現状のおさらいは郊外で 5
商売を始めるにあたって、最初に考えることは、何を売るかということ。
次は、どの年代の人に、どのようにして売るか。そういうことを考えるのが普通なんだろうけども、ローザ様は、そういうことを丸っきり考えなかったらしい。
元が男爵家令嬢だからか、アタッカーズギルドがあるからと楽観視していたのか。その辺は定かではないものの、勢いで先代のルーベンス辺境伯の下を訪ね、商会を設立。
村人たちの協力もあって、今まで続けることができたものの、さすがにもう限界が来ているそうだ。
商会の問題は、はっきりしている。
営業力がないので、全くと言っていいほど売れナイ。
売れないから、当然、利益がナイ。
利益がナイのだから、当然、経費もナイ。
普通なら、とっくの昔に倒産している。
なのに、そうなっていないのは、村人たちが「食べていければ十分」だと考えているから。
「村人が食べていくだけなら、全然問題はないんだよ。1年に1回……いや、2年に1回かな? Sランクの素材が1つ売れれば、それで十分だから。森で狩りして、採取して。畑だってあるしね」
でも、それではいつまで経っても、ルドラッシュは世間から忘れられたトンデモ村でしかない。……あそこまで、ぶっ飛んだ村は、世界広しと言えどそうはないと思うけれども。
「あの……その素材を、王都などで売りに出す訳にはいかないのですか?」
「売ってるよ? ラダンスには支店を出してるからね。王都の支店ももうすぐ開店できる。でも、冒険者ギルドとは反対に普通の素材はほとんどないのに、普通じゃない素材はゴロゴロしてるから」
はあ、とため息をつくチトセさん。
「回復薬の素材としてよく使われるリカバリー・セージはないのに、ヒーリング・セージは100枚単位であるんだよねえ……」
クラリスの質問に答えてくれた彼だけど、
「違いがよく分からないわ」
あたしもフランチェスカ様に同意です。
「リカバリー・セージの回復薬は、切り傷とか擦り傷とか……子供が怪我した時によく使われるんだよ。ごくごく普通の、誰でも買うようなヤツ。で、ヒーリング・セージの方は、針で縫わなきゃいけないくらいの怪我も治せちゃう、お高いヤツね」
「……あなた、それは品揃えがおかしいのではなくって?」
「侯爵夫人に言われるまでもなく、それは分かってるんですって。でも、深魔の森じゃあ、リカバリー・セージなんて、生えてないもんだから、採取できないんですよ」
わっはい。
「じゃあ、普通の物も仕入れたらいいじゃないかって話なんだろうけど、普通の物はどこでも扱ってるんだから、わざわざウチでお金出して仕入れてまで、売る必要ある? って思っちゃって」
「……答えに困りますね……」
頭が痛い。
「そんな訳で、下手に売り出すと問題になりそうな素材よりも、普通に売り出せる商品を開発する必要があって。でも、ど田舎だから、その売り出せる商品っていうのが今一つ分からないんだよね。ウチのメイン商品として扱っているエシャン染めだけど、あれも言って見れば苦肉の策でしかなくて」
「え? そうなんですか? とっても素敵ですけど」
あの独特な色合いは中々ない。あたしが持っている物はリボンとハンカチだけど、色合いはもちろんのこと、肌触りも良くて、結構気に入っている。
「装飾は全くない、染めただけの物ばっかりだよ、あれは。シンプルイズベスト。色と肌触りが気に言ってもらえれば、売れるから。飾りが欲しけりゃ、それはセルフサービス!」
なるほど。そういうコンセプトだったわけか。
「売れそうな物を片っ端から開発してみたはいいけど、やっぱり売り方がね~……」
クラリスが使っている化粧品も、火傷の跡があるなどの悩みがあるご婦人には売れそうよね。ただ、問題は宣伝か。
「そこで、お嬢さんの登場となるわけです。アレもコレもソレも見てもらって、こうしたらいい、ああしたらいい、というアイディアが欲しいんだよ」
「それは、ルーベンス卿のお宅ではできませんの?」
「出来なくはないけど……」
「お気持ちは分かるけれど、でもね、この人たちときたら、平気な顔でフェニックスの羽根とか持ち込むから、こちらの心臓に悪いのよ。一度、警備主任が泡を吹いて倒れたことがあるくらいだから──」
何をしたの、何を。あたしは、人が泡を吹いて倒れたことに驚いたけど、クラリスは
「フェニックスの羽根があるんですか!?」
「あるよ~。剥製ができるくらいほぼ完ぺきに揃ってるから」
