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  作者: とにあ
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ゲーム





「ああっ! 信じられねー。またかよぉ」



 エリコの声だ。扉を開けるとゲームの駒をエリコが投げ出しているところだった。きっと負け続けた腹いせというところだろう。

 モグラが得意げに『修行が足りない』などと言わんばかりに指を振っている。ビノールはオレにすぐ気がついて大きく手を振った。

「仇は討ったべ」

 得意そうにビノールは胸を張る。瞬時間を置いてビノールはオレの顔を覗きこんだ。妙に勘がいい。オレの気が滅入っていることを察したのだろう。

 ビノールの様子にエリコまで興味津々でオレを見てくる。

「さぁ! お茶にすべぇ。エリコも散らかしたもんはちゃんと片付けるだよ」

 そう言ってビノールは茶器を取りに行こうとオレを誘った。


 そして、ビノールは部屋を出て扉を閉めるとすぐに切り出した。

「なぁんがあったべ? 沈んでるべ」

 ビノールはぽんぽんとオレの足を叩く。肩か腰を叩きたいところなのだろうが、いかんせん背が足りない。

 保護者を気取るビノールの優しさと押し付けがましさは妙に心地好い。

「何も。……そう、オレが関知できうることは何もないと知っただけだよ」

 ビノールはもう一度ぽんっとオレの足を叩いた。膝裏を叩かれバランスを崩しそうになる。バランスを崩しきって転ばないように気をつけながらオレはひとつ言った。

「戦争がおこるぞ」

 ぴたりとビノールがその動きを止めた。

 ビノールはゆっくり首を傾げた。もしかしたら意味がわからなかったのだろうか?

「なんでだべ?」

 かなりの間を置いてビノールはぽつっと洩らした。

「あーっと。んん」

 どうやって説明しよう。いやそれ以前にどのへんにこいつは疑問を持っているんだ?

「んー、故国を滅ぼされた者たちが国を取り返そうとしているせいだろう」

「そりゃ当然だべ」

 ビノールはそう言って再び歩き始めた。

 わかってないのか大物なのか。はたまた無頓着なだけなのか、時々わからない奴だ。

 ビノールはオレを振り返ってご機嫌に笑った。何が楽しいんだろうと首を傾げそうになるオレをほっといてビノールはガットの部屋の扉を開けた。

 いい匂いがする。クッキーと蜂蜜。イチゴとオレンジ。

 ガットの前にシンがお茶の準備をしている。

「あら、おふた方だけですの? エリコはご一緒では?」

 シンが振り返って微笑む。

「じき来るべ」

 ビノールはそう言ってシンの手伝いを始める。

 オレはガットの視線に気がついてその側へ寄る。妙に熱心な眼差しだった。

「どうした?」

 不安なのだろうか?

「いつ、帰ってもいいの?」

 オレは首を傾げた。外はまだ水浸しだ。水が引くのにはあと三日はかかるだろう。それまでは無理というものだろう。

「水がひいて歩いて帰れるようになったらですよ」

 聞いていたらしいシンがオレの代わりに答える。

「でも、帰んないと! ねぇさんが!」

 ガットが声を荒げる。切羽詰まった声だ。シンがそれを遮るようにお茶を差し出す。

「水がひいてからです」

 泣きそうな眼差しでガットはシンを睨む。

「ねぇさんがどうしたんだべ?」

 のんびりした口調で聞いたのはビノール。そんなビノールをシンが余計なことをとでも言いたそうな瞳で睨む。

 シンがガットの目を気にしなかったようにビノールもシンの視線を気にはしなかった。

 尋ねられ、ガットは黙り込んだ。答えたくはなかったらしい。

 家のどこかで驚きの声が上った。エリコだ。そばで小さく笑っているのは……、ケリアスだ。

 オレはもうひとつお茶を準備するようにシンに合図した。ガットにしゃべる気があっても無くてもシンは意見を曲げないだろうし、許しはしないだろう。それを越える大きな理由がない限りは。

