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お茶会はテストの後で 2

進み方がカメ……

 ミシェルがあたしたちの前から逃走した直後の事である。

「いった~あい! どこに目ェつけてんのよ!?」

 と、怒鳴る彼女の声が。ほんと、大きな声よねえ。あたしが呆れ半分で感心していると、愚兄が彼女の名前を呼んで、駆けだした。アバタもエクボとは、よく言ったもんである。



「何か、色んな意味ですごい人ですね」

 サルミが、茫然とした声でつぶやいた。ジャスミンは「全く、あんな女性のどこが良いのでしょう! 殿下も坊ちゃまも目が腐り果てておりますわね」と辛らつである。



 それにしても、時計を見ればもう3時。そろそろ、お招きしたお客様がお見えになる頃だから、図書室の側で騒ぎを起こされるのは困る。

 ミシェルが怒鳴った原因は何だろうと、様子を見に行けば、最悪の事態になっていた。

「最近の編入生の質は、ずいぶんと落ちたものね。廊下を走るなんてはしたない真似をしたばかりか、ぶつかっておいて謝罪もできないなんて──呆れて物も言えないわ」

 よりにもよって、ベルにぶつかっちゃったの!?



 自分で自分の首を絞めるなんて……ある意味、ヒロインらしいと言えばらしいかも知れないけども。

 ベルの後ろには、クラブ・クリスティーンのメンバーとその協力者たちが揃っている。全員、あからさまに顔をしかめていて、「何であんたがここにいるんだ」と顔に出ていた。



 そして、恐ろしいのは、彼らと同じ顔をミシェルもしているという事。

 クラブには庶民籍の子もいるけれど、伯爵令嬢と子爵令嬢が揃っているのよ? ましてや、ぶつかった相手は、公爵家のご令嬢で『ダリアの君』という愛称を王妃陛下から直々に賜ったレディ・イザベルなのだ。

 貴族年鑑は、ちゃんと読んでる!? 今、自分で自分の首を絞めてるのよ?! 分かってるのっ!? 他人事ながら、冷や汗が止まらないわっ。



 ベルは絶対零度の視線のまま、フンと鼻を鳴らしてミシェルから視線を外した。その視線は、愚兄にも向けられ──

「っ!」

 兄は肩をすくめた。完全に、迫力負けしている。



 どうやら、ヴィクトリアスの無駄フェロモンも、ベルには通じないらしい。

 彼女は、ミシェルを無視して、その横を通過。愛用の扇子で兄の顎をついと持ち上げると、

「そこの小猿に、挨拶とお礼、謝罪くらいは出来るように仕込んでおきなさい。幸い、明日から夏季休暇ですもの。時間はたっぷりございますでしょ?」



 悪役っぽい! その言い方、悪役っぽいよ、ベル! でも、カッコイイ! 何て素敵なの。さすが、ダリアの君。うっとりしちゃうわ。

「っな!? 何……っ!」

「ミシェル! 今は、黙っていてくれ」

「ヴィクトリアス様……」

 ベルの言葉と態度に、ミシェルが抗議しようとしたけれど、それを兄が止めた。



 当然だ。ミシェルが走っていたのは、動かしようのない事実。

 これが伯爵家以下の家柄の令嬢だったなら、侯爵家の名前をチラつかせて──侯爵家の誇りは号泣モノね──黙らせることもできるでしょうけど、ベルは公爵家の令嬢。つまり、我が家より格上なのだ。



 言いたいことを言ってすっきりしたのか、ベルは兄からも視線を外し、

「マリィ! 今日のお茶会、あたくし、とても楽しみにしていたのよ」

 満面の笑顔であたしに抱き着いて来た。



 ヒロイン様と愚兄の存在は、もう忘却したのね。すごいわ、ベル。とはいえ、あたしだって2人の事を蒸し返して彼女と険悪になるような事は避けたい。どちらかと言うと、グッジョブ! とサムズアップしたい方だし。



 ってなわけで、あたしも満面の笑顔で彼女を抱きしめ返し、

「そう言ってもらえて嬉しいわ、ベル」

「っな……何だとっ──!?」

 驚愕に揺れる兄の言葉なんて、聞こえませ~ん。



 ベルの体から漂ってくる、バラのほのかな香りが、とっても素敵。このまま、この香りに包まれていたいわ~。でも、そういう訳にはいかないものね。あたしはベルから体を離して、クラブ・クリスティーンのメンバーたちに笑いかけ、

「皆さんに楽しんでいただきたくて、今日は少し趣向を凝らしてみましたの。さあ、どうぞ」

 図書室の方へ促した。



 図書室の入り口には、サルミが立っていて──多分、外の様子をうかがっていたのね──彼は、背筋をピンと伸ばし、

「ようこそ、皆様方。姉さんの大事なお客様だ、精いっぱいのおもてなしをさせていただきますよ」

 お客様に向かって、一礼してくれた。ナイス、アドリブ!



