商売の仕上げは侯爵邸で (チトセ視点+マリエール視点)
「まあ、それはこれからおいおい話していくとして、卒業パーティーの茶番って、どんな感じ? それで国籍を抹消とかできちゃうわけ? って言うか、そこまでする必要が?」
重犯罪者だって、普通は国籍を消されたりはしない。
例外は、漂泊者だろうか。彼らは自分の意思で、ギルドの登録証を作らず、街や村の外で過ごすことが多い。完全なアウトローである。
「マリエが持っている加護を思うと、予防線をはるのは当然のことだと思わないか?」
「あ、納得」
マリエさん自身は、加護の存在を全くと言っていいほど気にしていない。言ったら絶対に、そんなのもあったわね、程度の認識だと思う。加護のことを忘れているし、少しずつ考え方も違っているせいで、不幸の種が周囲に芽吹いているような雰囲気もない。
あ、王様を始めとした一部の偉い人たちの髪が薄くなったくらいか。禿げろ、禿げろって言ってたもんなあ。でも、それはある意味、自業自得かな。マリエさんが効果を意識したあたりから、進行も止まったみたいだし。
前は、マリエさん曰く、悲劇のヒロイン病にり患していたもんで、「どうして~してくれないの」「なぜ、わたしがしなきゃいけないの」という感じで、周りが悪いみたいな受け取り方をしていた。
それが今じゃ、そっちがその気なら、こっちだって! という感じ。自分から動くようになったのが大きいのかな。
多分、マリエさんはミシェルが不幸になればいい、とまでは思ってない。弟王子とうまく婚約を破棄できたなら、その後は自分に関わらないところで、周りに迷惑をかけなければそれでいい、くらいのものだと思う。
でも、加護を与えている側も同じ認識でいてくれるかどうかとなると話は別だ。本人がそれで良いと思っていても、周りが納得しないことなんて多々あることだ。
「神の考えていることなど、私たちのような人間に分かるはずもない。正直、あの娘のタレントの影響が、いつからあったのか、どこまで作用しているのか、全く分からん」
あの子に会う前から、弟王子の婚約者に対する態度は酷いものだった。それが、あの子の影響を受けてのことなのか、そうでなかったのか。それは、誰にも分からない。ただ、あのタレントの特性を思えば、出会う以前から影響していた可能性はあるだろう。
「もう一つ言えば、天罰覿面もどれがそうで、そうでないかなんて、判断のしようがないし?」
「その通りだ。しかし、だからこそできるだけの対策をしておきたい」
連帯責任の回避、という訳である。
「でも、一人だけで大丈夫なの? 一番恨まれそうなのって、王子サマでしょ?」
「そこが苦しいところだな。さすがに王子や高位貴族の国籍までは抹消できん。身分凍結の上、王都から放り出すのがせいぜいだと考えている」
「なるほど」
「あの娘の父親からは、爵位を返上し、親子の縁を切るとの申し出があった。賠償金の支払いなど到底不可能だし、娘に頼られる可能性も捨てきれないので、連絡先は知らせずに国外へ引っ越すそうだ」
さすがに、王家公認の婚約破棄プロジェクトがあるとは言えず、その申し出を受理したそうだ。本当なら、連座で責任を、という話になってもおかしくないからね。
「──ってことは、卒業パーティーの頃には、男爵令嬢から一般庶民になってるんだ」
ランが頷く。弟王子たちよりも罰が厳しくなるのも当然か。なんせ、王様の決定に、型破りな方法で異議を申し立てるんだもん。死罪にならないだけ、マシか。
「でも、そううまくいくわけ?」
「弟は隠し通せていると思っているようだが、脚本はこちらに筒抜けなんだ。演出プランは、お前とも応相談だな。サプライズキャストとして、マザー・ケートにお越しいただこうかと考えている」
「教会への逃げ込みを防ぐつもり?」
「でないと、教会にとばっちりがいく可能性も捨てきれんだろう?」
「本来なら跪いて許しを請う立場にある人間が、逆の立場に立ってるもんね。納得」
マリエさんを召喚した、少年のことである。
「あの……ご歓談中、恐れ入ります。ミスター・ルドラッシュ、必要と思われる花はちょうだいいたしました」
「ん、了解。それじゃあ、俺はこれからシオン侯爵のところに行く用事があるから、これで失礼するよ」
「ああ。そうだ、1つだけ聞かせてくれ。そのジェム・フラワーとやらが世間に流通するようになる可能性はあるのか?」
「どうだろうね。冒険者ギルドの方で宝石ダンジョンの位置を把握していたら、数は少ないけど、流通する可能性はあると思う。ただ、ジェム・フラワーというダンジョンで採取できる、宝石のような花だと説明できる人間がどれだけいるか……」
宝石のような花だと聞いた時、大抵の人は宝石のように美しい花だと思うだろう。宝石の花だと聞けば、宝石で作った花だと思うだろうし。
「確かに、こういう花がダンジョンで採れると知らなければ、説明に困る花ではあるな」
そういうことなんである。ではでは、片付けて侯爵家へ向かいますか。
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「一大イベントと言えば、デリュテもそうなのですが、わたしとしては、卒業パーティーの方も気になるわ。チトセさんは、あちら側がどうしているか、ご存知ですか?」
チトセさんにテンパリングしてもらったチョコレートを型に流し込みながら、ふと思いついたことを口にした。
あたしの記憶では、弱者を虐めるなど、王家の一員になろうという人間に許される行いではない、とか何とか言われて、婚約破棄を宣言される。その後、ヴィクトリアスから、侯爵家の人間として恥ずかしい。そもそも、侯爵家の血を引いていないお前なのだから、今この時より侯爵家の人間と名乗ることは許さん。我が家から出て行け、と言われるのだ。
「うん? ああ、弟王子を中心に、若人たちが頑張って、婚約破棄の脚本を書いてるみたいだよ。男と連れ立ってふらふら歩くなんて、けしからん! なんて感じらしいけど……」
「まあ! ご自分の行いを棚に上げて、何て図々しい!」
「まあ、ご自分は元より、マリエールの立場も忘れていらっしゃるのね」
怒るクラリス。呆れるお母様。して、お母様。その呆れの原因は?
