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案山子物語  作者: 冬霞
3/3

第3話

『秘剣・案山子返し』

多重案山子屈折現象によって生じる三体の案山子による不可避の“三案山子同時攻撃”。

おそろしい‥‥でもそれ以上にかなしい技。日常が案山子だったはず‥‥今こうして笑顔でいられるのが奇跡的なぐらい。


「たまさか鼬を斬ろうと思ってな。しかし奴らは素早い。こちらの動きを読んで前後左右に身を躱す。線に過ぎぬ我が案山子では捉えられぬも道理よ。

 しかし他にやることもなかったのでな。一念、閻魔に通ず。この通りよ」

 

 

 東風谷早苗は不機嫌であった。

 正確に言えば、特別不機嫌であった。

 これは珍しいことだった。別段、彼女は怒ったことがないわけではない。というか、割合すぐに沸騰するタイプだろう。ただ、水と違って沸騰した後はすぐに冷めるのが東風谷早苗であった。

 だからこうやって、朝から不機嫌をバラ撒いて黙り込んでいる彼女は非常に珍しいのである。

 級友達も中々話しかけることが出来ない。そもそも彼女は奇天烈で破天荒な言動から普段は少し距離を置かれているのだが。

 

 

「‥‥早苗ちゃん? どうしたの、そんな眉間に皺寄せて。何かあった?」


 

 恐い、というか触ったら何が出てくるか分からない。そんな爆弾に触りに行かされたのは案の定、普段から早苗の扱いに慣れている者であった。守田(もりた)瑞穂(みづほ)。早苗の幼なじみであり、東風谷家の傍流の家に生まれた少女である。

 諏訪大社は諏訪明神とも呼ばれ、古くは風と水の守護神であり、五穀豊穣を祈る神を祀る社である。また戦の神としての側面も持ち、一方で現在では生命の根源と生活の源を守る神とも呼ばれている。

 しかし一般的に、観光客が盛んに訪れている諏訪大社に御柱はいない。アレは、ただの伽藍洞なのだ。

 形骸ではないが、伽藍洞。彼処は主神である建御名方神(タケミナカタノカミ)の住処。とうの昔に何処ぞへ去なくなってしまった主神の。

 まだ現代で生き延びている数少ない本物の神様、八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)と洩矢神は、ご存じ、この片田舎にある東風谷の社で隠遁生活。

 比較的大きな社である諏訪大社の血族全てを見渡しても、二柱の姿が見えて、声も聞けて、話が出来るなんて逸材は早苗一人きりだから、である。どんなに厳しい修行を経た宮司でも二柱の存在を感じることは出来ず、それは瑞穂も同じだった。

 手習いがてら儀式の手伝いぐらいは出来るが、彼女も決定的に“早苗とは違う”。

 心優しい二人だから、それが大きな確執になるということはなかったが‥‥。


 

「‥‥瑞穂ちゃんには分からないんです。御二柱の御声も聞こえない信仰の浅い巫女さんには」


「また拗ねちゃってる。あー、こういう時の早苗ちゃんは私でも手に負えないよぅ‥‥」


 

 相当に機嫌が悪いらしい。

 わりと普段から早苗はこの手の話題で幼馴染みに厭味を言っていた。まぁ普段は「そんなことだから御二柱の御声も聞こえないんですよっ! なんでもっと熱くならないんですかっ!」といった調子なのが「御二柱の御声も聞こえないくせに」というトゲトゲしたものに変わっている。

 このぐらいなら、まだ優しい。というか易しい。一度早苗を本気で怒らせたときのことを思い出すと、瑞穂は今でも目の前の自称現人神(あらひとがみ)に全速力で平服したくなる。

 早苗の言うところの御二柱を目の前に、土下座しながら延々と説教を聞かされる始末。あのときだけは、御二柱の声が聞こえたような気がする。「早苗、そのぐらいでいいからホント許してやって、もういいから」ってな感じで。


 

