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姉弟妹の語らいは、馬車の中で 1

 ガタゴトと馬車が動く。はい、ただ今、ハロルドとクラリス、それに護衛のインドラさんも加えて、王宮へ移動中~。義父と義母が乗る馬車は、あたしたちの前を走ってます。愚兄は、別ルートで王宮へ向かってるはず。



 バスティースシーズンも、いよいよたけなわ。ってことで、先週から学園には通っていません。寮も引き払って、タウンハウスで生活しております。

 ハロルドは生徒会の仕事があるので、忙しくあっちとこっちを行き来しているわ。──去年はマリエール・ヴィオラも走り回っていたわね。



「姉上も去年は、大変だったでしょう」

「ええ、そうね……」

「お姉さまは、生徒会の役員ではなかったのでしょう?」

「……ええ、そうね……」

 ふっ。思わず、馬車の窓から外を見てしまうけど……仕方ないわよね。



 表情が生温くなっていたのか、

「わたし、ますますキアラン殿下が信じられなくなってきましたわ」

 クラリスが静かにお怒りだった。

「わたしでも、ちょっとお姉さま方からお話をお伺いすれば、殿下の評判が良くないことくらい、すぐに分かりましたのに……お兄様は一体、何をなさっていらっしゃるのかっ……!」

 何って……そりゃあ、恋のさや当て? ぶっは! 自分で言ってて笑えるわ~。



 漫画や小説では、何でも自分でできちゃスパダリ様なるものが存在するけど、現実にそういう人間なんていない。──とは言い切れないものの、国際条約で保護されちゃっても良いくらいに希少なことは間違いないだろう。

 当然、ゲームのキャラクターであっても、そこは同じ。人間なんだから、得手不得手があるわけよ。側近というのは、主人の足りない部分を補うための人材でもある。



 キアランの周りにいるあの連中──って言ったら、ちょっと言葉が悪いかしらね。ヴィクトリアスたちも、そう。ご学友ってわけじゃなくて、チーム・キアランの一員なのよ。

 一番分かりやすいのは、ダリウスね。彼はキアランの護衛を兼ねていると同時に、軍事方面の担当。オズワルドは法術関係を担当していると同時に、ガイナス聖教との窓口も兼ねている。グレッグは内政だし、愚兄ヴィクトリアスは外交と同時に芸術畑の人間でもあることから、広報も兼任しているわけ。



 そう。広報なのよ、広報。つまり、キアランのイメージをどう作っていくか、考えて実践していかなくちゃいけないってことなんだけど……。

 クラリスが言いたいのは、愚兄が仕事をしていない! ということである。

 キアランのイメージは、悪い方へ悪い方へ向かっているものね。……恋のさや当ての弊害かしら?



「あまり大きな声では言えませんが、姉上との婚約を見直した方が良いのではないか、という意見もあるようですよ」

 マジか! それは、予想外だわ。本当なの? とたずねれば、

「あくまで非公式の少数派の意見ですが……」

 今のキアランでは、あたしという駒を上手く使えない、という意見があるのだとか。駒だの使えないだの、ずいぶんな言い方かと思うが、政治なんてものはそんなもんである。



 とは言っても、あたし自身、自分という駒がどういう形で使えるのか、いまだに理解できていない部分が大きいのだから、偉そうには言えないのだけど。

 貴族の結婚なんて、政治的な思惑とは切っても切り離せない関係にある。爵位が上になればなるほど、領地から上がってくる収入がとんでもない額になるのだから、当たり前の話だ。



 あたしとキアランの婚約は、あたしが侯爵家の養女であるということよりも、教皇自ら花十字を授けた者であるという、ガイナス聖教との結びつきを重視されたものである。

 ところが、当の本人はそのことをちっとも理解していない。

 教会側窓口のオズワルドも、内政を担当しているはずのグレッグも、外交担当の愚兄──ガイナス聖教は大きいから諸外国への影響力も強い──も分かっていない。



「これでは、宝の持ち腐れです。それどころか、姉上への扱いを知られれば、逆にあちらの立場が悪くなるのは、少し考えれば分かることですから」

「それで、婚約の見直しを?」

 クラリスさんや、そんな身を乗り出さんでも……。



「今、我が国で一番懸念されているのは、ルーベンス辺境伯との関係です」

「まあっ!」

 クラリスさんや、目がキラッキラしてますわよ……。

「ご存知の通り、辺境伯と王家の関係は少しずつ改善されています。一方で、姉上とパトリシア妃殿下も交流をお持ちなのでしょう?」

「友人の1人に加えて頂けてはいるけれど……」

 共通の話題は、ちびちゃんです。あたしとパトリシア妃殿下は、ちびちゃんカワイイ、という話題で盛り上がっている。あの子のエピソードには、事欠かないしね。



 でも、アト様とランスロット殿下は違うだろう。たぶん、チトセさんとちびちゃんのトンデモぶりを愚痴り合って、共感しあって、一緒に頑張ろうぜ的な感じで盛り上がっているんじゃなかろうか。

