表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
109/138

パーティーの前哨戦は控室で

「久しぶりね、マリエール!」

「お久しぶりです、パトリシア様。お体の調子はいかがですか?」

 会場の側にある控室その2とでも言うべき部屋には、ランスロット殿下とパトリシア妃殿下が待機していらっしゃった。



「ええ、大分いいわ。とはいえ、もういつ生まれてきてもおかしくない時期でしょう? だから、会場の様子を見て早めに退室させてもらうつもりよ」

 パトリシア妃殿下のお腹は、とても大きい。それに、お腹の中のお子様はとても活発らしく、お腹の中で活発に動いているのだそうだ。こうして話している今も、お腹の中で、ポコポコやっているらしい。



「元気なのは嬉しいが、母上の身体の負担も考えてくれないか?」

 妃殿下のお腹をさすりながら、ランスロット殿下が我が子へ語りかける。

「もう、すっかりお父様のお顔をなさっておいでですね」

 夫婦仲が良くて、何よりだ。見ている方も自然と、表情がほころんでくる。



「最近は、皆にそう言われるよ。挨拶が遅れたね、レディ・マリエール。今夜はいつにもまして魅力的だ。可憐なだけのスミレから、大人の美しいスミレに変わりつつあるようだよ」

「ええ。とてもきれいだわ、マリエール。キアラン殿、こんなにも魅力的な方と婚約しているなんて、鼻が高くていらっしゃるでしょう?」

「えっ……え、ええ。まあ……」

 パトリシア妃殿下に水を向けられ、キアランは言葉を詰まらせた。視線がずれてるし。



うん、アナタ、全く別のことを考えていたわね? お二人にもバレバレみたいよ? 鼻の頭に皺寄せて、ナイわーって、顔してるもの。

 多分、どうやって反物を手に入れようか、考えてたんでしょうね。

 パトリシア妃殿下も、反物をドレスに取り入れていらっしゃるから。



 パトリシア妃殿下がお召しになっているのは、ゴールド、シャンパン、イエローオレンジのグラデーションが素敵なAラインのドレスだ。

 この、一番下になっている、イエローオレンジのスカートが反物で出来ているのである。妃殿下を象徴する、白薔薇があしらわれていて、とても上品なドレスになっている。



 あたしとクラリスがハルデュスで着た着物ドレスは、社交界ではちょっとした話題になっている。どこで買えるのか? と聞かれることもしょっちゅうだ。

 そして今回、パトリシア妃殿下もお召しになられたことで、さらに注目度は上がる。──けど、チトセさんは着物を大々的に売り出すことはしないだろう。そこまで手が回らないというのが本音だけど。



 ただし、今後はそれっぽい物が出回る可能性は十分考えられる。でも、あくまで、それっぽい感じにしかならないだろう。なんせ、見本がない。記憶なんて、あてになる様でならないしね。

 と、いうことは、である。今、反物を使ったドレスを着ることができたなら、パトリシア妃殿下と繋がりがあることを匂わせることが可能だ。



 多分だけど、キアランは、それをしたいのだと思う。

 ミシェルに着物ドレスを着せることによって、彼女との付き合いは暗黙の了解があるのだと、アピールしたいのである。……ミシェルが本当に欲しがっているのかどうかは、微妙なトコロではあるけれど。



 ゲームに妃殿下は登場しなかったもの。あの、花畑ゲーム脳のヒロインに、妃殿下との繋がりを匂わせられるだなんて、思いつくとは思えないのよねえ。

 多分、妃殿下のドレスを見たキアランが、ぱっと思いついたのだろうと思う。ミシェルの名前を出したところが……間抜けと言うか、素直と言うか……。



 ただ……現状、そう思い通りにはいかない。

 だって、キアラン自身が、こっちのグループから外れている。気付いてない……ことはない……わよね?

 必ずしもそうではないけれど、男性は、女性のドレスとポケットチーフを合わせることが多い。リンクコーデっぽい、感じね。ポケットチーフなんて、そんなに大きな物じゃないから、ドレスを仕立てる時の余り布で用意できるから、仲良しアピールにはピッタリだ。



 そんな訳で、ハロルドは、クラリスのグリーンに合わせたポケットチーフ。インドラさんは、あたしのドレスに合わせた紫──ただ、少し色は淡い物──を使っている。

 もちろん、ランスロット殿下のポケットチーフは、イエローオレンジ。

 では、キアランはというと……赤紫色のポケットチーフで、あたしのドレスとは合っていない。



 ということは、反物ドレスを着た女性とそのパートナーを見れば、あれ? キアラン殿下だけ違う? と気付いちゃうわけである。

 目は口程に物を言う、なんて言うけれど、その装いでぼっち宣言しちゃってるのである。

 仲良しアピール、以前の問題だと思うわ。



 そりゃあ一応は? 婚約者ですから? あたしのドレスに合うポケットチーフは、用意してありますよ? マリエール・ヴィオラがそうしていたように、ね。でも、こっちからこちらに変えて下さいだなんて、言ったりしないわ。

