殿下公認の悪役は、学園で 1
「あら、今のこの時期にずいぶんと優雅に過ごしていらっしゃるようだこと。羨ましいわ」
「ですが、この寒空の下でお茶を頂くのは……」
「ふふふっ。私でしたら、到底耐えられませんわ。風邪をひいてしまいそう」
「お体が丈夫でいらっしゃるのよ」
見ればわかるでしょう? と意味ありげに視線を向けてみる。すると、皆さん、持っている扇子で口元を隠しつつ、クスクスと笑う。意地の悪さ全開なのは、もちろん、わざとだ。
アト様のお屋敷にお招きいただき、狩りの成果を美味しく頂いてから数日。月も代わり、チョコレートイベントまで、もう間もなく。学園全体が何となくソワソワした雰囲気に包まれている。
かく言うあたしもそろそろ準備をしなくちゃいけないわけだけど、その前に、ランスロット殿下からの任務(?)を何とかしたいと思っている。
ベルとそのお友達は、任務遂行のための協力者だ。意地の悪そうな雰囲気は、もちろん演技である。演技のはず……である。
「あれでは、お付き合いする方も大変ですわね。体調を崩されなければ良いのですけど」
「惚れた弱み、ですかしらね。殿方も苦労が耐えないようで……同情しますわ」
そういえば先日も、と新しい話題を提供してくれるのは、ミス・クレメルだ。
はい、あたしたちの視線の先にいて、笑われているのはミシェルたちである。
彼女ってば、この寒空の下、オープンテラスでお茶会をしているのだ。出席しているのは、グレッグとオズワルド、ダリウスの3人。キアランとヴィクトリアスは、不在である。
別にルール違反だとか、そんなことはない。食堂に併設されているオープンテラスは、申請して許可を得られれば、誰でもお茶会を催すことができる。
できるけど、何もこの真冬の時期にわざわざ外でお茶会をしなくても、と思うのはあたしだけではないだろう。してはいけない、ということもない。ヨーロッパじゃ、健康習慣として日光浴は当たり前だったように記憶しているし。
でもねえ……皆さんのセリフじゃないけど、今日の天気なら、大人しく屋内にいた方がいいと思うわけよ。
天気は上々。雲は多少あるけども、お日様は出ている。ただし、強風。ビュービューとまではいかないけども、時々、ビューッとは吹くわけで。
当然、髪は男女に関係なく乱れがち。はっきり言って、優雅さの欠片もない。逆に、庶民はこれだから、なんて空気が食堂にいる生徒たちに蔓延している。
この天気の中、オープンテラスでお茶会をするなら、風よけは必須だろう。もちろん、そんな物は、食堂に用意されていない。持参した風よけを立てて──普通の布でも良いけれど、貴族ならここは法具を使いたい。景色を遮らないフェンス型が人気──初めて「優雅ですわね」と言われるのである。
そう。ここ、大事。庶民なら少々髪が乱れようが、気にしない。でも、貴族ともなるとそうはいかない。常に身だしなみを意識していないと、笑いものにされかねないからだ。
かく言うあたしたちは、食堂の窓際の席で、お茶が出て来るのを待っている状態だ。ちなみに、授業中である。このお茶会は、ミス・クレメルのお友達が開いたものである。
ご本人はただ今、マダム・ヴァスチィンにプレゼン中。だから、こんな話をしているのだ。嫌味なんて、お茶会に相応しい話題ではないもの。
戻って来られたら、目前に迫ったチョコレートイベントの話をするつもり。
話がそれちゃった。
とにかく、食堂の外にいるミシェルに、あたしたちの会話は聞こえていないと思う。
でも、ミシェルはあたしを目の敵にしている節がある。理由はよく分からないけど。今だって、「何か文句でもあるの!?」と言いたげな視線で睨んできている。
文句なんてないので、無視だ。
「ですが、少々羨ましい気もいたしますわ。お二方ほどではないにしろ、私たちも色々とお呼ばれしていますでしょう? 日に何度もお茶やお菓子をいただくものですから、お腹の方が──最近、コルセットが少しきつくなってきたような気がいたしますの」
「分かりますわ。夕食を食べる気になれない日もありますもの……」
「最近は、甘い物もあまり見たくありませんわ」
それは同感。
うぷっ、って思いながら夕食の席について。そうして出て来た料理が好きな物だったりする時の、あの泣きたい気持ち。好きなのに、少し多めの味見くらいの量しか食べられないって……。
無理して食べたら、翌日は軽い地獄を見ることになるもの。コルセットが辛いのなんのって……。
何でそんなことになっているのかと言うと、最終学年がもう間もなく卒業してしまうので、最後の思い出作りに~と、下級生や同級生からお茶会に誘われるからだ。
ついでにマダム・ヴァスチィンへ提出するレポートもお願いされてしまう。卒業生の誰々をお茶会にお招きしたこともございますの、と言えて成績にも繋がって一石二鳥というわけだ。
