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休暇の最初はチャリティー・バザーで 1

あったかくなったり、寒くなったり、気温の変動が激しいですね。……こうして、春に近づいていくのでしょうが……風邪っ引きにはツライ

『マリエール・シオン侯爵令嬢殿


 先日は、我がリッテ商会の基本理念にご理解、ご賛同いただけた事、心より感謝いたしております。今後の我が商会の発展に、ご尽力いただけるとの事──』




 そんな書き出して始まったのは、リッテ商会名義で届けられたチトセさんからの手紙だ。

 リッテ商会の基本理念って、深魔の森の資源を有効活用したいって事だけしか聞いていないのだから、当然、それを理解し、賛同した事なんてない。もちろん、商会の発展に力を貸すと言った事もない。



文面に書かれた事は全て、嘘八百だ。でもね、それでいいの。それが良かったの。

 あたし宛の手紙なのに、何故かあたしよりも先に誰かが封を切っていたのだ。あたしに法術は使えないけれど、実は侍女のカーラが法術使いだったりする。

 前世の知識を有効利用して、封筒から指紋を検出。手紙を触る事の出来る人間の指紋と照らし合わせて検証した結果、母と妹が便箋に触れた事を突き止めた。何故そんな事をしたのかは、不明のままだけど。



 まあ、そんなワケなので、理念云々で始まったチトセさんからのお手紙に、あたしは拍手したわ。

 きっと、誰かに見られる事も想定していたのね。本当にあたしに伝えたかったのは、この続きよ。




『つきましては、下記の日程にて、我が商会主催のチャリティーバザーを催したいと思います。当日は教会に身を寄せる孤児たちも売り子として参加してもらう予定でおります。

よろしければ、当日、貴女様にもご参加いただき、彼らの補助をお願いできればと、考える次第でございます』




 義母も義妹も、チャリティーには全く興味がない。

 だから、この手紙についてもすぐに興味をなくしたはずだ。……チトセさん、そこまで計算に入れていたのかしら?



 多分、チトセさんは、このチャリティーバザーの後にでも、あたしの味方になってくれる人を紹介してくれるつもりなのだろうと思う。

 実は、以前教えたスケジュールでは調整をつけられなかったので、夏季休暇の予定も分かる範囲で教えてほしいという手紙が届いたのである。



 チトセさんの言う味方が、多忙の人物のようだというところもそうだけど──あたしは、それなりに身分がある方だと推測している。今は、商会の出資者だと言うルーベンス辺境伯を予想中──何より驚いたのは、手紙の配達方法。



 てんてん。てんてん。

 それは、もうそろそろ寝ようかと、ベッドに入りかけたその時だった。

 てんてん。てんてん。

 部屋の窓が、不自然な音を立てたのは。

 それは、ドアをノックする音にも似ていて、あたしは恐る恐るカーテンをそっと開いて、部屋の外の様子を伺い

「おねえちゃ、こんばんは」

「ち、ちびちゃん?!」

 目玉を引ん剥くことになってしまった。

 だって、窓の外には、ちびちゃんが立っていたのよ!? しかも、たった1人で! 慌てて窓を開けて、ちびちゃんを中に招くと、

「おねえちゃ、ちーちゃかや、おちぇがみでしゅ」

 斜めがけしていたポシェットから、ちょっとよれっとなった手紙を出して、あたしに差し出す。



 え~? どうなってんの、これ? 良い子はもうとっくに寝てなきゃいけない時間……って、そういう問題でもないわよね。

 軽く混乱しつつも、あたしはお礼を言って、手紙を受け取った。



「ねえ、ちびちゃん、どうやってここに?」

 寮にあるあたしの部屋は、1階の庭付き。だから、あたしの部屋の場所を知っていて、上手く寮の敷地内に忍び込めれば、ここに立つ事は難しくない。

 でも、実際はその逆。



 学園には、良家の子女がたくさん通っている。

 まして今は、王子であるキアランとその婚約者であるマリエールも通っているのだ。警備体制は王宮並に強化。猫の子一匹入り込めない、万全の体制を敷いておりますと、学園側は豪語していた。



 なのに、あたしの前には、ちびちゃんがいる。汗1つかいておらず、にこにこと笑って、

「ん、ちょね、かべをね、ぴょ~んちぇとんでね、ぽんぽ~んちぇ、はしちぇきちゃの」

 壁をとんだ? え? だって……ちびちゃん、あたしの腰にも届かないくらいちっちゃいのに、あたしの身長より高い壁を飛び越えたって──えぇ!? マジで?