「殿下は王族なのだし、あなたは王子妃になる娘よ? ただの侯爵令嬢とは違うのだから、当然、全ての行動は把握されているに決まっているじゃありませんか」
マジか。チトセさんが、頷いている! え? ってことは、ダンジョンでの諸々も全部?
「お母様、それは本当なのですか?」
「私は詳しく聞いていないけれど、旦那様ならご存知だと思うわ。今はアラクネだったかしら? 以前はユーデクスだったわね。良い言い方ではないけれど、王家は人気商売のところがあるでしょう? ですからね、イメージをとても大切にしていらっしゃるわ」
あ…………! 私用に使ったこともあるのに、すっかり忘れてたわね、ユーデクス一族。その後継は、アラクネって言うんだ。へ~。っていうか、見られてたんだ……。ダンジョンのアレとかソレとか……。今更だけど、穴に埋まりたい気持ちになってくる。
「その……つまり、アラクネが情報操作を行い、わたしたちの印象も操作していると──」
「そのはずよ。現に新聞の社交面はもちろん、その他のページにも、あなたを含め、キアラン殿下を悪く言うような記事は出たことがなかったでしょう?」
型に流し入れたチョコレートを心配そうに見ながら、お母様が言う。
国家権力ぁ……! これって、ランスロット殿下を味方に付けることができたからこそよね。ありがたいやら、オソロシイやら……。この御恩は、リッテ商会で馬車馬のように働くことで、間接的に返せるものと信じております。
世の中の悪役令嬢様、自己改革、人間関係の改善もよろしいですが、国家権力を味方に付けることも重要な生き残り戦略のようです。
「そもそも、侍女抜きに、使用人や庶民の男性を連れ歩いたところで、問題になるとは思えないわ。こんな言い方はあなたに失礼かも知れないけれど、普通は対象外ですもの」
あなた、というのはチトセさんのことだ。チトセさんは「事実ですから」と答えた。
そうなのである。
例えどんなイケメンだろうと、身分が違うというだけで、基本恋愛スイッチは入らない。イエス、イケメン、ノータッチの精神だと思う。それが社会の常識。
相手が使用人ともなれば、尚更である。冒険者であっても、契約が成立した時点で、一時雇用が成立しているんだから、広い意味での使用人と言っていい。
身分が違う人は、憧れの対象にはなり得ても、恋愛の対象にはなり得ない。また、どのような職業であれ、自分の仕事にはプライドを持っている人が多く、仕事を台無しにするようなことはしない。また、金と権力を持ってる人間に危害を加えて、何の良いことがあろうか。
同じ階級どうしならともかく、階級の違う相手に、ぶっちゃけ、法律なんてアテにはなりません。法律自体、平等ではないのだから当然だろう。雇用契約は、雇用主に有利になっているんだもの。自分の一生を棒に振り、家族まで巻き込む覚悟がないと、無理──だと思う。
もちろん、絶対ではないし、例外だってあるが、それがレアケースであることには違いない。
まあ、だからこそ、ゴシップとなって紙面を賑わすのでしょうけども。
「ヴィクトリアスもねえ……あのお嬢さんが、身分を弁えて行動できる方だったなら、私たちもここまで強く反対はしなかったのよ。足りない部分は学べば良いのだから。でもねえ……」
身分に関係なく、あの立ち居振る舞いはナイ、ということですよね。あたしが言うのもなんですが、どんな育ちかたをしたら、ああなるのかしら? 不思議。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。