(早苗ちゃんも真剣だし、私も“そういう家”の子だし、信じよう信じようとは思ってるんだけど‥‥)


 

 早苗に言わせれば信仰とは魂から生じるもの。心でどれだけ真剣に信じても、魂から信じてないなら信仰が生まれないらしい。

 瑞穂も冷めた少女ではない。本人の中では信仰はしっかりとある、つもりなのである。しかしそれは真に信じて、仰いでいるわけではなく。

 つまるところ早苗流の言い方では“魂が伴っていない”わけで。その認識の違い、実際に早苗と違って御二柱が見えないという事実が瑞穂はもどかしいばかりであった。


 

「ていうことは、今度は御二柱絡み? もしかして、喧嘩でもしたの?」


「‥‥‥‥」


 

 もし本当なら、それはとても久しぶりのことだと瑞穂は少し驚いた。

 早苗は下手すれば実の両親よりも御二柱を慕っていて、それはもうべったりと言っても過言ではない。イマイチ御二柱の教育の成果というのが見えてこない破天荒な性格に育ってしまったが‥‥。随分と昔、一緒に遊んでいた時分は、実は瑞穂も御二柱と一緒にいたわけだ。

 両親も両親で御二柱には相当にお世話になっている。なにせ早苗が言うことを聞かないときには「御二柱に嫌われちゃうよ」と諭していたのだから。もっとも彼女が後で御二柱自身に「きらいにならない‥‥?」などと聞いてしまうから効果の程は知れたものなのだが。


 

「別に、御二柱と喧嘩したわけじゃあないです。なんというか、思い通りにいかないことがあったもので」


「いつものことでしょ、早苗ちゃんの『守矢神社復興計画シリーズ』が頓挫するのは」


「あれは頓挫してるわけではなくて、もっと首尾よくいく計画を思いついたから凍結してるだけです! いいですか瑞穂ちゃん、また週末にはビラ撒きに行くんですからね! 今度は桜の木を無理やり咲かせて花吹雪をバックにチラシを配るんです!」


「また祝詞の途中でクシャミして台無しになる、にガジガジ君一本」


「じゃあ私は成功する方にドンと二本‥‥あ、ちょっと待って。チラシ刷っちゃったから今月のお小遣いが」


「情けないよぅ早苗ちゃん‥‥」


 

 バイト禁止の校則のせいで、早苗の布教活動による懐へのダメージは重い。そもそもこんなドがつく田舎で高校生のバイト先なんかあるわけがなく、御二柱が見えない宮司達の執り行う神事が大嫌いな早苗。実家の手伝いなんてろくにしないから、お手伝いの駄賃も頼れなかった。

 いくらネット通販が発達しているとはいえ田舎の娯楽はそんなに多くはない。そもそも早苗が実家の手伝いをしないのは前述のことも原因だが、御二柱達自身から神事の修行を受けているのもある。ちょっとばかりの“お人形集め”と“テレビ鑑賞”ぐらいが趣味で、ではどこに金を使っているかといえば、それは布教活動なのだ。

 まとまった量のチラシを刷るだけでも女子高生には大きな出費だ。実のところ、繁華街に出てカラオケで遊ぶといったささやかなお小遣いすら吹き飛んでいる。


 

「早苗ちゃんの“奇跡”って成功した試しがないよねぇ」


「何故か必ず何かの邪魔が入って失敗するんですよね。これはゴル⚪︎ムの仕業ですよ絶対」


「空飛べるって言ってたじゃない。飛べば一発で信じてくれるのに、どうして飛ばないの?」


「‥‥人に見られてると飛べないんですよ。理由は、わからないけど」


 

 普段から誰もいない山道や田舎道を車のような速度でカッ飛ばしている早苗だから、信仰を得たいなら単純に空を飛べばいいじゃないか。そんなことは百も承知だ。

 しかし飛べない。人がいるところでは、飛べないのだ。いつも周りを気にして飛んでいるのは別に空を飛べることを知られたくないわけではない。単純に、見られたら落ちてしまうから。かなり昔、両親相手にやって大怪我したことがあるから神経質にもなる。

