パーティーの前哨戦は控室で
「久しぶりね、マリエール!」
「お久しぶりです、パトリシア様。お体の調子はいかがですか?」
会場の側にある控室その2とでも言うべき部屋には、ランスロット殿下とパトリシア妃殿下が待機していらっしゃった。
「ええ、大分いいわ。とはいえ、もういつ生まれてきてもおかしくない時期でしょう? だから、会場の様子を見て早めに退室させてもらうつもりよ」
パトリシア妃殿下のお腹は、とても大きい。それに、お腹の中のお子様はとても活発らしく、お腹の中で活発に動いているのだそうだ。こうして話している今も、お腹の中で、ポコポコやっているらしい。
「元気なのは嬉しいが、母上の身体の負担も考えてくれないか?」
妃殿下のお腹をさすりながら、ランスロット殿下が我が子へ語りかける。
「もう、すっかりお父様のお顔をなさっておいでですね」
夫婦仲が良くて、何よりだ。見ている方も自然と、表情がほころんでくる。
「最近は、皆にそう言われるよ。挨拶が遅れたね、レディ・マリエール。今夜はいつにもまして魅力的だ。可憐なだけのスミレから、大人の美しいスミレに変わりつつあるようだよ」
「ええ。とてもきれいだわ、マリエール。キアラン殿、こんなにも魅力的な方と婚約しているなんて、鼻が高くていらっしゃるでしょう?」
「えっ……え、ええ。まあ……」
パトリシア妃殿下に水を向けられ、キアランは言葉を詰まらせた。視線がずれてるし。
うん、アナタ、全く別のことを考えていたわね? お二人にもバレバレみたいよ? 鼻の頭に皺寄せて、ナイわーって、顔してるもの。
多分、どうやって反物を手に入れようか、考えてたんでしょうね。
パトリシア妃殿下も、反物をドレスに取り入れていらっしゃるから。
パトリシア妃殿下がお召しになっているのは、ゴールド、シャンパン、イエローオレンジのグラデーションが素敵なAラインのドレスだ。
この、一番下になっている、イエローオレンジのスカートが反物で出来ているのである。妃殿下を象徴する、白薔薇があしらわれていて、とても上品なドレスになっている。
あたしとクラリスがハルデュスで着た着物ドレスは、社交界ではちょっとした話題になっている。どこで買えるのか? と聞かれることもしょっちゅうだ。
そして今回、パトリシア妃殿下もお召しになられたことで、さらに注目度は上がる。──けど、チトセさんは着物を大々的に売り出すことはしないだろう。そこまで手が回らないというのが本音だけど。
ただし、今後はそれっぽい物が出回る可能性は十分考えられる。でも、あくまで、それっぽい感じにしかならないだろう。なんせ、見本がない。記憶なんて、あてになる様でならないしね。
と、いうことは、である。今、反物を使ったドレスを着ることができたなら、パトリシア妃殿下と繋がりがあることを匂わせることが可能だ。
多分だけど、キアランは、それをしたいのだと思う。
ミシェルに着物ドレスを着せることによって、彼女との付き合いは暗黙の了解があるのだと、アピールしたいのである。……ミシェルが本当に欲しがっているのかどうかは、微妙なトコロではあるけれど。
ゲームに妃殿下は登場しなかったもの。あの、花畑ゲーム脳のヒロインに、妃殿下との繋がりを匂わせられるだなんて、思いつくとは思えないのよねえ。
多分、妃殿下のドレスを見たキアランが、ぱっと思いついたのだろうと思う。ミシェルの名前を出したところが……間抜けと言うか、素直と言うか……。
ただ……現状、そう思い通りにはいかない。
だって、キアラン自身が、こっちのグループから外れている。気付いてない……ことはない……わよね?
