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お茶会はテストの後で 1

お貴族様の習慣や身分差に関係するあれやこれ……難しいですね

 さて、無事に試験も終わりました。結果は……考えないようにしましょう。

 これからは、楽しいお茶会の時間なのだもの。

 テスト勉強と並行して、お茶会の準備を進めるのはちょっと大変だったけど、良い息抜きでもあったわ。

 お茶会は、お招きするお客様の事を考えながら、あれこれと準備をするのも楽しいのよ。


 

 今日のお客様は、クラブ・クリスティーンのメンバーと、ミシェル階段落ち未遂事件の調査に関わった生徒、それにベル。人数は、あたしを含めると16人になった。

 お茶会のコンセプトは、フランク・クリスティーの代表作『伯爵探偵ルオト・カイネン』の世界。会場に選んだのは、図書室。主人公カイネン伯爵の書斎をイメージしてみたのよ。



 図書室は、普段は飲食禁止だけれど、お茶会の会場として使いたいと申請すれば、図書室の本には触らないという条件付きで許可が下りる。もともと図書室の机は、学校でお馴染みの長方形の6人掛けの机ではなく、4人掛けくらいの丸テーブルが置かれているので、書斎をイメージしたセッティングもそれほど難しくない。

 クラブ・クリスティーンのメンバーなら、きっと喜んでくれるはずだ。



 用意した軽食は、カイネン伯爵が好きなミートパイとサンドイッチ。それに、ジャムとクリームを添えたスコーン、ビスケット、パウンドケーキ。桃とオレンジも用意してある。

 お茶は、紅茶とコーヒー。ブドウジュースを使った、なんちゃってサングリアも準備。



 テーブルフラワーは、チェリーピンクのダリアをメインに花瓶に生けてもらっている。これは、ダリアの君の愛称を持つ、ベルを意識したもの。

 ベルもフランクの作品は読んでいるそうだし、今日は、伯爵探偵談義に花を咲かせる予定よ。それに、階段落ち未遂事件の調査についても、興味があるし。今から楽しみだわ。


「あの……準備ができました」

「まあ、素敵! とてもよく似合っているわね!」

 会場のチェックをしていたあたしは振り返り、声の主に笑いかける。

 彼は、某劇場付きのバイオリニストで、名前はサルミ。

 彼とはチャリティーコンサートで知り合い、その後もチャリティーで顔を合わせる機会に恵まれ、余興の頼み事をできるくらいの間柄になった。



 サラサラのダークブラウンの髪に、とび色の目を持つ彼は、かなりのイケメン。バイオリンを演奏している時の彼の顔は、眼福の一言に尽きるわ。ある種のストイックさから来る色気って言うの? フェロモンみたいなむんむんとしたものじゃなくて、もっとこうかすかに漂うような……

「レディ・マリエール? どうかしましたか?」

 は! いかんいかん。彼が演奏している時の姿を思い出して、トリップしてしまったわ。



 サルミに比べれば、10代半ばのイケメンなんて、やっぱり子供だわ。厚みがないのよね、厚みが。彼、結構苦労しているらしいし、それが彼の魅力にも通じているのだと思うわ。



「何でもないのよ。サルミ、伯爵探偵のシリーズは、読んでもらえたかしら?」

 彼をお茶会に呼んだのは、カイネン伯爵は一流のバイオリニストだから。

 サルミに伯爵役をしてもらおうと思いついたのよ。我ながら良いアイディアだと思うわ。

 バイオリンの腕もさることながら、今言った通り、サルミってば美形なんだもの。キャスティングとしても、悪くないと思うのよ。サルミの予定が空いていて、良かったわ。



「ええ、もちろん。文芸部の友人から薦められていたんですが、なかなか読む機会がなくて。推理小説って面白いですね。夢中で読みましたよ。謎が解けた時には、そうだったんだ! って、思わず膝を叩いてしまいました」

