遊び
きらきらと水晶玉が下方へ落ちてゆき、また浮上してくる。
闇の中、仄白い光をこぼしながら上下する水晶玉。
オレはひとつあくびして、水晶玉の動きを止めた。
「ヴィール。ごはんの時間だべぇ」
ぱてぱてと足取りも軽くやって来たモグラをオレは軽く無視した。
モグラは生意気にも空を見上げ、しかたなさげなため息をこぼし、宙に浮く水晶玉をオレの目の前から取り上げた。
「ヴィール、ごはんの時間だべ。すぐ拗ねるのはヴィールの悪い癖だべ」
モグラはつややかな黒い爪を左右に振ってオレに説教する。
オレは思いっきりわざとらしく息を吐き、モグラを眺めた。
「ふぅん。オレが拗ねるようなことをしたって自覚があるのだな」
モグラはぱちくりと目を瞬かせオレをじっと見た。
もしかして、オレに黙ってうけた依頼をこいつは悪いとも何とも思っていないのか?
次に言った言葉はオレの推測をきっちり裏付けていた。
「何の事だべ? ヴィールは新しくお友達になった王様にふられたから拗ねてるんだべ? おら、なんかしただか?」
そう言うとモグラは床にちょこんっと座って新品らしいゴーグルを軽くずり上げた。
「さぁ、ヴィール。教えて欲しいべ。おらが留守中なんがあったべ?」
言いながら、懐からミミズの衣揚げの入った袋を取り出す。
これは別にモグラが話を聞く気がないことを示しているわけでなく、真面目に本格的に聞く気があるからの姿勢だと知っていてもちょっと腹が立つ。
ちょっと本気になって話しだすと半日だろうが三日だろうが一週間だろうがオレがこれっぽっちも気にせず、気づかず話すせいだ。
だからモグラは本気でオレから話を聞こうとする時、話の腰を折らないよう食べ物と飲むものを脇に置くのだ。
でも、おもむろに食べ物を取り出されたらちょっと機嫌が悪くなる。オレとしてはたとえ、わがままと言われようともだ。
オレの不機嫌をモグラは敏感に察知しているくせに鈍感なふりをわざとして見せる。
「さぁ、ヴィール。おらに、言いたくないっつーならそれでいーべ、とりあえず、ごはんにするべぇ。トリからとルフタスープだべよぉ」
のんきな物言いにオレはかっくんと脱力する。
トリのからあげもルフタもオレの好物だ。
姫林檎のジャムも添えてあると嬉しいなぁなどと思いつつ、オレはゆっくりモグラを抱き上げた。
「さ、行こうか。ビノール。で、むこうでなにがあったんだ? 帰りがやけに遅かったけれど」
モグラを片手で抱き、水晶の間を出る。
目指すは食堂。
「ブルーノの結婚式は無事終ったべ。ベッピンな嫁さんだっただなぁ。問題は嫁さんのおっか様とじっ様だっただよ」
腕の中で妙に納得して頷くモグラに意識を向けながらゆっくり、暗い廊下を進む。
ブルーノがビノールの弟であることは式の前に聞いて知っていた。
小躍りしながら『弟が結婚するんだべぇ』と我が事のように喜んでいたのが面白く、覚えている。その後で『さ、先をこされたべ』などとぼやいていたのも。
「おっか様とじっ様はおらのことご存知でなかっただよ」
「ビノールのこと?」
「んだぁ。おらみたいな魔法使いが身内にいるっつーことだべ」
オレは首を傾げた。
ビノールはモグラ族の魔法使いとしては有名な方だ。
魔法使いと言っても平均的モグラ族なビノールは家族との交流は濃いし、その他の親族とも仲がいい。毎月のように『おじさんの誕生日だべ』『従兄弟のとこの子の誕生日は明日だべ』と騒いでいる程度には。毎日のようにかも知れない。
そして噂好きで家族自慢をよくする。
きっと家族も似たようなものだろう。
その家族にとって身内に魔法使いがいるという自慢話をしてないはずがないとオレは考える。そのうえ、ビノールは愛想がよく自慢ってものもしなければ、故意に人をばかにもしないし、全体的に謙虚な方だ。(好奇心は多いし、方向音痴な方だし、余計なことは結構言うが) 魔法使いというのを差っぴいても身内としては自慢しやすいはずだ。
まあ、確かに広いモグラの社会の中にも魔法使いという者を『胡散臭い』と感じる者も多少はいるかも知れない。
それにしてもおかしい。
「それで?」
続きを促す。
ついでに食堂の前をそのまま通り過ぎる。
「困ったことがあるそーだべ。おらみたいな魔法使いなら解決できるだろうっちゅーがちぃっと無茶だべ。でも話を聞かにゃあブルーノとの結婚を認めねーとおっしゃるべなぁ。ちぃっとばかし困っただよ」
『困った』と言うわりに頷く姿は妙に事態を楽観している。
事態は解決したのだろーか?
「そーなったら、おらとしては話を聞くしかねーべ。そんでようやく挙式は終ったべ」 嬉しそうに言うビノールは実に満足そうだ。
事実、弟の婚儀が無事に終って嬉しいのだろう。
「それで、その聞いた話って?」
聞くと沈黙が返って来た。
解決は見ているはずである。それでも言い難いことなのか?
