繋がりの仄めかしは、パーティーで 3
あたしに続いて、インドラさんも閣下に紹介される。閣下は、シャクラさんとはもう顔合わせを済ませたそうで
「顔立ちは似ているのに、雰囲気はまるで似ていないな。あっちは、もっとぽやぽやっとしとるだろう」
「ええ、よく言われます……」
お酢を飲んだような顔で、インドラさんは頷いた。アナタは、ピシッとしていますもんねえ。
それにしても……改めて見るまでもなく、豪華なメンバーだわ。美形ぞろいで、うっとりため息が出てきそう。皆さまのお姿を一日中眺めていたい……。それだけで、常春の国の住民になれる気がする。
そりゃあね、キアランたちも? イケメンには違いないけど、悪い意味で残念なイケメンじゃない? その残念っぷりを知っているだけに、出て来るため息は軽い桃色じゃなくて、重量級の灰色なのよ、灰色。コンクリートを吐きそうって、思うこともあるもの。
「ところで、ローザ様? 余計な心配かも知れませんが、このような場に足を運ばれて大丈夫なのですか?」
確かご実家とは、家を飛び出したきり音信不通だと仰っていたし、それも某子爵家の縁談を嫌ってのことだというお話だったし……
「ああ、大丈夫だ。戸籍を調べたが、私は死んだことになっていたし、婚約予定だった貧弱もやしも、もうすぐ婚約が調うという話だから。何より、アトさんの頼みは断れない」
くすっと笑うローザ様は、お姉様とお呼びしたいくらいカッコイイ。っていうか、貧弱もやしな子爵家の方って、どなたなのかしら。ちょびっと気になる。
「パートナーを頼んでも、誤解しない相手というのは、貴重なんだ」
アト様が肩をすくめた。アト様クラスとなれば、単なるその場しのぎのつもりで同伴をお願いしても、気があるから自分に頼むんだ、なんて勘違いする人は絶対にいるだろう。
身分のある方は、パートナーを探すのも一苦労ってわけね。ハロルドだって、いつまでもクラリスのエスコートばっかりしていられないし、どなたか良い人はいらっしゃないかしらねー。
「ローザをエスコートしたい男は、いないのかい?」
「そんな物好きがいるのかどうかは分からないが、されても良いと思える男は中々いないんだ。閣下なら分かるだろう?」
すごい。
そんな発言、言いたくても言えるもんじゃないわ。と言うことは、アト様はローザ様のお眼鏡にかなった、ということよね。
ご本人は、本心かどうか疑わしいとでも言いたげに肩をすくめて、近くを通りがかった給仕を呼び止めた。照れ隠し?! 照れ隠しだったりします!? ワクテカしちゃうけど、答え合わせはできないんでしょうねえ……残念。
「あなた、女のわたくしでもほれぼれするぐらい魅力的な身体をしているのに、中身は正反対ね。そこも魅力的なのが、何だか小憎たらしいけれど」
「褒め言葉だと受け取っておこう」
「下手な男より、ずっと男前だな」
「誰よりも開拓精神にあふれる人物だと思いますよ」
呼び止めた給仕から、シャンパンを受け取り、アト様はローザ様とフランチェスカ様へ。あたしはまだお酒を頂ける年齢ではないので、フルーツパンチを頂いた。アト様とビスマルク閣下もシャンパンを受け取っていらっしゃる。
「君も飲むだろう? インドラ」
「いえ、私は先ほどの一件をハロルドの耳に入れて来ようかと思います。その流れで、シオン侯爵ご夫妻もご紹介できれば、と──」
「ああ、そうだな。是非頼むよ」
「では……」
軽く一礼をして、インドラさんはあたしたちから離れて行った。
「ハロルド、というのは?」
「レディ・マリエールの弟君ですよ」
「お姉さん思い、妹さん思いのとっても将来が楽しみな良い子なの」
うふふと笑うフランチェスカ様。ビスマルク閣下は、「それは、会うのが楽しみだ」と笑みを浮かべられた。ローザ様はというと、
「レディ・マリエールには妹が?」
妹発言が気になったようである。ここは、宣伝しておかなくちゃ。
「ええ。クラリスと言いますの。年明けにデビューする予定ですわ」
「ほう……そちらも、会うのが楽しみだな。ところで、シオン侯爵夫人は、足を悪くされていたのではなかったかな?」
「まぁ、よくご存知ですね」
「お父上とは、故郷で何度かお会いしたことがあってね。その時に、奥方の足が悪いと聞いたことがあるんだ。冬場は特に辛いらしいと仰っていたように思うのだが……?」
「ええ、その通りですわ」
冬になると膝掛は手放せないし、日が暮れると足元用のストーブも登場して、とにかく足を冷やさないようにしている。外出するには厳しいシーズンではあるけれど、侯爵夫人ともなれば、冬眠中の熊のように屋敷にずっと引きこもっていることは難しいようだ。