 ミシェルが現れる前から、素直にお礼を言われた試しがないんだもの。ミシェルが現れた今なら、尚更よ。



 ランスロット殿下とパトリシア妃殿下。インドラさん他、控室に待機している女官、護衛の兵士たちにいたるまでが、じーっとキアランを見ている。

「そ、それでは、兄上。俺たちはそろそろ会場の方へ移動します」

 あ、逃げるのね。



「ああ」

 ランスロット殿下は、何とか言えよ、それでいいのか、コノヤローって顔で、キアランを見ている。が、彼は兄上と目を合わせることなく、やや強引にあたしの手を引いて、控室から会場の方へと移動。

 はいはい、もう好きにしてちょうだい。だって、その方があたしには都合がいいんだもの。

 …………都合はいいんだけど…………



「殿下、差し出がましいことを申し上げるようですが、今のお立場をきちんと理解しておられますか?」

 何も言わずにいられるほど、薄情ではない……つもり。

 そりゃあね、卒業パーティーで婚約破棄宣言をさせるつもりで動いているんだけど、八方丸くおさまるようであれば、それが一番いいワケよ。その方法だって、難しくないんだし。




 だって、あたしはキアランと結婚したくないもの。お互いの利害が一致しているのだから、別れればいいのだ。王命ではあるけれど、あたしを中央から遠ざけたい、ランスロット殿下がいるのだ。喜んで協力してくれるだろう。現在進行形で協力してくれているわけだし。

 円満解決のためなら、病気にかかったって構わない。ルドラッシュ村に引っ込む予定だから、家が不利にならなければ、多少の泥くらい喜んでかぶる。



 そのためにはどうしたらいいか。簡単なことである。キアランが、婚約を解消したい、と言ってくれればいいだけの話。臣下であるあたしからは、言えないのが歯がゆいけれど。

 正直、キアランとは関わりあいたくない。会って話をすること自体、面倒臭いし、苦痛なのだ。でも、憎い訳ではないし、不幸になれとも思わない。

 お互いにとって最良の選択ができれば、それに越したことはないのである。



 キアランは、あたしの問いに何も答えない。もう一度「殿下?」と声をかければ、

「お前に言われるまでもなく、分かっているッ!」

「それならば、よろしいのですが……」

 つい、ため息が混じってしまう。おまけに、この含みのある言い方──。我ながら、可愛げのないこと。でも、変えられない。変えられる気がしない。



 いつの頃からか、キアランにエスコートされるたび、刑務所か何かに連行されているような気分になっていた。苦痛でしょうがないから、表情が死ぬ。感情も凍る。可愛げがないと言われても、申し訳ございませんと謝るしかできなかった。

 最も、謝ったところで、彼が機嫌を直すことはない。今はもう、謝る気すら起きなかった。


 

 しかし、それはそれで、気分が悪いらしく──

「お前という女は、口を開けば小言か説教だ。俺が何か言えば、お言葉ですがと反論してくる、小賢しい女だ。お前みたいに可愛げのない女が、何故スミレのレディーなどと呼ばれて持て囃されているのか、俺にはサッパリ分からん」

「わたしにも分かりかねますが……スミレには、毒のあるものもございますから」

 しれ~っと言ってやったら、

「……ッ! そういうところが、可愛くないと言ってるんだ!」



 鬱陶しいから、とりあえず謝罪を口にしようかと思ったら、

「そのような態度では、振りまく愛想も品切れてしまうでしょうに……」

 あたしより、インドラさんの方が早かった。ぼそっと小声で言ったんだけど、ばっちり聞こえちゃっている。ほ~ら、キアランが、今にも噛みつきそうな顔で見ていますよ。気付いているでしょうけども。

「主が主なら、護衛も護衛だな──っ」

 負け惜しみの類にしか聞こえませんが。



 ──それにしても、つくづく思うわ。どうして、こうなったんだって。一時期はマシになっていたように思うんだけど、何だかまた酷くなっているような気がする。

 助けを求めるような気持で後ろを見たが、インドラさんは呆れ顔で軽く肩をすくめただけ。おまけに

「馬鹿に付ける薬はないというのは、本当の話のようです」

 キアランには聞こえない声で、ぼそっと言った。

 え~……それ、言っちゃう?

 


ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 公爵が出せなかった……もったいぶるなあ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