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  作者: とにあ
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序章

 眠りの細波が優しい。


 ゆっくりと静かに何かが宥められていく。


 小さなささくれがたくさん。


 チクチクする痛みが少しずつ薄らいでいく。


 忘却の眠りは優しい夢を与えてくれる。


 残るのは優しい夢。


 温かで軟らかなものにくるまれた記憶だけ。


 軟らかな夢にくるまれてしまった記憶はなまなましいその刺の鋭さを失ってゆく。


 闇色の眠り。


 緩慢なる真綿の閨。漆黒の闇。真っ暗な闇。


 彼は真っ暗な闇の中、その瞳を開けた。


 そこはただ静寂に満ちている。

 何もなく、何も変わらない。

 暖炉の前の安楽椅子に一人の女が座っている。


 おんな……。女の人型。



 ただの人形。



 ふっくらとした唇は紅をひいた様に紅く艶めかしい。

 月光花の花びらのように淡く輝くような白い肌が闇の中ほんの少し浮いて見える。



 父からの贈り物。


 その父は




              もういない。




 体を少し起こし、掛け布を軽く握る。

 手の甲にくっきりと刻まれた紅の刺青が目につく。


 父との絆のあかし。


 父の遺産を引き継いだ印。


 ―――――オレの父にはふたつの名があった。


『エダス』。世界を破滅に導かんとした魔王としての名と、

『ルーヴァンド』。世界に秩序の法をもたらした魔導師の最高指導者としての名の。

 魔王『エダス』は歴史の中に数多、星の数ほども存在したかもしれない魔王らの中において特に優れ、抜きんでていると言える部分を持たず、ほんの一時のみ存在し、じきにその存在すら忘れられていくであろう死霊の王に過ぎない。

 魔導師『ルーヴァンド』は無秩序に氾濫する魔力を効率良く秩序だて操る手法を考案し、魔導師達の師として名を馳せ、伝説の魔導師となった。

 この世界に散らばる魔導書に出てくる『蒼の魔導師』は大概において『ルーヴァンド』を指している。

 相反するような存在にしてひとつの存在。


 おそらく、

 彼は正しき賢人『蒼の魔導師』としての人生こそがその本分であったろう。その時こそが彼が彼らしく在りし日々だったのだろう。

 彼がその道からそれたのはオレのせいだった。

 そして魔王として生きた最後の生はオレが、オレの手で摘み取った。彼は魔王として滅んだ。

 オレの名は『ヴィアルリューン』


 だが、正確に言うとオレに名はない。

 なぜなら、『ヴィアルリューン』とは『闇の龍皇』と言う意味を持つオレ達の種族の単語を発音したに過ぎないものだからだ。

 第一王子や皇太子、公爵や伯爵と言う単語は個人の名と異なるのと同じだが、オレには他にオレ自身をオレと識別する名は持たない。

 ただ、それでは味気なく思えるので『ヴィール』と呼ばれることを好む。

 その方が少しは気楽な気がするから。

 元来は名を持たず、重い役職名だけがある。そして我ながら好奇心旺盛で少しばかり思慮に欠けがち。

 その上で少々、早とちりぐせがあるが、そんな自分が気に入ってもいる。それがオレである。名はなくとも結局オレはオレなのだ。

「お目覚めですか? マスター」

 ゆっくりと紡ぎ出される声に人形の方へ注意を向けると、人形はちょうど長く整ったまつげを瞬かせながら瞳を開くところの様だった。


 『アート・ケリアス』


 オレが2度も殺した父から貰った遺産のひとつ。


 父をこの手で殺めてオレは『ケリアス』をはじめ、多くの遺産を受け継いだのだからひどい話だと我ながら思う。

 『ケリアス』は『アート』と呼ばれる機械仕掛けの人形だ。

 いわゆるからくり人形と呼ばれる類のものらしい。

 総称として『アート』。正式名称は『プラント・コンピューター・システム・タイプ・アーティフィシャル・ティナシティ・アート』『人為靭性植物思考体』と言うらしい。

 最後のアートを総称としてよんでいるらしい。

 一般的に『AT型』と『M型』の2機種あるらしい。


 『AT型』は人と同様に移動・活動出来るように造られ、『M型』は移動等の可動性、外観の美より情報蓄積解析等にのみ重視した知的活動に適すように造られているらしい。

 ゆえに実質アートと呼ばれるのは『AT型』のみであるらしい。アートとは芸術作品でもあるからこそ、機動性にかけ、無骨になりやすい『M型』は元が同じといってもアート認識されないらしい。

 幾度かもっと細かい説明をケリアスから受けたが、オレにはどうしても理解しがたい。

 たとえ、父の在った世界の文明とはいえども、オレにとってはあくまで異世界の文明のせいだろう。

 オレにはその内容はチリほども理解しがたいものだ。第一好奇心があまり働かない。つまり興味を持ち難い事柄なのだ。

 そんな事情もあいまって「らしい」の連発となる。


 まだそんなことより、よっぽど敢えてケリアスが説明してくれた自分達と製作者の関係の方が解りやすい。

『人に造られた芸術作品』『主人のために働く忠実なる臣下』『生きている機械』


 この世界においてもその条件を追求する者は決して少なくはないのだ。生きている機械というのはあんまりピンとこないが。


 そう、生きているがゆえに『アート』と呼ばれるものは進化する。人の進化より数段早い速度をもって。

 それゆえにその制作に携る者はその進化を念頭において、より人に近く、より機能的で、より優秀な『アート』を目指し、その制作に全身全霊・全知能と体力そして発想をそれこそ命すら惜しまず注いで研究に没頭するものらしい。

 その世界でより快適に生き抜くために。


 その世界は貪欲なる植物の世界。


 『アート』達を造り上げた『人々』達は白く大きな船に乗って青き空の遥か彼方よりやってきたという。

 そして、白い船はひとつの夜がくる前に緑の生き物と化したらしい。

 オレが思うにその白い船は植物の好む材質で出来ていたのだろう。ん? つまりそれは食べられる材質だったんだろうか?

