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淑女のたくらみはキッチンで

 さて、デリュテである。デリュテなんである。チョコレートの日なのである。性別に関係なく、恋人や親しい人に贈るわけだけども……この「親しい人」という枠組みが難しい。

 ただ、慣習によれば義理チョコはアウト。友チョコはグレーゾーンのようである。それに加えて、最近は「親しくなりたい人」にも贈ることが増えているらしい。

 とは言え、侯爵家ともなれば、チョコ1つ贈るにも、色々と気を遣わねばならないのである。面倒くさいがしょうがない。



「ねえお母様? 殿下にもチョコレートを渡さなくてはいけないのかしら?」

「婚約者という立場上、渡さなくてはいけないでしょうね。でも、手作りでなくて良いわ」

 デリュテの贈り物は、チョコレートだと決まっているわけではないのだけれど、チョコレートが人気だ。特に、恋人や夫、妻にはチョコレートでなくては、という考えが主流。

 また、このチョコレートも手作りが良いと言われている。ええ、あたしもそれにならっておりましたよ、去年までは。今年は絶対に、あやつには作ってやったりなど、いたしませんけどっ。



「ビターチョコレートにするわ。カカオの含有量が多い物をお願いしましょう」

「それが良いわね」

 あたしの意見に、お母様も賛成して下さった。

 甘い物は、恋愛的な好意あり。甘くない物は、親しみであったり感謝であったり、友愛的な好意、とされている。これに先ほどのチョコレートを贈る意味を加えれば、ビターチョコは、義理チョコならぬ義務チョコと言っても良いだろう。

 身分社会ならではの存在だと思う。



 他にもこの人には、これで、こちらの方にはこうしましょう、と話をしてリストを完成させたら、次は買い物である。

 あらかじめ、立ち寄る予定のお店に連絡を入れておけば、人ごみにもみくちゃにされるようなことにはならない。いわゆるVIPルームに案内してもらえるからだ。侯爵家のご威光、というものはとても便利でありがたい。その分、大量に買いますけどね?



 実は、家族枠扱いで、使用人たちにも配ることが推奨されている。感謝、という意味合いが強いのだろうと思う。デリュテは、母の日や父の日ならぬ、使用人の日でもあるわけだ。

 また、日本でもそうだったように、チョコレートやお菓子にプラスアルファがあるのは、こちらでも同じ。今年、プラスアルファを付けるのは、お父様とハロルド、一応ヴィクトリアスも。

「もちろん、ルーベンス辺境伯にも贈られるのでしょう?」

「クラリス……」

 もちろん、ってナニ?



「わざわざ確認するなんて、少し意地が悪いのではなくて? ふふっ、でも、そうね。確認したくなるわね。ルーベンス辺境伯には、何を贈るのが良いかしら?」

「お母様まで……」

 キラッキラしていますね。一応、別に婚約者がいる身の上なので、それほど高い物を贈るのはよろしくない。では、何が良いかということになって──最終的にはハンカチを贈ることで落ち着いた。

 お父様とハロルドには、ネクタイとネクタイピンを贈ることに。ヴィクトリアスには、ネクタイだけ。去年のように、3人とも同じという訳にはいかないわよ? 理由は分かっているわよね? という、反省を促すための措置である。通じるかどうかは不明だけど。



 そんなやり取りがあったのも、つい先日のこと。いよいよ、デリュテが間近に迫ったので、女3人、キッチンにてお菓子を手作り中……なのだけども…………

「何故に、チトセさんがここに?」

 侯爵家のキッチンに、使用人でもない男が入り込んでいることの不思議さよ。

「何故にって、侯爵サマがみんなここにいるだろうから、会ってってヨーって。ねえ?」

 彼をここに案内してきたのは、お父様付きの従者バーモント。

「はい。旦那様から、そのように──」

 頷きはしたものの、彼自身、お父様の指示には戸惑っているようだ。無理もない。



「そういうことなら、仕方ないのかしら?」

 顎に人差し指を当てて、お母様が首を傾げる。仕方ないような、そうでないような気もするけれど、ごちゃごちゃ言ったところで、もう来ちゃってるんだもの。何にもならない。

 お母様は、バーモントに戻るよう指示を出して、チトセさんには椅子を勧めた。ついでに、キッチンメイドに命じて、コーヒーを用意させる。

「ミスター・ルドラッシュは何の御用で我が家に?」

 チョコレートを湯煎にかけながら、クラリスがチトセさんに問いかけた。



「侯爵サマとハロルド君に呼ばれたんだよ。間近に迫った一大イベントの件で」

 我が家に立ち寄る前は、ランスロット殿下のところに行っていたらしい。ウチに言えば何とかなるとか、思わないでほしいよ、と小さく愚痴をこぼす。

 チトセさんはダイニングチェアーをひっくり返し、背もたれを抱えるような恰好で座った。侯爵家の人間の前でする恰好ではないけれど、あたしを含め、お母様たちもそれをとがめたりはしない。この人は、身分社会の外で生きている人なのだと、分かっているからだ。