「──と、言うことは……キアラン殿下とお姉様の婚約を白紙に戻して、お姉様と辺境伯を婚約させてはどうか、という話が出ているということですの?」



「非公式で、少数派の、政治的な意見に過ぎないけれどね。父上の耳にも入れておいたけれど、こちらは完全にしり込みしているから、あてにはできないよ」

「ちっ」

 クラリスさんや。今、舌打ちした? 舌打ちしたよね? どこで、そんな……



「──ですが、そのお話も非公式だから、少数派だから、とは言えなくなりそうな雰囲気ではありますね」

「ええ。あなたのおっしゃる通りです」

 今まで黙って話を聞いていたインドラさんの手には、先日、梟特急便で届けられたアト様からの手紙がある。ハロルドの視線もそれに向けられていた。



「そういえば、少し気になったのですが、ヴァラコ共和国では貴族制を廃止していたように思うのですが……わたしの思い違いでしたでしょうか?」

 人差し指を顎に当て、クラリスが首を傾げた。要は、貴族のいない国のはずなのに、どうして公爵がいるんだろう? ということだ。



「あぁ、爵位の授与は行わない、というだけで貴族がいないわけではないよ」

「えっと?」

 クラリスが、よく分からないという顔をする。実は、あたしもよく知らない。



 ヴァラコ共和国が生まれたのが、大体150年くらい前。初代元首は──四代前のビスマルク公爵。リッチェモント湖周辺の小国に呼びかけて、1つの国としてまとまったのが始まり。元は貴族のみが政治に関わっていたものの、三代目元首の代に、やる気と能力があるのであれば、身分を問わない選挙制度が導入された。



「この時に、これ以降の爵位の授与は行わないと決定したものの、既存の爵位継承については、今も続いているんだ。爵位を持つ家の相続に関しては、長子相続を推奨するものの、必ずしも従う必要はない、としているそうだよ」

 財産分与に伴い、元本が縮小した事に加え、事業に失敗するなどして、没落した家も少なくないらしい。また、爵位を相続する者がおらず、家そのものがなくなるというケースもあるそうだ。



「ヴァラコにおける爵位とは、特権階級であることを示す訳ではなく、ステータスのようなものだと言っていいんじゃないかな」

「その一方で、貴族を自称する人間もいるそうですね」

「ええ。こればかりは、何とも……」

 ハロルドは苦笑いを浮かべるばかりだ。

 ぶっちゃけて言えば、他国の事情なのだから、こちらがアレコレ言う事ではないものね。



「では、ヴァラコの方の爵位は疑ってかからなくてはなりませんね」

「貴族名鑑が手放せないわね、きっと。パーティー中でも、脇に抱えていたいわ」

 あたしが言うと、ハロルドとインドラさんが「それはいい」と笑った。



「あぁでも、ヴァラコでは、貴族名鑑ではなく、名士録と言うらしいですよ」

「そうなの? 知らなかったわ」

「最近は、貴族ではない有力者が増えてきているそうですから。それに押される形になったのでしょう」

 なるほど。



「でも、兄様? ビスマルク公爵のお血筋は確かなのですよね?」

「そうだよ。ご子息は財務省で、辣腕を振るっておいでだと聞いたことがある」

 んん? クラリスさんや、何を言いたいのかな?



「では、スチュアート様を通じて、ヴァラコとのご縁も取り持てるということですよね?」

「クラリス、気持ちは分かるけど……気が早いよ。まだ、埋めるべき堀は沢山ある」

 ハロルドさん~? アナタまで、何を言っているのかな??

ここまで、お読みくださりありがとうございました。

 共和国に、貴族は存在しないはずでは? とご指摘いただいたので、言い訳っぽいことを。


 来週の更新はお休みさせていただきます。 皆さま、良いお年を

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