他国のニュースは、秘密の手紙で
もう寝ようと思っていたのだけれど、アト様から緊急の手紙とあっては、読まずに寝るわけにはいかない。弱めていたランプの灯を強くして、アップルティーを淹れることにした。
お湯は、いつでも飲めるように準備されているものがあるし、アップルティーは……ふっふっふ。作ったばっかりのティーバッグ──!
ちびちゃんから貰った栄養ドリンクは、マリエール・ヴィオラの祭壇にお供えしておくことに。このバスティースシーズンを無事に過ごせますように、というお願いをね。
さて、問題の手紙だけど、封筒はいたってシンプル。ホテル・ペルディエムのロゴが入っているところから、本当に急いで書いたんだろうなって思う。
あたし宛であることには間違いないけれど、差出人はアト様のイニシャルが走り書きされているだけ。万が一を考えて、すぐには誰か分からないようにしてあるのね。
「……ずいぶん、慎重……どういうことかしら?」
カップの中からティーバッグを引き上げ、ごみ箱へ。カップを持って、ベッドへ移動する。
一度、手紙をサイドテーブルに置いて、カップの中身を一口。やっぱり、身体はだいぶ冷えてしまっていたみたいだ。
お茶の温かさが、お腹の中に広がっていき、ほうっと息がもれる。
さてさて、それではアト様は緊急で何を知らせたかったのかしらね。
カップと手紙を交換し、封筒を開ける。中身を取り出し広げれば、
『私がおじい様と呼ばせていただいている、大伯父がこちらの王都へいらっしゃるそうで、よしなにお願いします。イミルホースを使っているとのことですので、バスティースまでには、お見えになられるかと──』
…………は? アト様の大伯父さま? 待って。大伯父は、祖父母のお兄様のことだから、辺境伯の血筋の方ではない。フランチェスカ様のお血筋ということになる。
……ってことは、ヴァラコの方だ。フランチェスカ様の、お父様かお母様のお兄様で、あたしだけじゃなく、ランスロット殿下にもお知らせしなくちゃいけないような人物。
…………って、1人しかいないじゃないっ! 元宰相閣下の、ジョヴァンニ・ロマーノ・ビスマルク公爵! でも、確かあの方、80を過ぎていらっしゃるはずで……?
はぁぁぁっっ?! 80オーバーのお爺ちゃんが、来るの!? この真冬に?! 馬に乗って!?
あ、いや『使って』だから、馬車かも知れないのか。それでも、80オーバーのお爺ちゃんに、この国までの旅はきついんじゃないだろうか? 確か、半月くらいかかるって……でも、ここにはバスティースまでには来るって書いてあるわね。
……このイミルホースって、ナニモノ? 魔が付くドーブツのような気がしてならないわ。ねえ、そんなのに、80オーバーのお爺ちゃん預けちゃって、大丈夫なの?
「えぇっと……そう、そうだわ。貴族名鑑! ヴァラコの貴族名鑑を取り寄せたのは良いけれど、ちゃんと目を通せていないまま──」
手紙をサイドテーブルに置いて、あたしはベッドから下りた。
取り寄せた貴族名鑑は、とりあえず本棚にしまっておいたはず──
「あ、あった」
本を手に取り、再びベッドに戻る。そして、ビスマルク公爵のページを探す。
「え? 80オーバー? このお顔で?」
上級貴族の当主ともなると、名鑑には肖像画が掲載されている。それは、ヴァラコでも我が国でも同じのようだ。
肖像画のお顔は、とてもではないが80オーバーには見えない。60代くらいだろうか。文字で記載されている特徴によると、身長は196センチ。体重は書かれていないものの、体格は良く、筋肉質なのだそうだ。髪は白髪で豊か。目の色は青なのだそう。
となると、この肖像画もあながちウソじゃない、ということか。
貴族名鑑の肖像画は、毎年更新されるものではない。60を過ぎても、貴族名鑑の肖像画は30代の頃のまま、という話はザラなのである。なので、肖像画では豊かな髪も、実際にお会いすると……というような場合も、これまたよくある話だ。
さらに言えば、肖像画を描いた画家の技量というものもありまして……信用しすぎるな、というのが暗黙の了解だったりする。このへん、なんだかなあ、という気がしないでもない。
「あ、でも……目元は、アト様に似てる……かも?」
まあ、実際にお目にかかれるかどうか分からないし、紹介がなければ挨拶もできないし。ビスマルク公爵のお顔はいいや。
問題は、何をしにお見えになられるか、よねえ。
ヴァラコ共和国と言えば、リッチェモント湖の港だ。建設はすでに始まっていて、あらかた出来上がっている、という話も耳にしている。
となると、港の運営について、具体的な話し合いが始まっているはずだ。どの波止場をどこが使うのかとか、倉庫の位置とかそういう話。
同時に交易ルートの新規開拓も行うはずだ。となると、やっぱり、一番先に目を付けられるのはアト様の領地。まして、アト様の下にはリッテ商会っていう規格外なモノがあるもの。
深魔の森開発では、世界の最先端を行ってるっぽい商会のノウハウは、スネィバクボ山脈の開発にも十分生かせるだろう。
「……ということは、アト様とウチの王族との関係を偵察に来られたのかしら?」
十分あり得る話だ。
「う~ん……あたしの一存でどこまで知らせたものか……」
外交職に就いている義父にも知らせた方がいいんだろうけど……ランスロット殿下にも話がいっているってことは、ご意向を伺った方がいいような気もするし……。
あ、ハロルドには教えておくわ。アト様とは知らない仲じゃないもの。もちろん、クラリスにもね。今日は遅いから、明日の朝一番にメッセージを送ることにしましょう。
ランスロット殿下には、あたしから義父へ話していいものか、ご意向を伺いましょう。何で、一介の侯爵令嬢ごときが、こんな話を知ってるんだ、ってことにもなりかねないし。
そうなったら、義母あたりがキーキー騒ぎそうで、考えただけでげんなりするわ。
とりあえず、明日は弟妹とランスロット殿下にメッセージを送って、その後はヴァラコ共和国について再勉強しつつ、バスティースパーティーをはしごして……。
うん。ちびちゃんから栄養ドリンクをもらっておいて、正解だったかも知れない。
ここまで、お読みくださり、ありがとうございました。
いつもより、少な目です……。




