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現状のおさらいは郊外で 1

 無事に年も明け、卒業するまでのカウントダウンが始まりました。

 貴族や大きな商家に生まれた家の子は、卒業後の進路を見据え、早ければ一年前から、遅くても最終学年に上がった頃から、単位を前倒しで取得している。そうして作った空き時間を利用して、家業を継ぐ準備や、政治にかかわる準備をするのだ。

 女性の方は、いよいよ本格的に社交界デビューとなるので、母親と一緒に婚活戦略を練る。あたしはというと、婚約者生活についての相談ではなく、キアランとの婚約破棄プロジェクトを両親に打ち明けた。



 すでにこのプロジェクトは、ランスロット殿下やマザー・ケート、アト様といった大物を巻き込んでいるのだ。プロジェクトの白紙撤回はあり得ない。

 何より、あたし自身、貴族としての生活がしんどいのだということも。

 二人とも最初はショックを受けていたけれど、今のキアランの評判やランスロット殿下を巻き込んでいる時点で、あたし個人の気持ちはもちろんのこと、政治的な意味合いでも、プロジェクトは仕方ないと納得して下さった。



「貴族籍を抜けたい、社交界からも距離を置きたいという、あなたの気持ちは分かったけれど……何もそんな遠い所に行かなくてもいいのではなくて?」

「わたしもお母様と離れてしまうのは寂しく思いますが、会えなくなるわけではありませんもの。何より、リッテ商会で過ごす毎日が楽しみで仕方がないのです──!」

 あちらは時代の最先端。スローライフっぽいけど、とっても刺激的な毎日になることは、簡単に想像できる。ワクワクするな、っていう方が無理な話だわ。



 あたしが卒業後の進路に、夢と希望を持っていることを告げれば、

「母上のご心配も分かりますが、ルーベンス辺境伯がお近くにいらっしゃいますし、商会のミスター・ルドラッシュは、とても頼りになる方ですから、大丈夫ですよ」

「リッテ商会は、これからどんどん名が知られていくと思います。わたしのこの肌も、商会で作っている化粧品のお蔭でとても目立たなくなりましたもの。きっと、そう遠くない内に、お姉様も王都へ戻っていらっしゃいますわ!」

 ハロルドとクラリスが、別方向から援護してくれた。



「その、ミスター・ルドラッシュに私たちもお会いできるかしら?」

「もちろんです。スチュアート様が、近々ヘシュキアのお屋敷へお招き下さるということでしたから、そちらでお会いできるかと思いますわ」

 両親相手に、彼のことをアト様と呼ぶ訳にはいかない。

「辺境伯のお屋敷で?」

「リッテ商会の設立には、スチュアート様のお父様からもお力添えがあったそうですわ。そのご縁で、スチュアート様の仕事の手伝いもなさっていらっしゃるそうで、お屋敷に滞在を許されているそうです」

 そんな訳で、アト様からのお誘いに全員でお呼ばれすることになった。



 アト様のお屋敷には、世の中の広さを実感するには良い相手──どっちも『チ』のつく人だけど──がいるので、ヴィクトリアスも来たら良いのではないかと思ったのだけれど、

「……考えたいことがあるから、遠慮する」

「はぁ……。さようでございますか」

 最近の兄は、何だか萎れている。ぼんやりと窓の外を眺めては、ため息をついているようなのだ。



 変な物でも食べさせられたのかと思ったが、原因は両親にあったらしい。

「あの男爵令嬢との交際をやめるか、侯爵家の嫡男という立場を一時返上して、冒険者として活動するか、どちらかに決めるように言いつけたのだよ」

 隣に妻がいてくれたから頑張れた、とお父様がぽそっと呟く。それを耳ざとく聞きつけたお母様が「いやぁん、あなたったら!」とクネクネしていた。ハイハイ、ゴチソウサマ。



 そんなことがありつつも、お誘いを受けた日となった。

 まだ、風は冷たいものの、天気は良く、絶好の狩り日和──なんだそうだ。

 本日は、あたしたちだけじゃなく、ランスロット殿下とその側近の方々もお忍びでアト様のお屋敷へ招かれている。

 お屋敷に到着して、アト様たちへのご挨拶。あら、ビスマルク閣下とちびちゃんの姿がないわね。シャクラさんは、法具の研究か何かに没頭しているのだろうと思うけど。



 二人がどちらにいるのか尋ねる前に、ランスロット殿下がチトセさんの側に近寄り、

「……! ………! ……!」

 無言で彼を蹴り出した。

「えっ?! ちょ、いたっ! いたいって、ちょ……何すんの? えー?」

「黙って蹴られていろ。お前にはそれを受け入れる義務がある」



「はぁ? 何ソレ、アトさん。そんな義務聞いてな……ちょ、マジ何で、蹴られてんの? 俺? あ! まさか、この間のあれ……いやでも、あれは黙ってろって言い含めたし、顔はバレてないはずだし──」

