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  作者: とにあ
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闇で見える真実の形




 オレが逃げ込んだのは水晶玉等の小道具を置いてある小部屋。


 黒い水晶柱や、水晶片、香り高い薔薇やラベンダーのドライフラワー。銀で飾られたイトスギの燭台。魔法文字の刻まれた黒曜石。銀の短刀。紅玉をはめ込んだ護符。青石を削り上げた杯。銀の大皿。銅鏡。古いコインなどが置かれている。

 光モノや剣などを好むのはドラゴンによくある特性といえる。透明な宝石は精神を清め、心を澄まさせ、能力の向上を促してくれる。

 銀の大皿に水を張り、砕いた薔薇の花びらとラベンダーの花びらを散らし、黒曜石の燭台を沈め、蝋をのせて火をつける。


 それは瞑想し、考えをまとめるためだ。

 ここ最近は混乱することが多かった。カイザーの依頼もちゃんと果たしていないし。

 火を見つめると心が落ち着く。


 この短期間に多くの人と知り合った。


 知り合いが増える時期は短期集中のような気がする。一人知り合えばまた一人、二人と知り合いや友達が増える。人に出会わない時は徹底して誰にも合わない。

 カイザーは友達になりたい知り合いだし、エリコは既に友達。ガットは、よくわからない。でも向かいの住人とは仲良くなれそうだった。『浮島』の王はいつか越えたい目標になったし、ガージュレイも何時の日にか征服してちゃんと従属させたいと思う。

 そして、アートの事ももう少し真面目に知る努力をすべきな気がする。


 知る必要はないのかも知れない。だが知るべきである。




  相反する感情。




 情報の不足は予期しえぬ状態を招きかねない。それは危険な事。しかし同時に知ることでおこりうる出来事とて予測可能か? そういう訳ではない。大事な事は知るその時期だ。


 知るべき事。ハーティー・ブレス。これは果たすべき依頼。居場所と生存は知った。しかし持っているべき情報には足りない。

 情報はもっと有るべきだ。その人となりをもっと知っておき、聞かれたならば提供すべきだ。もしくはそれを決めるためにも。

 『思考はゆっくりとしていくべきだ』と言う他の龍皇の言葉が脳裡を過る。

 『急き過ぎるな』と言う本能からの警告だろう。熱中し過ぎると体調を害する事もありうるためだ。『知恵熱』を出すとも言う。ただ、本格的に幼いオレにとっては死をも招きかねない知恵熱になるだけだ。


 それでも心が静まっていく。音が消える。すべて。そして視界も闇に満たされる。どんな光も見えない。






 闇。





 それはオレの領域。





   甘い芳香。





  それは、




    ねっとりと纏わりつくような。




 死の匂い。裏切り。詐称。欺瞞に偽善。





    闇。





 密やかに人の心に潜む静かな支配者。






      静けさ。静寂。




 水にも大地にも風の中にも炎の中にも。






  闇は潜む。








 闇の存在しないところなどはない。




 光が強ければまた闇も濃いのだから。





   希望がどこにでもあるように。


  絶望がどこにでもあるように。





     闇。




  それは確固としたもの。





 すべてを包む安らぎの闇。




 すべてに満たされ満たすもの。





     オレは闇の王。


 闇を統べるドラゴンの王。






 オレに見えないもの。知ることが出来ないものなどあるはずがない。




  あってはならない。許しはしない。


 100年たてば越えられる。




 それは、今はまだ越える事が出来ないということ。


 幼さゆえの不可能。なら別の道を探れば良い。



 ゆっくりと干渉し得るすべての闇に心を合せる。




 夜の闇。心の闇。建物の影。滅びし都の亡霊。海の底。森の深く。



 血を好むもの。闇に生きるもの。すべてに。


――――排除すべきだ。目障りな。


 これはハーティー・ブレス。ハティシェリック・ゲイレスティオ・ブレシィス・ブラインドロードの闇に面した感情。


 闇に通じる扉は誰の中にも存在する。そのあかしだ。



 しかし、彼が見ているのは幼い子供だった。


 4才ぐらいだろうか?


