異世界の文明技術
父から譲られた遺産の多くを納めてある部屋にはいくつもの扉が存在する。
扉の先には理解し難いものも多い。
例えば、ある一定の触れ方をすると流れ出す異世界で亡くなった女性の声を流したり、壁にここではない場所を音付きで映したりするのに、まったく魔法や魔力とは無関係だというモノ。
やり方さえ知っていれば魔力のない者や魔法に対する知識のない者でも操れるという瞬時に島のひとつぐらい消し飛ばせるだけの力を秘めた道具。
いや、兵器。
そして、まだ起動していないケリアスやジュンガの同胞達のいる部屋。
他にもいろんな部屋が存在する。
兄とケリアス、ジュンガと共に向かったのはそんな扉のひとつ。
ジュンガはケリアスより髪が長くて色が白くて表情が豊かだ。
そして、どちらかと言うときついと言える性格をしている。動きも非常に滑らかで、元気な16才の少女と言う感じがする。
外見的な年齢はケリアスの方が上なのだろう。並べてみれば見た目、年上に見える。
ただ、静かに歩くケリアスと、猫のように優美に軽やかな仕草で歩くジュンガ。同じ『アート』でも個性が違う。
ここにはビノールは残念ながら入れない。
ここに入れる者は父に許可をもらった継承者のみ。『遺伝子』と呼ばれる血の情報を読み取って『個』を識別、区別するようになっているとケリアスは説明してくれた。
そんな個の区別法が理解できないわけではない。ただそれが魔力も何も帯びていないただの道具が識別、区別するというのがどういう仕組みになっているのかがわからない。
結局、ただの道具がどうしてそんな真似ができるのかと。
『メンテナンスルーム』とプレートのかかった部屋の中はクリーム色で、クリーム色の大きな箱とちょっと変わった椅子が置いてある。(大体の部屋に箱は置いてある)
兄さんが壁の押しボタンを押すと部屋は急にまぶしいほどに明るくなった。
するりと部屋に滑り込んだジュンガが素早く大きな箱に触れる。
箱の一部に赤と緑の光が点滅する。
間を置かずに天井から一条の光の筒が下りてきた。
オレはじっとその様子を見る。
どういう仕掛けになっているのかちっともわからない。
魔力の働きや、その異常がないのは確かだ。
光の筒の中に一人の少女の姿が映し出された。
『私はタイプM・MA。パルパニエ。診断の必要な子はどなた?』
筒の中を軽やかに泳ぐ半身半魚の少女はそう歌う。
不思議なことに筒を少しでもはみ出すとその部分は消え失せるが、筒の範囲に戻ればその姿をあらわにする。
「私とケリア・スー2500よ」
ジュンガが高圧的にパルパニエに宣言する。
そんなジュンガをパルパニエは気にしもせずに眺める。
『ケリア・スー2500が先よ。ジュンガ・カンチェン』
オレが少し状況に戸惑っていると兄さんが肩を叩いてきた。
「後はパルパニエ達に任せておけば良い。パルパニエ、どれほど時間はかかるんだい。僕らのかわいい娘達の診断に」
後半はパルパニエへの問いかけ。
兄さんの言葉にパルパニエは筒の中でくるりと旋回した。パルパニエのやわらかな髪の先端が筒から外に出て、瞬間消失したが再び旋回の先を彩る。
『バージョン・UPとか言いさえしなければ、半日もかからなくてよ。銀色のオーナーさん』
兄さんは少し思案し、軽く手を振った。
「任せる。さぁ、ヴィール、向こうの部屋で待っていよう。それともケリアスが気になる?」
軽くウィンクされて『気にしているのがおかしいのかな』などと思いつつ、首を縦に振った。
ケリアスは大事な友人だ。
ケリアスは迷わず奇妙な椅子に座ったが、そこでケリアスがどうして拘束されなくてはならないのかがオレにはよくわからない。妙に不安感が沸き上がってくる。
大事な友人のそういった姿を見たいなどと思わないし、そういった姿はオレに不安を与える。