必ずしもそうではないけれど、男性は、女性のドレスとポケットチーフを合わせることが多い。リンクコーデっぽい、感じね。ポケットチーフなんて、そんなに大きな物じゃないから、ドレスを仕立てる時の余り布で用意できるから、仲良しアピールにはピッタリだ。
そんな訳で、ハロルドは、クラリスのグリーンに合わせたポケットチーフ。インドラさんは、あたしのドレスに合わせた紫──ただ、少し色は淡い物──を使っている。
もちろん、ランスロット殿下のポケットチーフは、イエローオレンジ。
では、キアランはというと……赤紫色のポケットチーフで、あたしのドレスとは合っていない。
ということは、反物ドレスを着た女性とそのパートナーを見れば、あれ? キアラン殿下だけ違う? と気付いちゃうわけである。
目は口程に物を言う、なんて言うけれど、その装いでぼっち宣言しちゃってるのである。
仲良しアピール、以前の問題だと思うわ。
そりゃあ一応は? 婚約者ですから? あたしのドレスに合うポケットチーフは、用意してありますよ? マリエール・ヴィオラがそうしていたように、ね。でも、こっちからこちらに変えて下さいだなんて、言ったりしないわ。
ミシェルが現れる前から、素直にお礼を言われた試しがないんだもの。ミシェルが現れた今なら、尚更よ。
ランスロット殿下とパトリシア妃殿下。インドラさん他、控室に待機している女官、護衛の兵士たちにいたるまでが、じーっとキアランを見ている。
「そ、それでは、兄上。俺たちはそろそろ会場の方へ移動します」
あ、逃げるのね。
「ああ」
ランスロット殿下は、何とか言えよ、それでいいのか、コノヤローって顔で、キアランを見ている。が、彼は兄上と目を合わせることなく、やや強引にあたしの手を引いて、控室から会場の方へと移動。
はいはい、もう好きにしてちょうだい。だって、その方があたしには都合がいいんだもの。
…………都合はいいんだけど…………
「殿下、差し出がましいことを申し上げるようですが、今のお立場をきちんと理解しておられますか?」
何も言わずにいられるほど、薄情ではない……つもり。
そりゃあね、卒業パーティーで婚約破棄宣言をさせるつもりで動いているんだけど、八方丸くおさまるようであれば、それが一番いいワケよ。その方法だって、難しくないんだし。
だって、あたしはキアランと結婚したくないもの。お互いの利害が一致しているのだから、別れればいいのだ。王命ではあるけれど、あたしを中央から遠ざけたい、ランスロット殿下がいるのだ。喜んで協力してくれるだろう。現在進行形で協力してくれているわけだし。
円満解決のためなら、病気にかかったって構わない。ルドラッシュ村に引っ込む予定だから、家が不利にならなければ、多少の泥くらい喜んでかぶる。
そのためにはどうしたらいいか。簡単なことである。キアランが、婚約を解消したい、と言ってくれればいいだけの話。臣下であるあたしからは、言えないのが歯がゆいけれど。
正直、キアランとは関わりあいたくない。会って話をすること自体、面倒臭いし、苦痛なのだ。でも、憎い訳ではないし、不幸になれとも思わない。
お互いにとって最良の選択ができれば、それに越したことはないのである。
キアランは、あたしの問いに何も答えない。もう一度「殿下?」と声をかければ、
「お前に言われるまでもなく、分かっているッ!」
「それならば、よろしいのですが……」
つい、ため息が混じってしまう。おまけに、この含みのある言い方──。我ながら、可愛げのないこと。でも、変えられない。変えられる気がしない。
いつの頃からか、キアランにエスコートされるたび、刑務所か何かに連行されているような気分になっていた。苦痛でしょうがないから、表情が死ぬ。感情も凍る。可愛げがないと言われても、申し訳ございませんと謝るしかできなかった。
最も、謝ったところで、彼が機嫌を直すことはない。今はもう、謝る気すら起きなかった。
しかし、それはそれで、気分が悪いらしく──
「お前という女は、口を開けば小言か説教だ。俺が何か言えば、お言葉ですがと反論してくる、小賢しい女だ。お前みたいに可愛げのない女が、何故スミレのレディーなどと呼ばれて持て囃されているのか、俺にはサッパリ分からん」
「わたしにも分かりかねますが……スミレには、毒のあるものもございますから」
しれ~っと言ってやったら、
「……ッ! そういうところが、可愛くないと言ってるんだ!」
鬱陶しいから、とりあえず謝罪を口にしようかと思ったら、
「そのような態度では、振りまく愛想も品切れてしまうでしょうに……」
あたしより、インドラさんの方が早かった。ぼそっと小声で言ったんだけど、ばっちり聞こえちゃっている。ほ~ら、キアランが、今にも噛みつきそうな顔で見ていますよ。気付いているでしょうけども。
「主が主なら、護衛も護衛だな──っ」
負け惜しみの類にしか聞こえませんが。
──それにしても、つくづく思うわ。どうして、こうなったんだって。一時期はマシになっていたように思うんだけど、何だかまた酷くなっているような気がする。
助けを求めるような気持で後ろを見たが、インドラさんは呆れ顔で軽く肩をすくめただけ。おまけに
「馬鹿に付ける薬はないというのは、本当の話のようです」
キアランには聞こえない声で、ぼそっと言った。
え~……それ、言っちゃう?
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
公爵が出せなかった……もったいぶるなあ……




