繋がりの仄めかしは、パーティーで 4
「お初に御目文字いたします……」
そう言ってフランチェスカ様に挨拶する義母は、緊張でがっちがちに震えていた。まるで、宮廷拝謁に望むデビューしたての少女のようである。
「あらあら。こんなおばあちゃんを相手に、そんなに緊張なさらないで。可愛らしい方」
「かっ……そ、そんな……からかわないで下さいませ。わ、私ももう良い年ですのに……」
「何をおっしゃるの。わたくしに比べたら、十分お若いでしょうに。さ、こちらにいらして、お話をさせてちょうだい」
義母たちが近づいて来るのを見て、あたしは席を立っている。空席になったご自分の隣をフランチェスカ様が、義母に勧めたのだ。憧れの人に促されたのだから、断るなんてことは最初っから頭になかったのだろう。
「失礼します……」
義母の顔は真っ赤っ赤。え? 何、このカワイイの。どこに落ちてたの?
「クラリスにそっくりだ……」
「賛成」
ハロルドがぽろっとこぼした言葉に、あたしも同意すれば、
「え?! な、えっ!? わ、わたしがいつあのような顔をしたとおっしゃいますの?!」
心外だと言いたげに、クラリスが抗議してきた。
あたしとハロルドは顔を見合わせ、
「ベルの前だと、あんな感じでしょう?」
「ダリアの君の前だとあんな感じだよ」
「ぅあ……っ!」
クラリスは反論できなくなった。
「母と娘なんだから似ているに決まっているだろう」
ふんっ、と胸をはる義父。嫁バカ、親バカ全開ですわね。びっくりです。
そんな夫の様子に気付いていない義母は、半開き程度になった扇で口元を隠している。恥ずかし気に伏せた目と耳まで真っ赤なお顔。いつ湯気が立ち上るのか、気が気じゃないわ。
「……色んな意味で落ちてしまったっ…………! くっ……私のオリアーナなのにっ……!」
「義父上?」
何かおっしゃいましたかと、義父を見たが「何でもない」と首を横に振られてしまった。
「社交界の噂では、あまり親子仲がよろしくないと伺っておりましたけど、やっぱり噂なんて、あてにはなりませんわね。わたくしも娘がおりますけれど、もう、わたくしをそれほど構ってはくれませんもの。嫁いでしまったのだから、仕方がないのかも知れませんけれど」
あなたが羨ましいわ、おほほ。
フランチェスカ様がお笑いになられるけれど、はて? ハロルドとクラリスはともかく、あたしたちは、噂通りなんですがね。何をおっしゃっておられるのかと内心で首を傾げれば、
「なっ、そっ……」
露骨に狼狽える義母。ん~? 噂なんてあてにならないと言われる何かに心当たりでもあるの? 誰かヒントをくれまいか。ささっとハロルド、クラリスを見やるも、こちらもクエスチョンマークは頬っぺたに貼り付けていた。
義父はと言えば、口元に手を当てて笑いをこらえている。小心者だと評判なのに、義母相手だと、それもなりを潜めるのだろうか?
誰かヒント、プリ~ズ。と思っていたら、アト様が
「ああ……色を合わせておいでなのですね」
「ひゃっ!? やっ、あの……そっ……それはっ、ぐっぐうぜん……っ! で、でして……っ」
義母よ、否定できてないから。語るに落ちるって感じになってるから。しかし……色? 色ねえ……。
内心首を傾げたまま、ビスマルク閣下を見れば、微笑ましいのぅ、って孫を見守るお爺ちゃんみたいなお顔になっていた。インドラさんとローザ様も、カ~ワイイって表情筋がゆるっゆるですわ。
逆にあたしたち身内の方が、ぽか~んってなっちゃってる。ただし、義父は除く。
「奥ゆかしい方なのねえ、あなた」
フランチェスカ様は、ころころと鈴を転がしたようにお笑いになっている。
義母のドレスは、青みがかった緑色。南国の海のような色をしている。ウエストからアシンメトリーにカットしたスカートを重ねて、エレガントな印象のあるデザインだ。ポイントは、胸元を飾る2色のカットレースと腰のピンクと紫の……リボン。ピンクと紫。色ぉぉっ!
素材こそ違えど、色はお揃いィィっっ!!
「まぁ……お母様……」
クラリスが目をまん丸にしている。ハロルドも「本当だ」って驚いてるし。あたしなんかは、目が皿のように丸くなってたんじゃないかしら。言葉もないわ。
義母はというと、扇を開いて完全に顔を隠してしまった。
何、このカワイイ生き物。え? この人、養女含めて4人の子持ちなのよね? しかも、子供は全員、10代半ばから後半で──え? 何? 可愛すぎない?