 先ほど桜を咲かせると豪語したのは、あからさまにおかしいが、決定的に不思議ではない奇跡だからである。この程度ならイケるだろうという目論見だった。もちろん成功するかは分からない。基本的に、早苗が衆目を前に奇跡を起こそうとして成功したことはない。


 

「いいですよもう、どうせ私なんかダメダメ風祝なんです。御二柱の役にも立たず、そこらへんで勉強のできないフツーの女子高生として十把一絡げにされるしかないんです。きっと一山いくらのジャガイモみたいに何処かへ売られてしまうんです」


「あー、今度はダウナーになった。本当に参ってるんだ、早苗ちゃん‥‥。ねぇ、ホントに何があったの? お神輿破壊作戦のときも台風阻止作戦のときも町長立候補事件のときも、こんなに参ってなかったのに」


 

 聞くからにヤバそうな作戦名はさておき、あまりにも心配になった瑞穂は早苗の前の席へ腰を下ろした。

 ちなみに元々そこが瑞穂の席である。授業中でもお構いなしに突然立ち上がっては「閃いた!」なんて叫び出す早苗を止められる位置である。


 

「‥‥まだ話すまでもないことです。フラグがたったら、話しますよ」


「フラググレネード?」


「また昨晩遅くまでゲームしてましたね瑞穂ちゃん。なんでソレが分かってフラグが分からないの。機が熟したらってことです」


 

 朝のHRの鐘が鳴って、担任が入ってくる。一学年一クラスしかないのに、担任はしっかりと一年ごとに変わるから、彼女としてはトンデモない生徒の担任になる日を胃が切れる思いで待っていたことだろう。

 あるいは週の半分ぐらいは寝坊してやって来る担任だから、細かいことは気にしてないかもしれない。適当なHRを受けながら、多くの生徒は早苗と同じクラスで、担任が彼女であったことは案外天命だったんじゃないかと考えていた。

 一方の当人、早苗。前の席に座った瑞穂がチラチラと心配そうにこちらを見てくるのを横目に、少し薄れた不機嫌の代わりにぼんやりとした様子で窓から外を眺めていた。

 

 

「今、飛び出して行っても仕方がないですからねぇ‥‥」


 

 いつも誰かを振り回している自覚はあるんだけれど、振り回されているような事態は初めてだ。

 しかしどうにも気になって仕方がない。

 そんな調子で授業なんて受けるものだから、何回も何回も、指されては答えられずを繰り返す風祝であった。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「――案山子さん、案山子さん!」


「‥‥‥‥あぁ、お嬢さん。こんにちは。朝はごめんなさいね、お話できなくて。お爺さんがいたから、どうにも口が回らなくって」


 

 放課後。

 誰よりも早く学校を飛び出した早苗は、人目につかなくなった瞬間に全速力で宙を駆けて昨日の田んぼへやって来た。


 

「あぁ、やっぱり。私の前でしか喋れないんですね‥‥」


「一人ぼっちで喋って何が楽しいんです? 本当のことを言うとね、お嬢さん。実は昨日貴女に話しかけるまで、ワタシは自分が喋れるってことを知らなかったんですよ。もしかしたら昨日、喋れるようになったのかもしれないけれど」


「いえ、そうじゃなくて。貴方も幻想の生き物だから。多分、幻想を否定する人とは一緒にいられないんです」


「幻想を、否定?」


「はい。私も、他に誰かいたら飛べませんし」


「ふぅむ、なるほど。いや、確かにそうかもしれません。心なしか、意識もおぼろげになるような気もします。歳をとってしまったから、それが原因かと思ったんですけれど」


「付喪神だったら逆じゃないんですか? いえ、わかりませんけど」


「私もわかりませんけど?」


「ダメじゃないですか」


 