「どこで何をして来たんだ、お前はっっ! それも気になるが、樽の件だっ!」

 苦々しい顔で、彼を叱りつけるランスロット殿下。すると、チトセさんは

「どうぞ心ゆくまでお蹴り下さい……」

 何か、心当たりがあったらしい。



 二人が戯れて(?)いる横で、三つ子も側近の方々から、チョップを頂いていた。

 一体、何があったの? お父様が、三つ子に「君たちねえ……」と何やら説教のようなものを始めだしたけど……何で? シバかれながら説教されるって、精神的にもしんどいわね。

 何が何だかサッパリ分からないけど、どっちもがんばれ? あたしたちは、関わらないことにするから。



 クラリスも、スルーすることに決めたようで、

「あの……スチュアート様? ビスマルク閣下とおチビさんはどちらに?」

「あちらはあちらで困ったことになっていてね……」

 尋ねられたアト様は、ため息をこぼされた。



 はて、何があったのか。こっちだと案内されたのでついていくと──

「ふぬぬぬぬぬ」

「ふぎぎぎぎぎ」

 巨大な栗毛の馬の首筋にコブが1つ。そのコブを引きはがそうと、奮闘されているビスマルク閣下。コブとは、ちびちゃんのことである。



「イミルホース!」

 ハロルドが嬉しそうに言うけども──確かに雄々しく美しい馬だけど──それよりも、馬の首に張り付いている、ちびちゃんの方が気にならない? ビスマルク閣下が歯を食いしばって、ちびちゃんを引きはがそうとしているのに、びくともしないって……。

 体勢的な問題? ノーノー。ビスマルク閣下はすでに乗馬なさっている。その状態で、ちびちゃんを引っぺがそうとしているのに、引きはがせないみたいなのだ。



 勘弁してくれ、助けてくれと言わんばかりに、お馬さんが情けない声で鳴く。ハロルドが、

「イミルホースが、こんな声で鳴くことってあるんですね……」

 目をまん丸にして驚いていた。さて、その原因であるちびちゃんは、

「わたちもいく! おねえちゃたちに、わたちがとったおにく、たべてもやうのぉっ!」

 いつかのダンジョン攻略の時のように、完全武装をし、ライオンのバッグを背負っていた。



 やる気満々なのは、見れば分かる。

「わたちが、ちかごちょきにおくりぇをとゆわけがないのだ! しんぱいむよーなのだ!」

「誰もちびこさんの心配なんてしてませんー。心配なのは、獲物を狩りつくされることの方」

 あのねえとため息交じりに答えるチトセさん。ランスロット殿下の洗礼は、無事終了したらしい。痛そうに足をさすっているから、ダメージはあったようだ。顔だけみると、そうは見えないんだけど。



 保護者の指摘に、ちびちゃんはつつつーっと目を泳がせた。自覚はあるらしい。どんな反論をするのだろうと思いきや、

「んぁ? なんで、リャンにーちゃがここにいゆの? シアねーちゃのあかちゃは?」

 ランスロット殿下がいることに、不満を隠そうともせず、むっと唇をへの字に曲げる。

「その彼女から、お前の様子を見て来てほしいと頼まれてここにいるんだ。ちょっと、そこから下りてこい。シオン侯爵夫妻にお前を紹介するから」

「ちおんこーしゃくふしゃい?」

 誰だソレと言いたげに、ちびちゃんが眉間に皺を寄せる。



「レディ・マリエールのご両親だ。初めまして、くらい言わんか」

「にゃぬ⁈ ビシュマユクじーちゃ、しょれ、ホント⁈」

「ええ、そうよ」

 あたしが頷けば、ちびちゃんは慌てた様子で、馬首からつつーっとおりて来る。



 後ろを見れば、三つ子や側近の方々もお揃いだった。ちなみに、完全に空気と同化しているけれど、インドラさんもいるから。

「こんにちは! わたち、ちびこでしゅ!」

 ランスロット殿下に促されて前に出て来た両親へ、ちびちゃんがにぱっと笑いかける。

「まあ、とっても元気なご挨拶ね」

「初めまして」

 マナー違反なんだけど、相手は小さい子だからだろう。両親は笑顔で返事をしてくれた。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

ラン兄ちゃん、ご乱心。

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