そんな不安な気分になっているオレに軽やかなパルパニエの笑い声が耳に届いた。
『ご心配なく。黒髪のオーナーさん。ケリア・スー2500を苛めたりしませんわ。それより、ケリア・スー2500を大事に愛して下さってありがとうございます。責任をもって診断させて頂きます。本当にご心配なく。それは無用の心配でしてよ』
パルパニエは数回、光の筒の中で旋回しながら楽しげに笑っていた。
尻尾の鱗をきらきら虹のようにきらめかせ、実体を持たない少女は髪を揺らす。
「マスター。心配ございません。私は再起動してはじめてのメンテナンスではありますが、今までに幾度となく、うけている当たり前のことです。メンテナンスをうけたことのない『アート』など存在いたしませんから」
どこかなだめすかすような色のあるケリアスの声。
オレはひとつ息を吐いた。
「すぐ、終るんだよな」
きっと情けなく響いただろうオレの声にケリアスは軽く微笑んだ。
『ご心配なく』
光の筒の中を泳ぐパルパニエが軽く胸を叩く仕草をして見せてくれる。
だからオレは兄さんに促されるままに『メンテナンスルーム』を後にした。
兄さんはポンポンとオレの肩を数回叩いた。
振り仰ぐと彼は優しく笑っていた。
「さぁて、一緒に探険でもしようか?」
取り敢えずオレは軽く肩をすくめて見せる。
「そ、だね。オレの話は知っているようだから兄さんの話を聞きながら」
オレはそう言って兄さんの手を軽く叩く。
兄さんは軽く耳元に手をもっていきながら優しく穏やかに微笑む。
「そうだね。ジュンガのメンテナンスを思い付いたのはケリアスのメンテナンスのためだけじゃなくてね。もうひとつ、理由と言うか、目的があるのだよ。聞きたい?」
オレは『聞かない方がいいかもよ』と暗に言ってくれている兄には悪いと思いつつ、首を縦に振った。
兄に行動を起こさせる『何か』を知ってみたかったのだ。そして純粋に好奇心。
「ちょっとした会見のための下準備。あんまりにもうるさいようなら実力行使も遠慮する気はないのでね。話し合いの場に同席させる暗殺要員の体調は最高で最良である方が効率と気分はいいからね」
オレは瞬間、絶句する。
「今の僕の立場は有翼の民の長だ。そして干渉されるのはまっぴら。誰かの傘下にくだる事も良しとするつもりはないのだよ」
絶句しているオレに説明の言葉を兄さんは続けた。でも兄さんの言うことを理解してないわけじゃない。だからその説明を静かに聞く。
「王であると言うならば統治される事を望む者のみを統べれば良い。我々は我々の道を行くことを望むのだから」
オレはひとつ息を吸ってから兄さんを見た。
視線が合うと兄さんは優しく笑いかけてくれる。その菫色の瞳が実に優しく細められている。
「もしかして王ってカイザー・フィッター?」
兄さんはにっこり笑いながらひとつの扉を叩いた。
カギは全てオレの管理下にある。『開けろ』という事だろう。オレはその部屋の鍵を開けた。
扉の横に張り付けてある薄っぺらい板に手を当てると手首までがすっぽりと壁の中に入り込み、その先にある存在しながら存在しないボタンを押す。
シュンッと剣を振った時に鳴る空気の音のような音がして扉が横の壁に消える。
さすがにこの現象には馴れた。
異世界文明の中では他にも多く見る事のできる機能で、つまり理解しやすいものだった事もある。
ただし、鍵を開けるこの行為は決して当たり前と言えるほどのものではないと思う。
その部屋は殺風景な部屋。
真ん中に置かれた白い丸い筒状のテーブルと白い金属の椅子がふたつ。四方の壁は灰色で天井は黒。入ってきた扉も灰色。扉の横には銀色のプレートと白いプレートがぺったりと張り付いている。
兄さんは手軽に白いプレートと銀のプレートを押した。
PON!
