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パーティーの前日は乙女の語らいで

 いよいよ、明日は卒業式だ。午後には、卒業パーティーが開かれる。ハロルドからは、

「ご安心ください、姉上。全て対策済みですから」

 と、にっこり笑顔をちょうだいしている。頼もしいけれど、一抹の不安があるのはしょうがないわよね。あたしの人生が変わる、一世一代の大舞台なんだもの。



あたしが愚兄呼びしてきた兄上、ヴィクトリアスだけど、お父様たちは静観することに決めたらしい。なるようにしかならないだろうと、ため息交じりに呟いていらした。男性寮を引き払い、屋敷に戻ってきているはずなんだけど、時々、登城はするものの、基本は引きこもり。

 もう、長いこと声も聴いていないし、顔も見ていない。某所からの報告によると、年末からこっち、ミシェルたちの前でも上の空でいることの方が多いようだとか。



 一体、何を迷っているのかしら。常識で考えたら、どこにも迷う余地なんてないと思うんだけど……。

 彼が、いわゆるチャラ男枠なのは、外であたしという子供を作った、お父様への当てつけだったはず。もちろん、それは見当違いだった訳で、ショックなのは分かる。

 分かるけど、いつまでショックを受けてるんだ、という気もしないではない。

 ヴィクトリアスの攻略のポイントは、よそ見をしない誠実さだったはずなんだが……。なのに、逆ハールートが存在する、この不思議さよ。

 パーティを組んで、一緒にダンジョン攻略してたら、仲間への信頼とか友情とかそういうのも育まれていって~、という感じなんだろうけども。



 兄の行く末を心配しつつ、あたしはだいぶ荷物の少なくなってしまった、部屋を見る。

 明日の卒業パーティーを途中退場したら、あたしはその足で馬車に乗り、アト様のお屋敷へ向かう。そこから、転移陣を使ってルドラッシュ村へ行く予定だ。

 荷造りも、ほぼ終わっている。明日、家を出る前にマリエール・ヴィオラの祭壇を片付けてバッグへ詰めたら、それで荷造りは完了だ。

「お嬢様、そろそろお出になられませんと……」

「もう、そんな時間なの? ありがとう、行くわ」

 この部屋とも、もうすぐお別れなんだと思うと、しみじみしちゃうわね。しみじみしすぎて、時間の確認がおろそかになっていたわ。



 今日は、学生生活最後のお茶会をしましょう、とベルに誘われているのだ。こんな風にお声がかかるなんて、一年前だったら、考えられなかったわね。

 ……ワタクシ、ぼっちでしたから──!

「レディ? どうかなさいましたか?」

「あたしが、あたしになってから、ずいぶんと変わったなぁ……と」

 ドアを押さえてくれていたインドラさんにたずねられ、今の心境を答えれば、

「ああ。でしょうね。私もこちらに来てから、ずいぶん変わりましたよ──」

 一瞬、彼の視線がフッと遠くへ向かう。ルで始まる村で味わった衝撃のことですね。分かります。



 インドラさんは護衛の仕事が終了した後、魔族側の窓口としてお仕事をされるそうだ。ふーふーふーふーふー。あたしたち、地雷原(笑)でも仲良くお仕事しましょうね。

「シャクラさんは、今後、どうなさるんですか?」

「一度、帰国してから、その後ルドラッシュへ移り、法具の開発と研究を続けるようです。他にも技術提携や文化交流の手伝いなども言いつけられているようですね。あれに、まともな交流ができるのか、不安要素が大きいのですが──」

「まずは、よく効く胃薬の開発が急務かも知れませんね……」

 あたしの胃ではなく、インドラさんの胃が心配である。いや、彼だけではないけれども。



「本当に大丈夫なのですか? お嬢様。やはり、ハンナとカーラは共に連れていかれた方が良いのではないですか?」

「大丈夫よ、ジャスミン。心配しないで」

 もしついてこられたら、ハンナとカーラはすぐに寝込むことになりそうだもの。新天地で、二人に気を配れる余裕があるとは思えないから、諦めてほしいわ。

 なおも心配するジャスミンを宥めつつ、屋敷を出る。玄関の前には、すでに馬車が待機していたので、待ち時間もなくスムーズに移動できた。

 今回は、ジャスミンも一緒だ。明日のパーティーで着る衣装について、お茶会に出席する令嬢たちのメイドと最終確認をするためである。

 今回、あたしたちは仲良しアピールをするため、ダリアとスミレの髪飾りを付けて下さるそうで。嬉しいやら、気恥ずかしいやら……。ありがたいことだわ。


 

