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  作者: とにあ
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依頼の完了




 オレはカイザーにハーティー・ブレス。

 ハティシェリック・ブラインドロードのことで知り得たことすべてを話した。カイザーがどこまで望んでいたかは知らないが、話し始めたオレを促しはしても止めることはしなかった。



 彼が、タウフィに滞在していたこと自体を記憶の片隅にすら留めていなかったことを話した時でさえ。

 そう、彼の思考、及び記憶の中に『タウフィ』と言う街の名はどこにもありはしなかったのだ。



 カイザーはゆっくりした動作で空を仰いだ。天井に描かれた夜空の絵よりなお、遥かな空を。


「ありがとう。ヴィール殿。これが代金です。お納めを。ああ、つまり、彼には妻子があるのですね?」

 オレは頷いた。彼には生まれて間もない幼い娘がいた。妻は二人目をその内に抱いていた。ただ、彼が妻子を慈しんでいるようには感じられなかったのも事実だ。

 置かれた袋をシンがおぼんにのせ、その場から別の場所へと持っていく。

 入れ代わりにジュンガがお茶とお茶請けのおかわりをもって入ってきた。ジュンガ、シン、ケリアスは共謀して、まるで監視してるかのようにオレに注意を払っている。一瞬でも目は外すまいと。



 そりゃあ、知恵熱だしたオレが悪いのだが。それだけだったのに。などと思ってみても彼女らは容赦がない。

 ビノールのように『気をつけるべぇ』とか『これで少しは耐性上ったべなぁ』では済ましてくれないのだ。

 苦い薬を飲まされ、反省を促されつつ、熱がひいても半日寝台の中。その後は常に誰かが見ている状況という徹底ぶりだ。

 今や、街から水は引き、路上に僅か水たまりが残る程度にまでになっているのだ。

 オレは遊びたかった。本当はカイザーの仕事を無視してでも。


「そうですか。あ、ありがとうございます」

 ジュンガがカイザーのカップにお茶を注ぐ。

 カイザーの視線は時折周囲をさ迷う。ため息を洩らし、一大決心をしたかのような面持ちでカイザーはまっすぐオレを見た。

「あの。ヴィール殿」

 オレはお茶を飲む動きを止めた。

「?」

 首を傾げて見る。さて、オレはカップを置くべきだろうか? それとも一口でも飲んでおこうか。どうしよう。

 カイザーはわざとらしく咳払いをしてせっかく合せていた視線をそらした。合せたりそらせたりと忙しい。

「あの、モール嬢、は、その、今日は?」

 オレはお茶を静かに飲み干してから、カップを置いた。

 ジュンガが素早く(それでいて優雅に)オレのカップに笹飴茶(熱さまし用に調合されているもので普通の琥珀色ではなく銀色)を注ぎ、退室した。隣室で堪えきれずに笑っているのがわかる。

 きっと、エリコやシンから聞いていたのだろう。後世に残ってしまうならば『悲恋の物語』となるであろう話を。

 『内乱』という騒動を交えて時代の王カイザーの恋物語はきっとうけるに違いない。とかオレは思ってしまう。

 娯楽ネタとしてはありきたりだが、だからこそきっとうける。

「家族の元へ行っていると思います」

 確かガットを家族のところへ送っていくと言って出かけたと思う。『稼がねーと』と言っていたエリコも一緒だ。

 それを聞いてカイザーはひとつため息を洩らす。

「そうですか。残念です。お会いしたかったのですが」

 寂しげにそう言い、カイザーは微笑んだ。

 オレは言いたい気持ちを必死に抑えた。ああ、言ってしまいたい。『モール嬢は女性ではありませんよ』と。

「遥か高き国におわす、………我が、父君に会うことが出来る方法はあるのですか? ヴィール殿」

 話を切り替えた時点で、カイザーはきっぱりと思う女性への想いは断ち切っているように見える。




 オレは考える。





 浮島と呼ばれるかの地は閉ざされている。天空を回遊し、時の流れすら一定でなく、強い結界を張り巡らしてある。現段階でおれは『浮島』の王の力に遥か及ばず、その要求は実に厳しい。それにまずシン達が許すまい。



