愛は時に重たく煩わしいもので 2
「心配しなくても、あんたたちの身元については、主が保証して下さっているし、全てにおいて詮索無用とのお達しも出ている。マザー・ケートの方からも、な──」
「わーお。良かったあ~。ランにありがとーって言っといて。いやあ、至れり尽くせりだね」
助かったー。諜報部の人いわく、教会のチャリティーバザーに招待した時に、最初の調査員が入っていたらしい。……あそこからかー。あの時は……何にも気にしてなかったなあ。
「別に、礼を言われるほどのことじゃない。国民を守るのは、王族として当然の義務だ。商会の評判調査から、あんた個人の調査に移っていたと思うと……ゾッとする……」
「あははー。ほぼ間違いなく、全員使い物にならなくなってるだろうね~」
プロになればなるほど、雇い主や主の名前を口にしないもんだからねえ。口を割りそうにないと判断したら、すぐに路上を棺桶代わりに、おやすみなさ~い、だ。となると、侯爵は俺を危険人物だと見なして──うん、ランのお蔭だね。ありがたや、ありがたや。
おっと、今はそんなことより、馬車の中だ。馬車の中。
「マダム・ヴァスチィンに見放された、野蛮な娘。婚約者を持つ殿方に色目を使って近づく、色狂いの令嬢。庶民ですら知っている礼儀も知らない、下品な女。彼女の評価で良いものは、一つとして耳にしないわ」
「例え少数であろうとも、普通は好意的な噂も聞くものだがね……ここまで、評判の悪い令嬢は、私も初めてだ。彼女への印象を操作しようとしているのかとも疑ったが……」
うん。そんな事実はナイんだよね。実にビックリだ。
「それで? あの令嬢と親しくすることで、我が家にどのような利益があるのかしら?」
「……しょ、将来有望な冒険者を囲い込むことは十分に益があるかと……」
「最速でCランクまで上がり、最速でDランクに戻った暴走冒険者がか?」
あんなの囲い込む価値なんてねーよ、っていう心の声が重なって聞こえる。
俺も、諜報部の人も「侯爵の言う通りだ」とうなずいてしまう。
「あっ……あれはっ……! ミシェルたちの実力に嫉妬した冒険者の嫌がらせで──!」
「ほう……一介の冒険者が、他の冒険者のランクを下げられるとは知らなかった」
侯爵のセリフを正しく訳すと「ンなわけあるか」である。冒険者として活動している間は、元の身分が何であろうと、一介の冒険者に過ぎないのだから、国家権力だって無効だ。
「それに、冒険者なら『トリオ』というBランク間近のパーティを知っている」
お。スズメーズが高評価。これはちょっと嬉しいぞ。後ろで諜報部の人が、
「トリオの働きは、限定的になりそうだが……」
「ルドラッシュ産の田舎者は、そんじょそこらの田舎者とは訳が違うんですけどー?」
この広い世の中、領主を愛称で呼び、その上、笑顔で「もってけ」と差し出す土産が、森の宝石と呼ばれる幻のキノコ、レースマイスティースだったり、スピアーボアだったりする田舎者がどこにいるって言うんだ。俺が言うのも何だけど、あそこの村、おかしいから。商会を開く前から、おかしかったからっっ。
「…………そう……だったな……」
腹の底から絞り出したようなその声に、ルドラッシュ産田舎者代表、スズメーズが何かやらかしたんだろうな、と察する。多分、俺の言いつけ──推薦状のお礼しときなよ──を忠実に守った結果だろう。
「ダンジョン産の宝石を樽に詰めて持ってくるような連中だった……」
ぼそっと呟かれた言葉に、一瞬、気が遠のきかけた。樽って何だ、樽って。何やってんだ、スズメーズ! いや、多分、入れ物がなかったから、これでいっかー的な発想だったんだろうけど……相手が相手なんだから、見た目にも気を遣え、馬鹿!
