現状のおさらいは郊外で 3(ランスロット視点)
あの娘の単位が危ういと聞き、他の面子についても聞いてみることにした。キアランについては、卒業が危ぶまれるという報告は受けていない。他の面子はというと、
「オズワルド・スタンリー・マーローとダリウス・コーランが危ないですね。どちらも、単位を前倒しで取得する必要がありませんので──」
二人とも入学当初から卒業後の進路が決定しているため、在学中からそれぞれのところへ頻繁に出入りしていたからな。今さら顔を覚えてもらったり、仕事の内容を教えられたりする必要がなかったのだろう。
「……余計な世話だとは思うが、一応実家へ知らせてやれ。退学になったとしても、それは自己責任だ」
私がハロルドへ指示を出した直後、
「とったどー!」
元気が有り余っているといった雰囲気のちびこの声が聞こえてきた。顔をそちらへ向ければ、アミラルの首にしがみついたまま、得意顔でぶんぶんと片腕を振り回している。
「トライデントホーンをこんな短時間で?」
「ちびこならあり得る。それにイミルホースとおじい様、いや大叔父上とスズメーズもいるしな……」
「スズメーズ?」
「あぁ冒険者ギルドでは、『トリオ』の名前で登録しているパーティのことです。熱心にダンジョンに通っているせいか、早くもBランク昇格が見えているとか」
そのことは、侯爵も知っているようで、「そのようですな」と頷いた。
「ただ、問題はアタッカーズギルドのランクでは、まだしばらくはDのままのようです」
「は?」
「冒険者ギルドとアタッカーズギルドのランク査定には大きな隔たりがあるようです。私の兵も、深魔の森へ派遣すると、早々に音を上げてリタイアするか、とんでもなく強くなって戻るかのどちらかです」
辺境伯の説明を聞いたシオン侯爵は「ううむ」と唸りだしてしまった。
「兵の実力はともかく、冒険者とアタッカーの落差は、早急に埋める必要があるので、近々ラダンスの冒険者ギルドへ職員を派遣してもらうよう、要請するつもりです」
「その時はこちらからも出そう。近衛兵も何人か出そうかと考えている。ちびこに軟弱呼ばわりされてしまったからな……」
ぼそっともらせば、辺境伯はああ、と生温い顔になった。そういえば、彼らにちびこをけしかけたのは、君だったな。
近衛ともなれば、国内トップレベルの実力者ばかりであるはずなのに、ちびこになす術なく転がされたというのだから、心中は穏やかではない。この国は大丈夫なのだろうかと、自問自答していれば、
「はっはっは! ヴァラコでは年を考えろと、ろくに狩りをさせてくれなかったからな。つい、張り切ってしまった」
とても、イイ笑顔の閣下がやって来る。楽しかったのなら、それはそれで良いのだが…………。
「そっちはどうした。浮かない顔をして──」
「……殿下……私たちは出番がありませんでした……」
私の側近たちは、狩りに参加できなかったようである。
「ボスがいる時点で、俺らの出番なんてないっす」
カーンがきっぱりと言い切った。その横で、次男と三男がその通りだと強く頷いている。
「しかし……これはまた……立派ですな……」
侯爵が評した獲物は、大きな革に乗せられていた。革には穴が開いていて、そこに細い縄を通している。縄はアミラルの背に乗せた鞍のパーツに括りつけられていた。
「何が凄いって、この角がすごいですよね。初めて見ました」
角が立派過ぎて、上半身が浮いている。角が破損しないよう、キーンが法術で保護しているのだそうだ。ただ角の耐久力を上げているだけなので、怪我の危険は残っているらしい。角を触るハロルドに注意していた。
「ふっふっふ。クーンがいうには、こやちゅのおにくは、おいちーらしーじょ」
こやつ……まあ……私がどうこう言う事ではないが。お前は、いつでもマイペースだな、ちびこ。
大物の登場で、話が中断されてしまったが、閣下が戻って来られた、これからが本番と言えるだろう。
とは言っても全員が話し合いに参加する訳ではない。
三つ子は、五日後をめどにルドラッシュへ帰る予定なのだそうだ。道中の旅費を稼ぐためにも、狩りを継続する。また、アタッカーの実力を知るために、連れて来た側近の半分を彼らに同行させた。ちびこもこちらについて行く。残っても、退屈なだけだからな。
残った人間で車座になり、話し合いは始まった。このメンバーで話し合うことと言えば、ルドラッシュ村とリッテ商会のことである。
「ルドラッシュもリッテ商会も、色々ありすぎて何から話せば良いのか……とりあえず、まずはこちらをご覧いただきたい。最新版の深魔の森の地図です」
辺境伯が懐から出して来た物に、私たちは全員息を呑んだ。
「深魔の森の地図……だと……!? そんな物が存在するのか──?!」
