お楽しみは、バスティースで 2
試験があったため、一日遅れての更新となりました。
テーブルの上にこれでもか! と用意されたお料理をいくつかいただいた。どれも絶品。
表情筋が緩みっぱなしで、美味しいとしか言葉が出て来ない。大きな声では言えないけれど、我が家のシェフが作る料理よりも美味しいかも知れないわ。ハロルドも、大絶賛よ。
そんな中、クラリスが、フォークとナイフを使う手をピタリと止めた。そのまま、上目遣いで恐る恐る、チトセさんを見て
「あの……あなた、ご職業は?」
お見合いかーい! 聞きたい気持ちは分かるけど。
チトセさんは、にやりと笑って
「とある商会で雇われ副会長をしております」
「ウソっぽーい!」
キャラキャラと笑ったのは、シャクラさんである。
チトセさんは、芝居がかった口調で
「ウソじゃないよ、ホントだよ」
「うしょのよーな、ほんちょのはなちなのだ!」
相槌を打つちびちゃんだけど……ああ。テリーヌをさしたフォークを高く持ち上げないで! テリーヌが、崩れちゃう!
あわわと思ったその横で、チトセさんが取り皿を下に移動させて、素早くフォロー。崩れたテリーヌが、取り皿にぽとん。
「お転婆さん、そんなに高くフォークを持ち上げてはいけないわ」
「おっちょちょ、めーなしゃい」
フランチェスカ様にたしなめられたちびちゃんは、ちゃんとごめんなさいをして、保護者から取り皿にフォークを置いて、受け取った。
「こえも、おいちーでしゅな。シャーモンとクリームチージュのバヤンスがゼツミョーだ」
グルメですね、ちびちゃん。あむっと、テリーヌを片付けたちびちゃんが次に手を伸ばしたのはミートパイだ。ちなみに、ちびちゃんのお口のサイズに合わせたらしく、テーブルの上の料理は一口サイズの小さな物が多い。
「は~……こにょパイ、おいちーねえ」
「僕たちが一緒に作ったんだから、当然だよ」
ふふんと胸を張るのは、シャクラさん。
「シュジュメーズがとっちぇきてくえた、おにくがいーあじ、してましゅな」
「へえ……あれが、これになったんだ……」
「これ、ボスたちが作ったの? マジで? ウマイよ、これ」
「パイもサクサクしていて、美味しいです」
三つ子たちにも大好評。
もちろん、あたしたちもいただき、
「本当、とても美味しいわ」
「一緒に入っているチーズが、いいアクセントになっていますね。美味しいです」
「兄様のおっしゃる通りだわ。あなた、お料理ができるなんてすごいのね……!」
「えっへん。こにょね、しょちょのしゃくしゃくをわたちがちゅくったの」
クラリスの称賛に、ちびちゃんはドヤ顔で胸を張る。ああ、カワイイ。具の方は、チトセさん指導の下、シャクラさんが作ったそうだ。
「ビーカーとか使うもんだから、何の実験を始めるつもりだって、心配したけど」
「衛生さえきちんとしていてくれれば、過程をどうこう言うつもりはないぞ。結果は、大変素晴らしいものだし、こうして料理を盛ると、皿の表情が変わるという発見もあった」
あまり料理には口をつけず、しげしげとテーブルを眺めているのはアト様だ。テーブルの上の食器類は全て、アト様のコレクションからチトセさんが拝借してきたものらしい。
「最高の料理と最高の器。素晴らしい。故郷に帰ったら、ぜひ見習うように伝えねば」
「そこまで言われると、苦笑いしかないな。何せ、初めは正気かと疑ったものだから。しかし、こうして結果を見せられると……使われてこそ、価値が生まれるのだと思える」
「ナイフを下ろすのに、少しばかり緊張しますが……」
アト様のコレクションは、アンティークが中心だものね。ハロルドの気持ちも分かるわ。
アンティークと言っても、お値段はピンからキリまであるもの。アト様のコレクションは、当然だけど、ピンの方がメイン。そりゃあ、我が家もお金持ちだから、おもてなし用の食器は良い物を使っている。昔から我が家にあるカップやお皿を使うことだってある。
我が家の物とよそ様の家の物という違いのせいかも知れないけど……ハロルドの言う通り、ちょっと緊張する。だからね、ちびちゃん。フォークをぐさっとタルトに突き刺すのは、やめてくれませんかね? 心臓に悪いので。
ある程度、お腹を満たすと、ちびちゃんが「ゲームちよう!」と言って、部屋の隅っこから、ボードゲームを持ち出して来た。