 オレには『人々』と伝えられている彼らは貪欲にして狂暴なる植物を『アート』という形にはめ込み、制していったのだ。

 その結果が『アート』をはじめとする『プラント・コンピューター・システム』だと。『アート』の進化を人が望むのは自分達がその世界で生きてゆくためのプライドを保つため。自らの故郷を忘れるため。

 つまり、『アート』とはプライドの象徴でもあり、一部の力ある者だけが所有し得る権力の象徴でもあるのだと。

 それゆえに『アート』は美しく機能的で人のエゴを満足させ得るだけのものでなくてはならない。

 より人に近く、人に忠実でなくてはならない。人にとっての恐怖の対象であってはならないのだ。

 そして、貪欲なる(おそらく人々にとって恐怖の対象でもあったと思われる)植物の形を僅かも残してはいけないのだ。


 その星の植物達の貪欲さを忘れるために。


 ケリアスの説明してくれたアートの存在意義はとても理解しやすかった。

 『人のエゴを満足させるための道具』であり『人の持つ孤独を取り除くための裏切らぬ友人』その融合物が『アート』という形を取ったのだろう。

 父の世界の人々は自らの弱さに堪えられない脆さをもって『アート』達を作りはじめ、『アート』を使った戦争によって滅びを迎えた。

 『アート』を道具と見なす者達の集団と『アート』は生きたこの星の同胞であると言う集団の争いだったと言うのだから皮肉なものかもしれない。

 途中から意図がそれていた気がしないでもないが、その背後の状況を知っておくことは理解への一歩だろう。それはたとえオレに理解する気があろうがなかろうがだ。



「マスター?」


 ケリアスが心配そうに再び声をかけてきた。オレは思ったより長い間回想に浸っていたらしい。


 そういえば頭が枕にまたくっついている。


 感傷にひたりやすいのはきっと歳のせいだろう。それと甘やかされていると言うこの環境の。


 もしくはなにかの予兆か。


 でも、すぐに気にならなくなってしまう。結局、オレはかなりの気まぐれ者なのだ。

 取り敢えず、オレにとってのアート・ケリアスは友人だと思う。

 同時に姉のように兄のように信頼のできる友人だと。


 ま、オレの中じゃ2番目だけどね。でも好きには変りない。

「あの、信天翁をお呼びしましょうか?」


 そう穏やかな口調で(他人が聞いたらきっと『無機質』と表現する口調ではある)提案されてオレは首を横に振った。


 信天翁は兄に仕えていた翼人だが、今は親切にも我が家の執事を気取っている老人だ。


 そして、少しばかりこうるさい。起き抜けにあのたった一人で10人分の勢いでしゃべるジジイに会いたいとは思えない。


「いや、いい」


 オレは掛け布を除けると軽い動作で体を起こした。


 起き上がったばかりは少し頭がくらくらして視界が安定しない。


 いつもの事なのでケリアスもわかっている。ぼんやりしつつケリアスに差し出されたグラスを受け取る。


 金の細い装飾の入った綺麗なグラスだ。唇にあたるひんやりした感触が心地好い。


 さらりとした甘い液体が咽をすべり落ちてゆく。そして心身の覚醒を促す。


 グラスをケリアスに返して、オレは寝台から出ると、素早く差し出された着替えに袖を通した。


「本日は『アスカ』でお客人とのお約束の日です。私がまいりますか? それとも?」


 ケリアスは服にしわがないか確認しながら淡々と言葉を紡いだ。


 『アスカ』はオレが趣味で開いている『よろず相談受付け所』だ。この界隈では『相談』の文字を抜かして『よろず受付け所』などと呼ばれている。


 普段は一番の友達であるビノールがいなければ依頼を請けないところだが、そのビノールは今、親戚の結婚式で請けた依頼をオレに何の相談も無くこなしているんだからひとつぐらい黙って依頼を請けてもいいだろうと思ったのだ。


 もちろん、子供っぽいと言えばそれまでだが、オレの年を考えればこんなものに違いない。実際、正直にばらせば拗ねているわけだが、だからと言ってそれを自覚していないわけでもない。


「オレが行くよ」


 それに今、『アスカ』があるのはちょっと楽しい構造の街だ。


 河の上に築かれた水上都市タウフィは実に美しい。


 歓楽街の裏にある店はさびれていて光など差し込まない場所にあるが、その居心地はかなりいい。裏と言うだけあって一筋、道を抜ければすぐに歓楽街に出られるし。


 水上都市タウフィは同時に知識都市とも呼ばれ多くの魔法使い、魔導士、僧侶や学者に賢者達が集って意見や知識を交換する場でもある。


 ただ、あえて言うならそれは表の顔で、その裏では暗殺者ギルドや盗賊ギルドなどがはばをきかせている。


 月に1度か2度はかなりおおっぴらに(それでも秘密裏に。いわゆる公然の秘密だろう)闇の競り市が開かれている。しかもそれは研究品の横流しや、不当に洩れた禁断の魔法具だったりする。


 そんなタウフィに『アスカ』を開業してはや2ヶ月、そういう横流しや盗難に関する依頼は両手を軽く越えた。


 さて、今回の依頼は何だろう?



 オレは期待に胸おどらせた。


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