現状のおさらいは郊外で 6
「たぢゃいまー!」
ぶんぶんと手を振りながら、大きな声で挨拶をしてくれるちびちゃん。この距離で返事をするのは淑女として少しためらわれるので、席を立ち、手を振り返すだけに留めておく。
とはいえ、テーブルに着いたまま、帰って来たちびちゃんご一行を待つ、なんてことはしない。失礼にあたるもの。お茶会を中断して、ちびちゃんたちを出迎えるため、席を立って、彼らの方へ向かう。お馬さんが、ひいこらひいこら、歩いているように見えるので、収穫は大きかったのだろう。
大きな声を出さなくても会話ができる距離になったところで、ちびちゃんに「おかえりなさい」と言葉をかけた。
出かけた時と同じく、ビスマルク閣下の愛馬に乗せてもらっていたちびちゃん。
「んふふふふ。とったどー!」
ぴょんと馬の背から飛び降りると、ドヤ顔でシャキーン! と特撮ヒーローのようなポーズを決めてくれる。
うむ。かわゆい。
「お転婆さんは、一体何を獲ったのかしら?」
うふふふ、と笑うフランチェスカ様。
「この娘はとんでもないな」
愛馬からおりた閣下が、ちびちゃんの頭をぐりぐり撫でる。力が強いのか、ちびちゃんの頭がぐらぐら揺れて「おおぅ」という困り声がその口から漏れた。
「ビシュマユクじーちゃもなかなかやゆのだ」
「生意気な口をききおるわ」
撫でまわしていたちびちゃんの頭を軽く叩いて、閣下が豪快に笑った。狩りの成果は、後ろにあるとのことなので、後ろへ回れば──
「ねえ、アート? これは何という生き物なの?」
一瞬、ジブリ作品に登場する、シ〇神かと思ったけど、顔はアレよりもっと鹿っぽい。そして、角が凄い。体より大きいものだから、上半身が浮いていた。
「トライデントホーンと言うらしいですヨ?」
アト様? 目が泳いでますけど?
「ジャイアントディアーを狩るのだと、おっしゃっていたように思うのですが?」
「ジャイアントディアーもいますよ? レディ・クラリス」
妹の質問に答えたのはキーンである。彼の後ろでは、カーンたちが本日の狩りの成果をずらずら~っと並べていた。
トライデントホーン1頭。ジャイアントディアー2頭。ワイルドボア3頭。狐5匹。鳥17羽。
結構な数である。
「わ~……すごいね~」
パチパチと拍手をしたのは、いつの間に来ていたのかしら? シャクラさんだった。
「あなた、狩りには興味がないのではなかったかしら?」
「狩りに興味はないけど、解体には興味があるから。見学に来た」
フランチェスカ様の質問に、ぽやや~んとした感じで答えるシャクラさん。妖精さんは相変わらずのようである。
ただ、お父様たちがインドラさんにそっくりだけど、誰? ってなっているので、彼が「私の双子の弟です」と紹介。自分がこちらに来た理由だとも付け加え、
「君は、振り回されているのだな」
「お分かりになりますか、殿下」
「あ、ひどい」
実兄の返事に、シャクラさんがぷくっと頬を膨らせた。イイ年した大人が、頬を膨らすな。大人のくせに、カワイイな!