お買い物ゲームと言えばいいのか。プレイヤーは、お買い物リストを3枚持ち、止まったマス目に書かれているお店や産地から、リストに書かれた物を集めていく。お買い物リストが全て埋まると、それがプレイヤーの得点になる。完了させたリストが1番多い人が、勝ちというゲームだ。
どのタイミングでゲームを終わらせるかは、自由である。
8人用のため、あたしとハロルド、クラリス。ちびちゃんと三つ子、シャクラさんがゲームをプレーする。アト様、フランチェスカ様、チトセさん、インドラさんは見学組だ。
見学組と言っても、横からちょくちょく口出しをしてくるので、賑やかである。
特にチトセさんは、「そこでお肉買っちゃうの~?」なんて、こっちを迷わせる発言をしてくるから厄介だ。
「肉がいるんだから、肉買わないで何を買えっつーんすか!」
「せっかく、百貨店に止まったんだから、雑貨系を買えばいいのに」
「ぐっ……!」
カーン、悩む。
食品系のカードが手に入るマスはわりと多いのだけれど、雑貨系は少な目になっているから、ここは悩みどころ。
「何で、僕は何にもないマスにしか止まらないんだろう……」
「ゲームでも、迷子になっているんですか、貴方……」
シャクラさんは、なかなかリストを埋められない。インドラさんが、笑うのも仕方ないと思う。買い物マスはそれなりにあるのに、どうして止まれないんだろう? 不思議だわ。
その隣。ちびちゃんは、不満そうにテーブルをペシペシ叩いている。その理由は、
「だりぇだ、クジヤなんてほちがゆやつは! こんなでっかいの、どーしゅんだ!」
「クジラを丸まる一頭、ということではなくてよ、お転婆さん」
「でっかい、しゃかななんて、ひちゅよーないのだ!」
「リストにあるのだから、必要でしょ?」
ツッコむクラリス。
「珍しいな。ちびこが、こんな風に言うなんて」
あたしもびっくりだ。チトセさんは苦笑いで「ちびこさんは、デカイ魚が苦手なんだよ。あ、魚じゃなくて哺乳類だっていう、ツッコミは要らないから」
「そうなの?」
「あいちゅやは、ぐあーって、かみちゅいてくゆのだ! ゆだんちたら、くわれりゅのだ!」
クラリスに聞かれたちびちゃんは、恐ろしいとばかりに体をぶるっと震わせた。
「ボスに、魚型の巨大な魔物は近づけちゃダメなんスよね」
「そうなのか?」
「あっ、と思った次の瞬間には、キラーンって遠くで光ってるもん」
「討伐証明部位も、素材採取もできません」
ふっと遠い目をする三つ子に、アト様は「そうか……」としか、答えなかったわ。
「レディたち、3人は順調にカードを集めていらっしゃいますね」
「え、ええっ?! たっ…た今、順調ではなくなってしまいましたわ……」
肯定しかけたクラリスだが、すぐに否定の言葉になってしまった。ルーレットの数だけ動かしたコマは、寄付のマスに止まっている。このマスに止まると、最低1枚、最大で3枚、手持ちのカードを他のプレイヤーに渡さなくてはいけないのだ。枚数は、ルーレットの出目によって変わる。
厳正なるじゃんけんの結果、
「やっり。お嬢ちゃんのお蔭で、1枚完成」
「僕も。ありがとうございます、お嬢さん」
キーンとクーンがカードをゲットし、結果としてリストを1枚ずつ完了させたらしい。
「くっ……! 悔しいですっ……!」
唇を尖らせて、義妹はキーンとカーンを睨みつけている。
しかし、さらに追い打ちが。
「おっと、ごめんね、クラリス。カードを1枚もらえるかな?」
ハロルドは、プレゼントのマスに止まったようだ。左隣のプレイヤーからカードを1枚貰う、になっている。
「兄様までっ!」
「踏んだり蹴ったりね、クラリス」
「あらあら。でも、ゲームは最後まで分からないわ。気落ちしないで、まだまだこれからよ」
そうなんだけど……
「クラリス、あたしもごめんなさい。チャリティーティーのマスに止まってしまったわ」
「なっ!」
このマスに止まると、プレイヤー全員が、食品系のカードを場に戻さなくてはならないのである。ちなみに、シャクラさんはまだカードを1枚も持っていないので、不参加。
これはこれで、面白くないと唇を尖らせていた。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
買い物ゲームのルールは、かなり適当です。




