現状のおさらいは郊外で 4(ランスロット視点)
このモヤッとしたものをぶつけたい相手は、ここから少し離れたところにいる。
ぶつけたくて、ぶつけたくてたまらないのだが……悔しいかな、どんな攻撃をしても、ニヤニヤした顔で避けられてしまうところしか想像できない。
仕方がないので、森の木にこの行き場のない、言葉にできない気持ちを受け止めてもらった。元来、こういう使い方をする物ではないと理解しているが、私は剣を鞘に納めたまま、ひたすら木に殴りかかっていた。
少し離れた場所で、大きな氷の樹が出現しては消えるという現象が続いている。あれは、辺境伯だろうな。時々地面が揺れるのは……閣下か? それともハロルドだろうか。
他にも火柱が上がったり、竜巻が発生したり。木が倒れていくのも目撃した。
法術を使っても良いのならと、落雷を起こせば、近くを飛んでいた野鳥に当たったらしい。スマン。──が、戦利品とも言えなくはない。後程美味しくいただかせてもらうとしよう。
そうして、思い思いに憂さ晴らしを終え、もう一度集まった訳だが……
「何も聞かなかったことにして、帰ってもいいだろうか?」
「殿下? 逃げられるとでも?」
「…………冗談だ」
辺境伯、殺気を向けないでくれ。私は、パトリシアとまだ見ぬ我が子を残して、旅立つわけにはいかんのだ。
コホンと軽く咳払いをしてから、話し合いの再開を宣言──せずに、今の率直な心境を口にする。
「おかしいな。レディ・マリエールがリッテ商会へ奉公に出ることをシオン侯爵に了承してもらうためにこの場を設けたはずなんだが……」
なのに、蓋を開けて見れば何だ? 深魔の森の地図に、西大陸の地図と魔族に魔王。
侯爵へは、彼女が辺境伯の屋敷ではなく、リッテ商会へ行かねばならない理由を説明すると共に辺境の商会にいても、安全な生活が送れるとプレゼンする予定が大崩壊してしまっている。
正直、今すぐ血を吐いて気絶し、この場から退場したい。
「ご心配なく。全て繋がっていますから」
「本当なの!? 本当に繋がってるのね?!」
うん? 今、言葉遣いがおかしくなかったか? 辺境伯。ぐいぐいとインドラに詰め寄る彼を見るが、私の聞き間違いか? 誰も何も言わないな。では、やはり、私の聞き間違いなのだろう。
「もちろんですよ。これを公開した理由の1つ目は、人を西側に招き、移住してもらいたいから。2つ目は、商会が持つ深魔の森関連のノウハウです」
ここで、魔族だ西大陸だと暴露したのは、例え非公式であっても、2ヵ国の頂点に近い位置にある人間が揃う機会など、そうそうないからだという。
「移住を望まれる理由をお伺いしても? 先日見せて頂いた法石を思うと、東が西に求める物があっても、その逆があるとは思えないのですが……」
その、法石とやらのことは知らないが、ハロルドの口ぶりでは、あちらの方がこちらよりも優れた技術を有しているのだろうと、想像はつく。
「まだまだ先の話ではありますが、今のままだと西側に住む人間たちの出生率が低下する可能性が高いらしいのです。生まれても、まともに育つかどうかも怪しいと言うのですから、穏やかではありません」
西側に住む人間は、その9割が生まれた土地以外を知らぬままに亡くなるのだそうだ。そのため、町に住む人間全員が、親戚だというのも珍しくないらしい。
「数人の魔王が断言しておいでですので、まず間違いないでしょう。早い所ではすでにその兆候が表れ始めているとか。となれば、このことが問題として取りざたされるようになってから、手を打つのでは遅いと──」
「なるほど。東から人が入って来て、土地の者と結ばれれば、血は薄まるというわけか」
「1つよろしいか? 魔族と結ばれることはないのですか?」
「珍しいケースですが、あるにはあります。ただ、寿命が違いすぎますのでね、戯れ程度にとどめておく場合がほとんどのようです。それに、両者の間では子供ができにくいのです」
「なるほど。そう言う事であれば、結婚は人間同士で、ということになるだろうな」
シオン侯爵の問いに対する答えを聞き、閣下も大きく頷かれた。
「とはいえ、お互い、突然に顔を合わせれば、トラブルの素にもなりかねない。それを回避するためのリッテ商会か?」
「はい、殿下。まさか、あのお膝元でトラブルを起こそうなんて馬鹿はないでしょう」
「主婦が相手であっても、フライパンか鍋の一撃をもらって、それでおしまいだな」
辺境伯が真面目な顔で頷いた。どんな村だ、という私の思いは飲み込んでおくことにしよう。それが、大人の対応というものだ。
