そもそも、私は呼ばれてませんからっ
一気に書き上げました。設定などがゆるゆるなので、ご容赦下さい。
ほんと、いい加減にして欲しい。
「あぁ、愛しいターナ。まだこんな所にいたのかい?さあ、ドレスを用意したから、早く着替えて?」
さり気なく背中のファスナーを下ろそうとするな。
「もう、僕のターナは甘えん坊だね。着替えよりも僕とイチャイチャしてたいの?」
誰が、お前のだっ!誰がっ!
イチャイチャしようとしてるんじゃないっ!不埒なお前の手を止めようとしてるんだ。
「こーら、ワガママ言わないの。もう始まっちゃってるんだよ?」
いつ私がワガママを言ったっ!
私はいつも極力、お前に関わらない様にしてきたはずだ。
「綺麗だよ、ターナ。あぁ、本当にすっぽかして、僕だけのターナにしてしまいたくなるよ」
ああ、結局こいつの手で着替えさせられてしまった…。
絶対に、お前のモノにだけはなりたくない。
「ターナの準備が整った。急ぎ、城へ向かえ」
「「「はっ!」」」
式典様の騎士服を纏った上級騎士たちを従えて、ぞんざいに言い放つこの男は、一体何様のつもりだ。
いや…王弟様か。
「ケイン様…本当にこのままで行かれるんですか…」
騎士たちの中でも、一際胸に輝く勲章が多い男が、呆れ顔で王弟ケインに問いかける。
「なんだ、サーズウェル。文句でもあるのか」
「いや、文句というか…おかしいでしょ。ターナ様の口元ガムテープでガッチガチじゃないですか!」
「んーーっんーーっ」
やっとこの異変に突っ込んでくれる人がいたか!と必死で首を降ってこのガムテープを外せと訴えかける。
「仕方ないだろう。ターナは口を開くとすぐに転移の呪文を唱えるんだ。俺だってターナに口付けることが出来なくて辛いんだよ」
「んんんんーーーっっっ!!!」
コノヤローッッッ!!!と叫んでみても、塞がれたままでは言葉は鼻から出る音にしかならない。
「手だって、こんな頑丈にロープで結ばなくても…」
そう、悲しいかな、私の両手は罪人の様にロープで一纏めにされている。
「自由にしておくと、すぐに魔法陣を編み出して、どこかへ転移してしまうからな」
「んんんんんんっんんんんーーーっっっ!!!」
あたりまえだっコノヤローーーッッッ!!!
誰が好んでお前の側にいるかっ!!
「ケイン様、よっぽどターナ様に嫌われてるんですね」
「ハッ、まさか。ターナは恥ずかしがり屋なんだよ。素直になれない、そんなところもターナの魅力だ」
「…あ…、左様で…」
何を言っても無駄だと思ったのか、サーズウェルは私に向けて、少し申し訳なさそうな顔をしてから私たちの乗った馬車を城へ出発させた。
夜だというのに、王城の周りは色とりどりの光で溢れている。
この国の魔女たちが、今日の日の為に用意した魔法のランプのおかげだ。
「着きましたよ」
サーズウェルの言葉で、ケインが私を抱き上げて馬車を降りる。
長時間口と手を塞がれて、私はぐったりとしていた。
だがまだ諦めた訳ではない。
会場に入ったら、必ずロープもガムテープも外されるはずだからだ。
王の初の御子で、しかも王子の誕生を祝うこの席で、縛られたままの女を連れて行くはずがない。
チャンスは一度きり。受付から会場に入るまでが勝負だ。
「王弟ケイン様、大魔女ターナ様、どうぞお通り下さい」
受付の騎士たちに促されて、ケインが会場へと進む。
「さあ、ロープとガムテープを外そうね。分かっていると思うけど、会場の中での魔法の私用は禁止されているからね。魔法を使えるのは王子への祝福だけだよ」
幼い子に諭すかのように言われ、一瞬ムッとするが、なんとか堪えて頷く。
「いい子」
うっとりとした顔で、私の頭を撫でるケインに大人しく従う私。
狙っているのだ。一瞬の隙を。
しゅるしゅるる。
まずはロープを外された。
長く固定されていた手を、グーパーグーパーと動かす。
よし、なんとか素早く魔方陣を描けるだろう。
普段なら、魔法陣だけで転移など簡単にできるけど、王城には安全対策として、魔法制御の結界が張られている。
呪文と魔法陣、両方が揃わないと転移が出来ない。
べりっべりりりりっ。
ガムテープがゆっくりと剥がされた。
テープで引っ張られた口元が少しヒリヒリとするが、それどころではない。
今だっ!!!
