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  作者: とにあ
18/18

眠りの時






 ひんやりしたお茶を飲みながらオレは椅子の背凭れにだらしなく身を任せた。


 エリコは軽い食事をシンに給仕してもらっているところだ。


 そんな様子を眺めながらゆっくりと目を閉じる。


 カイザーは王としてこの地を統治し、良き治世をと望んでいた。


 エリコは自由な人生を謳歌することを望んでいた。




 望み。希望。現実の責任。運命の示す行方。





 まだ幼いと言えるエリコ。どれほどいいお飾りか。後見人と称する者達の争い。そしてカイザー亡き今、かつての臣下達の動向は混乱に満ちたものとなるだろう。


 人の人生は短い。目まぐるしく感じるほどに。時に人のせっかちさに目眩を覚えることもある。


 嘆きが聞こえる。闇の奥に捨て去られた多くの嘆きが。




『まだ。まだだ。まだ死にたくはない。まだ死んではいけない。また、間に合わないのか。また時間が足らぬのか』





 カイザーの声も混じる想い。



 それは多くの者が思うこと。そして叶わぬ願い。



 

  命の再生。




 それは禁じられた呪法。


 復活の呪文なるものは存在する。だが魂が完全に肉体から離れた者に再生の望みはない。



 効果を持たない。肉体すらその負荷で炭化するだろう。



 復活の呪文とはまだ肉体と魂の繋がりがある者が生き残れるだけ。



 魂だけ。肉体だけの再生など復活とは言わないだろう。




『だが人は永久を望むもの』




 オレの思考を読んだかのようなひなびた老人の声が聞こえた。目を開けるとそこにガージュレイがいた。


 漆黒の闇精。我が眷族。猫の姿ではなく黒豹姿のガージュレイだ。


「ガージュレイ」



 部屋のランプは燃えているのに暗かった。それでもガージュレイの姿を見るのには何の障害もなかった。



 金朱色の輝く瞳が瞬く。しなやかに黒く艶やかなその毛並み。麗しき我が眷族。




『幼き我が皇よ。人は永久であることを欲する。特異な者であることを心の底で渇望している。そのような生き物。人の欲望とは底知れぬもの。それこそ我が憂い。それこそ我が喜び』


 オレはガージュレイに手を伸ばした。


「すこし、少し疲れてるんだ。人が死ぬことを怖れるのは当然だと思う。オレだって回避できるものなら死から逃れたいと思うだろう。オレは置いてけぼりにされるのが怖い。一人になるのが怖い。オレより先に好きな者が逝ってしまうことが嫌だ」


 ガージュレイのやわらかな手触り。温かく優しい闇精の体温。


『幼き皇よ。しばし眠るが良いであろう。幼子は眠り育つものだ。心も器も。親しき者の死。それを嘆くことはそれを乗り越えるがための嘆きだ。幼き皇よ。幼き者が嘆くことは罪でも罪悪でもなんでもないのだ。辛ければ泣くがよい。嘆くがいい。それは幼さゆえの特権なのだから』


 まつわりつく優しい体温。すぐ側に感じる鼓動と呼吸。眠りを誘うもの。





 それでも。




「ガージュレイ。確かにオレは疲れているのかも知れないけれど、まだ眠るほどではないと思う。今、このまま眠ってしまえば10年は目覚めない気がする。それはいやだと思うんだ」


 その間はビノールやエリコ達の行動を夢に見ることしか叶わなくなるだろう。

 眠りは必要。だが今でなくてもと思う。

 エリコがオレの側にいるかどうかも決めかねている時に、まだ眠りにつくことは出来ない。提案だけして後は関知しないなんてそんな無責任な真似はしたくない。


 闇精はしなやかなしっぽを軽く振った。


『まぁよい。されど記憶するがよい。眠りは必要だ。一夜や二夜ではない眠りが。それこそ一年二年の。の』


 きらきらする朱金の瞳。漆黒の美しい黒豹。


 オレにはその言葉が正しいのもわかっていた。


 それでもまだこの幼い時に彼らともっとふれあうことを選んだのだ。


 疲れてもいい苦しくてもいい。それでも楽しいことが一つもないというわけではないのだ。


「大丈夫。眠るときにはきっと眠るから」


 そう、きっと。ただ、今はまだ眠りたくないのだ。


『まぁ、眠るべき時とは遠からぬ時に来るものよ。せめて、その時を逃すような真似はなさらぬことだ』


 ガージュレイの小さな含み笑いのある声を聞きながらオレは眠りに落ちていくような感覚を味わっていた。


「まぁ。我が君様ったら……。こんなところで……。ケリアス。手伝ってちょうだい。いくらなんでもこんな街中でって。まぁ、あら。ガージュレイ老じゃありませんの。我が君様にちょっかいを出さないで下さいませね」


 夢うつつにシンが小声でケリアスを呼ぶ声とガージュレイに囁きかけているらしい言葉が聞こえる。


 すべてが夢の閨に閉ざされゆく中で周りは賑やかだった。

「え~、ヴィール寝ちまったのかよ。ようやくまともなゲーム出来るようになったとこなのによぉ」

「まぁまぁ。エリコの相手はおらがしてやるべぇ。ヴィールはまだちっちゃいだからよ。たぁくさん寝なくっちゃなんねーべ。その間は、きっとおっきい黒猫さんが遊んでくれるべぇ。それにあの毛並み! 一緒に寝たらきっと気持ちーべよぉ」

『何ィ?!』

 エリコの声。ビノールの声。不快さの大量にこもったガージュレイの声。


 そんな中オレは眠りに落ちていくのを感じた。



「何が楽しいんだろ」


「いー夢見てるんだべ。いーことだべ。さ、エリコももーじき寝る時間だべ。ヴィール、起きるまでここにいんだべ? さ、おっきい黒猫さんもくるべさ」

『わ、我もか? モグラよ』

「とーぜんだべ。誰が欠けていてもヴィールは嫌がるべ。ヴィールが起きるまでは居てもらうべ。二人ともわかっただな。さぁ、いくべぇ。ここで騒いでたんらヴィールが寝れねーだよ」

 ビノールがオレの好みの判ったことを言ってくれているのが遠く聞こえた。あしらわれているらしいガージュレイの声からとって知れる様子も小気味いいものだ。いい気分のうちにオレは本格的に眠りに落ちていった。

      




    


 END




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