軽い音がして部屋が暗くなる。
ただテーブルと椅子のあたりだけがほんのりと明るい。
「お茶にしながら話そう」
兄さんはそう言って部屋の真ん中のテーブルへとオレを誘った。
座ったのを確認してから兄さんは口を開いた。
「そう、会見の相手はカイザー・フィッター。フィッター国の現在在位中の王だ。そして、僕は崩壊の近い王国に種の運命をかける決断をするほど有翼の民に愛想を尽かしているわけではない」
テーブルの上にはコップのような銀色の円柱がふたつ。細いストローがその先から伸びている。
兄さんの言うことはもっともだとは思う。長である限りその立場には責任が存在する。その一族の信頼に答えるだけの義務が。
オレはそっとストローに口をつける。
甘酸っぱいオレンジの味が口の中にひろがる。
兄さんも一口くらい飲んで、オレを見た。
「知り合いか? ああ、お前をふったと言う相手か?」
今に始まった事ではないけれど、兄はやけに察しが良い。
でも、『ふった』というのは誤解がある。
カイザーとの関係はあくまでも仕事上のものだ。もしかしたらオレもビノールに会ってなければああだったかも。とか思えもして他人であるという気はあんまりしないが。
友人がいないということは、気の許せる相手がいないということはかなり寂しい。
オレにはビノールもケリアスも兄さんもそして他にも友人はいる。
「ちがうよ。ふられたわけじゃない。と思う」
オレの言葉に兄さんはくすくすと笑う。
「随分と弱気じゃないか。もし、お前の友人だと言うのなら暗殺以外の手も考えてみてもいいぞ」
兄さんは楽しそうにストローを軽く弄ぶ。
どうやら『暗殺計画』は決定事項であったらしい。兄らしいとも言えるが、同時に乱暴だなぁとも思う。
弱気と言われてオレは軽く頷いた。
「彼の事けっこう好きだから。オレ、確かに友達になれたらいいと思うけれど、彼は」
軽く言葉を濁したオレに兄さんは肩をすくめた。
「もうじき約束の死期を迎え、国を崩壊に導く? 彼はもう17才かそこらだろう?」
オレは驚いて兄さんを見た。
どうして知っているのだろう?
「何度、何度あいつは転生を繰り返していると思う? 一度死を迎えた20年後には別の新生国家において王位についているのだぞ。そう何度もごたごたに巻き込まれてたまるものか」
もしかして何度かその傘下に入ったのだろうか? もしくは協力した?
「なら、味方のふりをするつもりはない。味方でなければ敵でかまわないだろう。それがあの王の望みでもある。敵か味方。白か黒。あの王は中間の曖昧さを認めるつもりはないのだからね」
そう締めくくると、兄さんは銀のコップを幾度かテーブルで軽く叩いてこの話の中断をオレに伝えてきた。
オレもこの話の中断には賛成だった。これはオレが干渉すべきものではないのだ。
それにオレには兄さんに対して他にも聞きたい事があった。
「兄さん、『簡易オート・メンテナンス機能』ってケリアスにはないの?」
「………そういうことはメンテナンスルームから出る前に言いなさい。ヴィール」
兄さんの声は少し脱力したかのように力がない。
オレにはその理由がわからない。
「ケリアスにメンテナンス機能が欲しいのかい。ヴィール」
兄さんは軽く髪を後ろに払いながらオレに聞いた。
もし、メンテナンス機能とやらがケリアスにあったのなら、ケリアスは頻繁にあのメンテナンスルームの拷問具のように見える椅子に座らなくてもいいんじゃないかなぁとオレとしては思ってしまうのだが、それが正しい事なのかそうでない事なのかは兄に聞くしかない。
「うん。その機能があるからジュンガはメンテナンスルームに入らなくてよかったんだろう?」
兄さんは布を留めている銀の飾りを軽く弄んで、ひとつ息を吐いた。
「語弊があるな。アートにとってメンテナンスは必要な事だよ。できれば頻繁にそのアートのある現状状態は向上に向けて働きかけられるように調整をとるにはメンテナンスをしながらの方がいいのだから。それに、アートは生きている。だがアートはこの世界元来の生き物とは異なる。わかる、ね?」
兄はそう言ってオレの目を覗きこむ。オレが異世界文明を受け入れるのを苦手としている事を知っているのだ。(好奇心はあるのだけれども)
診断とパルパニエは言っていた。
では、パルパニエは『アート』の医者のようなものなのだろうか?