「法術を使えば、薄手でも暖かいインナーが作れるのではないかと思ったのですが……意外に調節が難しいようで……」
ヒー〇テックみたいな物が作れないかと思ったんだけど、温度調節が難しいらしい。
案外、法術を使うのではなくて、魔物素材を加工した方が簡単かも知れない、というのがインドラさんの意見。何の魔物の素材を加工するのかは、これから──らしい。
商会の仕事がまた1つ増えてしまいました……。何か、ゴメンナサイ。でも、確実に売れるのは確か。ヒー〇テックとよく似た商品が、いっぱい出て来ていたもの。実証済よ。
お金儲けの話はともかくとして、ビスマルク閣下が義母の足のことを口にしたのは、
「なら、少し場所を移動して、椅子に座っていようか、フラン。その方が、侯爵夫人にも椅子を勧めやすいだろう」
紳士! っていうか、義母の性格をよくご存知で。
義母はいい意味でも悪い意味でもプライドの高い人だ。それが、変な具合に作用して、人の好意を素直に受け取ることができなくなっているみたいなのだ。
原因の1つは、あたしにある。
あたしが、足の悪い義母に社交は無理だと決めつけて、本来なら義母がするべきことを勝手にしていたせいだ。そのせいで、義母には足が悪いことを言い訳に、社交を娘に押し付けているというイメージができてしまったのである。
良かれと思ってしたことではあるけれど、それが完全に裏目になってしまったのだ。
義母の為だと言いつつ、実は義母の為になっていなかった苦い経験なのである。さらに、自分のことを思い出してから、社交からすっぱり手を引いたのも良くなかった。
考えてみれば「おっしゃっていただければ、いつでもお手伝いいたしますわ」なんてセリフ、義母の神経を逆なでするだけよね。本当、馬鹿なことをしたものだわ。
ハロルドとは、向こうがきっかけを探していてくれたから。
クラリスは、コンプレックス解消を手伝ったから。
2人との関係は良い具合に改善できたけど、義母とはきっかけがつかめず、ただ今、お手上げ状態なのである。義父とは……距離の取り方そのものがよく分からない。義母とは違う意味で、お手上げ中。義兄は──完全に修復不可だと思ってよさげである。
「シオン侯爵夫人は、椅子に座りたがらないと聞いていますが──?」
「女性は素直なのが一番だと言われているがね。素直に甘えられない女性も、それはそれで可愛らしいものだよ。その性格さえ分かってしまえば、一周回って素直に見える」
いわゆるツンデレってやつですね。
「そこを見抜けるようになってこその一人前の紳士だぞ。アート」
「まだまだ、先は長そうですよ」
くくっと笑うビスマルク閣下。アト様は、軽く肩をすくめる。──とか言いつつ、義母と会って少し会話したなら、あっさり見抜きそうな気がするのは、あたしだけだろうか。
「何にせよ、シオン侯爵とその奥様には良い印象を持っていただきたいものだわ」
フランチェスカ様は言いながら、閣下の腕にご自分の腕を絡ませた。
これは、閣下の提案に乗った、ということなのだろう。この場で一番偉い(強い?)フランチェスカ様がゴーサインを出したのだから、あたしたちは従うのみである。
まだパーティーが始まって間もないこともあってか、会場の隅に用意されている椅子は、空席になっていた。フランチェスカ様がお座りになるのは当然として、
「マリエ、君が座っていると良い。私は立っているよ」
「こちらにお座りになって。あなた」
ぽすぽすと開いた隣を叩くフランチェスカ様。ローザ様にも勧められたことだし、ここは甘えておくとしよう。椅子に座って、ふと思い立つ。
「勝手に移動してしまって、大丈夫ですか?」
「人より頭一つ分高い人間が、同じくらいの位置にある頭を見つけるんだから、容易いさ」
そうでしたね。ビスマルク閣下もインドラさんも、人より頭一つ分大きいんだったわ。首の負担を考えれば、閣下こそお座りいただきたいものよね。言えないけどさ。
なんて思っていると、目の前の人垣がさっと割れて、こちらに近づいてくるハロルドとクラリスが見えた。その隣には、義父母が並んでおり、後ろにはインドラさんがいる。
おおぅ……ハロルドがワクテカ顔なのは、きっとイミルホースの話ができるかもって、思ってるからなんだろうけど……義母のお顔もちょっとばかり興奮して見える。
何で? ……って、あ! 義母って、フランチェスカ様のファンっぽかったっけ。確か。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
お馬さん、登場ならず(笑)




