『何も考えない方がいい事ってありますよね』
『何も考えない』
――もう、1カ月も前のことになる。
あの日、雨に濡れながら茫然と立ち尽くす私に、この町の何人もの人が優しく声をかけてくれた。
でも私にとっては、たったさっきまで電車に揺られ、冬なのに天気が良い所為かはたまた利き過ぎた暖房の所為か、うとうとと船を漕ぎつつ、目的地の自宅に最寄りの駅へと向かっている最中だったはずだ。
目を閉じ、寄りかかっていた筈のドアの感触が背中から消え、驚いて目を開けると、まったく知らない場所に立っていたのだ。
せっかく声をもらっても何が何やら訳が分からずに支離滅裂な事を口走る私を、とりあえず落ち着かせようと、今の下宿先のおばさんが自宅の花屋へと迎え入れてくれた。
言葉は何故か通じていたが、始めはその違和感にも気付かない程に混乱していたらしい。後で分かるのだが、文字も自動で翻訳されていたらしく読めた。書くことは出来なかったけど、そこまでは贅沢言えないので頑張りました。
さらには行くところも無いと分かると、「二階の部屋が一部屋空いてるから」と住む場所を与えてくれたのだ。
もう、言葉では言い表せない程感謝している。
今使わせて貰っている部屋は、昔、今は冒険者として家を離れてしまった息子さんが使っていた部屋なのだそうな。
その話を聞いて、冒険者!?っと驚いたのは記憶に新しい。
なにせ、冒険者と言えばファンタジーの定番だ。
とりあえずは、この町に馴染みながら暮らしていくことを最優先にして、しばらくは部屋代はいらないとまで言ってくれたのだが、それでは申し訳ないと、家のことを店番含め手伝わせてもらっている。
だが、昨日ついに、念願の冒険者ギルドへと行ってきたのだ。
おばさんには止められたが、どうしてもこれだけは譲れなかったのだ。
「こーれーでーわったしーもー、ぼーうけんしゃー」
変な歌を口ずさむ程にはうかれている。
ギルドに入った私はまず、冒険者登録をするべく、カウンターのお姉さんに話しかける事にした。