この世界には元来この世界にいた者たち以外の種族の方が多い。
結局オレも兄さんもこの世界以外の者の血が半分流れている。
オレも兄さんも母親はこの世界に元来いる原始種族と呼ばれる種族だ。
この世界が存在した瞬間にいたのは聖獣と魔獣。ドラゴン族と龍族。精霊族と妖精族だけだったのだから。
兄さんは苦笑した。銀の髪がさらりと揺れる。
「まったく。前もって言ってさえいればパルパニエに言ってバージョン・UPしてもらっていたというのにな」
兄のその言葉にそういえばパルパニエが『バージョン・UPさえ』とかなんとか言っていたような気がしてくる。
いや、確かにそう言っていた。
ジュンガを羨んでいたわけではない。
確かにジュンガの方が高級仕様と言うか、細かいところまでよく出来ているのかも知れないが、オレは自分でジュンガの姉妹ではなく、ケリアスを選んだのだ。後悔なんかしてない。
「バージョン・UPには時間がかかるような事言ってなかった? パルパニエ」
兄さんは軽く頷く。
「ああ、いろいろと必要な事柄が変わってくるからね。調べる事も調整も段違いに精密さを必要とされるよ」
言いながら、兄さんはテーブルを軽く蹴る。
行儀が悪いと眉をしかめかけてやめた。
壁に蒼い海が広がったのだ。
蒼い海、白い雲、白い波飛沫、飛び交うカモメ達。海の中にある無人島。
自分がそんな光景を実際に見下ろしているような気になる。
しかし、オレ達が移動したわけでもなければ、この光景が自ら近づいて来たわけでもない。
あくまで遠い場所の光景だ。音と風景だけだ。匂いはない風もない。
兄さんがほっと息を洩らしたのが聞こえた。
「……ほっとする。ここは嫌いではないが、どうもすぐに疲れていけない。ヴィールは平気かい?」
問われてオレは首を傾げた。
『疲れる』と言われても多分、オレはまだ疲れというものをちゃんと理解できていない。ビノールの言葉に脱力する事はあっても兄さんが言うような疲労というものとはちがう気がする。
兄さんは軽く目を細めて笑った。
「やれやれ、もう、歳なのかな? まだまだ若いつもりなのだけどなぁ」
オレは兄さんの言葉に笑った。
まだ若いというが兄さんはすでに1000年を軽く越えて生きている。
ちゃんと年齢を聞いた事はないが、いわゆるオレの先代ともいえる人が生きていた時代から生きているのだ。オレがタマゴとして存在をはじめたのは2000年以上前。その頃にはオレの先代はもう亡くなられていたはずだ。オレの母上と父が出会ったのは2000年ちょっと前としても、兄と父が一緒に暮らしていた時期には母上はまだ幼すぎるか、産まれてさえいなかったはずなのだ。
さあ、兄さんはいったいいくつなのだろう? そして若いといえるんだろうか?
軽く兄さんに額を小突かれる。
「笑ったな。おちびさん」
兄さんはくすくす笑いながらオレの頭をぐしゃぐしゃにした。