「ソムリエがテイスティングしようとしたら中から宝石が──っ?」
「どうかした?」
変なところで言葉を区切った諜報部の人。何かあったのかと振り返れば、視界の端に、疾走する人影が見えた。
こちらの馬車を追うように、建物の屋上を進むあたり、深夜の散歩を楽しんでいる訳ではなさそうだ。
「心当たりは?」
「爵位の継承権は、長男にあります。例え問題があったとしても、長男が健在であれば、次男が継承することはまずありませんから……」
ハロルド君てば、人気者―。
「シオン侯爵夫妻がターゲットの可能性も捨てきれませんし、大貴族ともなれば、継承権は関係なく、個人的な恨み、ということも考えられます」
「どういう理由にしろ、手出しはさせないけどね」
会長がこれを見越してたとは思わないけど……結果オーライか。さて、どうやって片付けようかと考えた直後、夜空から巨大な物体が音もなく降下してきて、全ての人影をかっ攫って行った……。
「っな?! あれは、魔物?! 早急に駆除しなくては──」
「駆除しなくて大丈夫。っていうか、駆除しちゃダメなヤツ。あれ、ちびこの梟特急便……」
サポートに付けてくれたのかなあ? 大助かりではあるけど……
「は?」
「そっちには、ちびこっていう史上最強、難攻不落の無敵幼女に対抗できる駒がないでしょ」
俺の言葉に、諜報部の人はまた頭を抱えた。歩く理不尽。それが、ちびこクオリティー。
さて、彼は放っておいて、馬車の方である。
「……はっきり言おう、ヴィクトリアス。貴族である我々が冒険者として名を上げる必要はどこにもない。ダンジョン攻略が貴族の嗜みと言われるのは、あらゆる階層の人間を垣間見ることができるからだ。武力ではなく人間観察の力を養え、と言っているだけだ」
ま、貴族の長男がCランク冒険者なんて、そんなことに使う時間があったら、政治や経済といった国や領地を回す勉強をしろよ、と言われるだろうねぇ。
意味は違うが、ペンは剣よりも強し、なのだ。貴族業界(?)で、ペンを上回る剣を手に入れようと思ったら、最低でもAランクになる必要があるんじゃね? 英雄レベルだけど。
「あなたももうすぐ卒業。他家の跡取りは、将来を見据えてきちんと行動なさっているというのにあなたと来たら……卒業したら、どうするつもりなの?」
「ど、う……?」
「今のお前は、無役で、キアラン殿下の友人でしかない。侯爵家の嫡男なのだ、城への出入りは可能だが……それだけだ。正式に召し抱えるとは言われていないのだろう?」
ん~っと……? どゆこと?
「あなたの友人が、さも経営に責任があるような顔をして従業員に指示できるわけがない、ということです。友人だろうが何だろうが、商会に入らなくては、何もできません」
なるほど。そりゃ確かに。動かすのが国とか領地ともなれば、余計にそうだよな。今のマリエさん? マリエさんは……アドバイザー扱いです。
「学生の内は、長期休暇を利用して、自分に合う仕事、やりたい仕事を探すのが普通です。最終学年ともなれば、必要な単位を先に取って学園にはあまり顔を出さなくなるでしょう」
「やってないんだ」
「いませんね。ダンジョン攻略に出かけているようです。仮にもキアラン殿下の側近候補なのですから、自分に関係しそうな部署には挨拶回りを兼ねて顔を出すべきなのですが……」
ダメじゃん。ハロルドはあんなに優秀なのに。……まあ、多分【伝染源】の影響もあるんだろうけど……。そういう意味じゃあ、被害者でもあるわけか。ちょっと複雑だね。
馬車の中では、冒険者活動なんかよりも、侯爵家の嫡男として云々という話が続いていた。で──
「侯爵家、侯爵家、侯爵家! そんなにも侯爵家が大事なんですかっ!?」
長男キレた。すかさず、
「「大事に決まっている」でしょう」
両親の見事なハーモニー。お兄ちゃんの気持ちも分からなくはないけど、侯爵家の下にどれだけの人間がいると思ってるんだ。彼らの生活を守らなければならないのだから、家は大事に決まっている、と侯爵が力説。そりゃそうか。
「お前が侯爵家の嫡男として生きるより、冒険者として生きることを望むというのであれば、それでも構わん。お前を死んだことにすれば、ハロルドが正式な後継者だ」
「っ! そ……それは……」
「嫌なのか? なら、10年だけ時間を作ってやる。領地で病気療養中と公表すれば、できなくもないからな」
「本当ですか!?」
「ただし、我が家の名を使うことは許しません。我が家の嫡男は領地にいることになっているのですから、他の場所に嫡男がいるとなれば……それは偽者でしかありえませんからね」
あ、絶句してる。何で、絶句するのか、そこが俺には分からないけども。
侯爵夫婦は、お兄ちゃんに選択肢を3つ用意した。
1、侯爵家の嫡男として、心を入れ替える。2、爵位継承を諦め、冒険者になる。3、身分を棚上げし、一時的に冒険者になる。──さて、どれを選ぶのやら。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
お兄ちゃん、現実に直面するの巻。