「紡げ!光の道っ!!」
唱えながら、指先を空中に踊らせる。
描けたっ!後は光に包まれるだけっ───。
「あれ、やっぱり気付いてなかった?このドレス、魔法封じの繭で出来てるんだ。だから、使えないよ?魔法」
にっこりと微笑んで、しかし目だけは冷やかなケインが、頬に触れる。
「おいた、しちゃったねぇ」
こわいっこわいこわいこわいっ!!!
ひんやりと冷たいケインと指先は、私の唇をなぞる。
「震えてる。…僕が怖い?」
ここで頷けたら、どんなに良いだろう。
大魔女としてのプライドが、それを許さない。
震えながらも睨みつける私に、ケインは笑う。
「良いよ。今のは見なかったことにしてあげる。でもその代わり…ターナから僕に、キスをして」
ああ、この男は、なんて酷い。
私のプライドを、悉くへし折っていく。
「……かがんで」
せめてもの反抗に、戸惑ってなんてやらない。
キスなんてどうってことないって、簡単に出来るんだって、見せつけてやる。
少しだけ目を広げて、面白そうに口元を緩めたケインが、私の目線に合わせて身体を屈める。
ちゅ。
ケインの薄い唇に、自分のそれを合わせる。
固そうに見えたケインの唇に、意外な柔らかさを感じて、バッと離れる。
しまった。
なんてことないって風にしたかったのに、離れる時に素が出てしまった。
だって、びっくりした。
男の人の唇が柔らかいなんて、知らなかったんだもん。
「可愛いね、ターナ」
今度は目までも微笑んで、ケインは再び私を抱き上げる。
「さあ、パーティーを楽しもうか」
扉を開ければ、会場は軽やかな音楽と、にこやかな雰囲気に包まれていた。
『では、この国の三人の魔女から、王子へ祝福の魔法を掛けていただきましょう』
司会の進行で、魔女三人が王子を抱いた王妃の前へ立つ。
「私は世界一の美しさを」
「私は歌の才能を」
次々と王子へ祝福の魔法が掛けられる。
魔法、と言っても制御が掛かった王城では、本来の力を出せないので、お守り程度の力だ。
儀式的なもので、王の御子のお披露目の場では恒例の行事となっていた。
三人目の魔女が王子へ魔法を掛けようとしたその時、司会がケインに抱かれたターナの存在に気付く。
『おおっ。これは大魔女ターナ様です!王弟ケイン様と共に、王子の祝福に参られたのでしょう!さあ、こちらへっ』
頼んでも無いのに、近くの給仕が王子の元まで私たちを案内する。
『せっかくですから大魔女ターナ様にも、王子へ祝福の魔法を掛けていただきましょう!』
何がせっかくだっ。勝手なことを言ってっ!!
高らかに言い放った司会に、会場の列席者たちは拍手をしている。
これではもう、引くに引けない。
「まあっ。ターナ、あなたは来ないはずでは…」
王妃がターナの姿を見て目を見開いている。
無理もない。
今夜のパーティーの列席者を選んだのは、王妃だからだ。
招待状を送っていない私が、この場に現れるなど思ってもみなかったことだろう。
私だって思って無かった。
「はぁ。私もそのつもりだったんですが…」
チラリとケインを見ながら答えると、王妃はケインをキッと睨んで怒鳴った。
「またケイン様ですねっ!!妹は来ないと伝えたはずでしょうっ」
そう、王妃は私の姉だ。
「何を異なことを。義姉上、ターナはあなたの妹君。王子にとっては叔母にあたるのですよ。しかも大魔女でもある。欠席するなど、許された話ではない」
甥っ子への祝福はすでに済ませ、パーティーが苦手で、尚且つ王弟に会いたくなかった私は、姉に頼んでパーティーの出席を免れた。
「ですから、それについてはすでに説明しましたでしょうっ。王子への大魔女としての祝福はすでにいただいたし、今回のパーティーの列席者については、私に権限が与えられていると」
「ええ、しかし身内は出席するのが当然でしょう?」
「身内と言っても、私の実家は外戚。王妃の妹は王子の身内とは言わないでしょうっ」
「王妃の身内でも、王子の身内でもありません。ターナは私の身内ですよ」
「「はあっ!?」」
姉と二人で揃ってしまった。
「ターナは私の婚約者として、このパーティーに出席しているのです」
この男は、今何と言った?