 彼自身の子供というわけではないようだった。


 子供は肩口で切りそろえられた藍色の髪を揺らし、彼の視界から逃れた。


――――目障りだ。フェイロード家の嫡男もあのアレイロード家の嫡男も。我が王の二人の子息より優れている。あの女はわが王の妹でありながら見合う子を産まぬし………。実に目障りだ。排除しなければ。

 彼は静かにそう思考に沈んでいる。

 盗み聞きしている者がいるとも知らず。

 彼の望みは現在の王の在位が長くあること。もしくはその子が王位を継ぐこと。

 他の血脈が引き継ぐのは嫌だった。主に王位を継ぐほどの力を持つ者はスカイロー家やロード三家から産まれる。それが現王家のスカイロー家、そして彼自身のブラインドロード家。時読みの力を持つ者が多く生まれるがゆえに政務に携ることの多いフェイロード家。医療従事者の多いアレイロード家。



 ブラインドロードが特に敵視しているのはフェイロード家。今の当主は凡庸な男だがその息子は切れ者だかららしい。そしてさっきの子供は一応の注意を払うべきアレイロード家の一人息子だ。父親のあとを継いで医者になるのなら害はない。

 思考を探られているとは気づかずに彼は浮島の王城の外を当て所なく散策しているところだった。

 一人の少年が彼の視界の隅に止まった。

 ベンチに座り、静かに本を読んでいるらしい青みがかった黒髪の少年は彼に軽く頭を下げ、再び本に目を落とす。

「元気かね?」

 彼はそう少年に尋ねた。この少年がフェイロード家の長男なのだ。

「はい。ブラインドロード執務長様」

 本を膝に置いた少年はにこりと彼に微笑んだ。


――――何のようだ。タヌキ親父。


 そんな内心を隠しきり、少年は微笑んでいた。二心など何一つないような顔で。

 不意に少年は数秒沈黙し、もう一度にこりと笑った。

「失礼。執務長様。妙な視線を感じますので席を外させていただきます」

 オレにとっても嫌な奴のようだった。


――――タヌキ親父はクズ。今度は私に話しかけるとよいよ。知りたいこと教えてあげるから。


 ちらりと少年の思った思考にオレは目を開けた。それは間違いなくオレに向けられた言葉だった。

 どうしてこう気づかれてしまうのだろう?