「まだ、謎な部分が多いようですが、それでもこれだけのことが分かっています」
きちんと整備されている訳ではないが、ベースキャンプ地がいくつかと、それらを繋ぐルートが、確立されているらしい。また、キャンプ地から森に住む者たちの村へのルートも存在しており、リッテ商会ではすでに交易を行っているそうだ。
「なん……と……。ルーベンス辺境伯、無知を承知でお尋ねいたしますが、深魔の森の開拓村は、ルドラッシュ以外にもまだ存在していたかと思うのですが、そちらは──?」
「他の開拓村は、廃村となったか、深魔の森の探索から手を引いているかのどちらかです。全く森へ入らないという訳ではないようですが、ルドラッシュでは、主婦が買い物に行くノリで出かけていくようなところを、男数人でパーティを組んで出かけているようです」
何をしているんだ、主婦。というより、それは本当の話なのかと疑ったが、
「50目前の白髪交じりの主婦が、旦那と一緒に獲って来て作ったのよ~、と笑顔で差し出してきた物がジャイアントボアのパストラミだったりする気分が分かります?」
腹の底から唸るように言われては、疑うこちらが悪いような気になってくる。ジャイアントボアは、城でも月に1度食べられるか、食べられないかというレベルの高級食材だ。
「某アタッカーは、レースマイスティースが沢山採れたから持って行けと……」
これくらい、と身振りで示した量は両手のひらに余るほど。
「大人1人、余裕で一か月は生活できるくらいの金になるな……」
閣下の声も、信じられないと言いたげである。インドラは実感の籠もった声で、
「……あの村ならあり得るでしょうね。ええ、あり得ますとも……!」
この上手く表現できない気持ちをどこにぶつけたら、と表情が雄弁に語っている。
「さて、森の地図をご覧になって、それぞれ思うところはありますでしょうが、実は、ご覧頂きたい地図はもう一枚ございます」
「何?」
何の地図が出て来るんだ? インドラがジャケットの内ポケットから取り出した紙を広げ、森の地図の横に置く。
「ッ!? ちょっ……ちょっと待て! これは……っ?! これはっ、この地図は何だ!?」
図の右端に描かれた長い山脈。これは、スネィバクボ山脈だろう。しかし、通常の地図ならば、この山脈が描かれるのは左端でなくてはならない。
「はい。あなた方が失われた地、西大陸と呼ぶ、スネィバクボ山脈の向こう側の地図です」
にこりと微笑むインドラの額に縦筋が入ったかと思うと、それが左右に割れ、目玉が現れる。額の目はギョロギョロとせわしなく動き、ここで顔を突き合わせている全員を一瞥した。
「改めてご挨拶申し上げます。私はジェミナス・インドラ・バルバートと申します。我が主ベヒモス王より、調停公の役を拝命いたしております」
「聞いていないぞ! インドラ……!」
「はい、今ここで初めて申し上げます。チトセもローザも、この地図のことは知りませんよ」
ニコニコと笑って答えるインドラ。
「き、君は魔族……なのか? いや、しかし、君の身元はマザー・ケートが……」
「私が魔族だと言うことを承知の上で、身元を保証して下さいました。その節は、閣下にもご尽力いただいたと聞き及んでおります。改めて、この場でお礼申し上げます」
「いや、まあ……それは良いんだが……おい……」
「どういうことだとおっしゃりたいのは、重々承知しています。ですが、あえて言わせていただくなら、私も商会が派遣した護衛が、魔族だということを知ったのは、事後でしたから」
結論。チトセが悪い。
「この地図に関しましては、我が君はもちろんのこと、他の6人の王にもご許可いただいておりますので、ご心配なく」
誰もそんな心配はしていない。というより、7人の王だと──っ!
「あの、ルーベンス辺境伯……? リッテ商会は魔族とも交易を?」
顔面から目玉が転げ落ちてもおかしくないくらい、ハロルドの目は大きく見開かれている。彼だけでなく、辺境伯とインドラを除いた全員が、そんな顔をしていた。当然である。
「…………正しくは、7人の魔王を含めた魔族と……だ…………」
「我が君など、美味しいパイがあるから来ないかと誘われれば、ホイホイ出かけていくような有り様で……。私としても、反応に困る部分が多々あるわけですが……っ」
ギリッと聞こえた歯ぎしりに、あちら側はあちら側で言葉にしづらいあれやこれやがあるのだなとすぐに理解できた。
………………よし、皆。少し解散してだな、この言葉にならない何かを、こう……! どこかにぶつけて、心を落ち着けてから、話の続きといこうじゃないか。でないと、とても冷静に話などできないからなッ!
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
お兄ちゃんの視点がまだ続く……