「ん~……にぇむにぇむ。おねえちゃ、わたち、ねんねちたいかや、かえゆね」

 くぁっ、と猫のように小さなあくびをしたちびちゃんは、目をこすり、

「じゃあね。おやしゅみ」

 ばいばいと手を振って、風のように一瞬で見えなくなってしまったのだ。



 えー…………



「………いひゃい。……ってことは、夢じゃない……わね……」

 一体、何者なの、ちびちゃん! 何がどうなっているのか、さっぱりだわ! そう言えば、将来有望な騎士を1人、ワンパンで沈めたってチトセさんが──



 ……決めた。ちびちゃんの正体については深く考えない事にしましょう。それが、いいわ。色んな意味で。

 窓を閉めて部屋に戻り、あたしは軽く深呼吸。ちびちゃんの事は、頭の外に追い出すのよ。



 落ち着いてから、手紙の封を切って中身を確認する。

 以前教えたスケジュールでは、調整ができなかったので、今後の予定をもう一回教えてもらいたい、というものだった。

 あたしは、すぐにペンを取り、チトセさんへ返事を出した。

 宛先は、事前に言われていた通り、リッテ商会である。



 この手紙で、ようやく調整がついたようで、あたしのところに届いたのがさっきの手紙だ。さっそくジャスミンに伝え、この日はチャリティーバザーのお手伝いをする事にした。



 バザーの会場として案内されたのは、都の中でも十指に入ると言われるほど古い歴史を持つ教会だった。教会の中庭でバザーを行うそうだ。リッテ商会の商品はもちろん、地区の奥様方や旦那さんたちの手作りの品、女司祭様や司祭様、教会で暮らす孤児たちが作ったパンやジャムなども出品されるとか。

 地域交流の場としても、活躍しそうな雰囲気だ。



 東南地区には初めて来たけれど、治安は悪くなさそうだ。道路もきれいに掃除されている。視線を上に向ければ、色とりどりの花が見えた。皆さん、ベランダガーデニングならぬ、窓際ガーデニングを楽しんでいらっしゃるようだ。



 あらかじめ何時ごろに到着する予定だと伝えておいたお蔭か、教会の前で1人の若い男性があたしを出迎えてくれた。その恰好から、まだ修行を始めたばかりの方だと分かる。

「おはようございます。本日は、よろしくお願いいたします」

 馬車からおりたあたしは、その方に会釈とご挨拶。



 彼は、顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら、あたしに挨拶を返してくれた。この反応、新鮮ね。初々しいわあ。

 あたしの後ろには、ジャスミンとハンナとカーラが続く。売り子のお手伝いをするんだもの。人手はあった方が良いと思って連れて来たのだ。



 それに、あたしにはもう一つの目算がある。

 あたしが侯爵家を出てしまったら、ジャスミンたちはますます侯爵家に居づらくなってしまう。だからと言って、他の貴族のお屋敷へ勤めに出るのは難しそうだ。なので、あたしが侯爵家を出た後の、3人の勤め先として、リッテ商会はどうかと考えているのである。

 今回は、そのための顔合わせもかねていたりするのだ。本人たちには、内緒だけど。



 バザーの会場は、教会の中庭だそうだ。何日も前から、子供たちが張り切って設営準備を進めていたらしい。近所の人たちも頻繁に出入りして、何をどんな風に並べるか、プライスカードはどう書くかなど、楽しそうに話し合っていたそうだ。



 若い彼もバザーが楽しみでしょうがない、と言った雰囲気で話してくれる。話を聞いているあたしも楽しみになってきた。売り子の予定だから、エプロン持参して来てるしね!



 教会は石造りなので、昼間でも内部は薄暗く、明かりが欠かせない。だから、建物の中から外へ出ると、開放感でほっとする。石造りの壁の分厚さなんて、日本で生活していたら想像もできないわよね。真理江の記憶を完全に取り戻してから驚いた事の1つだったりする。

 通路の先から差し込んでくる明るい光とざわざわという話し声。どんな会場になっているんだろうという期待感を持って、中庭に出ると、

「いらっしゃいませー!」たくさんの子供の声に出迎えられた。



 嬉しいけど、ごめんね。

「みんな、バザーはまだ始まってないよ」

 案内係の彼が、笑うのをこらえながら、出迎えの子供たちに言う。子供たちは「あ!」と声を上げ、恥ずかしそうに頬っぺたを赤くした。

 かわいい! やっぱり子供はかわいいわあ。



 下は幼稚園ぐらいの子から、上は中学生くらいの子まで。今、あたしを出迎えてくれたのは、幼稚園から小学校低学年くらいの子だったようだ。高学年くらいの男の子が「はりきりすぎだろ!」って、笑っている。



「おはよう。わたしは、マリエール・シオンって言うのよ。今日は、みんなのお手伝いをさせてもらおうと思ってきたの。わたしも仲間に入れてくれるかしら?」

 しゃがんで、側にいた男の子に話しかけると、男の子は「いいよ!」と言ってくれた。

「ありがとう」

 あたしはお礼を言って、男の子の頭を撫でる。



 無事仲間入りの許可をもらったので、今度は大人を紹介してもらった。チトセさんは、礼拝が終わった人を誘導するため、礼拝堂の方に行っているのだとか。ちびちゃんも一緒だそうである。

 会場を一回りして、商品について教えてもらい、会計の仕組みなどについても教えてもらう。一通り教わったところで、

「みなさ~ん! 礼拝が終わる時間です! 教会の外でも呼び込みを始める頃なので、そろそろお客さんがいらっしゃいますので、準備をお願いしま~す!」

 案内役の彼が、大きな声で教えてくれた。あたしたちもエプロンを装備して、準備万端。



 さあ、チャリティーバザーが始まるわ!


ここまで、お読みくださり、ありがとうございました

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