お楽しみは、バスティースで 1
月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり。……ご存知でしょうか、奥の細道の冒頭であります。全然関係ないんだけど、そんな気分なのであります。
ええ、暦が二けたに突入すると、ほんと、あっという間よねー。
12月は、都長主催の舞踏会で幕が上がる。例年、12月の第一金曜日に開かれるこの舞踏会は、王都にバスティースシーズン到来を告げるものでもあった。
王都で開くバスティースパーティーは、この舞踏会が終わるまで待つのが暗黙のルール。舞踏会が終われば、連日連夜、あちこちでバスティースパーティーが開かれる。
でも、バスティース当日は家族と過ごすのが普通なので、前日の日中までがパーティーシーズンだ。イブの夕暮れ時になると、家に帰ることができる使用人たちは家に帰って、家族と過ごす。遠くて家に帰れない使用人は、使用人仲間とパーティーである。
雇い主の方は、逆に静かなモンよ。使用人たちの手を煩わせることのないよう、食事などの準備は事前にするし、人出が必要な事柄については早めに済ませてしまうか、諦める。
日本のクリスマスとは、大分違う。使用人のいる家庭そのものが少ないから、当然と言えば当然だけれども。
今の季節は寒いし、時々雪も降って、足元がベシャベシャになっちゃって、早朝はため息がつきものだけど、日中になれば、心がウキウキ弾んで、浮ついた気分になってしまう。
とはいえ、やることは色々あるので、ずーっと浮ついてはいられない。あたしが主催するバスティースパーティーは、早めの日程を組んだからだ。
庶民籍の生徒は、冬期休暇に入るとすぐに実家へ帰っちゃうコもいるのでね。その準備の邪魔にならないようにしたのである。
ハイ、今日がそのパーティーですよ。
「そろそろ支度をしないと、間に合いませんよ、姉上」
「え!? うそ、もうそんな時間なの?!」
会場の飾りつけを見て回ったり、料理のチェックや演出の打ち合わせをしたり。バタバタと慌ただしくしていたら、ハロルドがあたしを呼びに来てくれた。
「僕の方はまだ余裕がありますから、姉上は部屋へ戻って下さい。クラリスは先に行かせてあります」
「分かったわ、ありがとう。それじゃあ、後はお願いね」
我が家のパーティーではあるけれど、今年のパーティー会場は我が家ではない。諸々の都合もあったので、会場はアト様が宿泊していらっしゃるホテルのホールにした。
パートナーのマッチングとか、正直に言って面倒くさいので、お茶会の延長のような内容で、午後から行うことに決めた。それから、バスティースパーティー、定番のプレゼント交換も行わない方向で。これは、身分差から来る金銭格差を考慮してのことで、よくあることである。
我が家で用意したお持ち帰り用のプレゼントが消え物、実用品中心なのも、同じ理由だ。パーティーはこれっきりじゃないんだし、貴族のお友達に渡すプレゼントは、侯爵家のパーティーにて用意してある。
ホテルの部屋に戻ったあたしは、ジャスミンたちの手を借りてドレスに着替えた。シャンパンゴールドのエンパイアラインのドレス。裾には、白い雪花模様の刺繍があって、今の季節らしいデザインになっている。日中のパーティーなので、ボレロで肌の露出は控えた。
クラリスは、同じデザインの色違い。このシーズンらしく赤いドレスにしたら? って、言ったのだけど「派手すぎます!」と拒否された。色は薄い水色で、雪花模様の刺繍は、濃い目の青。雪をイメージした雰囲気になって、これはこれで可愛らしいけどね。
「兄様……!」
「まあ!」
「びっくりさせられたみたいだね」
あたしたちの支度が終わった頃に出迎えに来てくれたハロルド。襟元を飾るアスコットタイは、薄い水色で濃紺の雪花模様の刺繍。白いポケットチーフの縁は、小さいながらシャンパンゴールドで、雪花模様の刺繍があるのだ。
「あなた、いつの間に?」
「それはもちろん、2人がドレスのデザインで悩んでいる間に」
ふふふと得意げに笑うハロルドは──年よりも幼く見えて、可愛かったです。
「では、お待たせする訳にもいきませんし、参りましょうか」
「ええ。お願いね」
差し出された手を取って、義弟と共に向かうのは、パーティー会場ではなく──
「メリーバシュチー!」
入室の許可が出て扉が開くと、ちびちゃんが両手を広げてかけてくる。
「メリーバスティース」
メリークリスマスのこの世界版みたいな言葉だ。ちびちゃんを抱きとめて、その頭を撫でてあげる。
ちびちゃんは、耳当て付の白いもこもこの帽子を被り、青いチュニックに、膝丈の黒いバルーンパンツ、という恰好だ。
ニーニャだ。ニーニャがいるわっっ! かーわーいーいー!