因果は廻る、という訳で、先輩方がそうであったように、あたしたちもたぷんたぷんのお腹で、お茶会をはしごして、寮に帰ればレポートと格闘しているのである。
で、ミシェルさんだけど……彼女の場合、単位が足りないので、お茶会のお客様を必死に集めなくちゃいけないし、お茶会に参加しなくちゃいけない。
なのに、お茶会の席に女子生徒がいない時点で減点。男子生徒もいつもの面子なので、さらに減点。どころか、マダム・ヴァスチィンがテーブルを回っていなかったので、授業に参加しているとは見なされていない可能性大。信頼してもらえないのなら、授業に参加しなくて良い、なんて言われていたし。彼女のことだから、謝罪せずに放置してるんでしょうね。
「あの子のことは、羨ましいけど、羨ましくないというのが本音でしょう? あたくしだったら、御免だわ。あの有様では、将来に夢も希望も持てなくってよ」
ベルの言う通り、誰にも招かれないということは、お近づきにはなりたくない、という意思表示。あれでは、正面入り口からはもちろん、裏口からも社交界には入れない。
「それは、他の方々にも言えることかと思いますわ。授業に出なくても、レポートを提出するなどすれば良い授業がいくつかありますでしょう?」
「ありますわね。法術実践、武術。礼儀作法、ダンスもそうだったかしら?」
レポートだけじゃなく、競技会に参加して、その結果報告で単位がもらえたりもする。
「ダンジョンの攻略記録の提出で、武術や法術実践の単位として認められると聞いていますわ。実戦に勝る修行はない、ということなのでしょうし、冒険者ギルドでの評価も、そのまま学園の成績として反映されるという話だったように思いますが、違うのですか?」
「違いませんわ。違いませんけれど……全て、自己申告なのですわ」
ミス・クレメルが、中指ですっとメガネを持ち上げる。
あ────申告してないんですね。分かりました。なるほど、単位が足りないわけです。それを知っているミス・クレメルがちょっぴり怖いですけれども。あ、ランスロット殿下には、彼女を紹介しておきました。今頃、チェックが入っているんじゃないですかね。
「学園長も、頭を抱えていらっしゃるでしょうね」
ベルがため息をつく。最近、御髪の元気がありませんものねえ。歩いている時は、よくお腹を押さえていらっしゃいますし……。リッテ商会で良い胃薬は扱っていないかしら?
それはともかく、ランスロット殿下からの任務(?)にベルたちを巻き込んだのは、ちゃんとした理由がある。
あたし1人が何を言ったって、あの連中には暖簾に腕押し、糠に釘。あたしの言うことなんて、信じようとしないだろうから、からめ手からせめることにしたのである。
そのために、物語に登場する数々の悪役令嬢を見習い、取り巻き(失礼)の皆さんと共に、イヤミーなプレッシャーをかけることにしたのだ。
「お世話になった先生方とは別に、学園長には御髪に良い物を贈りましょうか」
「そうですわねえ……」
ただ、それが学園長にとって良い物かどうか……。自分で分かっているつもりでも、他の誰かに指摘されると、ダメージをもらっちゃうこともあるわけで……。良い考えですわ、と肯定できないでいると──
「ちょっとっ! さっきから何なのよ!? クスクスクスクス、人のことを見て笑って! それがレディーのすることなの?!」
飛んで火にいる夏の虫。はい、こちらの思惑通り。怒鳴り込んで来てくれましたねー。
「嫌ですわ。その言葉、そっくりお返ししましてよ?」
「そんなに大きな声を出すなんて、はしたなくてよ? ミス」
ミシェルの名前を呼ばずに、敬称であるミスとしか呼ばないのは、知り合いではない、という意思表示。でも、それもミシェルには伝わっていないのだろう。
「っな!? だっ誰のせいだと──っ!」
ちょっちょっ……ジャケットの上からでも、上腕二頭筋の力こぶが分かるんですけど?! ちょ、ねえ、それ、大丈夫?! 大丈夫なの!? ジャケットのボタンが吹っ飛んだり、破けたりしない?! あたしが的外れな心配をしていると
「何事ですか、ミス・ミシェル・ヘラン。授業妨害とは感心しませんね」
マダム・ヴァスチィン、キター!
あたしたちの狙いは、ズバリこれ。
ランスロット殿下からの任務(?)は、ミシェルたちが卒業できるよう、単位を取らせること。それについては、あたしたちがあれこれ言っても信ぴょう性は低い。どころが、何でアンタがそれを知ってるのよ⁈ と余計に騒がしくなりそうである。
だったら、秘儀、マダム・ヴァスチィン召喚! 講師に、ズバッと言われた方が信用できるでしょ。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
久しぶりのベル様です。