「難しい、ですね。あの地は特別だ」



 カイザーはまた天を見上げ、ひとつ息を洩らした。

「これから、忙しくなり、こちらには来られなくなる。どうか、モール嬢によろしくとお伝え下さい」

 そう言い、立ち上がる。


 彼は何か驚くものを見たかのように目を瞬かせた。珍しい表情だ。

「これは、翼人の長殿……」

 カイザーの言葉にオレは振り返った。足音、物音をひそませてやって来ていたらしい兄がそこにいた。

「ご機嫌よう。人の子の王よ」

 静かな声は実に興味なさげだ。

 空気が凍てついてゆくかのような錯覚に落ち入りそうな沈黙。

 カイザーの刺すような視線が痛い気がする。


 その瞳には不信感と警戒。少しゆるんできていたものが盛大に復活している。



 オレはうんざりと息を吐く。




 オレはいったいどういう対応をすべきなんだ? オレはカイザーともう少しでもいいから仲良くなりたいのに、なんだか難しくなったような気がしてくる。

「何か、悩み事でもおありでしたか?」

 喧嘩腰になりかねない口調でカイザーが口を開いた。

「いや、個人的な付き合いだ。貴公には無関係」

 カイザーの心境を逆撫でせんばかりの兄のそっけない返答。

 お互いに冷たく観察しあう。沈黙と共に刺々しい雰囲気が満ち満ちてくる。室内というのにまるで嵐の前の静けさだ。小さく風の唸る音まで聞こえそう。

 不意に兄が優しく微笑んだ。

「そう、泣きそうな顔を男の子がするものではないよ。ヴィール」

 兄さんはそう言ってオレの頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。

 オレはひとつ息を吐いた。

「誰も止めなかったの? 来客中だと」

 兄さんは軽くカイザーを見据え、笑った。

「誰が、私を止めるんだい? ジュンガ? シン? それとも信天翁? それともケリアス?」

 ジュンガと信天翁が止めるはずはない。兄の忠実なる臣下だから。シンは『アスカ』の経営に興味がない。ケリアスはミゲルからの依頼に対し、報告書を作成しているらしいから忙しい。

 オレはもう一度、息を吐いた。

「オレが止めます。彼はオレの客人です。どうか、お控えください」

 兄さんはくすくすと笑って髪を払った。

「では、そうしよう。さて、カイザー、国政の成果を期待しているよ。まず内乱をどうする気かね?」

 兄さんはオレの言葉におとなしく退室する。と、いうことはせずにカイザーに問いかけた。

「おさめますよ。それこそ貴方には関係ない。貴方は結果だけを待てば良いだろう」

 カイザーのその言葉に兄さんは嘲るような笑みを浮かべた。

「むろん、そのつもりだとも。貴公の手腕に期待しよう」

 菫色の瞳が冷たくカイザーを見据え、微笑む。そして、そのままカイザーに退室を促す。

「兄さん! 彼はオレの客人です。それはあんまりに失礼でしょう!」

 オレの声に兄さんは軽く笑った。

「彼は帰ろうとしていたところのように見えたのだが?」

 そのとおりだとしても、それは兄さんに促される事ではない。

「兄さん!」

 あんまり効果がない事は知っているが、オレは兄さんを睨みつける。実際、兄さんは軽く笑っただけだ。

「ああ、では隣室で待機していよう。では、ご機嫌よう。カイザー殿」

 優雅に腰をおって挨拶を済まし、兄さんは部屋を出た。

 オレは気まずい思いをしながらカイザーを振り返った。嫌な思いをさせた事だろう。

「兄? 翼人の長が、ヴィール殿の?」

 信じられないと言わんばかりのカイザーの呟き。それはそうかもしれない。気分を害させた事だろう。知っていたと思われてもしかたのない事だ。  オレが兄さんを通じてカイザーの事をあれこれと知っていたと思われても。話のネタにされていたなどと思われて嫌な感情を抱かれてもそれはしかたのない事だろう。

 少なくともカイザーと兄さんの仲が良いとは思えないし。

「ええ。異母兄弟と言う奴ですよ」

 本当はもっと複雑だ。

 オレの母も兄さんの母も子をつくるのに肉体の関係は必要としない種だ。血の繋がりと言われれば自信がない。だが力の繋がりはある。ゆえに間違いなく兄弟と言える。だが同時に他人でもある。血族的に考えれば他人だからだ。

 カイザーは軽く頷いた。

 彼には会う事のない異母兄弟が存在する。降って湧いた話を彼がどこまで信じているかは知れない。だが、彼がそれ以上知ろうとは思っていないであろう事がわかる。

「失礼する」

 彼はそう言って手を差し出す。

「感謝している。貴方の誠意に」

 オレはその差し出された手を取った。言われた単語に驚きながら。もしかしたら友達になれるかもしれない。そう思いもした。次に会えたなら。

 だが、それが彼との最後の会話だった。





 彼は2ヶ月後、戦場でその短い生涯を閉じたのだ。







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