 昨日の夜、御二柱の制止をふりきって飛び出した早苗は結局、案山子とは話すことが出来なかった。理由は簡単、老成した雰囲気を持っていた案山子は本物の老人のように、非常に早寝早起きだったのである。

 いくら話しかけてもウンともスンとも‥‥正確には、寝息なのか普通に風が通る音なのか分からない音がするだけで、つまり一向に起きる気配がなく。流石の早苗も諦めた。

 朝も同じ道を通るのでその時に話ができる、と前向きに考えたのは順当だったろう。問題は二人の会話の通り、案山子が一般人の前では喋れなかったという初めて判明した事実である。



「付喪神は、ある日突然そうなるものなんですよ。ワタシも貴女に言われるまで、付喪神なんて言葉、忘れてしまっていました。いや、知らなかったと言うべきです?」


「定義づけが最初じゃなくて、後からされるって生物としてどうなんでしょうか‥‥」


「生物というより幻想ですから、ワタシ達は。他人の影響で簡単に存在を根本から作り替えられてしまう、か弱い存在なんです」


 

 それは御二柱も、だろうか。早苗は口にこそしなかったが、心の中ではそう思っていた。

 人間だって変化する生き物だ。けれどその変化はあくまでもゆっくりしたもので、人生を一変させるようなイベントがあれば別だけど、そう簡単に急激に変化したりはしないものだ。

 けれど案山子の言った通り、幻想という存在は違う。人間は自分自身で生きるものだけれど、幻想は他人‥‥人間達、大衆の信心や畏れによって存在を維持する。自分以外によって、容易に在り方を変えられてしまう儚さを宿命づけられている。

 ついこの前まで里の守り神だったものが、祟り神に変わる。妖怪が神に、神が妖怪に。人が妖怪に、人が神に。そしていつかは消えてしまう。

 そんなことは当たり前だ。当たり前のようにわかっているけれど、どうしてこんなに悲しいんだろうか。


 

「あ、そういえば自己紹介をしていませんでしたね。どうも、私、案山子です」


「そ、それは見ればわかります‥‥」


「ふむ、その通りですね。どちらかというと、お嬢さんのお名前が聞きたかったんですけれど」


 

 少しは自由に動けるらしく、上半身?を曲げて早苗を見下ろす案山子。

 よくよく見れば手も若干ながら風とは関係なく揺れ動いて感情をアピールしている。顔はのっぺらぼうのくせに、意外に器用だ。


 

「‥‥思い返してみれば、それもそうですね、失礼しました。私は東風谷早苗といいます。三つ向こうの山にある守矢神社の風祝です」


「ほう、風祝! まさか本物の風祝がこの時代にいるなんて‥‥。現人神とは、しかもこんなに若い。あぁ、お気の毒に」


 

 お気の毒に、と言われた早苗は一瞬気色ばみ、そして直ぐに諦めと哀しみの色を浮かべて微笑んだ。

 案山子の言葉は認めたくないのに、ただの事実だと悟っているから何も言えなかった。幻想と現実の狭間にいる苦しみは、普段の溌剌な言動に隠されて他人には見えなくとも否応無く存在する。

 現代では幻想ではいられない。幻想は消え去るのみ。現実だけが残る。早苗は幻想と現実にそれぞれ片足を置いて生きているが、いずれ幻想の側の崖は崩れ落ちてしまうから、現実へ両足を戻すしかなかった。

 それが早苗には堪らなく哀しかった。いわば今はモラトリアムのようなもの。幻想と現実、どちらにも生きていられる甘えを指摘された気分だった。


 

「守矢神社の御二柱のご様子はどうです? ご健勝であらせられますか?」


「‥‥今朝もご飯をお代わりされましたよ」


「ご飯? あぁ、流石は神格の高い方々だ。食事ができるとは。この時代にそれほどの力持つ御柱がおられるのは素晴らしいことですね。神々の息吹が感じられなくなっても、その報せは嬉しいものです」


 

 不信心な、なんて言葉すら出てこない。やっぱりそうなんだ、幻想の存在にすら御二柱は恵みを与えることが出来ないほどに衰えている! 信者に恵みを与えられない神なんて信仰が集まるわけがない!