フェニックスの羽根は、コサージュや髪飾りの素材として人気がある。あの温かみのある色合いと、冬場はそれを身に付けているだけで寒さがしのげるところも人気の秘密だ。
ただ、本物のフェニックスの羽根は貴重品で、たいていがヒクイドリの羽根をそう言っているだけ、だという話も聞いたことがある。
「そんなに? フェニックスを狩るのはとても難しく、入手はとても困難だと……」
「その通りだけど、羽根を手に入れるのにわざわざ狩る必要なんてないから。言っても、鳥だからね。アレ。換羽があるんだよ。羽根がね、生え変わるわけ。3年周期くらいだったかなあ?」
やっぱり、この話し方だと商会にあるフェニックスの羽根は本物っぽい。
「……拾ってくるんですか?」
「ロマンがない、とか言わないでよ? 命あっての物種だし。巣を見つけるのも、結構大変なんだからね? 山脈を登んないとダメなんだから。留守を狙うのも忍耐を試されるし……」
「行って帰って来るだけで、命がけなんですね」
考えてみれば、避けられるリスクは避けるのが当たり前のことだ。勝てるかどうか分からない相手に命がけで挑むよりは、相手の留守を狙って拾ってくる方が賢明である。
「……話を戻すけど、髪飾りを作りたいから、それに使う鳥の羽根を見せてほしいって言われればね、ウチは即座に対応できるわけ。そりゃあもう、ずらずら~っと並べられるよ。羽根に限った話じゃないけど。海と川の物は弱いけど、山とか森の物なら任せとけ、って感じ」
あたしたちは頷く。
「でもね、ウチに羽根を見せてほしいって言ってくれる人は、ほとんどいないのが現実。ラダンスに支店は出してるけど、素材を買いに来る人はまずいないね。さっきも言ったけど、冒険者ギルドにない物が、こんな所にあるわけないだろうって思うんだろうね」
じゃあ、いっそのこと冒険者ギルドに売ってしまえば、と思わなくもないのだが、ギルドは冒険者から買取りはしても、商会から買取りはしないらしい。冒険者ギルドは、卸売業者であって、仲買業者ではない、ということなのだろう。
「こっちとしても、個人でギルドに売るのは腹立たしくてね。ギルドの支部同士では、売買するのに、商会はもちろん、アタッカーズギルドからも買取りはしてくれないからね」
腹立たしいついでに教えてくれたのだけど、冒険者がアタッカーズギルドで依頼を受けることはできるのに、アタッカーが冒険者ギルドで依頼を受けることはできないのだとか。
「元々、アタッカーズギルドが冒険者ギルドから枝分かれするような形で生まれたからだと思うんだけどね。これも悔しいから、俺は冒険者登録なんてしてやんないんだ」
「あら、じゃあどうして三つ子には冒険者登録をさせたの?」
「道中の路銀稼ぎに必要だから。悔しいけどね。便利なのは分かってるし──っ」
なるほど、納得。
「さっきから横道にそれてばっかりだけど、羽根その物を売りさばくのが難しいなら、売れる形に持っていく必要があるでしょ? 髪飾りとかコサージュとか。そういう形にしたら、売りやすいだろうってことは分かるんだけど……デザインがねえ……」
「マリエールにデザインをさせたい、ということなの?」
「デザインそのものじゃなくて、デザインの監修かな。ここだけの話、深魔の森の中にも、村があるんだよ。アタッカーから魔物素材を買い取るだけじゃなくて、そういう村から品物を買い取ることもあるわけ。今まではある物を買い取ってただけだけど、これからは、確実に売れる物を買い取りたいわけ」
「マリエールにデザインの注文をさせたいのね」
「おっしゃる通り。あっちの中長期計画の中には、村の開発計画も入ってるから、お嬢さんの意見も聞きたいし、他にも今持ってるツテを使って、素材の宣伝もお願いしたい」
とにかく、やること、やりたいことが山積みで、できるところから着手していきたいというのが、チトセさんの意見。そして、それらのことに柔軟に対応できる人材となると……
「……そんなに期待されていたとは…………」
あっるぇ~? おかしいな。最初は事務仕事っていう話じゃなかったかしら? 思わず首を傾げれば、
「優秀な人材は、仕事が増える宿命にあるんだよ」
逃がさないから、とばかりにチトセさんから、特大のウインクを頂いてしまいました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
マリエさん、就職前から長時間労働の予感。ブラックではない……はず。でも、チトセの働き方を見てると、真っ黒のような気もしないではないです(笑