 オレはそう思いつつ、ゆっくりと揺らぐ炎を見つめた。

 闇色の薔薇の花びらが一枚一枚ゆっくりと燃え、芳香が漂っている。


 体がだるい。


  銀の大皿に触れようとして指が動かない。手が重く、動かそうとする事がつらい。おっくうだ。目を開けている事もつらく、頭痛もひどい。

 立っている事すらつらく、床にへたり込む。床の感触。

 床の感触。意識がすべて暗い闇に沈んでいった。



  沈黙の時が流れる。



 そっと目を開けるとシンがにっこり笑っている。

「吐かないで下さいませね。我が君様」

 苦みの強い熱さましを差し出されオレは気分が悪くなる。『要らない』と言っても飲まされるだろう。オレは渋々受け取った。

 それは木苺風味のものではなく、苦みの強いガットが飲んでいたものと同じもの。

 クッションをいくつも背にあてがわれ、身を起こしたオレはまるで病人のようだ。ちょっとした知恵熱をだしたに過ぎないのに。

 我慢して飲み干す。


 苦い。


「自業自得です。今日はアスカには行かず、おとなしくお休みくださいませ。ああ、ガットでしたらビノールとケリアスが見ております。ご心配なく」

 シンは優しい表情で微笑んだ。

「どうか、ごゆっくりお休みくださいませ。まだ熱はひいてらっしゃらないのですから。さぁ、我が君様」

 オレはゆっくり目を閉じた。


 眠るために。


 ひやりと冷たい手の感触。どれほどの時間眠っていたのだろうか、さやさやと布が擦れる音が聞こえる。

 さらりと髪が揺れる音。

「気がついたかな?」

 優しく覚えのある声。オレは目を開けた。そしてそこにいたのは予測した通りの人だった。

「とうさん」

 彼は優しく笑った。そしてゆっくり首を横に振った。

「私はルナ・ブルー00A12。確かにルナ・ブルー00A10から記憶データは引き継がれているけれど、私は君の父親ではない。そしてルナ・ブルー00A10は翼人の双生児の父ではない。翼人の双生児はルナ・ブルー00A07の子だ。私はルナ・ブルー00A12。ルーヴァンドの名を引き継ぎし、3人目だよ」

 深い緑の瞳。青い髪。父と同じ真紅の刺青。父と同じ顔。同じ声。同じで違うもの。

 彼は微笑む。すまなさそうに。

「引き継いだのは記憶データだけでね。感情データは不足しているのだよ。君に対してどう接していいのかわからない。ルナ・ブルー00A10はルナ・ブルーシリーズの内でもかなり特異な存在に成長していたらしいからね。私は君にアートの存在について聞きたいと思った時に答える存在だ。そしてパルパニエの助手でもある。きみの父や、00A07にはこんな緑のナンバーはなかっただろう?」

 彼が指し示したのは主に髪に隠れる額の刺青だった。

 父さん達の刺青は紅の月船に三つの下を向いた三角形。船の中に一本の紅く短い線だけだ。だが、彼の額の刺青にはその紅く短い線のとなり、船の真ん中に小さな緑の満月が描かれている。

 目で小さく頷くオレに彼はいたずらっ子ぽく笑った。

「私のことはルナと呼んでくれればいい。それにほんとのこと言うとこういう刺青って好きじゃなくてね。きみの混乱を避けるためにと、自身の好みの問題を念頭において頭の色を変えよう。あ、髪の色かぁ」

 よくわからない相手。そのせいか確実に彼を父さんと認識することは出来そうになかった。幸いと言うべきなのかもしれない。

 彼は共通する笑顔をその顔に浮かべた。(彼の言う00A07や00A10と)

「理解なさい。私はルナであり、ルーヴァンドではない。もうちょっと細かく言うと私の使っていた名は高水流無。製作者である高水博士の傍に最後まで置かれていたルナ・ブルーシステムシリーズ00A12だ。高水博士の望みは平和。ルナ・ブルーシリーズ、及びソル・レッドシリーズはその言葉を優先するように造られていると言う訳だ。細かい指示は違うがね」


 その間も彼は優しく額や頬を撫でてくれている。それはとても心地好い。


「この世界におけるアートの寿命。それをルナ・ブルー00A07が弾き出してくれた。一般機種の寿命もそこから逆算可能だろう。ケリアスなら後5000年、メンテナンスに気をつけていれば6000年が耐久限度だとか、ジュンガなら後最低一万年くらいは平気だろうとかね」

 彼の声を子守り歌がわりにオレはゆっくり眠りに落ちた。

 彼はその後もずっとアートの説明を延々と続けていた。ような気がする。起きると彼は既にいなくて、代わりにケリアス(女性形態)がジュンガと扉のむこうにある控えの間で談笑していた。

 体を起こすといつもよりひどい目眩と頭痛がした。


 ひとつ息を吐く。息苦しい。体がだるく、重い。


 人の姿をとっていることもつらいし、術を解くという力を出すのすらつらい。だが、少しばかり無理をしても回復のために術を解く。ひどい頭痛。翼が重い。


『ケリアス』

 いるであろうケリアスに救いを求める。再び意識が混濁し、白い闇がすべてを覆い隠してゆくようだ…………








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