 それよりも気になったのは、チトセさんの愚痴の方。思わず、

「何とかならないんですか?」って聞いてみると、

「なるよ!? なっちゃうんだけどね?! なるだろうって、平然とした顔で突然言われても、こっちにだって予定とかあるわけだから、困るわけよ⁈ 分かる?!」

「あー……お察しします。できる男はつらいですね」

 できるからって、無茶ぶりするな、ということなのだろう。



「にしても、デリュテかあ。ちびこもフランチェスカと一緒に、クッキーを捏ねてるんじゃないかなあ?」

 真剣な顔でクッキーの種を捏ねてそうだわ。そして、絶対に小麦粉がほっぺとか鼻の頭にくっついてるのよ。想像だけで、表情筋が緩んでしまう。

 コーヒーを運んできたメイドに礼を言い、チトセさんはそれに口を付ける。

「っと、あれ? クラリス様、テンパリングはしないの?」

 溶かしたチョコレートを、型に流し込もうとしていたクラリスをチトセさんが止めた。



「テンパリング?」

 って何? とクラリスは指導係の料理長を見る。が、こちらも分からないという顔で、瞬きをしていた。料理長、お菓子作りは専門外なのよねー。専門外だからって作れないわけじゃないんだけど。

「理屈は知らないけど、テンパリングをした方がチョコは美味しくなるんだよ。見た目は変わらないけどね」

 やってあげようか、と言って下さったので、素直にお願いした。



「あなた、お料理だけでなく、お菓子作りも得意なの?」

「美味しいごはんに美味しいおやつがあると、大抵のことは乗り切れるので──」

 お母様の質問に、チトセさんは苦笑い。話をしている間も、彼の手際はプロそのもの。彼の万能っぷりには、これからも、しょっちゅう感心させられるに違いない。

「はい、どうぞ。後はこの温度をキープすれば大丈夫」

 チトセさんからチョコレートの入ったボウルを受け取り、クラリスは急いで型にチョコを流し込んでいく。真剣そのものの横顔に、つい笑ってしまいそうになる。かわいい。



「っと、そうだ。ランからのお知らせなんだけど、あのお嬢さん、力技で単位をどうにかしようとしてるらしいよ」

「力技?」

 はて? 礼儀作法、淑女としての教養を学ぶという授業に、力技なんか通用するのだろうか? 筋肉無双は、授業内容と180度違うところにいて活かせそうにないんだけども。

「キャリアの低い礼儀作法の先生に突撃して、教え子だって認めさせたんだって。普通は、そういうのダメなんだけど、負けちゃったみたい。その先生、学園長の前で号泣したって」



「校則違反だって、断れなかったんですか?」

 クラリスが眉間に皺を寄せるも、椅子に戻ったチトセさんは困り顔で、

「あのお嬢さんは、一時的にせよCランクの冒険者だったわけだよ? そんなのに、迫られてごらん。普通のお嬢さんなら、恐怖で頷いちゃうって」

 あ~……そうかも。ミシェルに毅然とした態度で臨めるのは、マダムのキャリアあってこそ、なんでしょうね。あたしだって、侯爵家令嬢としてではなく、ただのマリエとして、あれと一対一で対決するのは怖いもの。



「それで、学園側の方はどのような対応を?」

「その先生にはお咎めなし。とりあえず、他の生徒と同じように扱って、という指示だね。でも、方法が方法だから全部終わった後に、卒業資格ナシってことで放り出すみたい」

「なるほど。留年もさせないと──」

「そりゃそうでしょ。レポートの方もオトモダチの名前を使って、捏造させてるみたいだし」

 それはアウトですな。



 学園側も、その辺のことはきちんと把握しているらしい。学園史上、類を見ない問題児なのだから、当然といえば当然か。

 良い情報(あるのかどうかは知らないけれど)も悪い情報も、全て報告がいっているはず。

「王子様はもちろん、イイトコの坊ちゃまとのお付き合いがどういうことか、全く分かってないトコがカワイーっちゃ、カワイーよねえ」

 ……………チトセさんの黒い笑顔に、背筋がぞわっと震えてしまう。怖い人だって、分かってたけど、分かってなかったかも。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 例のお嬢さん、力技は大得意(ェー

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