***************



 お茶会には、ギリギリではあったけども、遅刻せずにすんだ。

 会場は、マーガレットとフリージアの花で飾られていて、清楚ながらもどこか華やかな雰囲気だった。遠くから、バイオリンとピアノの演奏が聞こえてくる演出も心憎い。さすがは、ダリアの君だわ。

 女が数人集まれば、おしゃべりに花が咲くのは言うまでもないだろう。

 ベルのセンスを称賛し、今日のお天気から家であったこと、ドレスやアクセサリーの流行について、先日のデリュテの話に、学園の思い出話と──話題には事欠かない。



 笑い声の絶えないおしゃべりがふと途切れたその時、

「今までは、約束などしなくても、学園で毎日顔を合わせておりましたのに、これからは約束をしなくては、こうして皆さまとお話することもできなくなりますのね……」

 一人のご令嬢が、しみじみと呟いた。

「そうね。おっしゃる通りだわ。もちろん、パーティーなどでお会いできるでしょうけれど、私たちだけで固まっているわけにもいきませんものね」



「あ、でも………」

 視線の先には、ミス・クレメルがいた。彼女のお父様は、文官ではあるけれど、身分は庶民。彼女が足を運ぶ社交界は、ミドルクラスが中心になってしまう。あたしたちがいる社交界では、彼女と会う機会がほとんどなくなってしまう、ということだ。

「ちょっと……!」

「え? あ、あの……わ、私、決してそういうつもりは……」

 ミス・クレメルを見たご令嬢が、おどおどと視線を泳がせる。聞きようによっては、ミス・クレメルを下に見るような発言だったことには違いないけど、そんなつもりで発言したわけではないのも分かっている。



「ふ……。ご心配なく。実は私、仕官が決まりましたの」

 彼女がついと持ち上げた眼鏡がキランと光る。

「え!? 仕官⁈ ミス・クレメル、女官になるのですか!?」

「いいえ、女官としてではなく、女性文官としての登用ですわ。光栄にも、ランスロット殿下から直々にお声をかけていただきましたの」

「まあ! ミス・クレメル、どのようなお役目を──?」

「情報収集を任されましたわ。私はミドルクラスの出身ですが、交流関係は上下に広いものですから、幅広い階層の様子を知ることができるだろうと仰せになられて──」

 ストリートチルドレンっていう、目と耳がありますものね。政策が庶民にどんな風に反映しているか、客観的ではなく、主観的な情報を得ることができそうだわ。



「素敵! わたしたち、応援しましてよ!」

「ありがとうございます。皆さまと親しくさせて頂いていることも、私が選ばれた理由の1つなのだそうですわ」

 ダリアの君のお友達ですからね。いくら女性文官が気に入らないと言っても、藪をつついて蛇を出すような真似は、皆さん、控えるでしょうよ。

 仮にチクチク虐められたところで、あなたならさっさと弱みを握って黙らせそうですけどね、ミス・クレメル。そういう意味でも、殿下は彼女の登用を決めたのだろう。



「卒業した後のこととなると、気になるのがあのご令嬢なのですが──あの方……」

 あの方とはもちろん、ミシェルのことだろう。

「ご実家に戻られるのではなくて?」

 普通なら、そうでしょう。寮を出たら、帰るところは実家しかない。学園生活が縁で、奉公先が決まることもあるらしいけれど──ミシェルの場合、それはないだろう。



「あれが、素直に実家に戻るとは思えなくってよ」

 ベルさん、鋭い。あたしもそう思う。ゲームじゃ一応、実家に帰る平凡エンド、というのがあったことはあった。実家に帰らず、男共も頼らず、冒険者として自立するというバージョンもあったけど。でも、あの様子を伺うに、こっちは絶対にないだろう。

「とは言え、こちらに残ったところで、あたくしたちには関係のないことですわね」

 今の状態で、逆ハーエンドに失敗し、個別エンドに切り替わったとしても、ヒロインとベルたちでは住む世界が違いますからね。関わることはないわ。ミス・クレメルがもしかしたら、というレベル。



 どちらにしろ、ミシェルの将来はランスロット殿下が、きっちりレールを敷いてくれているでしょうから、ベルの言う通り、関係のないことには違いない。そのレールがどこに向かっているのかは……殿下のみぞ知る、というところかしら……南無。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。


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