 サルミと伯爵は、バイオリンという共通点の他にもう1つ、頭の上がらないお姉さんがいる、という共通点があるのだそうだ。

 もう結婚していて家を出ているのに、しょっちゅう家に戻って来て、バイオリンの演奏をねだるというところも同じらしい。



「僕は彼ほど頭の回転は良くないけれど、親近感を持ちましたよ。──ところで、本当にこの衣装、頂いてしまっていいんですか?」

「ええ、もちろんよ。あなたの裁量で好きにしてくれて構わないわ」

 伯爵カイネンをイメージして用意させた衣装は、キャメルの革靴に生成り色のパンツ。白に近いシャツに、銀のストライプ模様のガーネット色のネクタイ、紺色のベストだ。

 彼が恐縮しているのは、劇場付きのバイオリニストでは、パトロンもつかず、こういうプレゼントをもらう事に慣れていないからだろう。



 時々、それを変な風に解釈して卑屈になってしまう人もいるけど、サルミなら大丈夫。

 今は舞台の衣装だけど、いつかは自分の服だと言えるようになってみせると、そういう気概を持っている人だ。きっと、劇場を飛び出して、ビッグネームになってくれるに違いない。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 あたしは笑うと、軽く手を打った。



「それじゃあ、手順を確認するわね。お客様をお迎えしたら、あなたはバイオリンでおもてなし。演奏が終わったら、メイドがあなたを呼びに来るわ。『伯爵、コレクションを売りたいとおっしゃる、お客様がお見えになられています』ってね」

「そこで、僕は『おっと、それは大変。気が変わらないうちに、商談をまとめなくては。では、私はこれで失礼させていただきますが、皆さまはごゆっくり』と言って、出て行けばいいんですね?」

「そうよ。それであなたの仕事は終わり。でも、できれば、その後、ジャスミンたちのお茶会に付き合ってもらえると嬉しいわ」

「小母さんと若い娘の世間話に付き合ってもらえるかしら? 劇場の話を聞かせていただきたいの」

 伯爵役の彼は、某劇場の音楽団員だ。劇場であったあれやこれ、話題の女優や俳優のあれやこれなど、女性にとって、興味の尽きない業界である。

「話せる範囲で良ければ喜んで」

「ありがとう。嬉しいわ」

 ジャスミンは、嬉しそうに笑う。ハンナとカーラも大喜びに違いない。イケメンとおしゃべりしながら、お茶を飲めるなんて最高だもの。



 壁の時計を見れば、そろそろ3時。お客様がお見えになる時間だ。足りない物はないか、おかしい所はないか、ジャスミンとチェックしていると、

「マリエール。1つ頼まれてくれ」

 上から目線のその声は、愚兄ヴィクトリアスの物だ。

 緩やかなウエーブを描く長い金髪を、緑のリボンで軽く1つに束ねた、フェロモン過剰の美形が、愚兄である。制服は少し着崩して、鎖骨を覗かせているのが確信犯的だ。



 その後ろに、目を潤ませ、右手を軽く握って口元にあてている、ミシェルが見える。ヒロインを連れている以上、嫌な予感しかしない。警戒しながら、

「兄上が、わたしに?」先を促せば、

「今日の茶会、ミシェルも参加させてくれ」

 やっぱり、そういう事か。だが──っ

「お断りいたします」



「っな、んだと──っ! お前はっ、庶民や他の貴族の令嬢は招待しておきながら、ミシェルを招待しないのはどういう訳だっ!?」

「お茶会お招きするお客様を決めるのは、主催者たるこのわたしが決める事ですわ。兄上にご指図いただくいわれはございません」

「……やっぱり、マリエール様はあたしの事……。だから──」

 ミシェルの目が一層、ウルウルと涙をたたえて揺れ動く。



 はっきり言って、ウザイ。っていうか、マリエール様って……どれだけ失礼な事をしてるのか、分ってんの? アンタ。

 貴族籍にある女性の名前の前に付ける『レディ』は、称号なのよ。称号! 伯爵とか侯爵とかとほぼ同じ扱いなの! それだけじゃないわ。下の者から上の者に声をかけるのも、失礼な行為なのよ。社会の常識でしょ! 