 ちょうどお茶が入った時にエリコとケリアスが部屋に入ってきた。

 ケリアスはまだ背の高い男性の姿だった。シンとビノールがちょっと目を瞬く。さすがに驚いたらしい。エリコはまだ不思議そうにケリアスを見上げている。

「一区切りつきましたので、お茶のご同席よろしいですか?」

 オレはもちろん彼に対して愛想良く頷いた。

 よく見るとケリアスは女性形態の時と同じ服を着ているらしいと気がついた。実際、女性形態の時していたベルトがないだけだ。

 オレがケリアスを見ている隙にエリコはシン達のそばへ行き、クッキーの皿のすぐそばに陣取った。  オレンジの砂糖漬けのクッキーとシナモン、バニラの甘い匂い。

 シンとビノールがオレとケリアスがいつまで戸口にいるつもりだと言う顔でお茶の支度をしてある卓とオレ達を見比べる。ビノールなどは手招き付きだ。

 ようやく移動を始めたオレ達を確認したシンはガットに妙に嫌な匂いのする薬湯を差し出した。オレも苦手な苦みの強い熱さましの薬湯だ。

「ガット、それ、苦いよ」

 オレの言葉にガットは顔をしかめ、シンは軽くオレをからかうように見た。

「良薬口に苦し。よく効く熱さましです」

 オレは一度飲んだっきりでそのあとシンが差し出してくれるのは木苺風味の甘酸っぱい薬だった気がする。確か効果は変わらないらしい。それなのにシンは澄ましてそう言う。

 それ以外の薬などないかのように。

「一時の苦難は後のためです」

 人生を語るようなシンの言葉にガットはお茶の入っているカップを強く握った。

「とーさんは死んだ。ううん。殺された。かーさんもだ。苦難? 悲劇? おこした奴はのーのーと暮らしてるのに。そう、あいつはたくさんの死体の上に立ってるんだ。とーさんやかーさんの死体の上に」

 ガットはそう言って薬湯を飲み干した。きっと周りにそういうことを言う者がいたのだろう。ガットはそんな発想をできるほどの歳には見えない。

 オレから見れば多くの死体の上に立っているのはカイザーもガットも等しい。そう言ったらどうなるのだろう?







 経過のみ見ることは正しくない。



     結果だけ見ることも正しくない。






   結果を認めないことは正しくない。

   過程を無視することも正しくはない。





 人の世は難しい。

「でも暮らし易くなったぜ。おれの親父が治めていた頃よりずっと」

 エリコはオレンジクッキーをかじりながら言った。

「そーさな。一部ではカイザー王を殺せ。倒せ。仇を討てって言う意見もあるけどおれはその矢面つーの? 表に立ちたいとは思わないね。それに言うだけの奴は簡単だよな。そりゃ肉親なくしてんのかも知れねーけどよ。憎しみだけで生きてくっつーのって空しくねーえ?」

 シンにお茶のおかわりを淹れてもらって飲みながらのほほんっと言うエリコをガットはぼうっと見る。

 見ている限りエリコは『王子様』という印象はない。

「おれの親父さ、国の政治を司るえーと確か『政務長官』で『王弟』だったんだよ。別に王子ってわけじゃねーぜ。おれ、妾腹の上に3番目だし」

 のぉんびりした口調で言ってビノールからミミズの衣揚げを一本取り上げ口に放り込んで数回噛んで飲み込む。

「まずい」

 オレは飲み込んでから言うあたりにちょっと感心した。

「おれの親父さ、金持ちで何人も愛人がいて、その金は全部税金ってやつでさぁ、貰うだけ貰っといてなぁんもしねぇの。おれそん時7才だったけど親父はどろぼーと変んねーって思ってた。それでも人望が何かしらあったみたいでさ。でもおれがそれを知ったのは国が滅んでからだったけどよ」



「でも戦争のせいでとーさんとかーさんは死んだ」


 ガットの呟きにエリコは肩をすくめた。

「魔王エダスの影響でおれのお袋は死んだぜ。戦争が死者を築くなんてとーぜんだろ。お前さ、カイザー王を殺そーつーのがもっと自分と同じよーな奴増やすってわかんねーのかぁ」

 エリコは子供らしからぬことを言いながら実に子供らしくクッキーにたっぷりと木苺ジャムをのせた。  ちょっと心苦しいことを聞いた気がする。

「魔王は存在だけで被害出すだろ。カイザーだって魔王のよーなもんじゃないか!」

 ガットが怒鳴る。

 魔王とカイザーは違うと思うぞ。ガット。

「じゃ、お前さ、何ができるわけ? できねーだろ。誰もてめーみたいなガキについちゃーこねーよ。おれみたいな敗戦国の高官の息子が追っ手もかけられずになんでこんなとこで暮らしてると思うんだ? ここは知的好奇心に満ちたカイザー国王のお膝元だぜ」

 つまらなそうにクッキーをおき、エリコがガットを見据える。

 ちょっと思う。エリコは9才だと言う。ガットも同じようなものだ。

 そんな子供達が親の庇護もなく暮らさなくてはいけないのは終ることのない戦争のせいだ。

 で、カイザーは17才。実はあんまり年の差はない。彼もまたすでに母はなく、父は行方不明で誰かもわからない。

 そして保護者たる祖父母は彼を忌み嫌い殺すために戦争を始めた。見方によってはカイザーも被害者だ。

 オレはエリコの意見は正しいと感じる。同時に何もできないわけではないとも思う。確かに今のガットに何かができるとは思わないが。

 たっぷりと注がれた笹飴茶にオレは口をつけた。

 エリコは歳のわりに口と頭が良くまわるようだ。



「カイザーはいい人だべよ」



 なおさらのんびりにビノールが言う。


 ガットはその意見に憤慨したようにカップを壁に投げつけた。




 大きく甲高い音をたててカップが砕け散る。




 シンが眉をひそめた。オレとしても街の散策中に値切って買った揃いのカップがひとつ欠けたのは寂しいとは思う。

 オレの分、ビノールの分、シンの分、兄さんの分、信天翁の分と揃いだ。




「そんなの認めない」




 ガットは小さく呟く。

 子供の呟きだ。かたくなな子供。認めない。オレも父親の愛情の示し方を認めたくなかった。会いたかった。愛したかった抱きしめたかったと言う理由だけですべての他者を踏みにじって生きていく父の在り方を認めたくなかった。そう、自分のために魔王になったなんて認めたくはなかった。