「当然ですが、あの商会が持っている深魔の森に関するノウハウもほしい。ご覧の通り、東側ほどではないにしろ、西側にも森は広がっていますから」
「地図の制作者によると、森の中の村は規模も文化も様々ではあるものの、優れた情報ネットワークが形成されているらしい。それにより、向こうから接触してくることもあるそうだ」
「……と、言うことはリッテ商会の名前は森ではかなり知られているということか?」
「その通り。なので、リッテ商会の看板を持って森の中へ入れば、警戒され、威嚇されることはあっても、いきなり攻撃されるということはないのではないかと──」
「ふむ。それは良いことだが、アート。逆に言えば彼らへ高圧的な態度を取ることになりはしないか?」
「その時は、数日以内にドラゴンと殴り合いをする女が降臨して、その者たちに制裁を加えるかと? アタッカーズギルド証には、居場所を知らせる法術を組み込んであるそうです。元は遭難救助用に組み込んだ機能だそうですが……技術の進歩はすさまじいですね……!」
機嫌の乱降下が激しいな、辺境伯。そうなってしまう、気持ちも分からなくはないが。
「つまり、位置さえ把握できれば、数日以内にその場へ急行できる手段があるんだな?」
「数日以内というのは、その者が無礼を働いているという情報が商会に届くまでの時間のことです。位置さえ把握できれば、距離にもよりますが数時間以内のはずです」
「待て。そんな技術、噂や仮説レベルでも聞いたことがないぞ⁈」
「私だって、商会でしか聞いたことがありませんッ! もう、取り繕うのも面倒なので、包み隠さず白状いたしますが、侯爵! レディ・マリエールは商会にとって必要不可欠な人材なのです! 彼女がいなければ、深魔の森の開発事業は今以上に進みようがないのです!」
これは……また、大きく出たな……。悲鳴のようにも聞こえるところが、切実ぶりを表しているように思える。
男性陣プラスちびちゃんを見送ったあたしたちは、お庭で優雅にお茶を頂いていた。小春日和なのはもちろんのこと、シャクラさんが作ってくれた法具が風を遮断してくれているので、寒さは全くと言っていいほど感じない。
あたしたちの横では、チトセさんが調理しやすいように準備を整えている。一応、手伝いを申し出たんだけど、断られてしまったので、大人しくお茶会をしているという訳だ。
フランチェスカ様と先代の辺境伯とのロマンスを、ウットリワクワクで聞いていたら、ドカーン、ドカーンと何やら物騒な音が聞こえてきた。
「え? 何あれ?」
男性陣が向かった方に、火柱やら竜巻やら……。あれは天変地異の前触れかと思いきや、
「あ~……多分、言葉にできないあれやこれやをぶつけてみました、みたいな?」
チトセさんの答えで、あれやこれやを察してしまった。皆さま、逞しくあって下さいマセ。
「なら、そろそろ、あなたがわざわざ残った理由を聞かせてくれても良いのではなくって?」
「何か企んでるだろ、みたいに言われるのは心外だけど、そんな大層なことじゃないよ。単純な話、レディ・マリエールがウチの商会に来てくれないと、あっちの中長期計画も頓挫しかねないって、っていう……」
「それは、どういうことなのかしら?」
お母様が目を細め、チトセさんを見る。
彼は、いやあと困り顔を浮かべ、
「情けない話、ウチの商会は村人の善意で成り立ってて。普通なら、とっくに倒産してるところなんだよね。理由は簡単で、アタッカーから買い取った素材の販路がないんだよ。仕入れた商品をきちんと売りさばけないから、資金繰りがままならなくて」
「それと、お姉様とどういう関係が?」
「倉庫に転がってる物は、不良在庫なんだから、在庫一掃セールで吐き出すべきだって、アイディアをくれたのが、レディ・マリエール。どこに売るんだって聞けば、インドラの故郷やランスロット殿下に売れば良いだろうって、怒られちゃった」
怒ったつもりはないけれど……熱めに語ってしまったような気もしないではない。
「営業と販売になるのかな? そういう部分がウチは弱くてね。後、横の繋がりもほとんどないから、外注も難しくてね」
「娘が入ることによって、その部分が強化されると?」
「そうです。販売ルートを確保しないと、あっちの話し合いも机上の空論のままなので……」
もしかして、あたしってば、商会に入る前から、責任重大だったりするのかしら?
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
野郎共がギャアギャア騒いでいるのとは別に、女性陣はわりと優雅に楽しんでいるようです。