 あたしはこれ見よがしにため息を吐き、

「……そこまでおっしゃるなら、構いませんわ。 本日、お招きしたのはクラブ・クスリティーンの方々とその協力者ですけど、よろしくて? 先日のとある事件について詳しく調査をなさった方々ですわ。皆さん、まだまだ調査が不十分だと考えておいでのようですから、歓迎して下さるでしょう。あなた、質問攻めにされますわよ。よろしいのね?」

「えっ……!?」

 ミシェルの目が驚きに見開かれた。



 参加したなら、たちまち事情聴取が始まって、細かい事を根掘り葉掘り聞かれるはずだ。キアランの聴取は、節穴王子の名にふさわしく、抜け穴だらけだったみたいだから。ぎょっとしたのは、愚兄も同じで、

「何だと──! マリエール、お前、そんな連ちゅ……」

「わたしにかけられた嫌疑を晴らして下さったのですから、これくらいの事、当然かと。あの方たちのお蔭で、わたしは侯爵家の娘として恥ずかしい行いはしていないと証明されましたわ。兄上からもぜひ、礼を述べて頂きたいのですけれど? 侯爵家の跡取りとして」

「ぐっ……」



 愚兄が、悔しそうに顔をゆがめて黙る。

「ああ、そうですわ。兄上、どうも噂によるとわたしに嫌疑をかけたのはキアラン殿下だそうですね。例え婚約者でも、我が家の家名に傷を付けたのですから、侯爵家に連なる者として、正式に謝罪を要求して下さいましね? わたしから申し上げれば角が立ってしまいますので、黙っておりますけれど。ですが、このままでは、我が家の沽券にかかわるかと──」

「うぐぐぐ……」



 歯ぎしりが聞こえてきそうですわよ、兄上サマ。せっかくの美形が3割減です。

 ヴィクトリアスは、常日頃からマリエールに対しては「侯爵家の人間として恥ずかしくない行いを」と、まるで呪文のように繰り返している。

 となれば、彼自身もマリエールから「侯爵家の人間として恥ずかしくない行い」を求められるのも当然と言えば当然の事。



 あたしにはさせるくせに、自分はしないつもりかと……!

 キアランの邪推は、シオン侯爵家をないがしろにされたようなもの。

 抗議しないという事は、誇りを傷つけられたと思っていない、あるいは構わないと思っている、と周囲に受け取られても仕方のない事である。

 それは、侯爵家にとってマイナスにしかならない。



 あたしは「お願いいたしましたわよ? 兄上」にっこり笑ってやった。

 ここに、ヒロイン様がいる以上、返事は期待していないけど。



 せっかくだから、ミシェルにも嫌味を言ってやろう。

「あなた、お部屋に届けさせたお花はお気に召さなかったのかしら?」

「え……?」

「怪我はなくても、恐ろしい思いをなさったのだから、慰めになればと思い、手配させたのだけど──?」

 仮にも侯爵令嬢から贈られたのだ。身分差云々を抜きにしても、礼を言うのが人として当たり前の事では?



「ああそれから……」

「っ! あぁ、あたし! 用事があったんです。たった今、思い出したので、これで、失礼させていただきますっ!」

 ミシェルは、ばね仕掛けのおもちゃのような勢いで頭を下げると、そのまま、猛スピードで逃げて行った。はっやいなー。さすが、武闘派ヒロイン(推測)



 後に残された、あたしを含めた4人は、全員、目がテンだわよ。

 一体、何がしたかったの? ヒロイン様。


ここまで、お読みくださりありがとうございました。

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