さて、シャクラさんが見学に来た解体ではあるけれど……正直、見ていて気持ちの良いものではないから、とあたしたちには隠された。
マグロの解体ショーならともかく、哺乳類(?)の解体ショーは見たくない。
本来は風よけの目的で使われる幕を目隠し変わりに、あたしたちの目に入らないところで、解体ショーは実施された。
とは言え、会話はちゃんと聞こえてくるもので、
「血抜きにスライムを使うのか!?」
「爺ちゃんたちの代からずっとこの方法でやって来たらしいです。アタッカーは皆、連れていますよ? 冒険者はこのやり方でやらないんでしたっけ?」
「やらないね。内蔵とか肉とか、血以外も食われちゃわない?」
「ルビースライム……この赤いヤツは血以外のモンは食いたがらないんで大丈夫っす」
ラノベの流行り、スライムの有効活用はここでも大活躍していたか。
カーンたちとランスロット殿下の側近さんたちの会話の横で、チトセさんから、
「ちびこさん。ちびこさんの取り分は? どうすんの?」
「わたちは、みんなでたべゆおにくがありぇば、しょれでいーのだ。あとは、ビシュマユクじーちゃにあげゆのだ」
フランチェスカ様が注いでくださったお茶を飲みながら、ちびちゃんが答える。解体には、興味がないらしい。そんな子供の返答を聞いた閣下は、
「太っ腹だのぅ」
「おにくは、おにゃかいっぱいになれゆけど、ほねとかわじゃ、おにゃかいっぱいには、なやないのだ」
「売って金に換えれば、腹一杯、食事はできるだろう」
「おしょとでたべゆごはんよりも、ちーちゃのごはんのほーが、おいしーのだ」
「嬉しいねえ」
幕の向こうから、チトセさんの弾んだ声が聞こえてくる。
ちびちゃんが、外で食べるご飯よりも美味しいと断言しただけあって、チトセさんが用意した料理はどれも大変美味しいものでした。
「鹿肉は、獲ってすぐは硬いから、2、3日して柔らかくなってから食べるんだけど、すぐに食べたいよね~。ってことで、村にある専用の法具でズルをします」
もちろん、ちゃんと熟成させた方が美味しいそうなのだが、法具で熟成を加速させても、十分美味しいそうだ。
そんなことを言い出す人なので……出て来る、出て来る……。前日から相当張り切って、準備していたんだろうと思うわ。マリネでしょ、野菜丸ごと入ったワイルドなポトフ。獲ってきた鹿肉を使った、香草焼き。鹿肉のステーキ、アヒージョ。温野菜サラダ。ひき肉のパイ包みには、とろ~りチーズも入っていてクセになりそう。表情筋が緩みっぱなしよ。もちろん、パンやクラッカーも用意され、飲み物も種類が豊富に用意されていた。
「お前は、本当に何でもこなすな」
出された料理の数々に舌鼓を打ちながら、ランスロット殿下が感心半分、呆れ半分でチトセさんを見ている。
「そこらの下手な料理人よりも美味いな」
「本当。どれも美味しいわ。あなたの言う通りね」
お母様は、お父様の言葉に表情筋をほころばせながら同意し、側のちびちゃんに話しかけた。ちびちゃんは、口の中にお肉をパンパンに詰めているため、得意顔で胸をはり、こくこくと頷き返している。
「リスみたいになってるよ」
ハロルドがくくっと笑う。小さい子供って、カワイイんですねと、目尻を下げていた。
「おほめに預かり、光栄ですってね。ところで、娘さんは商会に来てくれるってことでいいのかな? 食事に関して言えば、絶対に飢えさせたりはしないけど」
鹿肉を焼きながら、チトセさんはお父様に話しかける。
「あの話を聞いてしまっては、駄目だとは言いづらいのだが──マリエール、お前は行きたいと思っているのだね?」
「はい。もちろんです」
あたしは、即答した。チトセさんと初めて会った時は、ただの事務員くらいのつもりでいた。多分、彼もそのつもりだったと思う。でも、いつの間にかそうではなくなってしまって。
深魔の森で採取された、魔物素材の在庫一掃セール。森の中にある村の特産品の販売。商会のラダンスと王都の支店での商売の仕方。今あるツテを使って、商品の売り込み、宣伝。山脈の向こうにある、魔族の国との交易や文化交流。アタッカーズギルドと冒険者ギルドのすみわけと、業務提携の話。ルドラッシュの村おこし事業。
やることは、まだまだ一杯ありそうだ。あの村で過ごす毎日は、刺激的なスローライフになるに違いない。少し考えただけで、今からワクワクソワソワしているのだ。
あたしの答えを聞いたお父様は、それならば言うことはないと目を細め、
「娘をよろしくお願いします」
チトセさんに頭を下げてくださった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
流行るものには、訳がある……




