の方に座っている。
会場である学園のホールには、招待客が集まっているはずだ。お父様とお母様、クラリスも一足先に会場に入っている。
馬車の中からは見えないけれど、過去の経験から、ホールの前に馬車が列をなし、卒業生をおろしているはずだ。あたしが乗っている馬車もその列に並び、順番を待つ。
馬車をおりても、あたしをエスコートしなければならないはずのヤツはいない。予想通りと言えば、予想通りである。代わりに、インドラさんがエスコートしてくれ、受付を済ませた。
「招待状制ではないのですね」
「卒業生には全員参加資格がありますから」
わざわざ招待状を用意したりしない。
受付に名前を告げるのも、貴族籍の生徒だけだ。庶民籍の生徒たちは、そのまま会場になっているダンスフロアへ向かう。
フロアに入ると、すでに会場にいる招待客が拍手で出迎えてくれる。一人一人名前を呼ばれることはないが、拍手にこたえるため、女性は膝を折って礼をし、男性も右手を体に添えて礼をする。その後は、あらかじめ指定されている待機場所へ移動する段取りだ。
そうすることで自然と同じ階級同士がフロアに固まるようになって、誰と誰がペアを組んで参加しているのか、分かるようになっている。卒業生同士のペアもいれば、卒業生と在校生といったペアもいるのだ。誰と組むかは、生徒の自由である。
受付の側には生徒会長であるノートン少年がいて、受付に訪れた卒業生と挨拶をしていた。その横には、ハロルドもいるし、他の生徒会役員も揃っている。
「ミスター・ノートン、生徒会役員の皆さま、今日の良き日をこのように迎えることができて、大変うれしく思います」
「こちらこそ、お越しくださったこと、嬉しく思っております、レディ・マリエール」
あたしの挨拶ににこりと笑ってくれたノートン少年は、
「サプライズが起きても、最後まで楽しんでいただけるよう、最大限の努力をいたします」
小声で教えてくれた。一瞬、意識が遠のいたわ。大きな声では言えないので、小さな声で「ご迷惑をおかけいたしました」と謝罪を口にする。
挨拶だけなので、早々に彼らの前からどいて、フロアで入場の時を待っている貴族の生徒たちに声をかけて回る。
ベルは、スカート部分がアシンメトリーになっている、赤紫色のドレスを着ていた。もちろん、髪にはお揃いにしましょうねって言っていた、ダリアとスミレの髪飾り。彼女をエスコートするキャロル少年は、胸元のハンカチーフをベルのドレスと同じ色にしている。
うん、いつ見ても仲良しさんね。羨ましいわ。
「いよいよ、この日が来てしまったわね」
「ええ、本当に」
あたしにとっては、二重の意味での「いよいよ」である。
ベルたちと雑談をしながら、お花畑たちの姿を探しているんだけど──
「……殿下のお姿がありませんね……」
「他の方々の姿も見えませんね」
フロアを見回してもおらず、玄関の方を見やるも現れる気配はなし。キアランはもちろん、ミシェルを含め、いつものメンバーもいないのだ。
「いたらいたで腹立たしいけれど、いないならいないで腹立たしいわね」
おっしゃる通りですわ、ベルさん。結論──
「不安だわ……」
「猿の思考回路は、あたくしたちには理解不能ですからね」
辛辣。キャロル少年が、そんなことを言っていいのかとあわあわしていたけれど、聞かれていても許されると思います。
玄関ホールの大時計を見れば、パーティーの始まる時間が迫ってきている。
普通のパーティーであれば、主賓とでも言うべき人が来ない限り、主催者は開始時刻をずらすなどして、対応することが多い。社交界の人気者の機嫌を損ねたくはないからである。
けれど、卒業パーティーは待ってくれない。侍女が片付けてくれる貴族と違って、庶民の生徒は自分で、寮の部屋を片付けなくてはならないからだ。つまり──
「ミスター・ティモシー・グリスリード、ミス・アンヌ・シスコーン、ご入場──!」
こういうことである。
ミスター、とミスではあるが、どちらも貴族の方だ。子爵や男爵の子は、貴族ではあるけれど敬称は、男性ならミスター、女性はミスなのである。
「姉上、お待たせいたしました」
「ハロルド」
キアランがあたしのエスコートに現れない場合、代役はハロルドがつとめてくれることになっていた。キアランがいなければ、ヴィクトリアスもいないだろう、という予想の上での人選である。一応、婚約している身なので、婚約者以外の人にとなると、身内にしかお願いできない。
インドラさんは、ここでエスコート役は終了。ファーストダンスが始まるころ、こっそりと会場へ入り、やや離れた位置からあたしの護衛を継続してくれることになっている。
名前を呼ばれ、次々と生徒が会場へ入っていく中、ハロルドは少々お疲れ顔だ。それを指摘すれば、空いている方の手で目頭を揉み、
「例の方々絡みで少々……」
「結局、来ていないのよね?」
「いえ、いらしているようなんですが、受付にはお見えになっていないので──」
つまり、生徒会側からしてみれば幽霊のような状態ということだ。誰と誰がペアになっているのかも謎。ということは、入場の順番などの予定も狂う。
「まさか、が本当になるとは思わなくて……何ごとも、念には念を入れるべきですね」
一応、予想はしていたらしい。
あたしがハロルドと話をしている横で、ノートン少年がキャロル少年へ、挨拶をしている。
卒業パーティーのファーストダンスは、社交界のルールとは異なり、生徒会長と卒業生の中で一番身分の高い異性がつとめることになっているからだ。
隣を気にしている間に
「ロード・ハロルド・シオン、レディ・マリエール・シオン、ご入場──!」
あたしたちの番になった。ハロルドにエスコートされ、ダンスフロアへ入れば、拍手と一緒に戸惑ったような声も聞こえてきた。当然だと思う。
普通なら、あたしをエスコートするのは、キアランのはずだからだ。
ざわざわと落ち着きがない中、ノートン少年とベルが入場してくる。
二人はそのままフロアの中心へ進み出た。さすがに空気を読んだのか、進行の妨げになってはならないと、フロアが静まり──やがて、吹奏楽部によるカドリールの演奏が始まった。
演奏に合わせて、ノートン少年とベルがカドリールを踊る。
ある程度踊ったところで、あたしとハロルドがその踊りに加わり、さらに、貴族の生徒たちが。また、残っている庶民籍の生徒が加わって、最後は卒業生、全員で踊る。
カドリールが終われば、後は自由参加。招待客も、フロアに出て自由に踊ることができる。ハロルドは生徒会の仕事に戻るため、あたしはインドラさんへ預けられるのだが──
「マリエールッッ!!」
閉められていたホールの扉をバァーンッ! と勢いよく開けて、キアランが登場した。その後ろにはミシェルがいて、さらに一歩下がった位置に他のメンバーも揃い踏み。
「俺は、お前という女にほとほと愛想が尽きた! 今、この場で、お前との婚約は破棄する!」
キタァーッ!!
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
とうとう、出ましたあのセリフ。
それにしても、ダンスパーティーの入場の順番ってものがよく分からず……とりあえず、下の人から順番に、ということにいたしました。