思わず義父を見れば、そうだろう、そうだろう。俺の嫁は可愛いだろうって、顔をしてた。
うん。異論はない。全面的に、その意見に賛成するわ。
「あ~……すみません。義母上、もっとお願いすればよかったですね」
「そっ、そんなこと。余計な気遣いだわ」
フンッとそっぽを向いた義母だけど、扇の影に隠れた口元は確実に拗ねて尖っていると思われる。副音声で「全くだわ!」って聞こえましたけど? ニヤニヤが止まらん。
どういうことかというと、一応、反物を使ってドレスをアレンジするつもりなので、反物を分けましょうかって、義母にも声をかけたのよ。
でも、義母は保守的な方だから、反物を一瞥しただけで「結構よ」と眉をしかめたので、そうですか、残念ですって引っ込んだのよね、あたし。
「そうですか? もっと強くお願いしていれば、フランチェスカ様とも……」
お揃いでしたのに、と続く語尾をぼやかしたものの、
「っぁ……!」
義母にはちゃんと伝わったようである。あからさまにしょんぼりと項垂れてしまった。
「うふふふふ。何て可愛らしい方なのかしら」
「きゃっ?!」
フランチェスカ様、満面の笑みで義母に抱き着く。義母は驚いて肩を跳ね上げ、義父はギリギリと歯ぎしりを始めた。これぐらいのじゃれ合いで、嫉妬なんてしないでもらいたい。
あたしが知らなかっただけで、我が家はずいぶん仲良しだったようである。ヤだわ~。あたしたち、まだまだ修行が足りないみたいよ、マリエール・ヴィオラ。
「わたしたちには、見えていない物事がたくさんあるみたいですわね、お姉様」
「そのようね。足りないことばかりで、イヤになっちゃうわね」
「それは、僕も同じ……」
ハロルドが尻切れトンボみたいに言葉を切ってしまった。
どうしたのかと思ったら、ランスロット殿下とその側近の方々がこちらへ近づいてくるのが見える。
真っすぐビスマルク閣下を目指していらっしゃるようなのは、先ほどの騒ぎをフォローするために足を運んでいらっしゃるからだろう。……インドラさんが、義父母やハロルドたちを連れて来たのも、それが理由だったはずよね。すっかり忘れてしまっていたわ。
さり気なく立ち位置をずらすことによって、フランチェスカ様と義母の位置から、ランスロット殿下のお姿が見えるようにする。ビスマルク閣下もランスロット殿下に気付いたこともあってか、フランチェスカ様たちもお気づきになられたようだ。
にこっとお笑いになって、ランスロット殿下を手招きされる。殿下の側にパトリシア妃殿下がいらっしゃらないのは、体調を考慮して下がられたからだろう。
「ご歓談中、失礼いたします」
「いや、気にしないでくれて大丈夫。我々は、猫のじゃれ合いを眺めていただけなのでね」
猫……上品なペルシャ猫と気位の高いシャム猫ですね。分かります、閣下。
一瞬、目を丸くされたランスロット殿下だけど、いまだにフランチェスカ様が、義母を抱きしめたままなのに気付いて、納得顔。
彼がくすっと笑ったものだから、義母もはっとなって、フランチェスカ様に離してほしいと訴えだした。
「うふふふ。恥ずかしがり屋さんなのね、あなた」
「そっ、そういうことではっ………!」
完全に手玉に取られていますね。義父よ、みっともないから、エアー歯ぎしりしないでくれまいか。息子が呆れ顔で見てますよ。でも、この調子だと、さっきのあれはなかったことになっているっぽい。義母が、まさかの良い仕事をした。
「動物繋がり、という訳ではありませんが、閣下。こちらへは、御自慢の愛馬でお見えになられたそうですね。耳の早い者たちの間では、早速噂になっているようですよ」
ランスロット殿下がお馬さんの話をしたとたん、この場に猛禽類が10羽近く出現した。
この様子からすると、殿下も側近の方にこの話題を振れ、とせっつかれていたっぽい。それを察したらしく、ビスマルク閣下はくくっと笑みを零される。
「今は、ヘシュキアにある姪の館に預けています。こちらにはしばらく滞在するつもりでおりますから、近々、ご招待いたしましょう。奥方にも良い気分転換になるでしょうからな」
もちろん、君たちも。
閣下の視線は、殿下の側近の方々はもちろん、我が家の人間にも向けられている。
「喜んでお招きに預かります」
口約束とは言え、招待すると言ってもらえた面々は、キラッキラしたお顔で、口々にお礼の言葉を述べられる。義父は若干頬を引きつらせていたけれど、ハロルドはワクテカ顔だ。
ランスロット殿下がぼそっと「チトセとちびこに引き合わせる良い機会か」と呟いていらしたのが印象的。そっかー、チトセさんとちびちゃんと会わせちゃうのかー。
……折れないといいですね。色々と。って言うか、会わせたことなかったの?
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
何で義母がこうなっちゃったのか、不思議。おかしいな。シンデレラの継母みたいなポジションのはずだったのに……。