 認めたくないと思える現実、真実、終ったこと。

 カチャッとティーポットを置く音が聞こえた。

 シンが静かにガットを見据えている。

「認めたくないのならそれもよろしいです。それでも今、自分がしたことぐらい認めなさい。あなたは今しても良いことをしたのですか?」

 静かな口調。淡い黄緑の瞳は恐いほど澄んでいる。見据えられガットは涙目になる。怖いのだろう。人の姿をしていても威圧感や恐怖感を人に与えることはドラゴンにとっては簡単なことだ。(オレはまだそこまで器用に威圧感を操ることはできない。残念ながら)

 エリコが『うへっ』と舌を出し、妙な表情をしているのが視界の端をかすめた。

 不意にシンとケリアスが周囲を見回した。

 オレも首を傾げた。確かに今、音が聞こえた。ビノールは天井を(もしかしたら天井の上を)仰ぎ見ている。

 こんな時に来客?

 もしかしたら兄さんかもしれない。まだ道には水は溢れているが雨は止んでいる。

 オレは立ち上がり、エリコ達に笑いかけた。

「誰か来たみたいだから見てこよう。シン、エリコ、あと、頼むよ。ビノール、余計なことは言わない方がいいんじゃないか?」

 シンが同意を示すように胸を張った。

「そうですわ。水がひいて、熱がひいたら出て行く子ですもの。あんまり干渉すべきじゃないんです。せっかくご主人様が選んで下さったカップですのに!」

 どうやらシンのあの言葉はビノールに向けてらしい。取り敢えず、部屋を出ながら(ケリアスはついて来ている)我が君様よりはご主人様の方が多少マシかなぁなどという感想を持った。

「賑やかですね」

 ケリアスがにっこり笑いながら言う。質問ではなく現状。オレは軽く頷く。たっぷりとした布が彼の動きにあわせ、大きく揺れる。

 そう、確かに賑やかだ。10代の男の子二人。二人はまだ子供。子供の在り方とでも言うようなものを軽くオレに教えてくれる。オレの周囲には基本的に大人ばかりだ。子供であるあの二人から学び得ることは多い。それに賑やかなことは嫌いではない。好きだ。

 屋上へ続く階段を上りながら首を傾げる。兄ではないようだ。兄ならばとっくに入ってきているだろうから。

 ケリアスはふっと笑った。

「ミゲル様ですね。この間マスターが断られた依頼の方のようです」

 ケリアスの言葉を聞いて一瞬、居留守をつかおうかとも思ったがやめた。

 あの依頼は確かに断ったし、彼自身の依頼でもなかったのだから。気に留める必要もないだろう。新たな依頼なら内容しだいで受けてもいいし、ケリアスもいる。

 扉を開けると確かにミゲルだった。ぱさぱさの薄茶色の髪、眼鏡のミゲル・クランッツアーだ。

 彼はぺこりっと頭を下げた。

「あの、どうも。諦めませんと申したとおり、再びまいりました」

 丸ぶち眼鏡を押し上げて、彼は機嫌良く笑みを浮かべた。そばかすだらけの顔にえくぼが見える。

 こいつ、カイザーの手の者じゃなかったのか?

 オレの疑問に気がついたのか、ミゲルはにこぉーっと妙に機嫌良く笑った。

「陛下のことで依頼はなかった。などと思われるのは、実に、心外です。私は本気で、話しておりましたのに」

 強調するようなしゃべり方だ。(もしくは息切れしているような)そして、彼のまわりにきらきらと舞う光の粒子が見える。移動魔法で来たのだろう。光の粒子は魔法を使うと現れるその痕跡だ。

 彼はゆっくり首を傾げた。

「ケ、ケリアスさん?」

 彼はケリアスを見ていた。女性形態の時のケリアスを知るミゲルは驚いていた。今のケリアスは男性形態なのだからしかたないと言えるのかも知れない。

「ご機嫌よう。ミゲルさん。再びお目にかかれて光栄です」

 挨拶をと、優雅にお辞儀をして見せたケリアスをミゲルはぼぅっと見ている。もしかしてショックが強すぎたのかも知れない。

 オレはミゲルの接客はケリアスに任せることにして、早々に階下へ逃げた。




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