「住宅問題だべ。別に魔法使いの力は少ししかいらないことだったんだべ」
そうこう言っているうちにふたつある食堂の扉の遠い方にたどりついてしまった。
さすがに今度は通り過ぎるわけにもいかず、オレは扉を開けてビノールを下ろした。
銀のみつあみを白いリボンで結び上げ、糊のきいたエプロンをしたシンがにっこり笑いかけてきた。
「お客様がお見えです。我が君様」
すでに席に着いていた客は軽くグラスを掲げて見せた。
彼は銀色の髪を背中の中ほどでまとめ、淡い色合いの大きな布を銀や金や輝石を繋いだ鎖や留め具で留めている。
菫色のその眼差しは優しく、現状(オレが拗ねているらしいということを察して)を軽くからかっている。
銀の髪から少し自己主張している羽根飾りのような耳が翼人の特徴のひとつ。そう、客人は有翼人だ。
そして母親の異なるオレの兄だ。
「アノス兄さん!」
彼は軽くウィンクし、テーブルを示した。
『座りなさい』という意味だろう。
ビノールはすでにちゃっかり着席している。
オレも当然座る。
「久しぶりだね。状況は時折、信天翁が教えてくれているから心配はしてないけれどね」
彼は優しい。彼から父親を奪ったのは間違いなくオレだというのに。
「アノス兄さんは変りありませんか?」
尋ねたオレに彼は明るく笑った。
「ああ。かわりないよ。相変わらず、ザロスのおもり」
ザロスはアノス兄さんの双子の弟。オレにとってはやっぱり兄に当たる人だ。一度も会ったことはないが。
ザロス兄さんには会ったことがないというせいもあって、なんと思っていいかはわからないが、アノス兄さんのことは間違いなく好きだと言うことができる。
しょうがなさそうにザロスのことを言うアノス兄さんだがアノス兄さんはザロス兄さんのことが大好きなのだ。
「で、弟君殿は誰かにふられたんだって?」
信天翁のおしゃべり。などと思いつつ、オレはシンが差し出してくれたグラスを受け取った。
「ところで兄さんはオレに会いに来て下さっただけなんですか?」
少し拗ねた口調になっていることは自覚しつつ、訊ねてみる。
会いにだけ来てくれるのと用事も込みで来る確率は兄さんの場合半々だ。
「ああ、ジュンガのメンテナンスを頼みたくてね。ここしばらくしてなかったし、たまにはメンテナンスもしてやった方が安定してられるそうだから」
『ジュンガ』はケリアスと同じ『アート』だ。
正式固体名称を『プラント・コンピューター・システム・タイプ・TAF・Eシリーズ・NO,3・ジュンガ・カンチェン』という。
ちなみにケリアスはシリーズものではなく大量生産系で『ケリア・スー』という存在が幾体も存在するらしい。
オレのケリアスは『製造ナンバー2500』だそうだ。
ケリアスがあと2499人もいると思うと変な気分になる。
言うなればケリアスは大衆用固体で、ジュンガは特権者用固体と言えるのだろう。
『アート』達はある程度時間が経つとメンテナンスと呼ばれる整備が必要とされる。
ケリアスなどは起動してまだ半年にも満たないことから(正確には再起動だが)メンテナンスはまだ一度もしていない。
「ついでにそろそろケリアスの方も一度メンテナンスをしておいた方が良いだろうとも思ってね。初期は頻繁にメンテナンスをしておいた方が良いんだ。製造場所と機動場所の差異が引き出しうるトラブルはできるだけ避けたいところだからね。機動予想地域に『異世界』という項目はきっとなかったと思うからね」
オレは首を傾げた。
ジュンガはそれほどメンテナンスを今までに繰り返していたのだろうか?
アノス兄さんは軽くウィンクした。
「ジュンガも初めてのメンテナンスに同胞がいるというのは嬉しいだろうしね」
「それではジュンガは初期のメンテナンスをしてないことになるのじゃあ?」
初期は頻繁にメンテナンスが必要だと言うのならそれは矛盾している様な気がする。ジュンガが起動した時期はケリアスより桁違いに早いはずだ。
そんなに長い時間を起動しているはずのジュンガのメンテナンスがまだだなんて。
オレの問いに兄さんは軽く頷いた。
「ああ。ジュンガには簡易オート・メンテナンス機能があるからね」
兄さんはオレと違って異世界の文明に手を染め、理解するという手間を惜しまない。
そういう兄さんを見ているとオレもなんとなく好奇心が湧いてきて、『もっと知ってみようかな』などと思ったりもする。(ケリアスに説明を求めるのもだいたい兄さんと話をしたあとが多い)
『簡易オート・メンテナンス機能』とはいったい何なのだろう?
今回のオレの好奇心はこれと言えるだろう。
ケリアスにはその機能は付いていないのだろうか? あとで聞いてみよう。
「まぁ、ジュンガには便利な機能が付いているってことだよね? 食事の後に説明してくれると嬉しいな。他の用事のこともね」
「君をふった相手のこともね」
オレは絶句する。
とどめのようにビノールの洩らした言葉が聞こえた。
「ヴィール。墓穴を掘ったべ」
ちらりとビノールの方を見るとあいつはミミズの衣揚げをかじりながらオレの方を見ていた。
最近、絶対生意気だ!
そんなオレの心境を無視して食事は穏やかな談笑のもと行われた。
ビノールと兄さんのしていた会話は食物についての談義。
『ミミズ』と『ネズミ』どちらがおいしいかである。
『ネズミ』の方が食べごたえはあるのかもしれないが、オレはトリとか魚とかブタや牛やヤギ、羊とかの方が好きだ。
そして兄さんは『ブリュガノー』と呼ばれる黄色と黒の斑点模様の体で足がいっぱいある虫が一番好きらしいというところで落ち着いた。
オレとしてはどっちの味覚もいまいち理解したいとは思えない。
だから、オレは始終黙って食事を進めた。