昼下がりの公園で 1
初投稿です。巷で流行りの『乙女ゲーム』『ざまァ(ぷち)』に乗っかってみることにしました。
更新は、亀になるかと思われますが、よろしくお願いします。
あれは、いつの事だったかしら。
まだ、夏の暑さが残る、休日の午後だった事は覚えているわ。
当時の私は、婚約者のキアラン殿下の事で頭を悩ませていた。
あの日もそう。悩み事を誰かに打ち明ける事もできなくて、私は一人、クイーン・セントラルパークのベンチで座り込んでいたの。
私の気持ちとは正反対のとてもいい天気で、散策を楽しむ人たちはみんな、楽しそうに笑っていた。私と言えば、そんな中で世界中の不幸を一身に背負ったような顔をして、通り過ぎる彼らを恨めしくも思っていた。
「おねえちゃ? どちたの? ぽんぽ、いちゃいの?」
「え?」
そんな私に話しかけてきてくれたのは、小さな女のコだった。くりっとした愛らしい目は、黒ブドウのよう。青みがかった黒いベストとコットンのシャツ。ゆったりとしたパンツを履いた女の子は、その可愛らしい顔を泣きそうにゆがめて、
「おねえちゃ、いちゃいいちゃいちぇ、おかおちてゆ。ぽんぽ、いちゃいの?」
ぽんぽ、とはお腹のことだろう。私は笑って、
「いいえ。お腹は痛くないわ。大丈夫よ。何でもないの」
と、答えたのだけれど──女のコの気遣いが嬉しかったのか、今までこらえていた涙腺のフタを外してしまったらしい。気が付けば、ぼろぼろと涙をこぼしてしまっていた。
「ぁう?! ち、ちーちゃ! ちーちゃ、たいへん! おねえちゃが、ぽんぽいちゃいって!」
女のコは、血相を変えてちーちゃ、なる人物を呼びに行ってしまった。私は、大丈夫だからと追いかける事もできずに、その場でぼろぼろと涙をこぼすことしかできなかった。
どれくらい、経っただろう。たぶん、時間としては5分も経っていなかったはずだ。
「あ~らら。これは、大洪水だねえ」
「おねえちゃ、ぽんぽいちゃいって! どーちよ、ちーちゃ!?」
「はいはい。大丈夫、大丈夫。隣、いいかな?」
さっきの女のコと一緒にやって来たのは、薄緑色のシャツに黒く長いベストに袖を通し、黒いパンツを履いた、20代半ばの青年だった。
彼は、人好きの笑みを浮かべながら、私の隣を指さした。
「えっええ。どうぞ」
少し横にずれると、彼は「ありがとう」と言って、私の隣の腰を下ろし、あんまり上等な品じゃないけど、よかったらとハンカチを差し出してくれた。
「お気遣い、ありがとうございます」
「どういたしまして」
彼が差し出してくれたハンカチからは、石鹸の匂いがした。男物なので、少し大きいけれど、私はそれをありがたく使わせてもらい、ようやく涙を止めることができた。
その間に彼は、女の子を抱き上げ、自分の膝の上に座らせ、「お菓子食べていいよ」と女の子の頭を撫でた。女の子は嬉しそうに笑い、大振りのポシェットからお菓子を取り出す。
「あい、おねえちゃにもあげゆね」
「ありがとう。いただくわ」
女の子が渡してくれたのは、ピンクと黄色の棒型ねじり飴。嘗めれば、飴の甘味が口の中に広がっていく。ねじり飴を食べるのは、ずいぶん久しぶりだわ。
「初めまして。マリエール・シオン侯爵令嬢。俺はチトセ・ルドラッシュ。この子は、イブキ・ナスタティ・ソール。ちっこいから、ちびこって呼んでるけどね。あなたも、そんな感じで呼んでやってほしいな」
「ミスタ・ルドラッシュとちびちゃん、ですね」
「あ~……慣れないからチトセって呼んでもらえる方が嬉しいな。あなたは、レディ・マリエールって呼ばなくちゃいけないんだっけ?」
「社交界のルールに倣うなら、そうですね」私は頷き、
「チトセさん。私を侯爵令嬢と知って声をかけたのは何故です?」
彼はどう見ても爵位を持たない、平民だ。一般的に、平民の方から貴族に声をかけるのは、無礼な行為だとされている。私自身、そういう決まり事にそれほど重きを置いていないけれど、それでも時と場合による。
「ん? お姉ちゃんが、お腹痛いって泣いてるって、ちびこに呼ばれたからねえ」
「おっ、お腹は痛くありません」
「痛いのは、別の場所だよねえ」
「っ!?」
意味ありげな彼の言葉に、私は反射的に背を反らした。
「あぁ、心配しないで。俺はあなたの頭痛の種とは無縁だから。俺は、こういう者です」
ベストの内ポケットから取り出されたのは名刺ケース。そこから彼は、一枚の名刺を抜き取り、私に手渡した。
『リッテ商会 副会長 チトセ・ルドラッシュ』
女性と獅子の横顔が描かれたエンブレムは、確かにリッテ商会のもの。
「貴方、あのリッテ商会の方なんですの──!?」
「そう。ちなみに、ちびこも、うちの社員だよ。名誉顧問っていう役職」
「あい。わたちはちょっぴりえやくて、ちゅよいのだー!」
ちびちゃんは、得意げな顔をして、嘗めていた棒型ねじり飴を高く上げる。
「……色々規格外の商会だとは聞いておりますけれど……」
「まあね」チトセさんは苦笑を浮かべ
「俺たちはね、常に優秀な人材を探しているんだよ。その人材探しの場所として、学園は悪くないと思わないかい?」
私が通う学園は、入学試験合格者であれば、学費・寮費無料で、誰でも通うことが許された我が国唯一の教育機関だ。──他の教育機関は、多額の寄付金が必要だったり、貴族であること、あるいは貴族からの紹介状が必要だったりと、条件が付けられる。
「そう……ですわね」
「今年の卒業生で、俺たちが目をつけたのは、あなたなんだ。あなたをリッテ商会で雇いたくてね、無礼を承知で声をかけさせてもらったんだよ、新城 真理江さん」
「っ!? どうして……っ?!」
その名前は、教皇サジリウス3世ほか、片手で足りるほどの人間しか知らないはず……。
「壁に耳あり障子に目ありってね。誰にも言わないで秘密をずっと抱えていることができる人間なんて、そう滅多といないよ。たとえそれが、聖職者であってもね」
私が、マリエール・シオン侯爵令嬢になったのは、今から12年ほど前のことだ。
日本でOLをしていた私は、突然、光の渦に包まれ、この世界に呼ばれた。5歳児くらいに若返る、というおまけ付きで。
マリエールという名前は、私が教会の保護下にある事を示すペンダントと一緒に、教皇様が授けて下さったものだ。
「情報整理もかねて、あまり気分のいい話じゃないだろうけど、あなたの身に起きた事を時系列順に、並べていこうか。あなたが知らない事もあるかも知れないし」
「え、ええ……」
一体、この人は何をどこまで知っているのか。得体の知れない彼に、少しだけ恐怖を覚えた。