このホテルを会場にした最大の理由は、ちびちゃんである。ちびちゃんは、身分はもちろん、年齢の上でも外のパーティーには出られない。商会の名前でパーティーを開いても、今度はあたしの身分が邪魔をする。そこで、一肌脱いでくださったのがアト様だ。
「アタシが泊っているホテルの部屋で、ティーパーティーをしましょ」
そういうことになったのである。
アト様のお部屋には、ご本人はもちろん、チトセさんと三つ子、シャクラさんにフランチェスカ様も。こちらは、あたしとハロルド、クラリスとインドラさんが参加。
午後からパーティーの予定があるから、ゆっくりと、という訳にはいかないけれど、それでも賑やかな、楽しいティーパーティーになりそうだ。
「む。おにーちゃ、おっきくなっちゃ?」
あたしに頭を撫でられることしばし。嬉しそうに目を細めていたちびちゃんは、隣のハロルドを見上げた。ハロルドは「そうかな?」と少し首を傾げる。
「たしかめちゃろ。ん……!」
抱っこしろと、両手を広げたちびちゃんを、ハロルドは軽々と抱き上げた。
ちびちゃんは、手を動かし背を比べたりして、ふむふむと頷き──
「わかりゃん!」
「分からないの!?」
幼女の結論に、ツッコミを入れるクラリス。すると、ちびちゃんはニッと笑って、
「ナイシュだ」
身を乗り出し、クラリスの頭を撫でる。どうやら、これがしたかったみたいだ。
うむ。ナイスだ。あたしは、心の中でサムズアップ。幼女にからかわれる少女。クラリスは、恥ずかしいのか、頬が赤くなっている。目に楽しい光景だわ。
「お転婆さん。あんまりお姉さんをからかうものじゃないわ」
「あい。おばーちゃ」
ころころと楽しそうに笑うのはフランチェスカ様だ。落ち着いたワインレッドのドレスが、とってもお似合い。アクセントのファーも素敵だ。
いつまでもそんなところにいないで、中へどうぞとリビングへ案内される。きちんとドレスアップしているのは、アト様だけで、チトセさんたちはいつもの恰好だった。
「この後もパーティーが控えていると知りながらも、プレゼント代わりってことで、たっぷり用意してやりました。さあ、腹がはち切れてもなお、食すがいい!」
「しょくしゅがよいー!」
チトセさんがドヤ顔を作るのも、当然だわ。何、この量。
サンドイッチ、カナッペ、フライドチキンに、フライドポテト、色とりどりのテリーヌ。スコーン、シュークリーム。タルト、パイ、ブッシュドノエル。パンケーキ、クッキーにマドレーヌ、マカロンも。紅茶はもちろん、フルーツパンチだってある。
「……すごいですね……」
「チトセが張り切って作ったんだ」
「えっ?! あなたが!?」
アト様が苦笑いすると、クラリスがぎょぎょっと目をまん丸くした。い~い、リアクションするわねえ。
「ちーちゃは、おりょーりじょーじゅなのだー!」
「チトセのごはんは、おいしいよ」
小鼻を膨らませて胸を張るちびちゃん。シャクラさんもどこか自慢げだ。インドラさんが「あなたが自慢をしてどうするんです」と呆れていた。
「だって、僕たちも一緒に作ったんだもんね~」
「ね~」
シャクラさんとちびちゃんが、にっこり笑顔でお互いに顔を見合わせる。ちらっと伺うように三つ子を見れば「分かりますか」とキーン。
「あなたたちも?」
「っす。そのチキンは、俺らが採って来て、さばいたんすよ」
「テリーヌとかパイの材料も俺ちゃんたちが採ってきたヤツだし」
目をまん丸にしたハロルドへ、カーンとクーンが生ぬるい顔で答えた。採るトコロから手伝ったとは……ご苦労様でした。
ここまで、お読みくださりありがとうございました。
一足早く、作中はクリスマスもどきです。