 ベルは「まあ」と軽く目を見張り、クラブの女子メンバーは「きゃあ!」と嬉しそうな悲鳴。男子メンバーも、興味深げに眉を持ち上げてくれた。掴みは上々ね。

 あたしは、お客様を図書室へ案内した──かったのだけれど、

「マリエール! お前っ……」

 兄の声に呼び止められた。このまま空気でいてくれれば良かったのに。



 まあでも、無視できないんでしょうね。キアラン派である侯爵家の人間としては。

「わたしたち、お友達になりましたの」ね? とベルに微笑みかけて同意を求めれば、

「ええ。我が家は中立ですもの。個人は元より、家同士においても何の不都合もなくってよ」

 彼女もにこりと笑ってくれた。



 さすがは、ベルね。兄が何を言いたいのか、瞬時に理解してくれたわ。その上での中立だという発言。

「……そういう事なら、殿下の為にもしっかり働け」

 ほんの少しだけ考えるそぶりを見せた兄はそう言って、蚊帳の外だったミシェルを立たせ、あたしたちの前から去って行った。



「あなたのお兄さん、理解が早くて助かるけれど、大丈夫かしら?」

「素敵な兄でしょう?」

 もちろん、嫌味である。ベルは「本当にねえ、うふふふふふ」と扇子で口元を隠して含み笑い。通じ合えるって、素晴らしいわ。



 兄は、ベルの誘導通り、誤解してくれた。

 確かにハーグリーヴス家は、ベルが言った通り、王位争いにおいて、中立の立場を表明している。ただし、本命は第一王子のランスロット殿下だともっぱらの噂だ。

 つまり、キアランの対抗馬を支持する立場にあると思われる家の人間と、キアランの婚約者が仲良くするのは、対外的によろしくないという訳である。



 兄があたしを引き留めたのは、そういう理由があっての事だ。

 自分の立場が分かっているのかと。

 けれど、ベルが「我が家は中立だ」と言った事で、兄は考えたのだ。

 あたしが、ベルを通してハーグリーヴス公爵家をキアラン側に引き込もうとしているのではないか、と。



 もちろん、そんな事実はない。



 そもそも、キアランの婚約者であるあたしが、婚約者を支持していないのだから、兄の推理は、前提からして間違っている。彼にしてみれば、青天の霹靂のような事実だろうけども。

 真相を知っている身としては、ざまあ顔を浮かべて「オーッホッホッホッホ!」なんて感じで、笑ってやりたい。



「面白くなりそうね」

 ベルも同じ気持ちですか。そうでしょうね。最近の節穴王子ご一行の言動は、目に余る物がありますものね。ヒロイン様が入学してから、4か月程度しか経っていないと言うのに……侵食率半端ねえな。



「ああ、ところで、あの小猿はここで何をしていたの?」

 ヒロイン様を小猿呼ばわりですか。すごいですね。さすがベルです。惚れ惚れしますわ。

「お茶会に参加させてほしい、と兄を窓口に言って来たのよ。びっくりしたわ」

「呆れた。招待会じゃあるまいし、お茶会に参加させろだなんて、図々しい。あんな子、小猿で十分だわ。勉強ができても、それ以外がまるでダメじゃないの」



 招待会と言うのは、友人知人やご近所を訪ね歩いて世間話をする事である。あらかじめ何曜日の何時から何時は家にいます、と知らされているので、それに合わせて訪ねて行く。滞在時間は15分程度が望ましいとされている。



 お茶会はあたしがしてみせたように、招待状を出してお招きするものだ。滞在時間はもちろん、趣向を凝らしている事も少なくない。

 どちらもやる事は似ているけど、その雰囲気は全然違う。

 お茶会に飛び入り参加する事が全くないとは言わないけど、それでも……ねえ。



「あなたの兄上にもがっかりだわ。社交界の常識をどこに落として来たんだか……」

「落とし物として誰かが拾って届けてくれないのが、残念でなりませんわ」

 あたしはため息をつくと、

「さあ、今の一件はもう忘れて、お茶会を楽しみましょう。皆さん、待ちくたびれているわ」

「そうだったわ。あたくしのせいで、お楽しみの時間が減ってしまうなんて、あってはならないことね」

 ベルに手を差し出し、あたしは彼女を図書室へ誘った。



 ありがたいことに、お客様たちはサルミがおもてなしをしてくれていたみたいで、待ちくたびれたという雰囲気は見られなかった。

「ごめんなさいね。すっかり、お待たせしてしまって」

「いいえ! お気になさらないで下さい」

 あたしがお詫びをしている間に、サルミがベルを椅子へエスコートしてくれる。



「では、余興に一曲──」

 バイオリンを構えたサルミは、やっぱり格好良かった。女の子は、目がハートになってたわ。ベルも「素敵な演奏ね」って笑ってくれたの。美少女の笑顔って、とってもゴージャスなのね。シアワセだわ。



 サルミにリクエストしていたのは、伯爵の十八番とされている『愛しきヴェロン』だ。

 庶民籍の子は、クラシックのバイオリンを聞く機会に恵まれなくて、初めて『愛しきヴェロン』を聞いたと涙まで流して喜んでくれた。



「音楽の授業はピアノが中心ですものね」

「はい。それに、室内楽部の部員は貴族の方々ばかりで──演奏会に伺うのも、気が引けてしまって……」

「そう言えば、去年の音楽鑑賞会でも『愛しきヴェロン』は演奏されなかったわね」

「文化祭のクラブ発表でもそうでしたわ」

 ベルの言葉を受け継いで、レディ・アレキサンドラが発言した。



 ぶっちゃけ、芸術は金食い虫だ。音楽だろうと、美術だろうと、それは変わらない。だから、室内楽部に在籍しているのは、彼女の言う通り、お金に余裕がある貴族ばかり。例え同じ生徒であっても、庶民籍だと敷居が高くなるだろう。

 我が学園は「身分に関係なく門戸が開かれている」とは言うけれど、現実はそう甘くないわね。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

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