 次々に突きつけられる事実が早苗を刃のように傷つける。もうやめてほしい、これ以上いじめないでほしい、そう思っても耐えるしかない。


 

「風祝のお嬢さん‥‥いえ、早苗さん。そんな泣きそうな顔をしないで。仕方がないことなんですよ、この時代には。むしろ、よくもまぁこの時代まで意識を繋いでいられたものです。私も、御二柱も」


「そんな、こと、貴方に言われなくても」


「私は貴女と話せてよかった。付喪神として意識を得てから、途切れ途切れだけれど長い時間を過ごしました。その間、誰とだって話したことなんてなかったんですよ? 消えていくまでに、最後に貴女と話が出来たのを本当に嬉しく思うんです。ほら、涙を拭って。もっとお話をしましょう?」


 

 気がつけば、本当に泣いてしまっていたらしい。

 ぐい、と制服の裾で涙を拭って――臍がガッツリと見えてしまったが――早苗は案山子の隣に腰掛けた。

 日差しは丁度よく翳り、心地よい風が頬を撫でる、絶好の日向ぼっこ日和である。早苗は案山子と、たくさん話をした。

 最初に案山子が自我を持った時の話。

 喋ることなんて思いつきもしなくて、周りに付喪神の仲間なんていなくて。ただ在りの侭を感じて、誰にも教わっていないのに色んなことを知っていたこと。

 案山子にいつも話しかけてくれていた冴えない三男坊が戦争に行った時の話。

 結局彼は帰ってこなくて、何とか無事に戻ってきた長男が自分の前で泣いてばかりいたこと。

 いつの間にか、泣き虫の長男が父親になって、祖父になった話。

 今では彼と、その連れ合いだけが自分の世話をしてくれていること。その子も孫も、もうこの小さな山中の田んぼには来てくれないこと。

 ずっと独りぼっちで花を愛で、鳥と歌い、風を観じ、月を眺めていた話。

 まるで閉じこめられている箱が段々と小さくなっていって、もうすぐに押しつぶされて消えてしまうだろうという諦めと覚悟の中にいたこと。


 

「そんな哀しいこと、話しながら、どうして平然としていられるんですか‥‥」



 だんだんと夕日が辺りを染め始めた頃。

 ひとしきり話し終えて満足した様子の案山子に、早苗は寂しく問いかけた。

 祖父母も健在な彼女には、漠然とした不安はあっても明確な別れを体験したことがない。だから自分が失くなってしまうことを覚悟した案山子の様子が、どうにも理解できない。

 そして理解できないけど現実に、それが回避しえないことなのだということまでは分かっていて。

 どちらかといえば寂しいというより、悔しかった。


 

「‥‥いずれ分かることだとは思いますよ、早苗さん。こういうのはね、歳をとらないと悟れないものなんです」


「それは卑怯です」


「かもしれませんね。‥‥あぁ、でも、もうじき否応無く分かってしまうことです?」


「‥‥どういう、ことですか」


 

 ぎぃ、ぎぃ、ぎぎぎぎ、と音を立てて案山子がこちらへ向き直った。

 わずかながら腰も曲がり、見下ろすように。夕日が、綺麗な球面になっていない案山子の顔の凹凸で不気味な影を作っている。

 まるで嘲笑うかのように。

 早苗は思い出した。

 付喪神は、神様と名前が付いているけれど。本質的には妖怪に近いということを。

 そして妖怪に限らず神様でさえも、決して人間に好いものとは限らないということを。

 人が人ならざるものと接するときには、欠片も油断してはならないということを。勘違いしてはならないということを。


 

「――程度の差はあれ、そろそろでしょう。御二柱が、身罷られるのも」



 

 嘲笑うように体を揺らしながら、くぐもった声でそう告げる案山子を見上げながら。

 早苗は思い出した。


 

 

 

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