コンヤクシャ…?婚約…婚約者っ!?!?
パーティーの列席者たちも、ケインの発言に驚いている。
「何をバカなっ!」
「本当だよ、サラ。ターナはケインの婚約者だ」
それまで口を挟まず静観していた王が、王妃の興奮を宥めるようにゆっくりとした口調で言う。
「「はあっ!?」」
「こらこら、二人共お行儀が悪いよ」
顎が外れんばかりに開かれた私たちの口を、王が指摘する。
「陛下っ、私はそんなこと聞いておりませんよっ!」
姉が王に詰め寄る。
「え?言ったよ。ほら、王子を出産してからようやく共寝が解禁された晩に、ベッドの上で」
「っ!へっ陛下っ!」
「ケインがターナと婚約したいって言ってるけど、良いかな?って聞いたら、『イイッ』って言ったじゃないか」
そ、それって……。
「へへへへ陛下っ!妹の前で止めてくださいっ!そんなのっ反則でしょっ」
顔を真っ赤にして、姉が叫ぶも、王は知らんぷり。
というか、赤面する姉を見て、明らかに楽しんでいる。
似たもの兄弟め……。
「ね。ターナは僕の婚約者としてパーティーに出席しなきゃいけないんだよ」
しれっと言うこの男には、本当に腹が立つ。
「そもそも…」
「ん?」
「そもそも、私は呼ばれてませんからっ。普通、婚約者と言えど、招待状は送られてきて然るべきなのでは?それを持ってない私は、出席する資格がない…ってことで、私は帰りますっ!」
ケインの腕をペシペシ叩いて、降りようともがく。
「バカだなあ。僕たちちゃんと受付を通ってきたじゃないか。招待状が無ければ、止められているはずだよ」
ケインは私のぺしぺし攻撃をものともせず、私を抱いたまま懐から白い封筒を取り出す。
金字で綴られた宛名には、ターナ様の文字。
これは───。
「はい。ターナの招待状。僕がエスコートするつもりだったから、最初から僕が持っていたんだよ」
なんと…。
最初から、この男は私を…。
「皆さん、お騒がせ致しました。私、ケイン・アン・アルバラート・ザイラスは、大魔女ターナ・シス・クロウレッドと婚約致しました。王子殿下のお披露目の間をお借りして、ご報告させて頂きます」
列席者たちに向けて宣言すると、会場は割れんばかりの拍手に包まれる。
「ケイン、おめでとう。サラも妹とまた一緒に住むことが出来て良かったな。子供も産まれたし、妹も近くにいる。もう逃げ出そうなどと思うなよ」
姉と私にだけ見えるように、王は穏やかだった表情を、腹黒い笑みに変えて言う。
「ありがとう、兄上。僕たちも早く子供を作ってしまおうか?」
ケインも兄に劣らず、腹黒い笑顔で私の腹部を擦ってくる。
「お、お姉様っ」
「タッ、ターナッ!ケイン様っ!妹は大魔女と言っても、まだ7歳なんですよっ!!慎んでくださいっ!」
怖い男たちに挟まれて、ガクブル震えながらも私を守ってケインを諫める姉。
「そうだねぇ。僕のは、まだ無理かなぁ。いっぱい食べて早く大きくなろうね、ターナ」
何が無理なのか、怖くて知りたくもない。
ああ、なんでこんな男に目をつけられてしまったのか。
生れながらの大魔女として、初めて登城したのが4歳の時。
付き添いで一緒にいた姉は、当時王太子だった王に攫われて、私は気付けばケインの私室に通されていた。
何も姉妹揃って、こんな腹黒執着兄弟に捕まらなくてもいいのに……。
残った三人目の魔女の祝福、私たちに掛けてくれないかな…魔除けとして。
大魔女の私の実力をもってしても、払えない最大の『魔』は、この先もずっと私の一番近くにいることになるなんて、私はまだ信じたく無かった…。